順調
ハリス様は想像以上に周りの影響を考えながら行動しているらしい。あの後学園でも私とハリス様がお茶をした事なんて誰にも漏れる事なく、私はあっさりと日常に返された。どれだけ秘密にしようが口止めしようが、事実と言うのは脚色されながらも噂として広まる物だと思っていたけど、王族の隠蔽工作(?)はクオリティが違うようだ。
「最近リリアの家は順調そうね。羨ましいわ。」
「ええ、お父様の仕事が上手くいっているみたいで、私も嬉しいわ。」
授業の合間の休憩時間に隣の席のリーゼにそう言われたのには訳がある。本来自分の領地を持っている貴族はその領民から集めた税金で暮らし、一定額を国に納める。そして国の資金は国家の運営の他に貴族の生活費として分配される。勿論上位貴族はそのお金だけである程度贅沢な暮らしが出来る程の額を貰い、下位貴族は貰える額が少ない。
だから自分の領地を持たない下位貴族は商会の運営や土地の売買などで生計を立てる。これは商人になるという訳ではなく、あくまでもバックに貴族がいる事をステータスにする為に名前を貸してお金を貰い、細かい営業は商人がするという、いわゆる広告業の様な物なのだ。
そして、最近お父様が付いているいくつかの商会がこれまで以上に賑わっているらしい。リーゼは商人の娘だからそういう情報には詳しいし、私も一人娘であるからには将来家を継ぐ為に色々教わっている。
「この勢いで行くと爵位が上がるかもしれないわね。」
「そうかしら。この状況がいつまでも続くかは分からないじゃない。」
大きな功績、多くの実績を残した貴族はその功績に応じて新たな爵位を与えられる事がある。貴族に限らず、戦果を挙げた騎士、売り上げが一定以上に伸びた商人なども、稀に準男爵の地位を与えられる。この場合は一代限りの物で、跡継ぎの代で成果が出なければ取り上げられるのだ。お父さんもこの勢いが続けば近い内に子爵の位を貰えそうな程良い状況が続いている。
「夏休みには実家に帰るのでしょう。リリアのお父様はきっと忙しいと思うけれど、家業を学ぶのなら順調な時に流れを見るのが一番だから良い機会になるんじゃない?」
「そうね。後数日続けて売り上げが下がらなければ、とても有意義な夏休みになりそう。」
今は7月の中旬。3日後には終業式が行われ、2ヶ月の夏休みだ。上位貴族は社交に忙しく、下位貴族は家業の勉強や手伝いに忙しい。そんな期間に入る。忙しいといっても、休む暇が全く無い程予定を詰められる事は無いから、一度孤児院の様子も見に行きたい。寄付はお金が余る貴族がするものだが、そこまでの余裕もないお父さんも私が長年世話になった場所だからと少ないながらも孤児院にお金を入れてくれている。
新しい子供は入っているのだろうか。面倒を見てくれたお姉さん達の就職は決まったかな?最年少の子供は今月の頭に4歳になったはずだ。
まだ孤児院を去って数ヶ月なのに、もう懐かしく感じる。男爵家に不満がある訳では無いけれど、やはり住み慣れた孤児院はまだ私の中で帰る場所だという認識がぬけない。
「リーゼも忙しいでしょう?暇があるのなら一緒に宿題をやりたかったのだけれど。」
「お父様が私を連れて行けない大事な商談の時とかもあって、時間が空く事があるのよ。確約は出来ないけど、時間があったら手紙をだすわね。」
「ありがとう。無理はしないでね。」
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「おかえり、リリア。」
「お父様、只今帰りました。」
帰るとお父さんが笑顔で出迎えてくれる。今は忙しいはずなのに待っていてくれたらしい。
「疲れただろう。夕食までは休んでなさい。」
「はい。」
これまでも社交会がある休みの日などは準備の為に一時帰宅したりしていた為、久しぶりではないが、家族に会えるのは嬉しい。
部屋に入り荷物を置いて、椅子に座る。宿題は沢山出ているけど、今はまだ馬車での疲れを癒すのが優先だ。
帰ってきたのが夕方だから、そんなに時間を置かずに夕飯になる。
食卓に着くと、お父さんが見ていた書類から顔を上げて既に並んでいた煮込み料理に目をやった。
「ああ、リリア来たのか。行儀が悪かったな。」
「いえ、お忙しい中時間を共にしていただいて嬉しいです。」
「私がやりたくてやっている事だけど、そう言って貰えると助かるよ。」
食事をしながら軽く今の家の状況を聞いた。前に話に聞いた時よりも更に事業が拡大しているらしい。
「まだ非公式の話だが、9月頭には子爵の位を賜る事になった。」
子爵になれば国から分配されるお金が増えるし、生活の質が上がる。原作ではこのようにヒロインの家の爵位が途中で上がる事は無かったけど、やっぱり嬉しい物は嬉しかった。
「おめでとうございます。とても誇らしい事ですね。」
「ありがとう、リリアが家に来てから良く幸福が訪れる様になった気がするよ。」
「フフフッ、ご冗談を。」
明日からお父さんの仕事に付いて回りながら仕事を学ばなければならない。この我が家の好景気が途切れない様に益々努力していかなければならないと感じた。