apx2.山猿と女騎士
apx1.の続きではありません
本編の補完話です。
騎士志望のマリア・ルドヴィカ・ヴェルテンベルクは今日も今日とて山を上り頂上付近の神殿へお参りに行こうとしていた。
彼女の家は古くは今の帝都に領地を持っていたが遷都に伴い強制的に山へと領地替えを強いられた。
領地替えの際、立ち退き料として十分な褒賞金を頂いたそうだか1000年以上前の話でとうに使い果たしていた。
領地の収入源の藍玉も人工染料の普及で廃れ領地は貧困化の一途、彼女の持参金も怪しくなりかねてより志望していた騎士への道を行くことを両親も許さざるを得なくなった。
近隣のマリー・アンジェリク・デュシェンミンも似たような状況な為、名前が近い事もあり二人揃って騎士の道を目指している。
ルドヴィカもアンジェリクも古い家柄で魔力も強く自信もあり、山育ちで頑健だった為、廃れつつある魔術師より騎士を志望していた。
とはいえ帝国騎士は狭き門、できればマグナウラ院で各国の王子や王女と知己を得てそちらに仕えたかった。地元の帝国貴族である彼女らは優先的に入学する事ができた。
学院では軍の高官となる為の教育を受ける事も出来たし、各国の王子達の様に政治学、統率者としての学問も学ぶ事は出来たが、女性が軍の高官になるのはさすがに難しかったし彼女らが家を継ぐことは出来なかったので憧れの人のようになるのを目指していた。
ルドヴィカの家は東方から妻を迎えた事が多くアンジェリクは西方と縁が深く、二人とも名前にその影響を受けていたが、この地方の古い家柄の慣習で7歳の時、神殿から名前を頂いていた。
それゆえ今時珍しく二人とも休日は神殿通いを続けていた。
その神殿には先の内乱で終末教徒達が汚した大地母神の神器がある為、二人共熱心に浄化の為祈りを捧げ、ついでに自分達の良縁を願っていたのだった。
ルドヴィカがひとり山を登っていくと少女の泣き声がした。
酷い、酷いと誰かを詰っている。
聞き覚えのある声だ、慌てて駆けのぼる。
「どうしたテレサ」
何事かと声をかけると幼い娘はもう一人の少女を指差した。
「あのおねーちゃんが私の果物を盗ったの!」
指を指された相手は、何の事だかと平然としている。
小柄なので少女のようにも見えたが、目つきや腰つきは若干大人っぽくも見える。
金髪が多いこの辺りには珍しく黒髪で、なかなか美しい碧眼をしていた。
「返してやれ」
ルドヴィカは大人げない振る舞いをした少女に命令した。
ルドヴィカは小さいとはいえこの辺りの領主の娘なのだ。
見知らぬ顔だが、盗った少女は裸足でみすぼらしい服装をしている。
この付近のものだろう。命令する権限は十分にある。
「いや。これはわたしがそこの木からもいで取ったの。返すも何もない。わたしのもの」
あろうことか、貴族に向かってあっかんべーとしてみせた。
「違うもん!おねーちゃんが盗ったやつはずっと私が目をつけていたの。私の背でも届くからよく実ったら取るつもりだったんだもん!!」
テレサが先有権を主張する。
どうやらテレサから強引に奪ったわけではないようだ。
ルドヴィカは泥棒かと思ってしまい少々高圧的に出てしまった。
だが、年長者として幼い子供に果物の一つくらい譲ってやるべきだろう。
重ねて返すよう促した。
「いやだっていってるでしょ。話のわからない子ね。欲しければそこらの木の枝でも使って他の物叩き落とすなり、石でもぶつけて取ればいいじゃない。いったいいくつなの?」
裸足の女は甘ったれるなと厳しい事をいい、テレサはますます激しく泣き出してしまった。
「むむむ・・・、泣かないでよ。弱虫!」
「何がむむむ、だ!小さい子を泣かすな!!」
知り合いの子を泣かされたルドヴィカは見知らぬ娘に怒鳴りつけた。
「お前が木の枝を使って取ればいいだろう。小さい子に譲ってやれ」
ルドヴィカは今更後に引けなくなってさらに促したが、女は無視してそこでむしゃむしゃと食べ始めた。
「この山猿が!私はここの領主の娘だぞ!!貴族の命令に従えんというのか!!!」
貧民に舐められたと感じたルドヴィカは怒って腰の剣に手をかけた。
「あーやだやだ、貴族だって偉そうに身分をかさに着るなんて最低。なに、その手は?抜くの?ちょっとまずい事になるよ」
山猿女はルドヴィカに警告した。
ルドヴィカの家も古さだけが自慢でたいした立場の貴族ではなく、学院では肩身の狭い思いをすることもあったので身分をかさに着てといわれて若干恥じ入った。
鍛錬のくせでつい手をかけてしまったが、さすがにこのくらいで民を斬るほど非道ではなかった。
防衛上の理由から帝国正規軍の砦がいくつか建っているが、狭いとはいえ帝都を見下ろせる位置に領地を得た事は帝国からの信頼を意味し自慢でもあった。
誇りと貧民から侮辱を受けた怒りでどうすべきか迷い苦しんでいると、山猿女は突然走って藪の中に飛び込んで行ってしまった。
「ちっ、何だったんだあいつは。テレサ、もう泣くな。プランの実なら私が取ってやる」
面倒見の良いルドヴィカは平民の娘が相手でも優しく接し、代わりに取ってきてやるのだった。
テレサと別れてさらに神殿への道を行くと前から何処かの貴族の侍女らしき女性達が山を下ってきた。
例の神器の浄化の為、各地から大地母神の信徒達が集まって来ており、中には高位の貴族や王族までいる。
そのせいで最近は防犯上の理由からか時折立ち入り禁止を命じられる事もある。
地元領主の一族といってもこの神殿は皇帝が接収して帝国騎士に警備させているので手が出せない。往来する人が増えても帝都から近い事もあり領地には何の収入も返ってこない。
今の皇帝は伝統ある皇室のものではなかったが、長い帝国史の中では内乱の際軍人皇帝が立った事は何度かあった。
ましてや現皇帝は何度も帝国の危機を救い、勲章を授与され、人気、実力、帝国への忠誠心に疑いようが無かったのでルドヴィカも尊敬し憧れもしていた。
帝国が各地の選帝侯から信用を失いつつある情勢下で選帝候からの信頼も厚く最高の人選だと帝国議会の決定を誰もが歓迎した。
「はあ、姫様何処に行っちゃったんでしょうね。まさか身分を隠す為ではなく脱走する為にあんな服用意させたなんて・・・」
「お嬢様なら森の中にいる分には大丈夫でしょう。ちょっと一人で遊びに行きたくなっただけですよ」
通り過ぎざまに聞こえてきた会話を聞くとは無しに聞いてしまったルドヴィカは世の中変わったお姫様もいるものだとひとりごちた。
「やあアンジェ、待たせたか?」
神殿に着いたルドヴィカは待ち合わせしていた幼馴染に声をかけた。
「いえ、ちっとも。ルイーゼ。何処かのお姫様が来ていたみたいで帝国騎士に止められていたの」
彼女達も領民から姫様と呼ばれる事もあったが、あくまでも領民視点での高位の女性への尊称として呼ばれているだけで他の帝国貴族達から見れば失笑ものだった。
「相変わらず禍々しい気配を出しているな」
「生贄を放り込んでいたそうですからね。長年の恨み辛みが溜まっているんでしょう。時間をかけてやるしかないわ」
二人共、大地母神の神器の鉢を見て嘆息した。
「今からでも神術の講義を取るかな」
「いい考えとは思うけど・・・いえやっぱり騎士課程に専念すべきね。魔力で上回っても身体的には男性より不利なのですもの」
「そうだな、二兎追うものはなんとやらだ」
兎は多産と幸運のシンボルであり大地母神の眷属でもあった。
終末教徒達も兎の足を使って信徒間の連携を取っていたらしく、二人はそれにも怒りを覚えていた。
「連中を断罪してくれた皇帝陛下とエイラシルヴァ天に感謝しなければな」
「まったくね。特にエイラシルヴァ天がいなかったら帝国どころか人の時代が終わりを告げる所だったわ」
二人共年頃の娘らしく皇帝に憧れも抱いていたが、やはり同姓であり数々の奇跡を成し遂げたエイラシルヴァ天の事も尊敬していた。
「本当かどうか知らないが、エイラシルヴァ天は断絶したと思われていた血族の生き残りだという噂を聞いた」
「あり得る話ね。平民出身だという話もあったけどとてもじゃないけど信じられないわ。神喰らいの獣を封じるなんてそこらの女の子に出来る訳ないもの」
ルドヴィカが聞いた噂にアンジェリクも同意した。
「初代エイラシルヴァ天も伝説ではその爵位を天の神から頂いたという。平民であってもそうでなくても神の恩寵がある事は疑いようがない。もう7年前か、私達が小さかった頃帝都周辺に現れた亡者達をあの世へ送還したのもエイラシルヴァ天だったらしいしな」
「そうね、求婚に対して随分な条件を出して驚かれた事もあったそうだけどそれに見合う価値があったってことね」
しばらく噂話をしていた二人であったが神官達の咳払いに我に返り慌ててお祈りを済ませてまた帝都へ戻っていくのだった。
山にある自宅から学院に通うには遠い為、夏が来て三年生となった二人はアージェンタ市で下宿を借りて二人で侍女を一人置いて住んでいる。
「主君を得なければ始まらないな。女が帝国騎士に叙勲されるのはやはり厳しいか」
「実績が無いとね。シセルギーテ様みたいに在学中に魔獣を何十体も倒すような」
二人共、男に負けないまずまずの成績で騎士課程を進んでいたが、残念ながらまだ良縁には巡り合えてい
なかった。
「推薦入学したわけでもないし、転移陣を使うのに払う財力も無い。帝都周辺に徒歩で倒しに行けるような魔獣はいない。難しいなあ」
裕福な西方や東方の王子と巡り合い玉の輿となるのを夢見てはいたが、女性ながらフォーンコルヌ家の騎士達相手にたった一人で戦い抜いた元帝国騎士のシセルギーテは彼女達にとっての現実的な目標だった。
卒業後、女性二人で遍歴の旅に出る事も考えはしたが、今の所はやはり危険が大きいと判断していた。
腕がいくら立ってもやはり舐められて襲おうとする男や盗賊、詐欺師に取り囲まれるのが目に見えている。
「何処かの王女に護衛として騎士にして貰うのが一番現実的じゃないかしら。誰かいい友人は出来ないの、ルイーゼ?」
「残念ながら」
貧乏貴族の為、帝国本土では余計なしがらみが多く出来れば外国に行きたいと考えていたが外国の王侯貴族から見ると貧乏貴族とはいえ帝国貴族、どうしても距離を置かれてしまっていた。選帝侯達が帝国貴族に対してあまり好感を持っていないせいだ。
自分達のせいではなかったが、致し方ないと諦めていた。
西方候に至ってはもう独立しているも同然の状態で、東方は帝国に対し公然と非難声明を叩きつけた。
わだかまりが解けるまでまだまだ時間がかかりそうだ。
名案も出ないまま翌日学院に行き、昼になって食堂に行くと人だかりが出来ていた。
「アンジェ、どうしたんだろう、これは」
座学で少し分からない所があり教師に質問をしていたルドヴィカが先に来ていたアンジェに訊ねた。
「エイラシルヴァ天よ!彼女が食堂に来ているの!!」
「本当か!?いったい何故!!?」
興奮して頬を紅潮させているアンジェリクにルドヴィカはさらに尋ねた。
「さあ?私も聞こえてきた話をそのまま伝えただけだから」
二人が話していると、すぐ側にいた銀髪の人懐っこい少年が二人に理由を教えた。
「エイラシルヴァ天は内乱の際にはまだ卒業されていませんでしたから、通学を再開されたのですよ」
「そういえばそうだったな。だが彼女は既に研究者としても名高い。今更通う必要はないのでは?」
「そうですね。実際には彼女の騎士シセルギーテもそろそろお年ですから、次代の女性騎士をお探しのようです。ここならまだ誰にも忠誠を誓っていない若手が見つかりますからね。やはりエイラシルヴァ天も同姓で近い年代の護衛が欲しいのでしょう」
「「これだ!」よ!」
ルドヴィカとアンジェリクはこの機会を逃すまいと誓ったのだった。
では、と立ち去ろうとする少年にルドヴィカはお礼を言って名前を尋ねた。
「私はスヴェン族の次期族長スヴェトラーナの弟ズラトウーストです。以後よろしくお願いします。お嬢様方」
「北方候の一族だったか、北の戦士にしては随分と品が良かったな」
去っていくズラトウーストにルドヴィカは感心していた。
「高地地方の男性ですもの。あそこは母系社会で男性の戦士は女性を敬うのよ」
「そうだったか、同学年の北の男は随分無礼なのでみんなあんなものかと思っていた」
北方の男を皆ひとまとめに考えてしまっていたルドヴィカは反省した。
ルドヴィカ達からなんとか遠目に見えたエイラシルヴァ天は食後のお茶も済み、友人や側仕え達と会話をしているようだった。
「ああ、優雅ねえ。あの美しい扇、いったいいくらするのかしら」
アンジェリクは美しいものに目がなく、身に着けている小物や宝玉が埋め込まれ、繊細な絵と鮮やかに塗られ口もとを上品に隠す扇に目を奪われている。
「とうとう皇帝陛下とご婚約されたそうだから贈り物で受け取ったのかもしれないが、もともと帝国随一の資産家だからな。安いものだろう」
「あっ、立ち上がった。出ていっちゃうわ。どうにかお近づきになれないかしら」
エイラシルヴァ天は特権として騎士達を周囲に置いて通学しているらしく、辺りに誰も近づけさせない状態だったが周囲の混雑具合を見てそのまま庭に出ていってしまった。
「身に着けていらっしゃる服の光沢も見事で、黒と銀がよく映えていたがあのたおやかな物腰も素晴らしい。意外とよく鍛えていらっしゃるのだな。舞の名手でもあるから当然か」
ルドヴィカは奢侈にはそれほど興味無かったが、同姓として細見で柔らかな物腰だが、ぴんとした姿勢と足取りに感銘を受けていた。
近くでは帝国貴族の男があの細腰抱き寄せてえ!などといって他の男に無礼だぞと殴られている。
「馬鹿な連中は置いといてどうにかしてお近づきになりたいわね。エイラシルヴァ天は家臣が少なくて東方候や北方候が護衛を貸し出しているそうだもの。私達が仕える余地は十分にある筈だわ」
アンジェリクはその瞳を爛々と輝かせ計画を練り始めた。
「では先ほどのズラトウースト殿はどうだ?彼の姉はかなり親しい筈だ、紹介して貰う事もできるかもしれん」
いいわね、それ、早速捜しに行きましょうと仲の良い幼馴染二人は獲物を求めて廊下に飛び出していった。
2018/1/14 何故か改行が消えてしまっていたのでつけ直しました。




