壁の高さ、それを飛ぶ勇気
小話というか、幕間くらいの文量で書くつもりが今までで一番長くなった気が……本当にどうしてこうなった……まあ、必要ノルマは達成という事で。
『演劇、ですか?』
「ええ、今度皆で観に行く事になったの。フレリスも含めて特別にってことで。ふふ、先生も含めてなんて不思議な話だけれど……アルやソルスとも行きたかったのは残念だけれどね?」
『えへへ、私もマルニ様やアル君と一緒なら楽しそうだなぁって思います!でも……私はそういう、演劇とかはあまり知りませんから、私はあまり気の利いた言葉は言えないと思いますよ?』
「私もそう言う事についてはあまり知らないから、ほとんど同じような物よ。それに、演劇という物はあまり知らなくても、例えば今流行りは英雄譚などが流行りだと聞いたわ。歴史に残った英雄の話なんかなら、ソルスが勉強した物語もあるでしょうから、そういう意味では楽しめるんじゃないかしら?」
『なるほど、それは確かに……!本で読んだり勉強で習った物語がそういう風に見れるなら、確かに楽しそうです!』
「ふふっ、でしょう?なら、いつか観に行ける時は一緒に行きましょうね。もちろん、お友達も出来る限り、いっぱい連れて行って。」
『本当ですか!?はいっ、約束です!あ、でも……私は、マルニ様と二人きりでも楽しそうだなぁ、なんて……えへへ。』
「な、何を言ってるのっ……もう、全く困った子ね。妙な事言ってないで、そろそろ寝る時間じゃないかしら?」
『そうですね……今日はここまでですね。じゃあ、マルニ様、おやすみなさい。次はお話、いっぱい聞かせてくださいねっ。』
「ええ、ソルス、おやすみなさい。良い夢を。」
魔力通話を切ると、私はブローチを仕舞ってベッドにごろり、と寝転がる。
今日はちょっとやばかった。
ソルスが急に可愛い事を言ってくるものだからつい感情がちょっと暴れそうになった。
全く、こっちがどれだけドキドキするのか、ソルスはわかって言っているのだろうか。
それにしても、つい軽はずみに言ってしまったが……。
「約束、ね……それを果たせる日は、来ないかもしれないけれど。」
私は一人、窓の外の月をぼんやりと見ながら呟く。
私の呟いた声を、月も春の風もこの部屋も聞いてはくれない、何も応えてはくれないけれど。
何も呟かずには居られなかったから、そう呟いた。
この月を、私は後いつまでこの場所から見て居られるのだろうか。
春の風は、私をこの時期までここで歓迎してくれるのだろうか。
この部屋で、あと何度こうやって過ごして居られるのだろうか。
答えの出ない問いを自分の心の中で繰り返し。
私はベッドの中に入って眠る事にした。
交わした言葉は楽しかったのに、少し、少しだけ、涙が出たような気がしたのは、気のせいにしておこう。
コミエフィンの劇場。
演劇を観る日はあっという間に来てしまった。
もちろんそれまでに何もしていなかったというわけではない。
エスセナに魔導カメラなどで集めた映像を見せたりしたし、逆にエスセナが今回観る演劇に関する資料を持ってきてくれたのでそれを観て知識を深めるという事はしたつもりだ。
魔法についての事は、主にウルティハが説明し、私が補佐する事にした。
……まさか魔法の名前に込められた意味が【ああいう意味】だった事には驚いたが。
あの時の二人の顔は見物だった。
あまりにも珍しい顔を二人ともしていたから、しっかりと記憶に刻んでいる。
もしかしたら、私は邪魔だったかもしれないけれど。
演劇の事については、劇の内容はもちろん、劇団の構成員や作風、知っていた方が良い豆知識まで、様々な事を教えてもらった。
多分予習はばっちりな筈だ。
「それにしても……フレリス様、私の分まで観覧席の確保、本当にありがとうございます。私はこのような大衆演劇を観る機会はマルニお嬢様と同じく全然無かったので、メイドの身分でありながらご一緒させていただく事が出来てとても嬉しく思っています。」
「構わないさ!演技を一人でも沢山の人に観てもらう、というのは、きっと役者冥利に尽きる話だろうからね!」
「私も感謝しているよ。家から勘当された身としては、このような娯楽に気軽に行く事はそうそう出来なかったからね。良い気分転換の機会とさせてもらおう。」
「アタシ様はセナに連れて行ってもらう事とかセナの演技観てたからな。この中では経験者ではあるな!」
「そろそろ開演の時間ね。私も楽しませて、そして学ばせてもらう事にするわ。」
なるべく小さい声で皆で話していたら、いよいよ開演の時間が近づいてきた。
前世では映画館すら経験した事無い私だが、それらしく静かに待つ事にしよう。
そして、舞台の幕は上がった。
『私の思いが、どうか神様に、守護龍様に届きますように……。』
『おお、見ろ!彼の物の元に、光の魔力が集まっていくぞ!』
『これが、光の君の力だと言うのか!』
『これがあれば、闇を祓う事も出来るかもしれない!皆、光の君シオンの導きのままに、我らも進むぞ!』
『おおう!!』
「………」
今日の演劇は、演劇の中でも特によく使われる題材、このインフロールの国の始まりの物語。
歯抜けの歴史の中でも比較的ハッキリと内容が残されている、初代国王オリヘンと、その妻となった光の君シオン、そして龍神ドラゴディオスのお話だ。
内容だけかいつまんで言えば子供の教科書レベルにこの国では当たり前の歴史物語の内容である。
かつて、さすらいの剣士だった後の初代国王オリヘンは闇の魔法を使う悪しき魔王に反逆した。
闇属性の魔法に当時は抵抗する手段もあまり研究されていなかったらしく、オリヘンは様々な仲間たちの力を借りて革命をするも決定打に欠けたオリヘンは次第に追い込まれていく。
いよいよ魔王の手がオリヘンに迫る、といった所で、貧民出身であり、オリヘンを反逆開始時からずっと健気に支えてくれた女性、シオンが光属性の魔法に覚醒。
光属性の魔法は魔王の魔法を弾き、更に龍神として伝説が残っていたドラゴディオスが覚醒しオリヘンとシオンに力を貸す。
その加護によりオリヘンとその仲間たちは見事闇の魔王を打ち倒し、革命を果たしたこの国は新たな国、インフロールの名前を得て、後にオリヘンとシオンはめでたく結婚して物語は幕を閉じる。
この国で光属性が有難がれ、闇属性が忌み嫌われる大きな理由と言えるのがこの物語だ。
というか、私は初めてこの物語を聞いた時、何故闇属性の魔法が今でも細々とはいえこの時代にも生き残っているか不思議に感じたものだ。
最悪、魔王の血筋かもしれないし、仮にそうなら一族諸共滅ぼされてもおかしくはない話だ。
まあオリヘンやシオンがそこまで苛烈な性格ではなかったから今のインフロールの歴史があるのかもしれない。
もしくはそこら辺は気にかけて危害を加えたりしないようにしたのかもしれない。
因みに私はこの物語の存在は知っていた。
もちろんマルニになって勉強した内容にもあったが、もちろん私が言っているのは前世のゲームの中での話である。
とはいえ、ここまで詳しくは知らなかったが。
ゲームのプロローグや時折このお話の内容が出てくるのである。
プレイしている時はちょっと興奮したものだ。
だってタイトルの「光の君」、という物の意味がこのシオンにも掛けられた意味である事が分かるのだから、ソルスはそれだけ特別な存在だと感じられて。
しかしまあ、まさかその世界に転生してよりにもよって闇属性使いのマルニーニャになって生きることになるとは、人生よく分からないものである。
年甲斐もなくそう達観してしまう私であった。
とはいえ、だ。
こうやって生で演劇を観る、というのを、肌で感じるという物を私は少々甘く見ていたのかもしれない。
役者達の真剣さが表情に伝わる。
いや、その真剣さ故に、役者と役という物の境目は曖昧になる。
まるでその人物が本当にオリヘンとシオン達本人だと錯覚してしまうくらいに。
まるで虚構と現実の区別が分からなくなってくるかのようだ。
魔法や魔道具による演出も負けていない。
むしろ、前世で多分出来ないであろう魔法を使った、観客もその迫力を体験するかのような演出には心が踊った。
脚本も凄い。
王道かつありふれた題材故に脚本ごとのアレンジという物は恐らく必要になってくる物だろう。
この脚本は、凄い。
時折コミカルに、時折シリアスに。
それでいて不自然ではなく、まるで最初から歴史に記されていたかのように。
特に歴史には描かれていない人物の使い方も上手い。
本当にそんな人物が歴史上に居てもおかしくないと思えたくらいだ。
ほんの少しの私の考え事もやがて消えて無くなり、すっかり物語に夢中になっていた内に。
『これにて物語は終わり、このインフロールの国の発展が、いつまでも輝かしい物でありますように……。』
物語の幕は閉じた。
舞台が終わった後。
「どうだったかい、皆!?僕としては色々また新しい発見があったけれど!」
「アタシ様でも知っている物語だからなぁ、そこは話が入ってきやすかったな。でも、魔法を使った演出とかならアタシ様の方が多分上手く出来るぞ、まあ、新しいアイデアにはなったけどさっ。」
「私もなかなか楽しめたよ、ただ本で想像しながらというのも面白いは面白いが、こうやって誰かが演じながら魅せるというのは確かに新しいな。物語の脚色も面白い発想だ。」
「私としては……マルニお嬢様はどうだったでしょうか?確かに楽しめはしましたが、内容的にマルニお嬢様がまた悩みモードに入るかと心配でした。」
「わ、私……!?もう、フレリス、物語を見たくらいでいちいち悩んだりはしないわ。確かに、この国で闇属性が好まれない理由の劇ではあるけれど、逆に言えば今を生きる私には、このインフロールの国を作ってくれた国王様のご先祖様のお話だから、ちゃんと楽しめたわよ。あまり心配しすぎるのも、フレリスらしくはなくってよ。」
「そう……ですね。申し訳ありません、お嬢様。無用な気遣いでした。」
「構わないわ、そうやって気にしてくれるのは有難いから。」
まあ、全く何も思わないとまでは言えないくらい無神経にはなれないが。
それでも今言った言葉に私は嘘は無いつもりだ。
それぞれ感想をある程度聞いて満足したであろうエスセナが、目を輝かせてその小さな拳を振り上げる。
「よーし!僕達私達の、作る新しい演劇の形である【映画】を、これに負けないくらいの物にしよう!!」
(これに負けないように……。)
私達はエスセナ以外は演技に関しては素人だ。
それでも、今日見た物が、「お金を払って観るに値する物」だったと確かに言える物だという事は分かる。
もう一度、思い返す。
役者達の、まるでその歴史の当人かのような顔と仕草と声を。
演出の、まるでその歴史の事実を切り取ったかのような迫力を。
脚本の、英雄譚を見事な作品に仕上げた構成力を。
私達は、素人だけれどその演劇の歴史に新しい風を吹かせなければいけないのだ。
そうしなければ、エスセナの道は閉ざされる。
簡単に拳を上げる事は出来る。
でも、その拳を握る手に力が入る。
この力は、背負う重さだ。
そして、その重さに抗おうとする力だ。
その重さに負けないように。
背負って見せると証明するように。
私は拳を振り上げた。
「「「おー!!!」」」
私達の、挑戦の決着は近い。