Re Epilogue…『マティアス・オーレン』の切望
各地から集束した貴族を余裕で受け入れるヴァンビエント公爵邸の大ホールを、私は階上のバルコニーから見下ろす。
妻のルチナが隣にいたなら、裾の長いスカートを翻して踊る男女のなかに割って入っていくところだが、残念ながら今はひとりの身。
ルチナの代わりになる訳もない隣の男は、私と同じでパートナーもいなければ、誰を舞踏に誘うでもなかった。
無類の女好き――そんな印象は、とっくに過去のものとなっている。
「念願叶ったんだからもっと喜べばいいのにな~」
クレイグの指す人物は、わざわざ聞かなくても分かる。
「分からないくらいが丁度良いんだろ、あの二人は」
闇に染まる夜空を切り取ったような盛装に身を包んだ妹とアスタシオンは、華やかな舞踏会では一際目立つ。
光り輝く純白と金糸を纏った王太子とエレノアとは対になる主役だ。
エレノアを前にする度に、私はひとつの考えが頭に浮かぶ。
これはゲームの続きなのだろうか――と。
王立魔法学院での四年間を追いかけたゲームは終わりを告げているけれど、乙女ゲームには本編で語られなかったサイドストーリーや続編を納めたファンディスクがあると転生前の妹が語っていた。
この世界を描いたゲームにファンディスクがあるとは聞いていなかったし、俺がプレイした当時は発売して一年も経つかどうかの新作ゲームだったと思うのだが、もしかしたらと勘ぐってしまう。
乙女ゲームの攻略対象がネヴィルを除いて王宮に集結しているのだから、疑わずにはいられなかった。
俺はファンディスクがどういったものなのか、プレイしたことがないので知識がない。
本編のように物語の山場となる危険があるものかどうか。
もしあるのだとしたら、今回のエレノアとマルティエナが臨んだ峡谷調査がそうだったのか。
それとも、エレノアと王太子が直接関わる大掛かりな事件が起こるのか――
(殿下とクレイグ、それからマルティエナには神からのお告げ……みたいな予知夢ってことにしてゲームの内容をかいつまんで伝えたけど、過去の俺が知り得ない先の未来を思い出せるわけもないし)
何も起こらずに平和に過ごしたい。
それは私が身を隠していた闇属性の魔法士集団やネヴィル、秘密を知っても秘匿してくれている数多くの者達も全てだ。
(もし続編があったとしても、今日がエピローグであってくれ)
そうあっても良い光景だと思う。
会場はヴァンビエント公爵邸でありながらも、エレノアと王太子は主役級の注目を一身に浴びて輝いている。
王立魔法学院の卒業パーティーで幕を下ろしたゲームと重なる夜会は、華やかながらも三年が経とうとしている月日を感じとれる大人びた雰囲気がエレノアと王太子にあった。
明日から始まるバザールでの街歩きが後日談で語られる――なんてことになれば、良い終幕なのではなかろうか。
「マルティエナはお前に預けたかったんだけどな」
内心に留めていた気持ちが溜息とともに飛び出す。
「――は?」
予想だにしなかったのか、クレイグは呆れに怒気まで滲ませていた。
「お前、大切な妹を俺なんかに奪われたかったのか? 昔は顔を合わせるのも嫌だって言ってただろ」
こいつは幼少の頃の言葉をいつまでもしつこく覚えているらしい。
望む通りに否定してやろうか、と睨め付けて、やっぱり止めた。
「俺にとってはお前が一番安心できるんだよ。内外ともに無害な奴だしな」
見てはいけないものを見てしまった気まずさに視線を泳がせると、視界にかかる前髪が気にかかった。
――もう少し言葉に気を遣ってやれば良かっただろうか。
妹に失恋したクレイグは、今も変わらず引きずっているらしい。
親友の強がった表情が脳にこびりつくから、頭を掻くように長い前髪をかき分けて横に流す。
それから力任せにクレイグの背を叩いて、再び階下へと視線を投げた。
アスタシオンもマルティエナも、互いに恋情を秘めているとは分からないくらい、平然とした笑みを浮かべている。
(あれは風の季節の夜会前だったか)
夜会に参加する度にパートナーが変わるアスタシオンに、私は尋ねたことがある。
どうやって同伴する相手を選んでいるのか、と。
アスタシオンは有無を言えぬ笑みを浮かべて答えた。
全ては兄の指示の下だ、と。
兄が選んだ者の中から場に適した相手を選んでいるにすぎない、と。
良からぬ噂が立てば後が面倒だから、期間を空けてパートナーになる回数も偏らないようにしている。
そう淡々と語ったアスタシオンの冷めた視線が、令嬢の名が連なる紙面に向けられていた日。
私は、マルティエナの名がそこに上がることを恐れた。
ヴァルトセレーノ王国の第二王子が夜会で連れ歩くパートナーが、マルティエナに固定される未来を恐れた。
今でも、二度目が来る日が少しばかり怖い。
マルティエナがアスタシオンの特別なのだと、衆目に知らされるのが恐ろしい。
悪意に満ちた噂が、マルティエナの名を帯びて広まる未来が予想できるから。
歴代最高の魔力を有する光属性の魔法士と賞賛されるエレノアと違って、絶対的な価値がマルティエナにはないから。
むしろ、六年もの長きに渡って失踪していた私のせいで『マルティエナ・オーレン』が病に伏して一度も表舞台に顔を出さなかったという事実を帯びた悪評は、何倍にも膨らんではついて回るだろう。
「私は、マルティエナに幸せになってほしい。クレイグがそうしてくれるってかなり本気で思ってたし、今でも少し思ってるよ」
私の妹は、辛い感情は奥底に閉ざす性質だから。
無理を強いたのは他でもない私だけど、だからこそ先の未来は順風満帆になってほしい。
峡谷調査なんて危険な地には、行かせたくもなかった。
「あ~っとさ、お前の気持ちは多分分かる。俺が無害って言うのも、おおよそはな」
肩にまわったクレイグの腕が、私の首を緩く締めた。
この野郎と口悪く罵っては腕を引き剥がしたくなるが、珍しく真剣な声音に口を閉ざす。
「今が幸せか――ってさ。聞いたことあるんだよな、俺」
お前が結婚した時だぞ、とクレイグは上っ面で笑う。
「マルティエナちゃんはさ、今も昔も、これからも幸せなんだと」
いかにも妹が言いそうなことだ。
だからこそ、不安は拭えないのだが。
「今同じこと聞いても、お前が思うような最悪の事態になってから聞いたとしても、きっと返事は同じだね」
俺はお前よりもあの子を知ってるんだからな、と威張るクレイグには反論できない。
結局、曖昧に頷くだけに留めた私は、ペアが変わっても踊り続ける二人を眺めていた。
そうしているうちに三拍子を刻むワルツから曲調が変わる。
マルティエナの手を引いたアスタシオンが舞踏の輪から抜けて、会場の隅へと突き進みだした。
輝かしい金の長髪を靡かせたアスタシオンが、一瞬だけ此方を見上げる。
「我らが殿下がお呼びだな」
行くぞ、と身を翻したクレイグの一歩は大きく、颯爽と歩いているわりには急ぎ足だ。
「別に呼ばれてはないだろ」
アスタシオンは手招きもしていなければ、これといった合図もしていない。
壁時計を見上げるように単調な眼差しを向けられただけだ。
「馬鹿かお前。二人は夜の薄暗い庭園を見てまわるんだぞ。可笑しな噂が立たないように俺らが脇を固めるんだよ」
マルティエナちゃんには気づかれないようにな、と意気込むクレイグは、どこまでも二人の恋を応援する気らしかった。
「――ほんと、頼もしい男だよ。私の一番の親友ってやつは」
不安は残るものの、二人には強力な支えになる味方も多い。
妹が『マティアス・オーレン』として過ごしながら積み上げてきた人徳が、今の『マルティエナ・オーレン』を守ってくれるだろう。
(私も、何があってもマルティエナのために力を尽くすし)
先が見えつつある妹の行きつく先が幸福に満ちていることを願って、私――マティアス・オーレンは、親友とともにストーカーまがいの行動に勤しむのだった。
END
マルティエナとアスタシオンの”もしも”の恋物語を
最後(?)まで見守ってくださり、ありがとうございました!
物語愛をひたすら語る自己満全開の後書きは活動報告にて笑
クレイグENDの本編が完結した際に閲覧してくださった皆さま、ブクマしてくださった方、いいねをくださった方、ご感想やレビューをくださった方、評価してくださった方がいらしたことが支えで、終わりのみえないIFルートをここまで書ききることができました。
改めて、心から感謝しております。
リアクションやご感想、評価やレビューなど、何かしら反応をもらえると本当の本当に嬉しいです。
是非とも、 ↓↓ からお願いいたします!
また何かと書けた時は投稿しますので、気長にお待ちいただければ幸いです。
最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました!




