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13.御使、天より舞い落ちて

 もうどのくらい前になるのかしら……


 私はかつて、すでに無くなってしまっている国で、薬草を育て薬を作り生計を立てていた母と二人で暮らしていた。


 ここよりもやや小さい漁村で、今と同じように他の人たちから距離をとってね。


 そして、その年は思うように作物も魚も獲れずに、みんな常にお腹を空かせていた。

 

 私も栄養が思うように取れないせいか、変に長い咳を患っていた。



 でも、ある日、岸に魚が打ち上げられたの。


 全体は他の魚のように、暗い銀色の鱗で覆われていた。


 けれど、その形も大きさも魚としてはかなり奇妙だった。


 尻尾は二つに分かれて、顔の部分も額がでっぱり、鼻も出ているように見え、さらに目は白目と黒目がはっきりしている見たことのない魚だった。


 大きさも、大柄な男の人が横になった時と変わらない。


 まるで、どことなく人を思い起こさせる奇妙な魚だった。



 それにもかかわらず、大きな魚が手に入ったことで、漁師たちは皆で分けようと大喜びで村の広場へと運んでいった。


 みんな見てくれって、発見者は自慢げに話して、村のみんなはその魚の肉を貰おうと解体されるのを笑顔で待っていた。



 ところが───


 みんなが喜ぶ中、一人異を唱える人がいたの。


 それは村人たちから気がすでに触れてしまっていると邪険にされていた老人だった。


 彼がこう言ったのを今でも忘れない。


「これは神の使いだ。我々が決して口にしてはならない天上のものだ。すぐに海に還せ!」


 

 彼はノコギリで解体しようとしていた人の手を止めようとまでしたから、村人たちは彼を無理やり押さえつけて家まで送り返されていたわ。


 それでもその老人は、老人とは思えない剣幕で大声で叫んで暴れていた。


 村人の一人なんて、天の御使なら空にいるはずだろう、海にいるはずがないって老人に向かって笑っていたくらいよ。


 そして彼らは、神が我々に施しをしてくれたのだ、天の恵みなのだということにして、老人を完全に無視して切り分けたの。



 一方で私が貰えたのは───


 その奇妙な魚の血のみだった。


 

 今でこそ、薬草のことも知れ渡って感謝してもらえるけれど、当時そう言った事を知らない村民たちは母と私を恐れていた。


 彼らは困った時は私たちの知恵を頼ったけれど、普段は私たちの行いや知識は魔術の一環だと思っていて、極力関わりを持とうとしなかった。


 はなから私たちのことは頭になかったのね。


 彼らは肉を全て自分たちの家族や親戚に配ってしまい、私には血しか残されていなかった。そんな状態だった。



 それでも私は何かしらの栄養になるだろう、母と半分こにしようと思いながら喜んで血を持って家に帰ったの。


 母には変な魚だったけど、ありがたいことには変わりないわね、なんて呑気に私は語っていた気がする。


 けれど、母は私から魚の事を聞くと、血の入ったカップにつけていた口を急に離して、私は要らないからこれはお前が飲みなさいと言って、なぜか全部くれた。


 その時の私は、母は魚の血が苦手なのかと思って、無理に飲んでもらおうとはせず、結局全て自分で飲み干した。



 それからニ、三日経ったくらいだったかしら。


 とてつもない量の雨が村に降ったの。


 幸い、私たちは地盤が硬いところに住んでいたから、なんともなかった。


 けれど、土砂災害が起きてしまい、村の半数が土砂に埋もれてしまった。


 私たちも含めて助かった者たちで、必死に土砂を除いてみんなの救助にあたったわ。


 救出作業には一週間くらいかかったから、作業に当たっていた人々の間には、ほぼ生存者はいないだろうという空気が漂っていた。



 ところが───


 突然、土の中から手が伸びるようにして現れたの。


 しかもその手は動いてる!


 皆でさらに土砂をどかすと、なんと埋まっていた人は生きていた。


 さらにどかしていくと、驚く事に生存者たちはもっと増えていった。皆んなで奇跡だ! と喜びあったわ。


 

 それでも、残念ながら助からなかった人たちもいた。

 

 例に出すなら、気が触れた老人をはじめとした、その家族たち。彼らは全員息絶えてしまっていた。



 村民たちは彼らを弔い、家を建て直して再び村での生活を始めた。


 それから数年は何事もなく平穏に過ぎていった。



 でも、次第におかしなことに気付き始めたの。


 土砂災害があった当時、フィリッポという最年少の子供がいた。


 彼はもう5歳になるというのに身長は変わらず、言葉もなかなかうまく話し始めなかった。


 彼らの両親は私の母にも、何かいい薬はないかと頼ったわ。


 けれども母はわからないと首を横に振った。


 これは彼がそういった、もはや治らない病気なのかもしれない。


 母は口に出さなかったけれど、彼らの両親はそう悟って泣いて帰っていったわ。



 また、これは別の時に起きたのだけど。


 村民の一人が森の中で狩りをしている最中、大けがを負って私の家に運ばれてきたの。


 私の母は薬草の知識はもちろん、簡単な外科的手術や、出産時に子供を取り上げることもできたから頼ってきたんでしょう。


 けれども、彼の怪我はもう施しようがなかった。


 全身血まみれだったから、程なく失血死してもおかしくない状態だった。



 でも───


 彼は生きていた。


 母が確認するために彼の傷口を見てみると、運ばれてきた時は開いていたというのに、衣服を取り払うと、彼の身体は傷が綺麗になくなっていた。


 奇妙なことがあるものだと、私も運んできた人間も怪我人も首を傾げたわ。



 そして、後々に繋がる決定的なことにみな気づき始めた。


 あの災害があった以降、村では子供がどの家にも生まれることがなかったの。よそから若い花嫁をもらっても。



 そして、5年、10年が過ぎ……フィリッポも含めた子供たちは、全く年を取らぬまま日々を過ごしていた。


 その異変を指摘したのは、よそから嫁いで10年になるフローネだった。



 彼女はある日、義母から子供ができない事をまた嘆かれ、それで夫といさかいを起こしたのか、夫から殺される! この村は呪われている! と村中を叫んで駆け回り、どこかに消えていった。


 その声は、外れに住んでいる私たちの家にも届くほどだった。



 その翌日の夜。


 普段はそんなことはないのに、家の外が妙に騒がしかった。


 何事かしらと思って外に出ると、松明を持った村人の一団だった。


 彼らのリーダーである男性がこう言ったわ。


「フローネが死んだ! 殺したニールはフローネを殺せと霊が取り憑いてると言ってる。お前たちが変な薬を俺たちに与え、呪ったんだろう。あの時の災害を起こしたのもお前らなんだろう!」



 ここは魔女の家だ。自分たちは魔女のせいで呪われたのだ!


 子供たちが成長しないのもおかしい!


 彼らは口々にそう叫んだわ。



 フィリッポの親もフィリッポを抱えながら、皆に同調して叫んでいたわ。


 どうしてこの子は大人になれないの!? と。


 さらに他の人は、自分はあの災害で子供を失い、死にたくて首を吊っても苦しむだけで死ねなかった! どうしてだ! と大きな声で私たちを責めた。



 私はもちろん、そんな事はしてないと反論したかった。


 でも出来なかった。


 口を開くよりも前に、誰かがまた叫び始めたの。



 殺せ。


 ここに住む魔女たちを殺せ!


 あいつらを殺せば、自分たちに掛かった呪いが解けるはずだ! って。



 それを号令に、家の窓の外にいた人間たちが、逃げられないように一斉に木の板を窓に打ち付け始めた。


 玄関の扉も、彼らによって強制的に閉められた。


 そして───


 家の四隅から煙が立ち込め始めた。


 彼らが私たちの家に火を放ったの。



 私と母は、急いで地下水脈につながった床下の穴倉に向かった。


 私が先に降りた。当然、母もそれに続いてくれると思った。


 でも、母はどこかに行ってしまい、戻ってきたと思ったら私に向かって一冊の本を投げ入れた。


「どうかこれをもって、早く外へ逃げなさい!」


 母の後では、赤い炎が轟々と燃えているのが見えた。


 続いて何かが崩れる音がしたかと思うと、母は倒れて悲鳴をあげた。


「お母さんも早く!」


 私はそれを拾い上げながら叫んだわ。けれど、母は首を横に振った。


「足が挟まれたの! 私はもう間に合わない! ……早く行って!」



 その瞬間、さらにガラガラと大きな音がした。母の体の上には燃えた木が倒れていった。


 母は動かなくなった。


 私はこれは現実じゃない。きっと夢なんだ。この目の前に広がっている暗い地下水脈を抜けて出れば、きっと夢から覚める。


 そう半狂乱になりながら、母から受け取った物を手に持ち、外へと逃げた。

 

 

 ……ええ。


 もうこれを話している時点で、私の身体も変化していた事を明かしているわね。


 だって、私は手に灯りを持ってないのに、暗い地下水脈を抜けて外に出られたのだから。


 夜目が効く身体へ変わっている事に。


 それに音。水が何処から流れてきて、どこへ向かっていくかで出口がわかったわ。




 それから私はどうやって逃げて、どこまで行ったのかはよく覚えてはいない。


 でも途中で母の残した本……手記を読んでいたことを覚えている。



 手記は前々から、母の身に何か起きたら読みなさいと言われていた物だった。


 中にはこのような事が書かれていた。


 薬草の種類、調合の仕方、傷の治し方、子供の取り上げ方など……


 でもそれらは、子供の頃から私はずっと見てきた事だし、手記を読まずとも全て頭の中で覚えて、理解していた。



 けれど、最後の数ページに記されたものは私の知る由がないことだった。


 私はあの奇妙な魚が打ち上げられた日から、呪われた身になってしまったのだと。


 自分が飲んだもの、岸に打ち上げられた魚は”人魚”と呼ばれる、この世のものではないものの血だった。



 あの叫んでいた老人は呪いがかかることしか知らなかったらしく、それ以外は何も言わなかったけれど、母はその先のことを知っていた。


 確かに人魚の血はごくわずかであれば、病気や怪我を直し、そして毒を消す果がある。


 しかし、欲を掻いてその肉を食べたり、血を大量に飲むことがあれば、その代償として死ねない体、そして子供は持てない体になってしまう。


 死ねない体。


 病気にならないのは当然として、首を絞めても、切り落としても、灰になったとしても、強烈な痛みと共に再生する体へ変化すると。


 

 でも、どうして母があの時、私に飲むのを止めさせなかったと思う?


 それは、あの時すでに病魔が私の体を蝕んでいて、長くは生きられないことを母は察していた。


 私は死ぬはずだった。それを防ぐために母はあの血を与えたの。


 どうしても私を死なせたくなかった。母は自分は恨まれて当然だと記していたわ。



 ……私はもう数百年は生きている。


 だから私はあなたとは生きられないの。あなたは私と別世界に生きている。

 

 どうか、明日には旅立って。どうか私があなたを欲する前に。

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