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後編。カオスを収める二つの力。

「あれ、この音……?」

 ヤマトがアミャテラスに視線を向ける。しかし、アミャテラスは弟の右手のぬめぬめを消毒の名目で焼き消したところで、未だに地面から出ようとしないにゃルラトホテプには目すら向けていない。

 

「ならこの音、いったい? っぐ?! またっあの臭いかっ!」

 また鼻をつまむヤマト。ニャーデス バステト ニャーさえ苦々しい顔になる。

 空気の音は徐々にそのボリュームを上げている。その音量が、さきほどと同じジューっと言う音にまでなった時、空間に異変が起きた。

 

 

「なにこいつら?! こんなの見たことないわよっ?」

 驚愕の声を揚げるバステト。

「ひっ! おっおぞましい物がこんなにっ?!」

 すっかりポンコツと化しているアミャテラス。ツクヨミャは無言で現れた存在を睨みつける。

 

「空中に、球体?」

 顔の少し上辺りの高さに、突如出現した無数の球体を、ヤマトは訝しんで観察する。

 

 停滞している無数の球体はまるでシャボン玉のようであり、しかししっかりとした存在感を持っている。

 更ににゃルラトホテプ同様にぬめりを帯びてもいるのだ。

 

「どうやら。奴の、眷属らしいな」

 ニャーデスはしかし、球体ではなくアミャテラスに瞳を向けている。

「えっ? なぜわたくしを見るのですかニャーデスっ?」

 

「おそらくだが。こいつらが現れた時の音から察するに。原因は、貴様だからだ」

「えっわたくしが、このおぞましい物を作り出したと言うのですかっ?!」

 驚きに、振るえ声になっているアミャテラス。

 

 彼女に答えるように、ついに球体達が垂直落下し、ベチャリベチャリとねばついた音を立てて着地した。

 

「ひいいっ!」

 その様子を見て、アミャテラスは縁側の下にもぐりこんでしまった。

 

「おいおい、こんなところで岩戸隠れもないだろ姉上」

 呆れた声でそう言って、ツクヨミャはアミャテラスの横に寄り添う。庭の様子を静観することにしたようだ。

 

「神様の威厳、すっかりないな」

 完全に逃げ腰モードになっているアミャテラスを見て苦笑するヤマト。

 

「黒いのの言うことはそのとおりー。我は身体を焼かれるとなー。その煙を呼び水として、眷属のショゴスを呼び寄せるようになっているのだー。触手のぬめりは防御機能も備えているということだなー流石我の身体ー」

 自画自賛するにゃルラトホテプを完全にスルーする原住民たち。

 

 しかし、そのかわりにぬめ猫曰くの眷属 ショゴスと称した球体たちが、鼓動のような音と同時に「テケリッリ」と二度声らしき音を発した。

 

「うわ! なにその音、見た目だけじゃなくて存在そのものがキモいんですけどっ!」

 体毛全てを逆立てながら、怖気だった声を揚げてズルズルと後ずさるバステト。

 

「にゃルラトホテプならまだしも、こいつらに槍爪を突きとおす気にはなれんな」

 冥王に気味悪がられる球体ども。

 

「……許さん」

 静かに。しかし、怒りのこもった声がする。

「誰だ? 今の声?」

 聞いた覚えのまったくない声の主を、ヤマトは庭を見回して探す。が、今のような声が出せそうな猫は一匹もいない。

 

「我が妹バステトに恐怖を与えた。その恐怖の出所がたとえ得体のしれぬ未知なる者であろうとも。それは等しくわれが万死を与えうる愚者である」

 ザワリ。庭全体に熱い寒気さむけが走った。

「我が……妹?」

 ジリジリと縁側へと後ずさりながら、発現者をそーっと見るヤマト。

 

 

「に ニャーに翼が?」

 信じられないニャーの姿にヤマトは動きを止める。

 

「どうやら。昼行燈が起きたようだな」

 そそくさとヤマトに続くニャーデスは、動きを止めているヤマトの足首を軽く叩いて下がれと促し、ぴょいっと縁側に飛び移った。

 

 我に返ったヤマトは、姉弟猫の視界を遮らないように縁側に腰を下ろした。ちょうどニャーデスが左に来る位置だ。

 

「兄さん。あたしのこと心配してくれるのはありがたいんだけど、ちょーっと過保護がすぎるのよねぇ」

 そう言ったバステトは、少し身体を低くしヤマトの右側まで一っ跳びで辿り着いた。

「っと」

 

「すごいジャンプ力だなバステト」

 感心するヤマトに、これぐらい朝飯前よと自慢げに口角を吊り上げるバステト女神である。

 

 一方、一度垂直に飛び、バサリ バサリとゆっくり翼を羽ばたかせ空中に停滞したニャーは、にっくき異形どもを その緑の瞳で鋭く見据えている。

 

「姉上! 岩戸結界ディフェンスを!」

 まったりふにゃっとしているニャーしか知らなかったアミャテラスは、別神べつじんのように勇ましく雄々しい気迫と 見事な翼を羽ばたかせているニャーをぼんやりと見つめている。

 

 

「姉上っ!」

「え、あ、は。はいっ、どうしましたかツクヨミャ?」

 目を真ん丸くして、弟の呼びかけに答えたアミャテラスはしかし 未だ威厳あるニャーを見ていて、ちょっとだけ上の空だ。

 

「岩戸結界を頼む」

「え? あれをですか? なぜ……?」

 理解できず、丸くしていた目を今度はぐるぐる回して問い返す。

 

「今みたいな火焼形態パイログリフ状態になったニャーを見たことがあるが、ぼんやりしてたら俺らまで巻き込まれるっ、全員くろこげだぞ」

「くろこげ……」

 自分がくすんだ灰色になってしまった様子を思い浮かべるアミャテラス。

 

「はい、わかりましたっ!」

 勢いよく答えた姉猫は、小さく丸まって 静かに言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「我が身隠せし絶対なる岩の強固。今ここに我が神力しんりょくを持って、荒ぶる暴打の嵐を遮る見えざる布石ぬのいしと表せり……!」

 

 トンネルの中で声を出したような響きを伴って紡がれたその言葉。空中でそれを聞いていたニャーは一つ頷き、デュエットソングでも歌うように己の力の発露を世界に詠み聞かせ始める。

 

 

「天より注ぐは慈愛の恵み」

 徐々にニャーの体色が赤を帯びて行く。

 

「遍く闇と手を取る抱擁」

 その赤は、

「ゆえあれば試練とならん」

 一度紅まで激しく弾け、

 

「我ようたるがゆえに」

 橙へと薄まり行き、

「死をも抱かん」

 赤銅へと優しさを堕とす。

 

「我が怒りは全てをき尽くす!」

 翼を大きく羽ばたかせ上昇したニャーは、日の光を受け影のように変色した。

 

 ただならぬ気配に、岩戸結界ディフェンス内部の面子は固唾を飲み、ショゴスたちは例のテケリッリと言う鳴き声を伴った鼓動を激しく繰り返し脈を打つ。

 

 そのさまを結界けっかい内部の面々はニャーに視線を向けることで視界から外した。

 

「燃えよカオス!」

 高所から響く声は叫び。広がるエコーを伴った怒号の音波。その音波に追従するように、赤黒い熱の滝がぬめるものどもへと殺到した。

 

「ベゲリッリギャ!!」

 最早なんの音なのかわからないおぞましい断末魔を揚げて、ショゴスどもは蒸発。その無臭の刺激臭すら発することなく焼滅した。

 

「うー! にゃー! 流石にこれはきつい!」

 初めてにゃルラトホテプが苦痛の叫びを揚げた。が、しかしニャーの紅撃は止まらない。

 

「眷属の召喚。なせぬほど焼き尽くし、貴様の体。砂漠と化してくれる!」

 滝のようだったニャーの炎はその範囲を狭め、今や極太ビームとなってにゃルラトホテプのみに降り注ぐ。

 

「ぎにゃー! 炎が! 炎が我の体にー! 地面の中の我の体にしみこんで来たー!」

 顔面に名状しがたい炎のようなものを浴び続けてもなお、にゃルラトホテプはそのおどけた調子を崩さず喋り続けている。

 

「おのれ! どこまで我らを愚弄すれば気が済む、この堕猫が!」

 高出力の熱を放出し続けているニャーは、その声に疲労の色を表し始めた。

 

 

「兄さん、もういいから! それ以上やったら兄さん飛べなくなって落ちるでしょ!」

 悲痛な叫びを揚げる妹。

 

「そうだ。とどめは俺に刺させろニャー。貴様の役目はそこまでだ」

 にゃルラトホテプを見慣れたのか、ニャーデスは表情も冷静に上空の黒き太陽に声をかけた。

 

「……わかった」

 ニャーデスに返答した直後、極太ビームは余韻を残して発車を止める。

 

「んにゃ」

 つむじ風を伴って落下したニャーは、ズチャっと言う激しい着地音と共にふにゃけた。

 

 

「蒸気を吹き出していないところを見るに、よほどカラカラになっていると見えるな、違層の混沌よ」

 冥王の槍爪を伸ばし、平然と結界けっかいを突破したニャーデスは、さきほどのバステトのように一っ跳びでにゃルラトホテプの顔の目の前に着地した。

 

「ぎにゃ! とんがってるのー! とんがってるのはやめろー!」

「断る」

 なんの躊躇もなく額に右手の槍爪を突きさしたニャーデス。そこで初めて冥王は混沌の歪んだ顔を目にした。

 

「ほう、貴様。血が例のぬめりか、気味の悪い」

 吐き捨てるように言うと、背後の仲間たちに首だけを向け宣言した。

 

 

「こいつを我が冥界ツアーに招待しようと思う。それでこの世界から去るかは知らんがな。一度 二度 と認識できる状態で死ぬ体験など、こいつでもなければできまい。特別に各獄毎に専用のトゲトゲルームで歓迎するとするか。ククク」

 

「ぎにゃー! とんがってるのはー! とんがってるのはやめろー!」

 悲痛な声を揚げながら、ニャーデス共々ズブズブと地面に沈んでいくにゃルラトホテプ。

 

「ヤマト。そして神友かみどもよ。また逢おう。フハハハハハハ!!」

「とんがってるのはいやだああー!!」

 地面に響く笑い声と悲鳴。

 

 

「あ……嵐のようだったな」

「ええ」

「そうだな」

「ほんとね……」

「にゃ~」

 三匹の太陽と一匹の月 そして一人の少年は、二匹の猫が沈み行くのを、表情から色が抜けた状態で眺めることしかできなかった。

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