【闇の聖女】2
時間は夕方。
もう皆寮や家に戻る頃。
私も例外ではなく、寮の自室に戻っていた。
「フレリス、ちょっといいかしら?」
「なんでしょうか、お嬢様。」
私は椅子に座ってフレリスを呼ぶ。
一応上下の関係があるとはいえ、私はあまり気にしない……というか、私は正直、フレリスと一緒に食べたりしたいから一緒に向かい合って食べるテーブル。
話がある時なども向かい合って直接話すようにしている。
今回も、話したい事を話す為に料理がひと段落する頃を見計らって声をかけた。
私の向かいに座るフレリス。
私は、少し緊張していた。
フレリスの事だから変な事を言わないのは分かってはいるが、それはそれとして今から私が切り出す話は明らかにフレリスの常識とも違うであろう話だ。
だから、何と答えが返ってくるのか……と、ついつい肩に力が入ってしまう。
私は、エスセナから借りた脚本案の書類を見せる。
「これを、見てほしいの。」
「これは……今度やる映画……でしたか。その脚本ですか?」
「ええ、あくまでも仮案だけどそれでもほぼ完成案ではあるらしいから。」
「それは、私が見ても良い物なのですか?私が誰かに内容を漏らすという可能性もありますし、そうでなくとも私は内容を知っているというのはあまり良い事ではない気がするのですが。」
「中身を見る事についてはエッセから許可は貰ってるから大丈夫。中身を見るのが嫌なら見ろとは言えないけれど……ちょっと中身について話したい事があったから。」
「ふむ……話したい事、ですか。」
フレリスは少し考えるような姿勢を見せた後、決意したらしく脚本を手に取る。
パラパラと、あくまでも軽く、ざっと見る、というように。
フレリスは何処で習ったのか自力で習得したのか知らないが、かなり速読が得意だ。
書類も本もあっという間に読んでしまう。
瞬間記憶能力でもあるのかと疑っていた時期があったくらいだ。
今回もあっさり読み終った。
パタン、とフレリスが脚本案を纏めた書類を閉じて置く。
「読み終わりました。」
「流石の速さね……で、どう思ったかしら?」
「どう、とおっしゃいますと?」
「そ、その……変、だと思う所は無かったかしら?」
「変、と言いますと?」
「そ、その……。」
私は言い淀む。
自分の役を変と思わなかったか、とはハッキリは言いづらい。
まるでエスセナの脚本を否定しているように聞こえるし、でも肯定したら肯定するで色々変な気がするし。
それを見透かしたかのように、くす、とフレリスが笑う。
「そうですねぇ……お嬢様が気にする辺り、『闇の聖女』なんて世間に受け入れられるか分からないし、仮に受け入れられたとしても自分に合うかわからない、と言った所でしょうか?」
「なっ……も、もう、わかって言っているんじゃないっ。」
「ふふ、ごめんなさい、マルニお嬢様が可愛かったもので。」
「もう……意地悪、いじわるだわ。」
ぷくり、と私は頬をふくらます。
くす、とフレリスがその綺麗な顔を崩して微笑むのが映えるからまた小憎らしい。
「ふふっ……でも、そうですね……私から言える事はそう多くは無いですよ?」
「演劇の方の意見としては特に求めていないわ。そういう事までフレリスに求めはしない。」
「ええ、わかっていますよ。ですから、私から言える事は二つ。まず、私からより、もっと意見が欲しい人が、マルニお嬢様には居るはずでしょう?」
「……そうね。」
フレリスの言う通りだった。
意見が、正確には、肯定してほしい人はもう一人居る。
フレリスは脚本を私に返しながら言葉を続ける。
「そしてもう一つ言わせていただくなら……私が何年、マルニーニャ・オスクリダのメイドを務めたと思っているんですか?」
「……え?」
「私は今までもずっと、そしてこれからも。貴女様が闇に道を迷ったりしない限り、ずっと貴女様を支えていくつもりですよ。……いえ、きっと、闇に貴女様が迷ったなら、私もマルニお嬢様の手を引いて連れ戻しますとも。……もっとも、それが一番出来そうなのは私ではないようですけれど、ね。」
「っ……そうね。貴女は、いつもそういう人だったわね。……ありがとう、フレリス。私を沢山支えてくれて。」
「いいえ、私の方こそ、お礼を言わせていただきたいです。」
「フレリスが?」
私は首を傾げる。
何かお礼を言われるような事を言っただろうか?と。
フレリスは、柔らかく笑みを見せながら言葉を紡ぐ。
「私の言葉が欲しい、私の言葉で答えてほしい、と。そう思っていただけただけで、マルニお嬢様に仕えてきて良かったと。そう思いましたから。」
「っ……当たり前よ。これからも、貴女の支えが私には必要なんだから。」
「ええ、もちろんですわ。これからも、お仕えさせていただきます。」
私が欲しい答えは、一つは得た。
後は、もう一人。
『私に聞きたいこと、ですか?』
「ええ、前に言った、映画についての内容の話になるのだけれど……。」
『いいですけれど……前にも言った通り、私は演技の事とかは分かりませんよ?』
「わかってるわ、だからこそ、内容、についての話よ。」
『……分かりました。』
私の声色が、いつもより真面目な声だからだろう。
通話先のソルスの声も、真面目な声になるのがわかった。
私も、大きく一つ、深呼吸をする。
緊張はするけれど、だけれど。
フレリスも応えてくれたのだから。
だから、大丈夫。
「ソルス……もし、闇属性を使いながら、人々を助ける、【闇の聖女】がもし居るとしたら、ソルスは、どう思うかしら。」
『闇の聖女、ですか……?それって、マルニ様にピッタリじゃないですか!』
「えっ……?」
すぐさま返ってきた言葉に私は驚く。
その驚きにソルスは気づいてか気づいていないのか、分からないが言葉を続ける。
『マルニ様は闇属性の魔法を使うけれど、私や孤児院、コミエドールの皆を沢山助けてくれました!聖女って言葉が、どれくらい頑張れば聖女って言われるのか私にはわからないですけれど……きっと孤児院の皆やコミエドールの沢山の人達が、闇の聖女が誰かって言われたらマルニ様って答える筈です!』
「で、でも私の家はオスクリダ家だし、それに心の闇を持つ闇属性の使い手なのよ……?」
私の言葉を聞いたソルスは、そこから更に真剣な声で私に答える。
『……私、前から思っていたんです。光属性は心の光、闇属性は心の闇、って本当なのかなって。だって、悪い人も良い人も世の中にはいっぱい居ます。なら、皆少なからず光属性や闇属性を持っていないとおかしいんじゃないかって。でも、光属性も闇属性も無くても、良い人も悪い人も沢山居るんです。なら、闇属性を使う良い人が世の中に居てもおかしくないんじゃないかって。』
「ソルス……それは……。」
『変な事を言っているのは自分でも分かってます。それって、世の中の常識に反する考えだって。でも、私には、その常識を疑いたくなってしまうんです。そして……その闇属性を使う良い人が、マルニ様なんです。』
「私……なの?」
『はいっ。マルニ様は、光属性が使えないのが不思議なくらい、貴女は私の中の光なんですっ。だから、私にとって闇の聖女はマルニ様、貴女なんですっ。』
「……そう、そう。……ありがとう、ソルス。私にとっても、貴女は私の中の光よ。」
『本当ですか!?ありがとうございますっ、本当にありがとうございますっ!えへへへへ……。』
ソルスの弾む声。
その笑顔が私の瞼の裏に浮かぶ。
(ああ。ああ。きっと、本当に、輝くような笑顔で、君は笑っているんだろうな。)
「……答えは出たわ。ありがとう、ソルス。」
『えへへ、はいっ!私こそありがとうございます、マルニ様っ!』
「ええ、本当に……ありがとうね。」
私は心の中で決心をした。
私は、この役目を受け入れよう、と。
私が、演技だとしても。
私は、闇の聖女に成ろう、と。
なんか書きたいことを書いたら普通に長くなりましたね……分割にして正解でした。さて、年末が近づいてきました。年末くらいは遊んだりだらだらして身体と心の回復を図るべきか、それとも年末も変わらず執筆を頑張るべきか、今悩み中です。更新ペースがどうなるかわかりませんが…いい年末を過ごして来年を良いスタートを切れるようにしたいですね。