孤独な王子
今日の社交会の為に練習した付け焼き刃の拙いダンスを殿下と踊る。私はリズムを合わせる事よりも、殿下の足を踏まないようにするのに手一杯だった。
「お前はダンスが下手だな。」
「申し訳ありません。」
「謝るな。そしてその辛気臭い顔をやめろ。この俺と踊れて嬉しいとも思わんのか。」
「勿論嬉しく思いますが、私のような者には不相応でございます。殿下の婚約者であるマリアンヌ様に悪いです。」
本当は全然嬉しくなんかなかった。フラグなんか立てていなかったのに、進むイベントに絶望する。
「自分にジュースをかけた相手を気遣うのか。」
「先程言った通り、それは私が悪かったのです。マリアンヌ様の怒りは正当な物。非はございません。」
大きな噴水や石像が置かれる、管理された芝生の庭は、硬い大理石でしかダンスの練習をしていなかった私には、踊りづらかった。
殿下との会話が続き、そちらに気を取られているうちにリズムが乱れていく。
「何だそのステップは。こっちのリズムまで乱れるだろう。」
「も、申し訳…きゃっ!」
「おい!」
ついにバランスを崩し、倒れた私を殿下がとっさに支え、一緒に倒れ込んだ。
「も、申し訳ありません!なんて事を…!」
「大丈夫だ、大袈裟にするな。かすり傷一つも無いわ。」
私が上になり、押し倒すように殿下に乗っている。
こんなイベントは無かった。ヒロインはもっとダンスが上手だったのだろうか。それとも、原作よりも殿下との会話が続いた事が原因か。
衝撃で直ぐには起き上がれなかったが、我に返り、殿下の身体に負担にならないように身を起こす。
取り返しのつかない無礼に、サッと顔が青ざめ、冷や汗が止まらない。
殿下も起き上がった。また不機嫌な顔をするのかと思ったが、今度は怪訝そうな、不思議そうな表情になった。私はその表情の意味が分からず困惑する。
「また、そのように…。年頃の令嬢なら顔を赤らめる場面だったろう?最初は俺の王族としての肩書きに緊張しているのかと思ったが、その様子だと違うようだな。」
「いえ、私は尊い方との会話に不慣れなのです。殿下のご機嫌を損ねるような態度の数々…。どうかお許し下さいませ。」
私は日本に生まれた記憶を持っているせいで、この国の身分制度に馴染まなかった。特に、貴族や王族が偉いと言い、媚び諂う人の気持ちが分からない。
しかし郷に入っては郷に従え。この制度で国が回っており、私が国民である限り、価値観が違くても、周りに合わせるべきだと思い、今まで生きてきたのだ。
それを今、見抜かれている。
認めよう。この人の洞察力は素晴らしい。流石この国の第一王子。いずれこの国を治める国王となるお方。
「白々しい事を言うな。口では何と言っても、俺を偉いなんて思っていないのだろう。」
殿下の目に光が宿る。
深い碧眼が、まるで愛しい者を見るように私を見た。
「リリア、お前は他の貴族のように俺に媚びないのだな。きっと、お前なら王子としての俺じゃない自分を見てくれる。」
そして、夜の満月の下に孤独な王子が顔を出す。