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明日の天気はきっと晴れ  作者: FRIDAY
第二話 前島さんの御仕事
18/38

18.青春ってこんなに火花の散るようなものでしたっけ。

 前島さんはまず宮司ぐうじさんに挨拶に行くということで別の巫女さんに案内されて別れ、僕たちは田中さんに連れられて社務所横、別宅に入っていった。別宅と言っても立派な日本家屋で、その一室に案内されてひとまずは荷物を置く。


「それで……田中さんは、どうしてここに?」

 まず初めに訊きたかったのはこれだ。まさか田中さんの出身はこの辺りで、この神社に所縁ゆかりのある氏子か何かなのかとも思ったけれど、そんなわけはない。田中さんの地元はそもそも県外であると聞いている。しかし、ならばなぜという話なのだけれど、

「アルバイトですよ」

 と田中さんはあっさりと答えた。


「数日前から来週の頭まで、こちらで巫女のアルバイトをさせていただいているのです。住み込みなので家賃水道電気ガス代免除、よってアパートでの生活費節約、さらにはここまでの交通費までつきバイト代も色よいという好条件です」

「は、はあ、成程」

 さすがどこでもバイトに勤しむ苦学生田中さん。短期間とはいえ生活まで保障されれば飛びつくのですね。


「それで、ユーヤさんの方は何をしにはるばる日本まで?」

「僕は初めから日本にいましたよ」

 そこまでの遠出はしていない。せいぜい車で片道四時間の距離だ……それでも十分遠くではあるけれど。

 そもそも日本を出たことって、ないなあ。出身は北の大地だけれど。


「冗談は置いておいて、実のところはこちらへ何をしに? まさか観光でもないでしょうし」

 田中さんは無表情に首を傾げる。まあ、確かに普通はここまで観光になんて来ないだろう。観るものなさそうだし。

「僕の方もアルバイトですよ。ゆうやけ荘の大家さんの、ええと、本業と言うか……」

 何とも説明しにくい。ただでさえ真顔で説明しにくいところなんだから……と苦心しているところで、加賀さんが僕の袖を引いた。

「ユーヤさん、こちらの方はお知合いですかー?」

 ああ、そういえば紹介がまだだった。田中さんとゆうやけ荘の人たちとは初対面だ。


「紹介します。えっと、こちら田中さんです。僕の大学での友人です」

 僕の紹介に、どうも、と田中さんは軽く会釈する。友人、という言葉を否定されなかったことに安堵しつつ、今度は田中さんへ向けて、

「こちら、僕と同じくゆうやけ荘にお住いの、加賀さんと水戸さんです。加賀さんはこう見えて僕らの先輩で、水戸さんは料理学校に通ってます」

「こう見えて、は余計ですよー」

 言いつつも、加賀さんは田中さんへ向けて会釈を返す。一拍遅れて、不安げな表情で田中さんを見ていた水戸さんも慌てて頭を下げる。

 成程、と田中さんはふたりを交互に見て、それから改めて水戸さんをじっと見ると再び「成程」とつぶやいた。


「ユーヤさんと水戸さんとは、一体どういったご関係で?」

 妙なことを訊く。同じゆうやけ荘に住む住人だとは、説明したはずだ。苦学生にして理知的な田中さんが聞き逃すことはあるまいから、何か違う意味合いの問いだろうか。

 んん? 何だろう。


「水戸ちゃんはー、ユーヤさんに毎日お味噌汁を作ってあげる関係ですねー」

 答えあぐねている僕の代わりに、加賀さんがするっと答えた。まあ確かに、水戸さんはまつげさんと一緒にゆうやけ荘に食事を作ってくれるから、間違いではないけれど。強いて言うなら味噌汁に限ってもいないけれど――と納得しかけた僕だったけれど、なぜか水戸さんは慌てている。

「そ、それはっ、そのっ!」

「んー? そうですよねー、ユーヤさんー?」

「え、ええ、まあそうですね」

 水戸さんはどういうわけか大慌てで、何も言葉にならないようだ。みるみるうちに顔を赤らめていくと、とうとう両手で顔を覆い隠してしまった。どうしたんだろう。


 田中さんはそんな水戸さんの様子をとっくりと観察したうえで、「成程」と頷いた。

「そういうご関係なのですね。ちなみに私は、大学におけるユーヤさんの唯一の友人です。どうぞよろしく」

「……よ、よろしくお願い、します」

 すっと差し出された田中さんの手を、恐る恐る、水戸さんが握った。

 握手である。

 しかしなぜか、傍から見ていると、友好の握手と言うよりはもっと危ないというか、ふたりの間に散る火花が見えるような握手だった。いや、どうしてなのかはわからないんだけど。唯一状況を呑み込んでいそうな加賀さんは目を細めながら「青春ですねー」とか完全に傍観者のスタンスだし。え、一体何が青春なの? 剣呑けんのん極まりないよ? あと、べ、別に唯一の友人ってこともない、よ? ほんとだよ?


 よくわかってないためにフォローも入れられず、何だか妙な空気になって沈黙してしまったところで、スパーンと勢いよく障子が引きあけられた。

 そこで威風堂々と立っていたのは、前島さんだ。珍しくタイミングがいい。

「おう、落ち着いたな。それじゃあユーヤ、来い」

「え、どうして」

「今回の仕事について宮司から話を聞くからな。お前も聞け」

 いや、だからどうして僕がそこに同席する必要があるのですかと訊きたいのだけれど、前島さんはそんな暇を全く与えてくれることなく、案内もなくずんずん進んでいってしまう。ここに来てまだ一時間も経っていないのに、もうここでの勝手を把握してしまったかのようだ。


 部屋に置いてきた三人、特に水戸さんと田中さんをちょっと心配しつつも母屋おもやらしき建物の一室に前島さんに続いて入ると、そこには既にひとり、浄衣じょうえを着た中年の男の人が座っていた。この人が多分、宮司さんだろう。

「ああ、お待ちしておりました。さ、そちらにおかけください」

 柔和そうな顔立ちを裏切らず、柔らかな物腰で勧められ、僕と前島さんは示された座布団に素直に座る。僕は緊張して正座なんだけれど、前島さんは堂々たる胡坐あぐらだ。ま、まあ、既に挨拶は済ませているわけで……それにしても、尊敬しそうになるくらい態度のぶれない人だなあ。

「話を中断して悪かったな。続けてくれ」

 尊大だ。見たところ宮司さんの方が明らかに前島さんより年上だし、神職を相手にするというのは政治家なんかと向き合うのとはまた違った意味で緊張してしまうのだけれど、前島さんにはそんな態度は微塵もない。せめて人らしい敬年精神は持ち合わせてくれていないと、列席している僕が二倍肩身が狭いのだけれど。


「ええ、では……このたび霊能者として評判高い前島様と、その助手様をお呼びしたのは他でもなく、当神社にて起こっている怪奇現象を、是非解決していただきたいと考えたゆえにございます」

 あれ、僕ってば、いつの間にか前島さんの助手さんになっちゃってるぞ。前島さんを見るも、前島さんはこちらを一瞥いちべつもしない。しかも、尊大に腕を組んでふんぞり返っているばかりで先を促すことすらしない。


「……怪奇現象というのは」仕方がないので、僕が話の続きを促す。これじゃあ本当に助手みたいだなあと思いつつ。「具体的には、どのようなことが起こっているんですか?」

 ええ、と宮司さんは頷いた。


「最も多いのは、心霊現象と言いますか……ひとりでに物が落下したり、突然電球が破裂したり。それに、誰もいないはずの部屋から奇妙な物音がするようになったりと」

「騒霊現象ですか……」それは確かに、典型的な怪奇現象だな。「他には?」

「手を焼いているのは、神具についてでして」

「神具、ですか?」

 神社で使われる神具と言えば、玉串、幣だとか、鏡。注連縄もそうだろう。

 宮司さんは困ったような表情で頷く。

「神具が、ひとりでに壊れていってしまうのです」

「壊れて?」

「ええ。新旧はどうやら関係がないようで。神前にお供えしたものから、例え新調したものであってもすぐに壊れてしまうのです。管理が悪いわけではないようで……これも、何かよくないものの仕業だとしか」


 よくないもの。

 恐らく宮司さんは何気なく言ったのだろうけれど。僕が前島さんを見ると、何か考え込むように目を伏せていた前島さんは、そのままに口を開いた。

「そういったことが起こるようになったのは、いつからだ?」

「最近のことではありません。先代の頃には既に、現在と同じようなことがたびたび起こっておりました。しかし頻度が多かったわけではなく、近頃特に酷くなって参りましたので、おふたりにお願いしようと考えた次第です」

「神体は無事か?」

「それは私どもも心配しておりますが、御神体は特別な儀式のときを除いて絶対不可侵ですので、何とも。御無事であることをお祈りするばかりです」

「成程な……よし、わかった」


 何がわかったのか、僕には皆目見当もつかないけれども、そう言った前島さんは軽く膝を打った。

「それじゃあ、これから調べ始める。期間は最初の話通り一週間だが、その間はこの神域の中を自由に立ち歩いていいんだよな?」

「はい。さすがに御神体と、御神体を安置している部屋にはお通しできかねますが、それ以外であればどちらへでも」

「ああ、それだけ許されれば十分だ――よし、じゃあ行くぞユーヤ」

「え……行くって、どこに」

 あっさりと立ち上がった前島さんに戸惑って見上げる僕が問うと、おいおい、と呆れるように口を曲げて言った。

「どこにも何も。調べるんだよ、これから。眼鏡とブレスレットを忘れるな」


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