apx9.家と共に
4-13以降のおはなし
「ターラ、お前の侍女が他の皇家の宮殿の人間の側をうろちょろしていると密偵から苦情があったのだが」
「申し訳ありませんお兄様、以後控えさせます」
ヴァッシュヴェインはその答えに満足せず妹の方を強く掴んで、瞳を見つめてもう一度強く言った。
「本当に分かっているのか!?どの家も一触即発で睨み合い、今、この時期ひとつ間違えば全てが狂う。再興した我が家も帝国も、何もかもだ!」
「わ、分かっています。でも・・・許せないのです。あの娘はあんな死に方をするような娘ではありませんでした。フォーンコルヌ家の不利になるような事ならなんでも知りたいのでしょう。お兄様にだって損には・・・」
「だから、あさはかだというのだ!」
憤慨したヴァッシュヴェインはたいした武力を持たないフリギア家にはフリギア家なりの戦い方があると妹に言い聞かせた。
「友人の復讐をしたければ時期を待て、父上や母上の復讐をするのに私は十年待った。お前も長老達に家訓を習ったろう」
「耐えよ、忍べよ、腐り落ちるまで」
「収穫の時よ来たれ」
ヴァッシュヴェインも頷いて応じた。
「各家は自家出身の官僚を管轄の各省に送り込んでいるが、我が家は内紛の為、人材不足で遅れがあった。帝国財政を掌握するまでまだ時間がかかる。今は大きな混乱に繋がらないようにしなければならない。私はまだ若い、次の選帝を待つ事もできる」
ターラは意外な言葉に驚いた。
ずいぶん強引な手を使って、選定までこぎつけたように思えたが弱気になったのか、自分の意思では無かったのか・・・と。
「敵に弱みを与えてはならない。お前が今もあの娘を大事にしていると、復讐を企んでいるとわかれば付け込まれる。私を死なせたいか?」
「い、いいえ」
「では、よく言い聞かせておけ」
「はい」
ターラも本心から頷いた。
「ところで、細工師からナツィオの館の魔石がまだ戻らないと報告があったが」
「もう交換は不要だと言われました。それどころではない、と」
「それもそうか・・・、まあフォーンコルヌ達は争い始めたしもう良いか」
「ヴァッシュヴェイン様、客人です」
控えていた侍女のシュランナが西方からの客の来訪を告げた。
「お通ししろ、ターラは帰れ」
「はい」
騎士達に守られ大宮殿から市街地にあるフリギア家の館に戻ったターラは、私室で侍女のニナと二人になると兄に言われた通り叱りつけた。
でも、と反論しようとするのも遮り、聞き分けるようかつてないほど強く。
「ターラ様の望みはなんなのですか、お兄様の力添えですか、フリギア家の復興ですか、それともイルンスール様の復讐ですか?長老達からもお聞きになったでしょう。兄君は外の力に頼り過ぎていらっしゃいます。これでは意味がありません」
もともとニナに何かフォーンコルヌ家の弱みになるような情報は無いかと聞いてきたのはターラだ。
「では、どうしろというの。叔父様も亡くなられてしまった。後援者が必要なのは事実よ」
「乗っ取られてしまうだけなのではありませんか。他家からも侮られる一方です」
「それが聞き込みした結果?」
「はい。このままでは状況は良くなりません。選帝侯から選ばれたとしても皇家と帝国貴族の協力無くしては議会運営もできず治世は安泰といえません。父君や母君のような末路を遂げる事になるかもしれません」
「ニナ!」
「お許しください。ターラ様、でも知っておかなければならない事があります」
「まだ、何か?」
ターラはいつになく口答えをする侍女を訝しんだ。
「ナツィオ湖の館の事です。兄君がいつも世話になっているお礼をするようにと贈った物の中には盗聴の魔術装具もあります。細工師が定期的に交換したがっていたのはそれです、調整が必要だといって。私達はずっとイルンスール様を裏切ってあの館を密偵する方棒を担がされていたんです。もう一度伺いたく存じます。ターラ様の望みはなんなのでしょうか」
兄の望みを叶える為、何度もイルンスールに選定の助け、資金援助だのを頼んでおいて、彼女の故国に対し常にフリギア家は冷淡に接してきた。
兄への力添えとイルンスールへの友情は両立しえなかった。
そしてターラは裏切者だらけの自家、神殿に預けられていた自分達を嘲る帝国貴族達と違い、帝都で常に自分と共にあった友人に対して取り返しのつかない裏切りをしていた事を今初めて知った。
兄は得た情報を何に使ったのだろうか…。
「ニナはどこでそれを知ったの?」
「遺体を故国に返せるよう保存魔術をかける為、天爵家に呼ばれて学院図書館の司書が赴いた時に気づき、私にささやきました。裏切者、と」
妙に仲の良いイルンスールと司書にナジェスタが嫉妬して司書とは距離を置いていたが、共通の友人を持つ関係で万年祭でも一緒だったり多少の付き合いはあった。
あの司書はもちろんナジェスタ達も自分を許してはくれないだろう。
「裏切者か・・・今更ね。昔から何か秘密があるんじゃないかって探ってたんだから」
「でも、出会いは違ったじゃありませんか。兄君とは無関係にずっと学院で支え合って仲良く過ごされていたじゃありませんか」
「ええ、でももうどうにもならないわ。あの娘は・・・亡くなってしまったんだから。貴女ももう使用人相手でも嗅ぎまわるのは本当に止めておきなさい」
ニナは一礼して去った。
数日後、ターラは兄がつけてくれた騎士から侍女が遺体で発見されたと報告された。
もう彼女には子供時代、共にしたものは何も残っていない。




