5*王女はつらいよ
私はルナリア・メル・アズライト。
あくまでも一国の第一王女だ。
「何で改めて自己紹介から始めたの」って?
それは今の私の身なりのせいである。
「シリル、どう?」
全身鏡の前でくるりと一回転して見せる私を、シリルは瞬きもせず、ゆっくりと上下に見据えた。
すると今度は、自身が掛けていた眼鏡をクイッと中指で押さえて、下から上に視線を戻す。
ここまで返答はない。
それからまた上から下に……って、しっかり見すぎ!
「し、シリル!」
「……え…あ、あぁ、申し訳ございません」
まさに穴が開きそうなほど見つめられ、さすがに照れる。鏡越しに、ルナリアらしからぬ紅く染まる顔が映るから余計暑くなった。
くぅ、相変わらずのふわふわ免疫力め……。
だが、鏡に映り込むもう一人の顔も心做しか赤いことに気づく。
あぁそうだ。シリルは照れ屋さんだった!
おかげで、わざわざ誤魔化す必要はないんだ。
これで女性慣れしてる人だったら、別の意味で私の命が脅かされてたかもしれないが。
気を取り直して「どうかな?」と振り返れば、シリルはより一層に赤みを帯びさせた顔で。
「っ…はい……『お帰りなさいませ、ご主人様』と玄関先で出迎えてもらいたいほど“そそる”ものがございますね」
「うん?シリル?」
いや、なんちゅう感想!?
おっかしいな。眼鏡の奥で琥珀色の瞳がギラついて見えるのは、気のせい?……うーん、まあいいや。ちょっと釈然としないが、細かいことは置いとこう。
まず重要なのは、この変装がちゃんとルナリアとは別人に見えるかだ。
「それでシリル、」
「私は罪な男です。ホンモノのご主人様に向かって、ご主人様と言ってほしいなどと申し上げて……あぁなんと不敬なことを」
「シリ~ル?」
「どうか…お仕置きを……!」
「Cyril?」
(ダメだこの人、会話にならない!)
しかしながら、事情を知るのは彼だけ。
いざとなれば頼れるシリルだからこそ、お願いをしたのだから。……普段はちょっとアレですが。
パウダーピンクの肩上までのウィッグで隠した、蜂蜜色ロングヘアー。それから、青い瞳はコンタクトで、金貨のようなゴールドカラーにチェンジ。
服装は侍女ちゃんたちが着る黒のワンピースに、白いエプロン。
最後にヘッドキャップを着けて、新人侍女ちゃんの完成です!
これだけでも印象は変わるけれど、別人に見せるなら大事なのは演技力だよね。そこの自信はないんだけど、王女様らしく演技するよりはずっと楽な気がする。
私がこんな変装をしている理由は、予定にあった“聞きこみ調査”のためだった。
マリーがヒントをくれた「ルナリアらしさ」というワード。それを知るにはまず、私自身がルナリアを知ることだと思った。
私の中でのルナリアといえば、言わずもがな悪役王女という固定概念が拭えなくて。
そこで疑問に思ったのは、外から見たルナリアは?ってことだ。
現状で、彼女は周りの人たちにどんな影響を与え、どんな存在で、どう思われてるんだろう。それが知れたらヒントになるんじゃないかなって。
ちなみに……シリルやお父様は、今回は調査対象外にさせていただきました。
もっと直接的な交流が少ない人たちに聞いてみたいんだよね。
それから、さすがにルナリアが直接聞いては意味がない。
「アタクシのことどう思ってるの?」バーン!
「た、たた大変聡明でお美しく……」(ヒィッ!)
ってイメージで完結してしまうからだ。
威圧感が仕事して賛辞しか出てこなさそう。
じゃあ、本音を探るには?
「えーと、その為の変装……という理由ですか?」
「ええ。客観的意見は重要かと思って!」
答えると、シリルは眉を顰めた。
「ですが……ルナリア様の悪評を述べる者など、近くに置いてはおけませんね。後で聞かせてくださいね?リストアップして陛下に提出致しますから」
「ヒッ!」
そんなの提出したら、また大変なことになるじゃない!
満面の笑みで言ってのけたシリルの提案は、当然ながら全力でお断りしておいた。
シュン…と「それは残念です」って項垂れられても、ダメだってば。私の第六感が注意報を出しているんだから。
何より侍女ちゃんに変装してるなんて、それもバレちゃったら面倒だから引っくるめて。
「とにかく…お父様にも、このことは黙っててね!」
そう言いシリルを残し、私は部屋を出た。
今日は侍女の“ルーナ”だよ!張り切って行きましょう!
*
昼下がり。
アズライトだって、真っ赤な太陽が西へ沈む。
物思いに耽る暇もなく、そろそろ侍女ちゃんたちの休憩が終わる頃。私はそんなタイミングを狙って、居室から出てくる侍女ちゃんを呼び止めた。
「今、よろしいかしら?」
快く「ええ。構わないわ」と答えてくれたのは、栗色の髪にモスグリーンの瞳がよく映える侍女のエマだ。
「今日から新しく入ったルーナよ。宜しくね」
と、簡単に自己紹介すると後ろにいた子たち―――侍女のナターシャと、ライラも寄って来てくれた。
「入ったばかりだから色々教えてほしくて……特に、ルナリア様にはお会いしたことがないのよ。どんな方なのかなって」
聞くと、エマは少し考える素振りをして、
「そうね。とっても厳しいお方だから、最初は大変かもしれないわ」
微笑んで見せた。うーん、読めない。
だが、赤毛ショートヘアのおてんば娘・ナターシャはニッと八重歯を見せて、
「……正直あたしは苦手だけど。そのうち慣れるさ!」
って、ちょっとだけ本音を零した。
やっぱ苦手意識あるかー…!
言われてるのはルナリアのことだけど、少し胸が痛んだ気がした。そういうとこ、完全にルナリアの感情がなくなったわけじゃないのかな。
続けて、ラベンダー色の上品なボブヘアのライラが答えてくれる。
「まさにワガママ王女様って感じね。人から恨みを買うタイプ。私もなるべく関わりたくないし、普段から目立たず過ごしてるの。それに、彼女は今孤独だろうから尚更。刺激しないことさえ覚えておけば、問題ないわ」
と、的確な洞察力を披露する。
孤独て!刺激て!同情されてる感はあるけど、私は猛獣かな?
……あれ?胸がズキズキするぞ。
と―――、こんな感じで同じような質問を繰り返し聞いてく。
普段は無口な庭師の青年・ゼルは、
「ルナリア様?」
怖いくらいの真顔になりながら。
「……覚悟した方がいい。あれは人間じゃない。悪魔だ」
それ以上は何も語ってくれなかった。
“黒ひげ”こと堅物料理長・シルヴァは、
「雇用主側の悪い話はあまりしたくないが、あれは酷いものだ。救いようがない。……ま、慣れろ。それしか言えねぇ」
嫌な記憶でもあるのか、眉間に皺を寄せて言う。
残念ながらルナリアの記憶って、ご都合主義でできているらしく、全てのことを覚えてはいない。
シルヴァに何をしてしまったのか、全く記憶に無いから歯がゆかった。
金髪の副料理長・ガイに聞けば、
「シルヴァはココ長いし、昔っから苦労してるからね。俺も何枚お皿投げられたかな~。」
肩を竦めて笑うが、目が笑ってない。
「あれはどキツイよ。できれば関わりたくないけど、そうもいかないしさぁ」
他人事を装って「お、お気の毒に」なんて言ってはみるが、何だろう。徐々に罪悪感が募る。
やだっ、幻のライフゲージが見える。
これって耐久ゲームじゃなかったよね?
察してはいたが、ここまででルナリアに対する良い評価は一つも出ていない。
もしかして、この状況を良い方向に変えるのって、かなり難しいのでは?
うぅ、頭が痛い……。
こめかみを押さえていると、いつの間にか私の肩に誰かの腕が回っていた。
顔を上げれば、ガイがニッと笑っていて。
「ね、それよりルーナちゃんだっけ」
「え?えぇ、そうですが…」
(……やっぱり、気になるなぁ)
ルナリアがしたことは、記憶にないといえ代わって申し訳なく思う。
だがそれと話は別で、さっきから“あること”が気になってしまった私は、言いたくてウズウズしていた。
「君どこから来たの?よかったら、この後―――」
「……副料理長?」
つい、ピクリと眉が上がる。
(あぁダメ。抑えろ私っ!)
って……ハッ!
待って!?ここって厨房じゃない!
そっか、だからか…………うわぁぁ。
一人で納得するも、気づかなきゃよかった。
やだな。こんな時に芽瑠の性が出てくるなんて。
芽瑠が通っていたのは調理師学校なんだけど、その時から周りに言われていたことがあった。
それが、
―――『調理場に立つと人が変わるよね』。
家でもキッチンに立つとスイッチが入るらしく、結果的にそのせいで父がキッチンに立つことは無かった。
何よりタチが悪いのは、その間は無自覚ってことだ。
(~~~もうっ、ダメーッ!)
やたらと絡んでくるガイの話を横流しに聞いていたのだが、そのうち我慢の限界がきて、バッ!と肩に乗る腕を振り払った。
「…ルーナちゃん?」と少し怯んだガイを、私はカッ!と見開いた目で見つめる。
「―――その長髪!そのピアス!それから……その着崩し方!衛生面的によろしくないですわ。オシャレとナンパは厨房の外でお願いしますね。あぁ、料理長もですわよ。確かに淑女方からは、そのダンディなお髭がス・テ・キと評判ですけども、厨房にお立ちの際はもう少~しばかり清潔感を大事にしてほしいのです。それから………厨房!前から気になってはおりましたが、やや乱れが目立ちますわっ!少しの乱れを嗅ぎつけて、あいつら…コホン。“闇の使い魔”たちはやって来るのです。ということですから、料理の質は厨房の質からですよ。いち、にの、さん、はい!料理の質は~?厨房の質!!」
(ふぅ~、スッキリ!)
カンカンカン!と脳内でゴングが鳴る。
言いたいことを言い終えた私のライフゲージも、すっかり満タン元通りに戻ったみたい。
あれはストレスゲージだったようです。
「では私はこれで」と身を翻し、私は厨房を後にした。
あれ?何かやらかした気がするけど。
……まあいっか!さすがに、ルナリアが変装してるなんて誰も思わないよね。
さて、今日一日だけでもキレ~イに悪評ばっかりだったのですが。
「つ、疲れた……」
自室に戻り、ウィッグとカラコンを取って、そのままベッドにダイブする。
ギャッ!?痛い!
脇腹のこと忘れてたよ!わーん、ちょっと涙出てきた。
ルナリアらしさ。
結局、誰に聞いても一緒だったなぁ。
関わりたくないとか、猛獣とか、悪魔とか。
最初っから決まってた悪役のままなのかな。
「……いっそ“悪役王女”らしく、おどろおどろしい魔女みたいなものにしちゃおうかな?」
半ば自暴自棄だ。どうせ変えられないなら、お茶会クラッシャーにでもなっちゃおうかな。なーんてね。
…………ん?
待って、悪役王女……?
―――思わずガバッ!と起き上がる。
「~~っ、だから痛ぁいッ!」
悪役王女らしく。
その時、頭の中に降りてきた一つの考えには自分でもちょっと戸惑った。
これは……アリ?
でも、やってみる価値はあるかもしれない。
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