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apx10.別離

「ちょっとマヤ、あれは一体何なの!?」

「藪から棒になんじゃ」

マヤは司書室の扉をばしんと品なく開けたイルンスールをうろんげな目でみやる。

扉を開けようとしていた侍女はその前に自ら扉を開け、ずかずかと大股で入り込む主人に目を丸くして手持無沙汰にする。


「あれとは何の事じゃ?」

「・・・だ、だからアレのことよ。この前届けられた婚約祝いとやらよ」

イルンスールは少しばかり顔を赤らめていいにくそうに内容を伝えた。

「気に入らなかったのか・・・?背が縮んでしまったそなたの為に少しでも大人らしく見えるよう、退屈せずに済むよう気を使って選んでやったのにそのように血相を変えて怒鳴り込まれるとは儂は悲しい」

マヤはせいぜい哀れっぽく嘆いて見せた。

「まあ・・・そうだったの。御免なさい。てっきりまたからかわれているのかと思って」

もう何度目かになる二人のお約束だ。

「今回は冗談抜きに親身に考えたのじゃ、本当じゃぞ?エドヴァルドと末永く幸せな結婚生活を楽しんで欲しいからの。ま、座れ」


勧められた上座の椅子にイルンスールは座り、マヤも司書の席から応接用の椅子へ移った。

「貴女は相変わらずね」

「お主もな」

長年の友人の悪ふざけに苦笑するイルンスールにマヤも呆れた様子で応じた。


「変わらない友人は貴重だね。わたしの友人は貴女以外それぞれの場所へ帰ってしまったから」

「一人、まだおるじゃろ?」

「そうね」

マヤは雑談しながら魔術で鉄瓶を温め、侍女が手伝おうとするのを遮って茶を入れた。

イルンスールは部屋に満ちる芳香を楽しんでから部屋の主自ら淹れてくれた茶を一口飲んだ。

「司書を辞めるって?」

「まぁな。業務は他にも司書がおるし、儂は地下書庫の閲覧権が欲しかっただけじゃし」

「読むべき本はもう読んだってこと?」

「うむ。もう帝都に用はない。そなたも元気に過ごしているようじゃし心残りは無い、ああそういえばひとつ聞きたい事があった。何故、また学院に?もうここにお主が求める物は何もない、と思ったが」

「それは・・・」

イルンスールが答えようとした時に闖入者が現れた。


「エイラシルヴァ天!お覚悟!!」

扉を開けて猛烈な勢いで飛び込んで来たその闖入者を見もせずに、イルンスールは慣れた様子で左手を突き出して蒼く迸る電撃を放ち、その場に崩れ落とさせた。

立ち上がろうとしながらもがく闖入者だったが、一瞬浴びせられた雷がまだ帯電しており、立ち上がれず、その前にすっと剣が差し出されると、もがく動きを止めた。


イルンスールは軽く手を振って、控えていた騎士に外へ連れ出すように指示した。

騎士は一礼して剣を収め、闖入者を引き起こし外へ連れ出した。


「なんじゃ、あれは。学生の娘のようじゃったが」

「わたしの騎士になりたいんだってさ」

「ほぉ、それはそれは。だが、お主にしては随分過激な対応じゃったな。まだ瞳が蒼いぞ」

「地位を笠に着るような相手は嫌いなの」

マヤはイルンスールは暴力は嫌いかと思っておったが、あの娘がそれ以上に嫌いなのかと首を傾げた。

「あれも条件なの。わたしに10秒触れる事が出来たら騎士にしてあげるって」

「ふむ・・・騎士にする気はない、ということか。お主の力に耐えられはすまい」

「別にあれに耐える事が条件じゃないんだけどね。お父様はわたしが放電してても泣き止むまで抱きしめてくれたよ」

ほぉ、あの力にのう、とマヤは感心する。

長年からかってきたせいで相手の特徴は自分の身で体験してきた。

不快な時には瞳が蒼くなって、側によるとびりびりと痺れ、紅くなった時にはマヤでも平謝りに謝るしかなかった。二度としないとはいわなかったが。


「マヤなら耐えられる?」

暗に自分の側に居て欲しいとイルンスールは願ったが、返答は芳しくなかった。

「どうかのう、儂には他にすることがあるしのう」

「なんだ、前は一緒になろうとか言ってたのに」

「エドヴァルドを殺しても良いなら攫って行くが」

物騒な事をいいマヤは片目でちらとイルンスールの反応を見た。

が、つまらない冗談だとわかっていることに反応はなかった。


「で、趣味人の貴女がここを去って他にすることって?」

「秘密じゃ」

「秘密が多いんだね」

「まあの。それにしてもお主がまさかまた通学を再開するとは思わなかったから予定が狂ったではないか」

「で、行先って・・・」

イルンスールが紅く輝くマヤの美しい瞳を見ながらさらに質問しようとすると、マヤはそれを遮った。

「待った、儂の質問の途中じゃった筈じゃ」


「ん?なんだっけ」

素で忘れていたイルンスールが小首を傾げるので、マヤは再度通学再開の理由を聞いた。

「ああ、それね。学院を卒業した後にお父様と約束した事があるの」

「随分幸せそうじゃのう・・・何を約束したのじゃ」

「え、聞きたい?聞きたいの?えっへへー、もう10年も前にした約束なんだけどね・・・?」

もったいつけようとするイルンスールにしばらく付き合ってやり、マヤはその間に魔術を遮音結界を張ってから約束とやらを聞いた。

「あてもない旅に出る?帝位は?帝国は?」

「誰かに譲るんじゃない?」

「人類最高の地位を投げ捨てるというのか?」

「お父様は故国の公爵さえ嫌がってたくらいだからねえ・・・。色んな人に勘違いされてるけど」

自分の故国はもちろん、帝国に対しても忠誠心なんかないよというイルンスールにマヤは驚いた。


「なんとまあ・・・そういう人間もおるんじゃのう。それなら儂の懸念も少しは晴れた。どこか遠方で達者で暮らせ」

「それで、マヤは何処に行って何をするって?」

改めてイルンスールもマヤに質問した。

「秘密じゃ、といったろう」

「わたしは答えたのに、教えてくれないなんて哀しい」

勝手に喋っただけじゃろうに・・・とマヤは不満げに呟いた。

「故郷に帰るのじゃ」

「西方へ?」

「そうじゃ」

「ふうん、そういえば変わらないね、とは言ったけど最近背伸びた?時を止めるのはやめたの?」

「うむ、そろそろ潮時かと思っての」

子供のようだったマヤの姿も今ではイルンスールと同じくらいになった。

「神殿はどうするの?」

「お主の資産なのだから後任は好きに任命すれば良いではないか」

むむむ、じゃあアンナマリーさんにお願いしようかな、とイルンスールは後継者について悩み始めた。


お茶を飲み終わり、席を立って別れの抱擁をした際、イルンスールはくんくんとマヤの匂いを嗅いだ。

「な、なんじゃ?」

「マヤから珍しく男の人の匂いがする、ううん、獣臭い?マヤの館は女の子ばっかりじゃなかったかな?」

「儂の館にだって少しは男の出入りくらいある」

「マヤに匂いがつくくらいのねえ・・・、蝙蝠さんのお仲間?」

「・・・」

「ナツィオ湖でも旧都でもいたでしょ?」

じと目でみるイルンスールにマヤも観念した様子だが、一層魔術の守りを固くした。

「何故そう思う?」

「わたしはマナスで人を見るの。どんなに姿が変わってもマヤを見間違えたりはしない。他の人とは違うなって思ってたけど、万年祭の時にお仲間いたでしょう?蛮族さんを見るのは初めてだったけれど近いマナスかな、ってね。わたしが仮死状態の時も心配して来てくれてたよね」

イルンスールはそういってもう一度マヤを抱きしめ緊張をほぐすよう背中をぽんぽんと叩いた。

「今日はわざわざ、それを言いに?エドヴァルドに告げるか?」

「まさか、木霊から聞いて前から分かってたのに。用件は最初に言った通り、今のはただの話の流れ」

「そうか、助けてやれずに悪かったの」

曖昧に微笑んでから退去しようとするイルンスールにマヤは最後にもう一度声をかけた。


「三年後は東方にでもいるがよい。あちらには手を出さぬ。もうこちらへは来るな」

「お友達を止められないの?」

「オット・パンゴの噴火以降、世界は傾き、ナルガの北では住める土地はどんどん狭まり、極北から死が迫っている。帝国人がいう蛮族にはもう生きる場所がない。かつて彼らは帝国から追放された人間達を受け入れ土地を与えたが、逆はあり得なかった。蛮族と蔑み誇り高い戦士達を罠にかけ、逆さづりにし、串刺しにし、晒しものとして見世物とし、辱めを与えて弔いもしなかった。女も子供も毛皮を剥ぎ、爪や牙を抉り取り己がものとして着飾った。蛮族とはいったい誰の事だというのか」

普段は冗談ばかりいうマヤの顔も少し強張っているが、イルンスールの顔は想像してしまったのか青くなってしまった。

「ああ、すまん。お主にいうような話では無かった」

「ごめんね、何も知らなくて」

政治絡みの事柄を避けていたイルンスールは帝国と蛮族の歴史について何も知らなかった。

どうせ東方の神話のように歪められていただろうし、と学院でもろくに調べもしなかったのだ。

「よい、今更帝国とは何も語る気はない。だが時期が来た時、そなたがいる限りエドヴァルドと東方候とは交渉しても良い」

「わたしがいる限り?」

「醜く争い合う神々に愛想をつかし眷属たる神獣は離反した。ラリサの白蜘蛛の話は聞いた。そなたは古の神々とは違う。獣の民は神獣と共にある。我の強い族長達も神獣と共にある者とならばその土地を奪おうとはすまい。儂も口添えを約束しよう」

「そういう話をわたしにされても困るけど・・・、今まで優しくしてくれて有難う、マヤも元気でね。わたしにわかっちゃうくらいなんだから気をつけないと駄目だよ、もう嘘つかないでね」

「済まぬ、また会った時も友人でいてくれるか?」

「もちろん」

最後にもう一度抱擁を交わして二人は別れた。




一方その頃エドヴァルドはアンヴァールと決闘の相手をしてやっていた。

もう何十度目かになるので、訓練場から人を遠ざけさせそこで相手をしていた。

「メッセール、外で待て。アンヴァール殿の名誉に関わるのでな」

「は」

何度もこてんぱんに負けて傷だらけにされても婚約の決まった相手に執着すると東方の貴公子の評判が傷つく為、最近は決闘をよそおって鍛錬の相手をしてやっている。


エドヴァルドは訓練場に入り、皇帝の宝物庫にあった風の神の神器で周囲の音を封じた。

「早速だが、シャールミン殿はなんと・・・?」

「以前諸侯会議で決めた通り、東方もいずれ独立しますが、やはり南方の戦乱が邪魔です。地続きの地域が不穏な情勢で、帝国本土と内海を挟む西方との交易にも難が出ます。帝国海軍を弱体化させたとしても蛮族との戦いには支障はなく将来の為、弱体化させておいて頂きたいと」

「ふむ・・・だが、海賊がいる限りそれは難しい。やはりどうしても南方の戦乱は片付ける必要があるな。西方から引き上げる帝国軍を回そう」

「東方も治安は良く、帝国軍の駐留の必要性は薄いので回して頂ければ」

「そうだな。だが、東方各国でも火種はある。帝国軍の介入が無ければお互いに争い合わないか?」

「そこは父がなんとかするとうけあっております」

エドヴァルドは自身の経験から帝国騎士と軍団が牽制しなければ、各国は南方のようにいつまでも争い合うように思えた。

南方は砂漠化の進行で帝国に取って旨味が少なくなり、沿岸諸国や自由都市以外に帝国軍は介入しなかった。

「新たな帝国となるか」

「それは父への侮辱です。重大な決定には何事も東方諸侯会議を開かれます」

「そうだな、忘れてくれ。で、もう一つの用件は?」

イルンスールの時もそうだった。

将来はどうなるかわからないが、今は仕方ない。

適当な口実で帝国軍を減らし、権力を議会へ移す。

「自由都市連盟、外海に接する諸国の入港記録を遡れるだけ遡って調べ結果、

ギィエッヒンゲンに向かう船であれば手前のディシアの港で補給している筈」

「だが、イルンスールの記憶では寄港していた事は無かったようだ。それに元々は東方共通語も話せなかった」

「で、あればラール海の運河、ヴェッターハーンを通過していた筈だと?」

「しかしながらそこまで長期間の航海でも無かったようです。もちろんご本人の記憶も曖昧ですし、言語についても東方共通語以外の地域言語かもしれませんが」

「では、さらに東の島々を巡ってみるかな」

「それがよろしいでしょう。ディシア王国からは離島を献上したいと申し出がありました」

以前、エドヴァルドとひと合戦した相手の国だ。

「航海に飽きていつか落ち着く日が来たらな。ところでフランデアン王にはなれなかったようだな」

「残念ながら・・・。もうこれで求婚者の資格を失ってしまいました」

「お前しつこいにもほどがあるぞ。エーヴェリーンの相手がまだ決まっていない。よければエッセネ公家に入るか?多少縁があったろう」

「有難い申し出ですが、彼女に失礼になるでしょう。思い付きならこれ以上おっしゃらないでください」

「すまん。ではこの辺にしておくか」

「そうですね。そして始めましょうか」

刃を潰した剣を取ったアンヴァールに、エドヴァルドも苦笑して応じ稽古の相手をしてやるのだった。


古き家柄のアンヴァールも強力な魔力の持ち主だったが、エドヴァルドも同様であり戦いの経験では遥かに違った。

「それにしても前より差がつくのはおかしくないですか!?貴方は結構な年になってもう絶頂期は過ぎた筈でしょう」

「イルンスールの加護のおかげかな。年を取った気がしない、むしろ若返って年々力が増していくようだ」

「そんな馬鹿な!」

「信じるも信じないもお前の勝手、イルンスールもよく言っている。なんでも彼女の救世主の口癖だとか。ここで私の稽古の相手をしていても永遠に追いつかないぞ」

「では北方へ赴き蛮族との闘いで経験を積みましょう」

とうとう求婚を断念したアンヴァールは元の目的と変わってエドヴァルドを倒す事が目標になってしまったらしい。

「蛮族共は以前ナルガの北へ追い返してからずっと不気味なくらい静まり返っている。痛手から回復するのに当分かかるのだろう。君は遍歴の旅にでも出た方がいいのではないか」

「少し、考えてみます。今後はもう来れなくなるかもしれませんが、父の騎士が代理を務めます。宮廷魔術師が使い魔の提供を申し出てもおうけにならないでください。評議会は・・・」

「分かっている」

主流派でなかったイザスネストアスがどこまで知っていたか分からないが、評議会は明らかに聖堂騎士団を黙認し亡者の都の様子を知っていて何もしなかった。後継者争いでは中立を保っていた事は評価しているが、少なくとも味方では無かった。

イザスネストアスもまたツェレス候として亡者の島となり果てた領地の主だった。

フリギア家の死霊魔術とは別系統だったのか、彼が信仰を捨てる事になった事件についてはあまり語りたがらなかったのでエドヴァルドも詳しくは知らない。

巷では権力争いによる無実の罪で大勢の神官を死に追いやったが為の神の呪いともいわれるし、逆に風紀を乱していた神殿こそが冒涜をしでかしていた報いだともいう。


ラターニャを尋問したらイルンスールは当面ご機嫌斜めになるだろうなあ、とエドヴァルドは憂鬱だ。


「隙あり!」

考えこもうとしたエドヴァルドへ一撃入れようとしたアンヴァールの一撃を躱して足を払う。

「まだまだ、だな」

「余裕そうですが、少し焦っていませんでしたか?何をお考えでした?」

「愛する妻のことだ」

口惜しさを紛らわそうとしたアンヴァールに対して、口の端を歪めてエドヴァルドはせせら笑う。

「その意地悪そうな笑い方、イルンスール様は嫌いとおっしゃっていました。もうしないと約束されたのでは?」

今度会ったら約束に厳格な彼女にいいつけますよ、婚約破棄されるかも、とアンヴァールは脅迫してやった。

「ちっ、随分たくましくなってきたな。前はもっとお行儀が良かったのに。もう二度と来るな」

「はいはい、では失礼して国へ帰ります。御機嫌よう陛下」

「ああ、お別れだ」





本編ここまでいれちゃっても良かったかも。

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