エスセナ・デ・ヌエ・アクトリスの魔法信念
そうして数日の時が経った。
様々な魔法を試しながらそれのメモを取ったり、時には変な機器?を使ったりして計測したりしていた。
…というか、簡易的とは言え計測機器みたいな物もあったんだと驚いた物だ。
機械みたいな物が全く無いわけではない事は流石に知ってはいたが、それはそれとして使う側になると不思議な気分になる。
この世界は文明は魔法が発達した世界、と考えた方が良いのだろう。
前世みたいな高層ビルだとか車だとかがあるわけでは無いので同じ文明レベルとは言えない物だと思っていたが、それは一部だけを切り取っただけの見方と言えるかもしれない。
魔法によるワープが使えたり、人によっては空が飛べたり、火や水を簡単に出せたり。
機械では出来なかった事が出来ている。
科学文明の恩恵を受けていた前世だった。
もちろん、今の文化が不便な部分も無いわけでは無い。
でも、今は今で便利だと思う事も同じくらいある。
この中世ファンタジーのような世界でも、何だかんだ暮らして行ける物なのだなあと思った。
それに、まるで部活やクラブ活動みたいだな、と思う気持ちも日に日に強くなってきた。
こういった研究や訓練が部活やクラブ活動だとすれば、いずれ来る破龍の儀はさしずめ研究発表会であり、体育系ならば大会のような感じでもあるのかもしれない。
そう考えると、ますます楽しくなってきた。
こういう事にソルスも誘えたら理想なのだが、流石にそれは高望みしすぎであろうか。
「うっし、今日はこんな所で良いかなぁ。」
「今日もお疲れ様、お陰で大体の闇属性の特性が掴めてきたよ。」
「どういたしまして。…それで、協力のお礼、の代わりと言っては何だけど、お願いがあるのだけれど。」
「「お願い?」」
私の言葉に二人は首を傾げる。
前々から気になっていた事があった。
だが、まずは自分の役割を果たすのが最優先、として聞く事は一旦置いていたのであった。
「私、二人の魔法を見たことが無いから、二人の魔法を見せて欲しいのよ。」
そう、まだ二人の、現出以外の魔法を使った所を見たことが無かったのである。
二人とも魔法の研究をしているのだ、私としても二人が使う魔法は気になる。
変人奇人として扱われている二人だが、その腕前は凄いという話も同時によく聞いた。
それを見てみたくないと言ったら嘘になるであろう。
「僕達の魔法かい?別に構わないけど…。」
「別に参考になるかはわかんねえぞ。遊びで作ったような魔法が大半だしなぁ。」
「ええ、それでも構わないわ。」
遊びのような魔法でも何かの参考にはなるだろう。
そう思って頷く。
「わかったわかった、んじゃあちょっと現出して付き合ってくれ。」
「わかったわ。なら…エッセから先に見せてもらえるかしら。」
「了解っ!」
「…現出。」
私が出せる属性で様々なブロックを出していく。
そこまで魔力は籠めない。
あくまで魔法を見る為だけだから。
そうしていると、エスセナは服の懐からすっ、と何かを取り出した。
「木の枝…?いや、杖ね。」
「そう。僕の魔法はこれを使うのさ!まあまあ、見ていてくれたまえ!」
そう言うとブロックに向かってエスセナは杖を構えた。
この世界において、魔法を使う時に道具を使うかは人によってけっこう変わる。
私のように現出などで魔力体の道具などを出したり魔法を直接撃つなど、所謂外部の媒介になる物を使わずに使う魔法と、杖や剣などを媒介に使って行う魔法。
儀式などと言った大がかりな魔法などは流石に道具を使う事が多いが、個人での範囲の魔法となると結構変わってくる。
それを使うか使わないかで大きく魔法の能力に違いが出てくるか、と言われると違う。
媒介を通した魔法の方が強いとか道具を使う魔法は魔法が下手、とかと言った違いでもない。
言ってしまえば、考え方、使い方、戦い方の違いと言える。
そしてこういう短い杖の場合は、大体の人が求めるのは『指向性』である。
狙った所を狙い撃つ精確なコントロール、速いスピード。
大体はそういった物を求めて使う場合が多い。
そしてそこはエスセナも同じらしい。
エスセナは目を瞑って「ふう…。」と呼吸を整える。
そして目を開ければ、杖を構えながら笑ってみせる。
「射撃【フシーロ】!」
杖から光弾が放たれる。
その弾速は見たことがない程の速さで駆け抜ける。
そして、ブロックの一つにぶつかると、爆ぜてブロックを砕いた。
「よっ、ほっ、とっ!」
まるで決めポーズでも取るかのように一射ごとに体勢を変えながら一つ一つのブロックを砕いて行く。
その様子は少し滑稽なようにも見えるが、他の生徒でも同じ魔法でこれほどに速く、精確に、そして強く撃てる生徒は恐らく上級生でも居ないのではないだろうか。
…だが、少し気になる点がある。
「大砲射撃【カノン・ティーロ】!」
大きな光弾が杖から発射される。
光弾は複数のブロックを一気に爆発して砕く。
…エスセナは、その一発を撃ち終わると構えを解いて、杖を宙に放って遊ぶ。
「どうだい、僕の魔法は?素晴らしかっただろう!」
「おう、相変わらずの痺れるくらい精確な魔法だったぜ!」
ぐっ、と親指を立ててエスセナを褒めるウルティハ。
だが、私はある疑問を抱かずには居られなかった。
「ええ、そうね。確かに素晴らしい魔法だったわ。…でも、何故無属性の魔法しか使わなかったのか、気になるのだけれど、ね。」
「ん?」
私の言葉に不思議そうに首を傾げる。
そうなのだ。
エスセナが使った魔法であるフシーロは攻撃魔法の基本中の基本的な魔法、カノン・ティーロはその大出力バージョンとも言うべき魔法である。
つまり、エスセナは基本的な無属性の魔法以外使っていない。
今まで複数の属性の現出を行えたのだ、そもそも他の魔法が使えないという可能性も、魔法の研究を手伝っているという事から可能性は低いだろう。
だから私は思ったのだ。
「まだ手の内をわざと隠しているのか」、と。
破龍の儀の為なのか、それともまだ見せるに値しないと、信頼されていないのかとも考えた。
だが、その考えは意外な理由で崩された。
「うーん?…ああ、なるほど!そういえば言ってなかったね、いやあすまないすまない!」
最初は首を傾げるも、何かに気づいたのか笑いながらこちらに来て肩を軽く叩く。
「?」
私は分からなくてきょとんとしていただろう。
エスセナは笑いながら続ける。
「私の魔法の研究テーマは、【基本をひたすら極める事】なのさ!だから他の魔法は研究や練習もするけど、使う魔法はただひたすらに、シンプルに、ってね!」
「は、はあ…?」
私は聞いても意味がわからなかった。
基本に忠実。
それこそがエスセナの魔法のテーマという事らしい。
でも、それが何故他の魔法を研究する理由になるのだろう?
「よくわからない、といった顔だね?」
「……ええ、正直、よくわからないわ。いや、基本を練習するのが大事なのはもちろん分かるのだけれど…それを極める事も、それが他の魔法の研究に繋がる事もわからないわね。」
「うんうん、当然の質問だ、そしてそして、素晴らしい質問だとも言えるね。」
エスセナは頷く。
そして、ウルティハにアイコンタクトを送る。
ウルティハも頷いたのだろう、エスセナは私から少し離れると、まるで一人でショーを始めるように語りだした。
…当然だが、周りに人が居るというのもわかっているであろう状態で。
「君達は、究極の魔法が何かと聞かれた時に何を想像するだろうか?最強の魔法とは何かと聞かれて何を思い浮かべるだろうか?世の中には、様々な魔法がある。大々的な手順や儀式を行わなければいけない大魔法。個人の才覚によって可能な奇跡のような魔法。学問によって研鑽された最新鋭の洗練された魔法。きっと様々な意見があるだろう。だが!だが、だからこそ僕は、私は敢えて!誰でも使える基本的な魔法にこそ最強を求めたのさ!」
「え、えっと…それは何故かしら?」
エスセナは私の質問に答えながら続ける。
「そう、何故か!誰だってそう思うだろう!だって、『誰にでも使える簡単な魔法が最強なわけが無いだろう』、『もっと威力も特性もある魔法が世の中には沢山あるのに基本が究極なわけが無い』!きっと様々な人がそう思ってしまうだろう!ならば、何故そんな無駄にしか思えない研究を続けるのか…。」
情熱的に、高らかに。
まさに自分の一人舞台だと言わんばかりに語り続けるエスセナ。
最初は周りの人も、そして恐らく私も。
呆れるような顔で見ていただろう。
だが。
だんだんと、何故か目が離せなくなってくる。
まるで心を掴まれるかのように。
周りの視線はエスセナに集まる。
だが、だんだんと静かになっていく。
エスセナの言葉を待ち続けるかのように。
そして、今まで目を瞑って語っていたエスセナは、まるでそうなるのがわかっていたかのように。
舞台の主役は自分であると示すかのように。
「…ところで君達は、究極の剣術を見たことがあるかい?」
ゾッ、とするような鋭い笑みで私に、私達に問いかけた。
「僕は見たことがある。たった一瞬だったけど…究極の剣術。それは『たった一振りの基本的な一撃』だったのさ。僕達が、私達が、護身術でも学ぶような基本的な一撃。だが、その一撃は、どんな小手先の技術すらも一振りで無に返す、そんな最強の一撃だったのさ!」
思い出を噛み締めるようにエスセナは拳を握りしめる。
「今でも思い返す。あれは、かつて演劇を見に隣の国にまで遠征した時の事だった。そこでは剣での切った張ったが当たり前の国でね、僕の目の前でもその斬り合いが起きたのさ。…その中に、その剣士は居た。流れるように、それでありながら鋭く。その剣士はばったばったと他の剣士達を斬り伏せていった。」
…まるで江戸時代みたいな国、恐らく日本にそっくりな隣の国、「桜日」の事であろう。
あそこでは今では試合型式とは言え、少し前までは町中での斬り合いもあったと聞いた。
「僕はその剣士に聞いた。『その剣術はどうやって学んだのですか?』と。剣士は答えた。『俺の剣術は、ただ一つをひたすら極めたのだ』、と。そこで私は思った…。」
ばっ、と大きく身体を広げるエスセナ。
「この剣を、僕は魔法に活かしたい!その為には、あらゆる魔法を研究し、その尽くを打ち破る究極の一を極める事!そして!その!!結論こそが!!!『誰でも使える、基本的な無属性の魔法』なのだと!!!!魔法の基本こそ、極めるべき究極の一なのだと!!!!!」
「お、おお…!!」
思わず周りの人がどれくらいか拍手する。
その拍手に「ありがとう、ありがとう!」とエスセナは手を振って応える。
「こほん。だからこそ、私は基本的な魔法のみを使ったのだよ。それは手の内を隠すだとか、他の魔法をわざと見せないのでは無いさ。これが、私の、僕の、一番の魔法の成果の発表なのさ!」
最後は私に向かって手を差し伸べてエスセナ劇場は終わった。
周りからは、それなりに大きな拍手が鳴っていた。
…なるほど、それが理由だったのか。
……というか、さらっと私が考えていた予想をさらっと見抜いていた。
ぐぬぬ、やはり私のような凡人の考えなどはお見通しだという事なのだろうか。
そう思っているとウルティハが私に肩を軽く叩いて声を掛ける。
「な、面白いやつだろ?アタシ様の魔法とは全く真逆の魔法の考え方だけど…だからこそ、アタシ様はこいつを凄いと思うし…。」
ウルティハは、にやりと笑った。
「だからこそ、セナの魔法をアタシ様の魔法で越えてみたいんだよ。」
…単純な友達じゃない。
友達え、でも同時に同じかそれ以上にライバル。
それがこの二人の関係なのだろうか。
(この二人…ほんとに部活で競っているみたいで、面白い)
私もつい、心の中でそう思った。
まだエスセナの話を聞いただけだけど…やっぱりこの二人は面白いし、この二人に負けたくない。
そう思うのであった。
なんか予想より話がずっと長くなってしまいました…ま、まあ今回は偶然ですけど、エッセの掘り下げ回という事でよろしくお願いします…。