シレーナでの発表会 前日その3.5
「はぁい、次は立ち位置の確認するよー。」
「こういう発表でも立ち位置確認とかってするのか?論文発表とかの時はちゃんと机とかの目印があるからわかりやすいけどよ。」
「そりゃあ、今回の発表の流れの場合、軽く話した後、映画鑑賞会、そしてその後質疑応答って感じだから、その三か所の立ち位置を決める必要があるからね。それに舞台でもこういう立ち位置はちゃんと場面場面によって決めたりする物だからね、それに比べれば今回はまだ簡単な方だよ。」
「エッセ、映像の確認はもう済んでいるかしら。」
「早送りだけどすでに確認済みだよ。照明は……トークに使うスポットライトはこれでまあ構わないかな。まあこういうのはティハの方が詳しいだろうね。映画中の照明は無しで頼むよ、代わりに映像の方をもう少し明るめにしてくれ、今回は暗さが重要な映画じゃないからね。」
エスセナが入ってからの作業の進行ペースは早かった。
流石は前世でも今世でも女優をやっている人だ。
というか、前世ではドラマや映画の女優で、舞台がメインになったのは今世になってからであろうはずなのにそれに慣れて、それを更に前世での知識と今世での知識を織り交ぜて臨機応変に指示を出していく。
エスセナが分からない質疑応答などの部分はウルティハとジュビア先生、議論などの部分はコミエドールの貴族代表の私とその補佐のフレリス、といった分け方で作業を進めていく。
やっていると思うが、荷物の搬入などは業者に任せたり最初の設置などは劇場の人がやってくれているとはいえ、一日で舞台に必要な物を組み上げていくという物は、舞台では少なくないと聞くものなのだから、恐ろしいと思う。
子供の頃に舞台を見たりするという事はあったが、そういう事をやっていたのかもしれないと考えると凄いなと思ってしまう。
そんなこんなで、エスセナの指導の元何とか深夜になる前に作業は終わるのであった。
場所は移ってホテルレモリーノの休憩スペース。
三人で話したかったので私、ウルティハ、エスセナの三人で椅子に座って会話する。
「ようやく終わったわね、準備が。」
「終わった、といっても準備が出来ただけだからなー、本番は明日だ。」
「そうだね……明日で、この世界に置ける表現の世界に革命が起こるかもしれないし、何も出来ずに僕の道が閉ざされてしまうかもしれない。」
「「…………。」」
「……なんだい二人とも、随分真面目な顔しているじゃないか。緊張しているのかい?らしくもないなあ。」
笑ってそんな事を言うエスセナにも、いつもの余裕を感じない。
いや、余裕があるように振る舞ってはいるがジュースを持つ手は小刻みに震えている。
私達が緊張しているのは事実だとは思うが、エスセナでさえ普通の精神状態を保っていない。
それが、明日私達がどういう事をしようとしているのかを物語っているような気がする。
その道の追究者でさえ、緊張しているのだ。
私達が果たしてどれくらいの事が出来るのか。
そもそも私達に出来る事があるのか。
そういう気持ちが少しだけ、少しだけ心を支配しそうになる。
そんな私達を見越してか、エスセナはジュースの入ったグラスを片手に立ち上がる。
「僕達は、明日出来るという事の証明をしに行くんだ。出来ないなんて可能性はあり得ない。何故なら天才である僕と天才であるティハと天才であるマルニが居るんだ、出来ないはずが無いだろう!?」
「……何だ、演説でも始まったのか?お前のちっこい身体じゃ胸張ってもどやってるだけに見えるぞ。」
「というか私は何かの天才ではないでしょう、魔法の天才二人と違って私は騎士志望でも最上位というわけでも無いのだし。」
「僕は小さくても大女優なんだ!あとマルニは闇属性を使えるというだけで天才だろう!」
「あ……りがとう?でも闇属性は天才というよりもむしろ厄災な気がするけれど……。」
「僕が天才だと認めてるからいいのさ!全く、話の腰を折る二人だね……ともかく、僕達は失敗しに来たんじゃないんだ。魔物討伐も、魔法の開発も、ここまでに至る全てを僕達は乗り越えてきた。」
エスセナのグラスを持つ手に力が入る。
「僕達は、これまでも、今回も、そして、その先の何があっても、乗り越えていける。それを明日、証明しに行くんだ。……それが出来るくらいの事を、僕達は、やってきた筈だ。僕は、私は、そう思っている。」
「「……。」」
ここまで真剣な顔で、私達を認めてくれているのなら。
ここまで真剣な顔で、私達を信じてくれているのなら。
ならば、もう応えるしか無いではないか。
私とウルティハはお互い顔を見合わせると頷き、エスセナと同じようにグラスを持って立ち上がる。
「根拠の無い自信……って普通なら言う所だけど、他でも無いこれまでのアタシ様達自身が最大の根拠、ってか。言ってくれんじゃないの。」
「そうね……私達の事をそこまで言ってくれるなら、応えなきゃプライドが許せないわ。」
「二人とも……。」
私達は三人、それぞれを笑って見合わせる。
プレッシャーや緊張が無くなったわけではないけど……もう、迷いは無い。
「僕達は、普通で居られない。普通で居る事が出来ない。だからこそ、普通じゃ出来ない事を、やってやろうじゃないか!」
「「「おーっ!!!」」」
カチャン、とグラスを私達は合わせるのであった。
プレッシャーはあるけど、緊張はあるけど、迷いは無くなった。
でも、もう一つだけ思う事がある。
時間はもうすぐ深夜。
私はいつもと違う土地で、いつもと同じ事をする。
レモリーノの出入口の外で、潮風を感じながら。
『わわ、マルニ様っ。今シレーナに居るんですよね?今日はてっきりもう疲れてお休みになっているかと思ってましたっ。』
「私も疲れたから、少し話して寝るわ。少しだけソルスに聞きたい事があったから。」
『今日もお声を聞けて嬉しいですけど、私に聞きたい事、ですか?』
「…………。」
『……マルニ様、無理をしているなら、無理はしなくて大丈夫ですからね?私もマルニ様が決心がついた時に、お話は聞きますから。』
ブローチの先から、聞こえる優しいソルスの声。
ああ、なんと聡い、そして優しい子なのだろう。
私の薄汚い心なんて、あっさりと見抜いてしまうくらいに。
……いつか、本当の事を全て話す日が来るのだろうか。
それとも、私が転生者であるなんて事は話す事無く、この世界という物語から消えていくのだろうか。
どうなるかの確証は全くないけれど。
せめて、今だけは、少しでも私の思っている事を話したい。
「大丈夫よ、ありがとう。……ねえソルス、もし、もしもよ?私が貴女に、皆に、嘘をついていたとしたら、騙していたとしたら、貴女はどう思うかしら?」
『へ?それでもマルニ様を信じますよ?』
「……あ、あっさり言うのね、貴女。」
返ってきたあっさりとした返答に思わず戸惑う私。
そんな私に対して、全く変わらない様子でソルスは続ける。
『だって、マルニ様がそういう嘘をつくという事は、そういう嘘をつかないといけない理由があるという事だと、私は思いますから。だから、疑う理由なんて私には無いです。』
「……全く、貴女には敵わないわね。……ありがとう、もう寝るわ。」
『ふふ、変なマルニ様ですけど、それで気持ちが晴れたなら私も嬉しいですっ。ではおやすみなさい、マルニ様っ。』
「ええ、おやすみなさい。良い夢を。」
それからすぐに私は部屋に戻った。
もう部屋は暗くなっていたから、フレリスはもう寝ているのだろうかと思いながらベッドに潜り込む。
……でも、試しにフレリスにも聞いてみたい。
だから、そんな出来心で声を出してみた。
「ねえ、フレリス。」
「なんでしょうか、お嬢様。」
「……貴女、起きていたのね。」
「寝ていましたよ、でもお嬢様が帰ってきた音で起きました。全く、私は一応戦えるのでメイドであり護衛の代わりでもあるのに一人で出歩くとは。」
「ご、ごめんなさい……。」
「怒っていませんよ、それで、何かお話でもありますか?」
フレリスの声は、ソルスとはまた違う優しい声だった。
前世でも今世でも一人っ子な私だけれど、フレリスはこうやってお姉さんのように話してくれる。
本当に、この人が最初に私を連れ出してくれた人で良かったと感謝すると同時に、申し訳なさも感じる。
「……ねえ、フレリス。もし、私が貴女に嘘をついていたとしたら、どう思うかしら?」
「嘘、ですか。時折態度というか様子が変わっている事でしょうか?」
「……!!?貴女、知ってたの……!?」
「知っていた、というより、お嬢様に身近な方なら薄々勘づいているかと思いますよ?お嬢様、たまに子供っぽいというか、何だかんだ年頃にはしゃいでる時も見えるので。」
なんという事だ。
今まで長年完璧にやっていたと思っていた令嬢モードがまさか時折ぼろが出ていたとは。
これはとんでもない失態である。
これからはもっとバレないように気をつけないと……。
と、顔が赤くなるのを感じながらそう思っていた時であった。
「でも、それはお嬢様に身近な方しか気づかないくらいのものですし……それに、そういう方なら、いちいち指摘もしないと思いますが。」
「そ、それは……なんでかしら?」
「だって、どちらも貴女様は素敵なお嬢様ですから。だから、それを笑ったりバカにしたりする理由にはならないのです。」
「……!」
「……ですから、本心でどう思っているかまで推測は致しません。どちらも大事な貴女様だと想っていますから、どちらの心もお大事にしてくださいませ。それが、貴女の姉代わりであり仕えるメイドとしての、私の願いでありますから。」
「……わかったわ。……おやすみなさい、フレリス。」
「ええ、おやすみなさい、良い夢を。」
「……ありがとう。皆、大好きよ。」
私はそう聞こえないように、小さく呟いた。
全く。
全く。
今日という日は、何というか……気恥ずかしいというか、照れくさいというか。
そんな気持ちにばかりさせられる日だ。
私は赤くなっているであろう顔をフレリスに悟らせないようにしながら、眠りについた。
明日は、明日も、頑張ろう。
35、と言いながら長くなりました。まあソルスの出番がまだほとんど通話越しになるのでフレリスやソルスとの会話はどうしても小話になってしまいやすいのでこうやってまとめて書きたいという気持ちがあるのでこうなりやすいですね。早くソルスを本格的にストーリーに絡ませたいです、ある意味そこからが本番とも言えるので。さて、いよいよマルニ達の最初の試練も次回からが本番になります。劇の脚本づくりのようなものをするなんて久しぶりなので緊張感で痺れますが、頑張って行きたいと思います。