19.天に向かって泣き叫ぶ
頭上の生い茂った葉が、風に揺らされている。
横たわっていた僕は、これから自分の身に起こるであろういつもの現象を静かに待っていた。
肉体が死にかけている時にいつも起こる、痛みや痺れ、そしてめまい。
しかし───
それらは一向に僕のところへ訪れる気配がなかった。
僕は目を開き、起き上がった。
どうして? なぜ何も起きない……?
急に不安が僕を襲い、同時に偏頭痛のような痛みが起きた。
そして、一瞬、火打石を打った時のような火花が見えたかと思うと、僕の脳裏に演劇の一幕のようなものが一気に流れ込んできた。
僕の目には二つの影が映った。
その正体のうちの一つは、僕が殺したシビラ女王だった。
彼女は男に抱きしめられながら立っていた。
女王は男に向かって、自分は結婚したくない、どうして好きでもない男に抱かれなければならないのだと首を横に振っていた。
男はそれが女王としての務めにございます、と彼女の手を握りながら返した。
女王は他の事では耐えることが出来ても、こればかりは耐えることが出来ない。どうすればいいのだ、いっそ自分をここで殺して! と大きく叫んだ。
僕の前では決して涙を流さなかった女王が、その男の前では悲痛な顔をして涙を流している。
すると男はこう言った。
『どうか王配に選ぶ男は、あなたの意のまま操れる男をお選びください! あなたであればそれを見抜けるはずです。冷酷な女王になるのです。決して賢すぎず、愚かすぎず、そして感が鋭くない男を。そして私は後宮に関して最上機密とし、私たちしか知らない真実を作りましょう。シビラ……あなたのために空の後宮をお作りします』
さらに男は、私たちの幸せのために、と女王に向って囁いた。
女王はその言葉に再び涙を流し、男の胸に顔をうずめるとこう言った。
『私が愛しているのは生涯誓ってあなただけです。愛しています、アッテンボロー。他の男には決して心まで譲り渡しません』と。
僕が見ていたものはここで幕を閉じた。
果たしてこれは、神の御使が僕を罰するために贈ったものなのか、もしくは悪魔が僕を惑わすために贈ってきたものなのか。
だが、贈り主を知ったところで何の意味があるというのだろう。
それよりも、今見ていたものの真偽を問うかのように、僕の頭の中をさまざまなことが掠めていった。
密かに設置されているという後宮、そこに仕える男たちを僕は一度も見たことがなかった。
そして、女王と目線を合わせることはないが、常に側近として片時も離れることはないアッテンボロー。
彼は女王の冷たくなった身体を抱きしめながら、彼女の名前を叫び、泣き崩れていた。
さらにシビラ女王の子供たち。彼女の子供たちは僕と違って癖が入った毛質をしている。
色は違っても、その毛質はアッテンボローによく似ていた。
「そんな」
僕は呟いた。
女王は僕を愛していると言っていた。
でも女王が本当に愛していたのは僕ではなく───
「あの言葉は……彼女たちの秘密を守るための偽りだったのか?」
女王たちは僕がまだ逝くことができない世界で、真実を隠し通せたとずっと僕のことを嘲笑っていたのだろうか。
僕は数百年間、自分は女王に愛されていた、いつかシレーネがいなくなってしまった時、その毒でこの世を去ることができると信じていた。
しかし、その希望は今脆くも崩れ去った。
僕は死ねなかった。
女王から真に愛されていなかった。
残されていたのは、その残酷な現実だけしかなかった。
僕はうめくような大声を出し、天を仰いで泣き叫び、大地を両手で叩いた。




