中編。いでたるは混沌の化身。
「ギメア?!」
現れたなにかは、カエルが潰れたような声を出して頭から地面に突き刺さった。
「間抜けだにゃ~」
「いつも通りね」
ズボっと突き刺さっていた頭を抜き、ブルブルと頭の土を払い落とそうとした猫のような形をした物体。
しかし自らの体毛らしき物のぬめりで顔を振ってもその土は落ちなかった。
「駄目かー」
「これが……にゃルラトホテプ、だと言うのか?」
「一応猫……みたいだな。なんか……その。ぬめっとしてそうだけど」
「姉上、目を開けてよさそうだぞ」
「そう、ですか。では。……っ! なっなんですかこのおぞましいぬめぬめした暗紫色の固まりはっ!?」
目を思いっきり見開いたアミャテラスは、
「汚らわしい!」
その瞳の色を緋色へと変色させる。
「やあやあ皆の衆、久しぶりの召喚ありがとう……って、あれ? なんか……ヤバイ雰囲気?」
ニャーとはまた別方向に能天気な声が、ぬめる体の暗紫色の猫っぽい形をした物体から発された。
「輝皇砲ッ!」
憎々しげな声で発されたアミャテラスの声。直後、
「なっ?」
ヤマトが驚愕した。なぜか。
アミャテラスの緋色の瞳から、にゃルラトホテプを繋ぐ形で紅の線が走り、
「あちゃちゃちゃ! 背中の触手がこげるじゃないかー!」
それが命中したにゃルラトホテプの背中から、ジューっと言う焼けるような音と同時に白く濁った紫色の煙が揚がったからだ。
「な、なんだこの臭い。無臭のはずなのに、鼻が曲がりそうだっ」
ヤマトが顔を顰めて鼻をつまみながら抑えた叫びを揚げる。
「消えろッ! 消えろッ! 消えなさいッ!!」
言葉と共に紅の線ーーアイビームを連射し始めた。声は今にも震えだしそうなほど、聞いた誰もが怖がっているとわかる色をしている。
「うわー! アミャテラスが発狂したっ!」
数歩後ずさるヤマトに構わず、緋色の瞳から熱線を発射し続けるアミャテラス。
そこに三陽の陣 トライアングル・サンが現れるまでの落ち着いた様子は、最早欠片も見えない。
「あちぃっ! あちぃって! まったく、クトゥグアの求愛もびっくりの愛情表現じゃないかー」
それに焼かれながら、楽しそうな声を揚げてるにゃルラトホテプ。とても消え去りそうには感じられない。
そして焼かれれば焼かれるほど、ジュージューと焼ける音と煙は立ち上り、無臭の刺激臭が濃くなって行く。
「た、たのむアミャテラス。それを焼くのをやめてくれっ」
ガンガンと頭に響き始めた刺激に、ヤマトはうずくまり頭を抱える。
「アミャテラス。ヤマトが苦しんでいるだろう」
ニャーデスは、それだけで殺せそうなほどの鋭い眼光でアミャテラスを睨み、右前足 人で言う右手の真ん中二本の指の爪を、真っ直ぐに突き出した。
「ぎにゃ!」
冥王の槍爪を見たにゃルラトホテプがまた、カエルが潰れたような声でビクリと体を震わせた。
「はぁ……はぁ……少し、輝皇砲を連射しすぎました」
緋色から瞳の色が元の黄金に戻ったアミャテラス。ニャーデスの脅しに答えたのではないようだ。
ふぅっと長めの息を吐きながら、ピンクの太陽はゆっくりそっと瞳を閉じた。
「あのねぇカオス。あの赤スーツ、あんたのこと大っ嫌いなのよ。殺しても殺しても死なないから諦めて逃げたの」
「いやいやバステトー。あの灼熱の鉄拳は彼の愛だよー、拒絶なんてそんなそんなー」
にゃルラトホテプは、気味が悪いほどおどけた態度に居直った。
「死ねなさいよ、この変態」
声と共にドゴっと言う鈍い音がした。赤茶色のはずのバステトの両手は、どちらも赤銅色に変化している。
そしてその手が置かれた地面からは煙が上がっている。
「我は混沌ー。君たちが生まれる遥か前の全能なる知性ー。後出しの知性で文句を言われる筋合いはないなー。触手の触れ合いなら歓迎するけどなー」
バステトに無言で殴り直され、更にそこから猫パンチを連打されているにもかかわらず、相変わらず飄々とおどけたままのぬめ猫。
「んなもん体に密集させてんのあんただけよっ!」
一際強い右の一撃が炸裂、ドガっと言うさきほどより更に鈍い音がし、にゃルラトホテプは地面に突き刺さった。
ひたすら殴り殴られながら平然と交わされるバステトとにゃルラトホテプの会話に、
「い……いったいどういう生き物なんだ、こいつらは」
と頭を抱えるヤマトである。
「今更だろうヤマトよ。我らは神だ」
平気な顔して言い放つニャーデスに、ああそうでしたねと嘆息する人間一人。
「まったく冥王といいこのぬめぬめといい。なんなんだ、よその国の男神ってのは」
「にゃぁ」
「あ……わるい。お前も男神だったなニャー」
「そこのギラギラしてるのー。我の話を聞いてなかったのかー? 我は混沌ー。男とか女とか、そんなのは自在なのだぜー。今は男に性質を寄せてるけどなー」
「めんどくさい奴だな」
また尻尾を勢いよくブンブン振って溜息を吐くツクヨミャ。
「って言うか、お前地面から顔だけ出した状態のくせに、態度でかいな。ほれほれー」
面白がったツクヨミャ。晒し首状態のにゃルラトホテプの頭を、右前足 人で言う右手で、凄まじい速度で殴っている。バステトをまねているようだ。
「ハハハ、ずいぶんと積極的に交流して来るなーギラギラー。我は歓迎だぞー」
混沌は喜んでいる。
「っ! こらツクヨミャっ! そんなヘドロみたいな物をふみふみするのではありませんっ!」
慌てたアミャテラス、血相変えてツクヨミャの上に乗り四足で捕獲。そのまま飛びすさった。
「パワフルだなぁアミャテラス」
素早い姉猫の動きに、飽きれるやら感心するやらのヤマト少年。
「ところでバステト。あのヘドロ生物をどうにかできる手段はないのか? 通常の刺激ではどうやら喜ぶだけのようだが」
顔を顰めながらそれでも冷静に問いかけるニャーデス。熱線を通常の刺激にカテゴライズしているのは、神ゆえの人との感覚のズレなのかもしれない。
冥王の問いに一つ頷き、バステトはさらりと答えた。
「あんたのその槍みたいに真っ直ぐ伸びた爪、それがあれば充分よ」
背景で姉上熱い姉上熱いと悲痛な叫びを揚げるツクヨミャを気にも留めず、ニャーデスは
「ほう?」と面白そうにバステトの瞳に視線を合わせる。
「そこで顔だけ出してる奴、先端恐怖症なのよ」
ククッと堪えきれない様子で、バステトは喉を震わせた。
「え?」
「思わぬ弱点だな」
呆然とするヤマトと、含み笑いするニャーデス。
シュウウウウ。
ついさっきアミャテラスがにゃルラトホテプを焼いた時と似た音が、海神家の庭に静かに鳴った。