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前編。神々の集まる庭にて。

「この地より去れ、天の神の姉弟。我が冥王の槍爪やりつめが引っ込んでいる間にな!」

「あなたの不道徳な心根を正すまでは、わたくしたちは共々去るつもりはありません」

「神は人の倫理観などに捕らわれる必要はあるまい?」

 

「姉上は、貴様の報われぬ思いを思ってのこと。それがわからぬと言うのなら、この俺が武を以ってわからせるまで!」

「それにな。我は我が恋情を遮っているからなどと言う、視野の狭い話をしているのではない」

「なにっ、なら答えろ冥王ニャーデス。貴様が俺達をこの海神わだつみ家から追い出そうとしている理由を。答えによって……いや、依らずとも俺の拳が火を噴くぞ」

 

「待ちなさいツクヨミャ。あなたは物事を武力で解決したがるところがあります。相手の話を聞くことも肝要ですよ」

 諭すように言う姉の言葉に、くぅっと悔しげな音を出すツクヨミャ。

 

「流石はアミャテラス、そこの銀色の兎なんだか猫なんだかよくわからぬ弟殿とは違うな」

 冷静な姉のアミャテラスに頷く一方で、ニャーデスはツクヨミャを挑発的に鼻で笑った。

「に、ニャにをっ!」

 

 

 とある昼下がり。海神わだつみと言う家の庭でのやりとりである。こうして言い合いをしているのは、全て人の理解できる声であり、声色は全て真剣そのものだ。

 だが、今この庭にいるのは全て猫。四匹いる猫のうちの三匹で話し合っているのだ。

 

 

「落ち着けと言うのですよツクヨミャ」

 そう言って、今にも襲い掛からんとする銀色の体に銀色の瞳の弟を制する、ピンクの体に金色の瞳のアミャテラス。

 一歩下がりはするものの隙あらば飛びかかる構えでもって、ツクヨミャは一応姉に主導権を譲る。

 

「さて、改めて聞かせていただきましょうか。わたくしたちをこの地から去らせようとする理由を」

 ぽかぽかとあたたかな日差しの降り注ぐこの場に、不釣合いな緊迫感が生まれる。

 ツクヨミャだけが息巻いていた先ほどとは違う、張りつめた空気が庭に満ちる。

 

「よかろう」

 ゆっくりと頷く黒い体のニャーデスは、ゆっくりと語り出した。

 

「今この家には、二匹の太陽神がいる。アミャテラス、貴様と。そして」

 青い瞳をギョロリと左に向ける。するとそこには、

「にゃ~」

 まるまってひなたぼっこを楽しんでいる茶色の猫がいた。

 

「そこのひなたでぬくぬくと寝転がっているニャー」

 瞳を正面のピンクの猫に戻し、黒猫ニャーデスはなおも続ける。

「アミャテラス。太陽神である貴様が、この状況がどういうことなのか。わからぬとは言わせんぞ」

 

 少しだけ身を低くするニャーデスは、下からアミャテラスの瞳を睨みつける。

「三陽の陣……ですか」

 その威圧感には微塵も動かず、厳粛ながらも優雅に頷いた。

 

「そうだ、トライアングル・サン。この地に後一匹太陽神が揃いし時。災厄の門 フィールド・オブ・セラエノが開き」

「はいよってくるのにゃ~」

 ニャーデスの言葉を引き継ぐように、ニャーが寝言のようにまったりと呟いた。

 

「そう。異層の混沌 にゃルラトホテプが降臨する。奴の存在は未知数、そして規格外。わかっていよう」

「なるほど。そういうことですか。わたくしとしたことが、失念していましたね」

 

 空を見上げてアミャテラスは、はぁと溜息をついた。

 

「姉上なにを納得しているんだ! 冥王なぞの甘言に乗せられてっ!」

 これまで黙っていたツクヨミャが、姉のあまりにあっさりとした態度に憤慨する。

 

「いえ、ツクヨミャ。これは事実ですよ。我々で対処できる存在であるかどうか」

 あくまでも落ち着いたままそう言って、ふっと小さく息を吐くアミャテラス。納得できない様子のツクヨミャは、ぐぐぐぐと悔しそうに喉を鳴らした。

 

 

「ただいまー」

 玄関の方から少年の声。一斉に耳をそばだてる猫たち。

「足音が二人分。いや、片方が人だとすれば、三人か」

 ニャーデスが体を反転し、恨めしげな声色で玄関側を見据える。

 

「何者かは知らぬが、不貞な輩であるなら退去願おうか」

 警戒を通り越して、殺気に似た冷気を立ち上らせ始める。

 

「お前の方がよっぽど不貞だと言っているんだ男色冥王」

 冥王の気迫に気圧されながらも、なおツクヨミャは強気な言葉を飛ばす。

「黙れ銀色ウサギが」

 吐き捨てられた言葉に、「にゃんだとっ!」とウサギのような耳をピンと立てる。

 

「あなたたちはどうしてそう……」

 呆れて物も言えないと言う風情のアミャテラス。

 

「いい感じのとこね。兄さんが入り浸るのもわかるなぁ」

「あ……」

「どうしました、ニャー?」

「そろったにゃ~」

「え? では、今の声はまさか?」

「妹のバステトにゃ~」

 

「くっ、なんということをしたのだヤマトっ、人がよいにもほどがあるぞっ!」

「おーいみんなー。知り合いだって言うから連れて来たぞー。って、こら 走るなって」

 

 能天気な声が近づいて来る。アミャテラスだけでもこの場から立ち去れば問題はないのだが、しかしニャーがバステトと呼ぶ声と思われる足音が想像以上の速度で迫って来る。

 

「早いっ!」

「大丈夫よ。あいつ、大したことないから」

 そんな声と共に、赤茶の毛並みで緑の目をしたバステトが庭に入って来てしまった。

 

「よっぽど兄さんに逢うのが楽しみだったんだなー。って……あれ? どうしたんだお前ら。そんな、世界が終わったような顔して?」

 

「ついに……」

「揃っちまった……」

「現れるのですね。違層の混沌が……」

「なんの話してるんだ?」

 この場にいる唯一の人間、海神ヤマトが発した問いに答えるように、アミャテラス ニャー そしてバステトの三匹の頭上に丸くオレンジの球体が姿を現した。

 

 

「これが、トライアングル・サン……か」

「なにそれ?」

 またもヤマトの問いに答えるように、ちょうど正三角形の配置になっている三匹の、その頭上の球体から光の線が走った。

 

「なっ、なんだっ?」

 上向き三角の一番上の位置にいたアミャテラスから左下のバステト、そして真右のニャーを通り再びアミャテラスへ。

 

「加速して行く。なんだ、この光の線は?」

「姉上っ大丈夫なのかっ?」

「わ、わたくしはなんとも。ただ……何が起きるかわからず、動くに動けませんっ」

 そういうと、なにかに耐えるように目をきつく閉じるアミャテラス。

 

「ぼくらを結んだ光の線が、ぼくらの間に力場を作り出してるのにゃ~」

「ニャーの奴。なんの危機感も抱いておらん。阿呆なのか大物なのかわからんな……」

 ペースを乱さないニャーに、飽きれるニャーデス。

 

「さて、そろそろ来るかな? あの最弱の混沌は」

「慣れてるんだな、えーっと バストだっけ?」

「バステトよ。次間違えたら百列パンチするから、覚えておきなさい銀色ウサギ」

 ただでさえ細く吊り上がった目を更に細くして、ツクヨミャを睨みつけるバステト。

 

「ぐうう。お前も俺をウサギと言うのかっ! この月の猫神かみであるツクヨミャ様を捕まえてっ!」

 とツクヨミャが吠えたところで、三匹の太陽神の間にできた三角形の空間が、オレンジの光で塗りつぶされた。さながらそれは小波さざなみ一つ立たない湖面のようで、また門のようでもあった。

 

「なにが、起きるんだ これから?」

 不安そうなヤマトの声にニャーデスが危機感を持って身構え、密度が濃くて喉が詰まるような感覚を覚えるオレンジの空間を睨みつけた。

 

 オレンジの空間は、鼓動のような音と共に暗紫色に変化をし、すぐにオレンジに戻ると言う変色をし始めた。そのどんどんと早さを増して行く色の鼓動を、全員が固唾を飲んで見守る。

 

「出て来る奴がどんなのかわかってても、この出現前の緊張感には慣れられないわね」

 バステトが声を潜めて、呟くように口をひらいた。それに頷いて同意できたのは、兄のニャーただ一匹であった。

 

「ちっ、厭わしい気配だ」

 ニャーデスが不快そうな声を出すと、

「奇遇だな。俺もそう思ってる。お前と同じ感覚なんて癪だけどな」

 とツクヨミャが尻尾をブンブン振りながら不愉快に目を細めた。

 

 暗紫色が出ている時間が今や逆転し、オレンジが顔をのぞかせる状態になった。それはまるで、暗黒の口から覗く巨大な舌のように見え、見ている者達を怖気立たせた。

 穏やかな昼下がりの庭にできた暗紫色の異様な空間はその色を固定。暗黒の口がギュウっと音を立てそうなほどに急激に収縮、虚空に浮かぶ目のようになった。

 

「出るわよ」

 バステトの声はさきほどと同じく呟くようで、しかしたしかにその音をこの場全員に伝えている。

 

 

 シュルシュルと大量の空気を吹き込まれたような音と共に、なにかが暗黒の目から高速回転しながらニュルリと上空に向けて真っ直ぐに飛び出したのを、庭の全員は目撃し目で追った。

 その暗紫色で細長いなにかは、高速回転しながら膨らんで行き、その形を少しずつ太陽の下に曝す。奇妙なぬめりを帯びた光沢を持ったその生物は、縦回転しながら降りてきて

 ーーそして。

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