良い展開
「ようこそ、マリーシア様。どうぞお掛けになって。」
リーゼは今のところ様子見をしているらしく、作り笑いでマリーシア様を迎えた。昨日事情を話した時も、彼女を受け入れるか迷っていたリーゼだったが、取り敢えず会話をしてみてから判断する事にしたらしい。
「うん!貴方がリーゼ?よろしくね。」
マリーシア様は満面の笑みで座った。
「あのね!今日はマフィンを持ってきたの!ミルクの風味がとても良いのよ。」
籠からマフィンを取り出して皿を並べる。リーゼは持ってきていた紅茶の準備を進める。私は入れられた紅茶を並べ、マフィンを口にした。
「美味しいですね。中のクリームが爽やかです。」
「丁度紅茶に合いますわね。」
だだのシンプルなマフィンかと思ったが、中から柑橘風味のクリームが出てきて、しつこくない甘さになっている。リーゼが持ってきた甘くない紅茶に良く合う。
「うん。今日はレモンクリームのマフィンを持ってきたけど、ベリーやアップルクリームのものもあるの。」
私達が美味しいと言った瞬間に嬉しそうに頬を染めたマリーシア様がそう言って自分もマフィンに口を付ける。ニコニコと、上品だけど子供のように食べる彼女にリーゼも気が抜けたように肩の力を抜いた。
その時、こちらにリクト・ロゼリーが向かって来るのが見えた。今日はタイミング良く彼が参加する日だったらしい。何時も約束している訳じゃないのに、どうやってか私達を見つけて割り込んでくるので今日来る保証はなかった。でも来なかったら来なかったでマリーシア様とお茶をするだけでも楽しいので問題はなかったのだが。
リクト様はテーブルに近づき、マリーシア様がいるのが分かると不思議そうな顔をして、少し歩みを速めたように見えた。そして何時ものように
「やあ、お邪魔するよ。」
と当たり前のように椅子に座る。最初の頃は椅子は私とリーゼの分しか無かったのだが、彼は従者に椅子を運ばせていた。何故そんな面倒くさい事をしてまで参加するかは分からなかったけど、従者の方の手間になるので、予め椅子は一個多めにするようになったのだ。
「御機嫌よう、リクト様。」
「御機嫌よう。何時も思うのですけれど、何故私達の場所が分かるのですか。いえ、少し不思議に思いまして。決してロゼリー様がストーカーのようだと思っての質問ではございませんよ。」
「僕くらいになると、情報はすぐに入手出来るんだよ。君には分からないだろうけど。」
「情報の収集は得意ですし、誰かさんと違い、使い所にも自信がありますの。」
「誰の事だろうね。」
「誰の事でしょう。」
フフフ、ハハハとマリーシア様がいるにも関わらず何時もの微笑み合戦に突入する2人。しかしリクト様は今回はすぐに切り替えて
「ああ、それどころじゃなかった。なんでマリーシアがいるの。」
と疑問を口にした。
「先日交流する機会がありまして、お茶に誘ってみたんです。」
「リリアはいい子だからすぐに仲良くなったのよ。」
この言葉がお世話じゃないのなら凄く嬉しい。
リクト様はテーブルにあった食べかけのマフィンを見て、
「そう、それマリーシアが持ってきたの?僕にも頂戴。」
とマリーシア様に手を差し出した。彼女は嬉しそうに籠をまた開いたが、みるみる内にしょんぼりとしだした。
「マフィン、3個しか持ってきてなかったわ。」
………いや、そもそもリクト様と親睦を深める為にお茶会に参加したのではなかったのか。そりゃ、リクト様が来るかは分からないって言ってあったし、マリーシア様は甘味に食いついている様子があったからこうなる事も仕方がないのかもしれないけど、見ているこっちがハラハラする。
「えー、じゃあそのマフィンが売っている店に僕を連れていけよ。美味しそうなのに僕だけ食べられないのは不公平だろ。」
貴族が、公平、不公平を語るのは違和感があるけど、まあ言葉の綾だろう。なかなかいい方向に話が進んでいるのではないだろうか。
「あら、ロゼリー様は最近、女嫌いを公言しているのではないのですか。随分矛盾した行動を取るのですね。」
またリーゼがリクト様を煽る。せっかくいい感じなのだから、今は本当に勘弁してほしい。
「別に、マリーシアがどうこうって訳じゃなくて、美味しいマフィンの為だからね。矛盾なんてしてないさ。」
マリーシア様は顔を赤くして
「是非!行きましょう!私はいつでもいいのでロゼリー様の空いている日に!」
「うん。後で連絡するから準備しといてね。」
「はい!」
やっぱり恋する乙女は可愛い。甘い物を食べた時みたいに幸せそうな顔をしたマリーシア様を見てそう思った。
「良かったですね、マリーシア様。」
「ええ!貴方のおかげよ。ありがとう!」
「この方のどこが良いのか理解出来かねますけど、応援いたしますわ。」
リクト様が立ち上がる。来たばかりなのにどうしたのかと思ったけど、今日は委員会があって時間が押しているらしい。何故時間が無い中来たのかは分からないけど、おかげでマリーシア様が喜んでくれたので良かった。
目的を達成したマリーシア様はそれでも立ち去る事はなく、また食べかけのマフィンに手を伸ばす。
彼女の目当てがリクト様や甘味だけでなく、私達と会話をするこの時間も含まれているとしたら、私も嬉しいと思った。