21.不安を背負う覚悟
半月も経てば土の季節に入り、第二の社交シーズンがやってくる。
毎日のように空に漂っていた雨雲が消え去って、気まぐれのような雨が青空から落ちてくるようになって。
目覚めとともに振り止んだ雨が木の葉からも落ち切った晴れの日に、エレノアが離宮へと帰ってきた。
「ただいま、マルティエナさん! お土産沢山買ってきたよ!」
「お帰りなさい、エレノア様。お土産もありがとうございます。とても楽しみです」
ナザリクのエスコートで馬車から降りてきたエレノアを出迎えたマルティエナは、挨拶を返して手荷物を受け取る。
そうしてる間にユリスが馬車を降りると思ったが、その気配はないまま馬車の扉が閉められた。
背後へと移った意識に気付いたエレノアが眉を下げる。
「ユリスさんね、お父様が怪我をされたって手紙が届いたの。すぐ戻ってほしい――って」
手紙にはあまり詳しく書かれてなくて、と続いた言葉にマルティエナの顔も曇った。
「それは心配ですね……」
軽傷であれば、王宮に奉公にでている娘をわざわざ呼び寄せないだろう。ユリスの父はそれだけ大怪我ということだ。
(エレノアさんだったら光の古代魔法を使って怪我を治そうとしそうだけど……王太子殿下がお認めにならなかった?)
エレノアが光の古代魔法である癒しの魔法を見つけ、習得したことはまだ秘匿されている。
アスタシオンの申し出により、病床に伏していた『マルティエナ・オーレン』に秘密裏に癒しの魔法をかけることを国王が許可してくれたと聞いてはいたが、実際どこまでがエレノアの癒しの魔法について知っているのか、内情は知らないままだ。
エレノア専属の護衛騎士であるナザリクの前でして良い話かも分からないから、疑問に思っても口を閉ざすしかない。
重くなった空気を塗り替えるようにエレノアが明るく手を叩く。
「ねえ! 人気のお菓子を買ってきたから、これから一緒にお茶しない? 帰ったらマルティエナさんに話したいなって思ったことが沢山あったの!」
エレノアの居る場所はいつだって眩しい。
はにかんだ笑みに引き上げられて、マルティエナも微笑みで頷くのだった。
◇◇◇
陽が沈む夕刻になると、一日の業務報告で秘書局に足を運ぶ。
特別に設けられたマルティエナの席は取り払われた後だったので、通路が広々と感じられた。
対面の窓から差し込む夕暮れの日差しが、その開けた空白を照らしている。
エレノアが不在の間だけの居場所だったけれど、目に見えて実感すると寂しさが湧き上がる。
「マルティエナ女官お疲れさま〜」
そんな少しばかりの寂寥は、すっかり馴染んだ顔触れによって拭い去られた。
「お疲れさまです、ルド宮内官」
「おーお疲れ」
「キギリ宮内官もお疲れさまです」
元々人受けの良い笑みと声音に親しみが重なったルドに、視線は書類に向かいながらも手をあげてくれるキギリ。
それからも通路を進むたびにひと声かけてくれる宮内官たちに挨拶しながら上官室に入ると、一通の手紙を広げたブラウが険しげに眉を寄せていた。
「ユリス女官についてだが、今し方急使から連絡が来た」
硬い声音が事態の重さを表しているようで緊張が走る。
普段は淡々とした表情の彼が、ここまで露骨に顔を曇らせるのは珍しい。「今し方」と言い表した通りに、目を通したばかりの手紙の内容を噛み砕いている最中のようだった。
「ホスタギーヴ伯爵は馬車での移動中に事故に遭われたらしい。命に別状はないが、怪我で身動きが取れない状態だそうだ」
その端的な説明に胸の奥がひやりとする。
事故による領主の大怪我。
それが馬車によるものであれば、殊更に領民が、ひいては領地全体が揺らぐ。
貴族が乗る馬車の多くは利便性や安全性を重視した魔法が組み込まれた魔道具にもなっているからだ。
(どれほどの事故だったのか想像もつかない……)
どのような事故であれ『不運だった』で収まるかは調査が入るだろう。
ホスタギーヴ伯爵家の騎士団が担うにしても、司令塔となる伯爵当主の代わりが必要で――そう思い至ったところで、ブラウの言葉が加わった。
「同じ馬車に乗っていた領地管理人も同様で、回復するまではユリス女官が代理を担うからこちらに戻れないと書かれている」
その重責をマルティエナは知っている。
当主の役割を果たせなくなった父に代わって、王立魔法学院を卒業してすぐに当主代理として過ごし、一年を経て正式にオーレン伯爵当主となった『マティアス・オーレン』として。
かつての自分以上の負担を請け負ったユリスを思うと心苦しく、息が詰まった。
けれど、ユリスなら苦言を漏らさずに淡々と事務を進めていくだろうことも想像ができる。
「ユリスさんがいればご家族も安心ですね」
「あそこは後継のご子息が学生だからな。致し方ないが、ユリス女官の穴は痛いな」
「力及ばないところもあると思いますが、ユリスさんの分も精一杯努めます」
せめてユリスが当主代理に専念できるように。そして、戻った時に申し訳なく思わせない為にも、女官業務を全うする。それが今のマルティエナにできる最大だ。
単なる女官業務の他に、同性だからこそ付き添える場での護衛としても選ばれていそうなユリスの代わりにはなれないけれど。
「女官の人員は増やす予定でいるんだが、まだ目処が立たなくてな。君には申しわけないが、暫くはよろしく頼む。手が回らないものは私に振ってくれ」
役不足への虚しさを押し込めるようにマルティエナは頷き、はいと返事をする。
沈んだ上官室の空気に、自分の声が強く響いた気がした。




