7.人生バラ色パッパラパー
ご無沙汰しておりま レビューが生えてる!?!?!
(信じられずに二度見しました思ってもみないサプライズまことにありがとうございます!)
意識がふわっと浮上して、同時に両目をぱちっと開く。躊躇いはなく、逡巡もない。脳が覚醒するよりも先に身体の方が起動する。ヘロルフの朝はいつだって、なんとなくのタイミングで始まる―――――けれども、その日はちょっとだけ、不思議な体験を伴った。
「お目覚めですか。我が君」
とても柔らかい声がしたので反射で視線を向けた先には美しいものが待っている。それはヘロルフと似た年代に思われる青年の顔をしていた。
「わ。すごい」
顔が良い。口から飛び出す感想の純度は百パーセントである。
そこには裏も下心もない。ただ純粋に顔が良かった。強いて言うなら絶世系の、国とか世界とか平気で傾けるタイプの色香を纏った美貌がヘロルフに微笑みかけている。寝転がったままの状態で首をちょっと横に捻れば目線がちょうど合う位置にとんでもない芸術品があった事実にパァの脳味噌は考えるよりも先に口を動かした。
「きれいがちかい」
綺麗なモノがとても近い。それはただの事実の羅列だ。実際とても近くにあった。なんなら枕元だった。超至近距離で芸術品に跪かれている気がする。お部屋の中は薄暗いのに間近にあるせいかよく見える美の暴力が目に眩しい。
あれ? なんで僕のお部屋に天使様の彫像があるんだろう。
寝起きで若干ぱやぱやしていた脳にようやく芽生える違和感、こんな調度品あったかしらと記憶を辿っての素朴な疑問―――――あれ? と首を傾げたところで枕にめりこむ側頭部。
まるで天使様じみた極上を誇る造形美、その顔面に見覚えがあるような気がしてヘロルフは瞬きを繰り返す。意図的に瞼をぱちぱちしても掻き消えたりはしなかったのでどうやら幻ではないらしい。推定天使様の慈愛の眼差しはその間もずっと注がれている。注がれ続けてぶすぶす刺さってそろそろ穴が開きそうだった。貫通は時間の問題である。
もしかしたら僕は寝ている間にうっかりぽっくり死んだのかしら、と彼はむくりと身体を起こした。予想に反してごくごく普通に起き上がれてしまったものだから、おそらく自分は死んではいない。じゃあこの天使様はどういうことなの、とアッパラパーは途方に暮れた。
突然の不幸に見舞われた荒ぶる死者が相手だろうが圧倒的な顔面偏差値で容易く鎮圧出来るので送迎担当をやっています、と言われても納得しか出来ない美貌の主はヘロルフの動きにあわせて立ち上がり静かに頭を垂れている。親愛と敬意を隠しもしない口上を述べる綺麗な声には興奮と喜色が滲んでいた。
「我が君、おはようございます。本日より正式に専属秘書としてお側に侍らせていただきます生涯の右腕オリフィエルめが朝のご挨拶を申し上げます―――――起床のお時間となりましたので、カーテンを開けさせていただいても?」
「あっ、良かったお迎えの天使様かと思ったら普通にオリフィエルくんだった。おはようございます朝早くからどうもありがとうございます」
ぺこりと軽く頭を下げて感謝を示すパァの言葉を愛おしそうに受け取って、オリフィエルと名乗った青年は洗練された立ち振る舞いで滑らかに部屋を横断しカーテンを開けて速やかにヘロルフの側へと戻る。いつの間にか手にしていたコップに流れるような自然さで水差しの中身を注ぎ込み、それを主君へと差し出すことが当然であるとの徹底した態度は昨日まで公爵令息として使用人に傅かれる立場だったとは思えない従僕ぶりだった。
あれ? と本日何度目かも分からない引っ掛かりがヘロルフを襲う。
「ところでいつもの皆さんが一人もいらっしゃらないような気がするんですがオリフィエルくんが僕のお部屋にいることと何か関係あります?」
「はい。大いに関係あります。実は本日未明をもちまして国婿担当の従僕すべてに再教育を申し渡したので我が君のお世話を受け持つ栄誉は私のものとなりました。今までお側に侍っていた者どもについてはそうですね―――――お忘れいただければと」
にっこり、と眩しい笑顔で美貌の主はそう言った。建前で再教育扱いにはしましたが再配備する気は更々ないので連中のツラなど覚えていなくても何の問題もございませんをストレートに表現するとこうなる。ヘロルフは目を瞬いた。忘れちゃってもいいのかしらと小首を傾げるパァを見て、正しくすべてを察したらしいオリフィエルは直球さのレベルを上げた。
「全員クビにした以上もう会う機会もございませんのでお忘れいただいて大丈夫ですよ」
「そっかあ、全員クビに―――――なんて?」
晴れやかスマイルを炸裂させて清々しくさらっと言い切ったところでその内容は穏やかではない。第六感が鋭いものならうっすら寒さを感じるような何かを美貌でコーティングした天使面装備の魔性属性は朝っぱら絶好調だがあまりの急加速に置いていかれたヘロルフはぽかんとするしかなかった。というか「クビになった」ではなく「クビにした」という時点で強い。再教育という建前を秒で自ら蹴倒していくスタイルから漂う強者の気配に思わず呆けるアッパラパー。そんな主君を慈しむ目でオリフィエル青年は補足を入れる。敢えてパァにも分かり易いよう噛み砕きまくった物言いで。
「昨日めでたく我が君に召し抱えていただけましたので、必ずやご期待に添える働きを示さねばと奮い立ちまして―――――まずは足場固めをと面通しも兼ねて職場環境の把握に努めたところヘロルフ様付きの使用人たちの質がなんともアレでしたので善は急げと一掃しました。ご安心ください、我が君がお目覚めになる前に片付きましてございます」
おやすみの間に害虫駆除はしれっと済ませておきました、と爽やかに頼もしい発言をぶちかましてくるオリフィエルだが冷静に考えれば考えるほど昨日の午後にテイクアウトしてきた新参者の所業ではない。使用人の質がアレ、とふんわりした表現に留めているが皇帝一家のお膝元で『国婿』という準皇族に接することを許されていた複数人をあっさりクビにするための権限を握るのが早過ぎる。どうやってその展開に持っていったのかも謎だった。わらかない。本当に分からない。なにをどうやったらそうなるのかは魔性と呼んで差し支えない絶世の美貌だけが知っている。
「僕がすやすや寝てる間に皆さんがあっさりまとめてクビに………?」
「事後報告になりましたこと、心よりお詫び申し上げます。差し出がましい真似をお許しください。ですが御身に近しい者を見定めるのも私の務め。配慮の足らぬ未熟者、主の情報を漏らす無能、慎みを忘れた恐れ知らずに風紀の乱れを厭わぬ輩―――――国婿の側に置くべきでない者は今後とも速やかに取り除いていく所存にて、何卒ご理解くださいますよう切にお願い申し上げます」
かしこまった口上に、ごくり、とヘロルフの喉が鳴る。お水を飲んだ音だった。彼は彼なりにアッパラパーな思考回路をフル回転させ素直に最初の言葉を選ぶ。それはなんとも馬鹿っぽかったが彼は彼の理解出来る範囲をそんなに間違えたりしないパァなので端的に言えばオリフィエルに対しての最適解だった。
「じゃあ、それじゃあ、オリフィエルくん―――――難しいことはよく分かんないけど昨日来たばかりで徹夜したんです?」
それはそうかもしれないけれども着眼点はそこじゃなくない? と突っ込む輩は残念ながらこの場に居ない。聞く者が聞けば三回転半捻りくらいの勢いで横転しそうな台詞を堂々と真剣にパァは宣う。それは普通に知人を案じる善人の労りに満ちていた。
「ダメですよ、夜はちゃんと寝た方がいいと僕は思います」
「アッ、申し訳ございません理想の主君を得た幸福に昂って眠れなかったので………つい」
照れて恥じらう様子を見せるオリフィエルを一言で表現するなら目に毒でしかなかったのだがパァには無効の演出なので事故の類は発生しない。一種の奇跡がそこにはあった。本人達だけが気付いていないし気にしてもいない謎のミラクル。
「その、どうせ寝付けないのであればいっそのこと今のうちに大掃除を、と深夜テンションで張り切ってしまい………我が君にとっては一夜の出来事でも私にとっては体感一年くらいあったので割と余裕というか、つまり私は今後とも可能な限りお側に侍って万難を排させていただきたく」
「ええ………出会ってからまだ一日も経っていないのにオリフィエルくんが頑張り屋さん過ぎてどうしたらいいんだろう………でもとりあえずやっぱり夜はきちんとお布団で寝ましょうね?」
「善処させていただきます―――――あの、私が我が君のお世話を一手に引き受けることについてはよろしいのですか?」
「よろしいですよ。ていうかそれよりオリフィエルくんひとりじゃ流石にお仕事大変なのでは?」
「ご心配なく。ご褒美です」
回答としてはおかしさしかない発言をにこやかに差し込んでくる青年の顔には迷いがなかった。第三者が見れば「血迷っている」と言われかねないのは別として。
「具体的に申し上げますと『おはよう』から『おやすみ』までのすべてをお任せいただけるなんてこのオリフィエル幸甚の極み―――――と、申し訳ございません。昂るあまり目覚めの一杯の提供が遅れてしまいましたことを深くお詫び申し上げます。本日はエイジャン地方で採れた朝摘みの茶葉を使ったものを敢えてストレートでご用意しました。長らく愛飲なさっていたというドッカノ地産の茶葉よりも我が君の舌に合うのでは、と思い僭越ながら変更させていただきまして………ふくよかな香りと茶葉本来のほのかな甘みをご堪能いただければ幸いです」
「あ、オリフィエルくん。鼻血鼻血」
「これは重ねて失礼を。処置を済ませ次第急ぎ紅茶を淹れ直させていただきま―――――」
「わ、このお紅茶とってもおいし………え、なんだろこれとにかくおいしい」
「我が君? ご忠言申し上げます、得体の知れない液体が混入しているかもしれない飲食物に口を付けてはなりません」
「ずっと目の前で見てましたけどオリフィエルくんの鼻血が入ってる可能性はゼロだったのでそんなに心配しなくてもいいんじゃないかなあと僕は思います」
気にしなくても平気平気、みたいなノリでぱやっぱやな理屈とも呼べない自論を述べるヘロルフにオリフィエル青年は頭上を仰いだ。別に鼻血が垂れてくるから戻そうとしているわけではない。この危なっかしい生き物を我が身命を賭して守らねばと噛み締めているだけである。
「畏れ多いことですが、アウフスタ第一皇女殿下のお気持ちがよく分かる気がします」
「うむ。よく言った、オリフィエル。そなたであれば解するものと分かってはいたがそれはそれ、ヘロルフの良さを知る者が増えるのは大変喜ばしい」
一定の者の目にしか見えない花が乱舞する一歩手前の空間に突如降臨しながら最前列正面理解者顔で満足げに頷くアウフスタだったが朝っぱらから覇王系の婚約者にお部屋を突撃訪問されたヘロルフは普通にびっくりしたしなんなら失礼にも二度見した。え? なんで? いつからそこに? みたいな気持ちで二度見した。
「おはようございますアウフスタ様? え、なんでアウフスタ様?」
「おはよう、ヘロルフ。良い朝だな。先触れもなく突然すまぬ。許せ。そなたに会いたくなった」
「わあい朝からファンサがえぐい。許すも何も気分的にはウェルカムなのでなんの問題もないんですけど僕ちょっとお支度がまだでして………あの、寝癖とかその他とか整えるお時間いただいても………?」
「うむ、時間が時間ゆえそれは当然の要望である。この場合の非はこちらにあるのでそなたは何も気にするでない、私は出直すとしよう。ああ、新しくヘロルフ付きとなる使用人の選定は可能な限り急ぐ予定だが、少々時間が掛かりそうでな―――――すまぬ。しばらくは不便を強いる」
「アウフスタ様がごめんなさいする程のことじゃないと思います。あれ? アウフスタ様、もしかしなくてもオリフィエルくんがクビにしたらしい皆さんの件を既にご存じだったり?」
「ご存じも何もクビにする許可を出したのはこの私だが」
「えっ、じゃあオリフィエルくんだけでなくアウフスタ様も徹夜したんです?」
だから着眼点そこじゃなくない? みたいな突っ込みはやっぱり飛ばない。それを言われるとは思わなかった、みたいな感じで目を丸くするアウフスタから視線を逸らさずヘロルフはベッドから下りた。この際「パジャマのままベッドの外に出るのは国婿には許されません」とかいう帝室の謎ルールはガン無視である。実際気にする必要もない真っ赤な嘘ではあるのだがこの事実はあまり重要ではない。高貴な方々にはよくわからない縛りが多くて大変だなあと疑うことなく受け入れた結果が今に繋がっているのだが、彼にはその自覚さえない。
あるのはたったひとつの主張だ。
「夜通し起きてお仕事するのは頑張り過ぎだと思うので夜はちゃんと寝てください。お忙しくて難しいとは思いますけど休んでください。アウフスタ様が働いてるのに自分だけぬくぬく寝てると思ったらなんだか申し訳ない気分―――――に、なるのでこれからは僕も意味なく徹夜しますね頑張ります!」
「ははははは、そこは頑張るでない。付き合いで無意味に徹夜などするものではないぞヘロルフよ。しかし気持ちは受け取った。良い、愛い。そなたが言うなら今後徹夜は無しとしよう」
頼もしさが留まるところを知らない圧倒的な覇王の貫禄でゆったりと請け負うアウフスタにオリフィエルが追従して頭を垂れる。ヘロルフを徹夜に付き合わせるという発想がこのふたりにあるわけない。
「そういうわけだ、オリフィエル。我が伴侶が心配するゆえな―――――業務時間内で片を付けるぞ。徹夜は許されぬ。心せよ」
「はい、アウフスタ第一皇女殿下。かしこまりましてございます」
系統違いの美人と美人がタッグを組んでいる理由がまさか自分自身にあるとは夢にも思っていないヘロルフは、心の底から眼福だなあとおかわりの紅茶をぐいっと飲んだ。やっぱりこのお紅茶おいしい。
なんとも平和な朝である。
次回、ダンサブル所望←




