5 精霊使いという存在
精霊使いは、自然と調和し同調させることで自然の声を聞き、あるいは自然を従える不思議な能力の持ち主たちである。かつては世界中にいたとされるが、不思議な力は、力を持つ者をむしろ不幸にした。自然に働きかける力を持つといっても、ある特定の自然にしか通用せず、一人の人間が行えることは実に微々たるものだった。
遺伝により受け継がれる力であり、力を持たない人間と血が混ざることにより、力は弱く、あるいは失われつつあった。
ほんの一〇〇年前、ある王族により精霊使いの保護が図られた。勅令により自然と調和する力を持つ者を集め、山奥の一か所に村を作らせた。大部分の力を持たない人間から、まるで怪物のように思われていた者たちに、精霊使いの名が与えられたのもこの時である。
精霊使いは王族により保護を受け、私刑により無残な死を迎えることはなくなったが、精霊使いを恐れる声は国内に激しく渦巻いた。結果として、精霊使いは奴隷以下の身分階級として位置付けられ、王族をはじめとする政府機関に対する絶対服従が義務付けられた。その中には、死すらも享受することが含まれたのである。
時は過ぎ、精霊使いの存在を知る人間は少なくなった。肝心の王族にさえ、知る者はほとんどいなかった。精霊使い達は、過去の歴史を忘れていなかった。村を築き、技を磨いた。村を作った一〇〇年前より、はるかに洗練された技術を身につけていた。だが、村から出ることは少なかった。時おり政府から依頼を受け、山火事を消すことや、干ばつの地域に雨を降らせるのが、主な役割だった。不思議な力は健在だったが、戦闘力としては計算されていなかった。今までは、である。
一方、自然との一体化を至上命題とする精霊使いの村の中で、金の術者は特異な存在だった。いかなる自然とも調和できない、いわば無能力者が金の術者とされ、人間の英知の産物である金属製品を扱う役目を命じられた。剣や鎧も含み、いつしか、産まれた時に男だというだけで金の術者に分類されるようになった。中には、女もいる。金の術者に分類されれば、精霊使いの訓練は受けられない。その中で、特異な者がいる。金の術者とは、自然とは調和できない者という意味でつけられた名前だが、本当に金属と調和する者がいた。実際には金属と調和するわけではなく、金属中に流れる微弱な電子と調和しているのだとは、つい最近わかったことである。
シリウスは、その特異な者だった。同世代ではシリウス一人だ。厳密には、シリウスは通常の金の術者とは違う。力を持たない者ではない。だが、金の術者には違いない。役目は、自然と調和する力を持つ精霊使いの楯となり、命を投げ出すことだ。
一つ年上のエリスとは、姉弟のように育った。男は全て金の術者なので、生活は男女とも一緒である。だが、次第にエリスとは話すことも難しくなっていった。エリスが風の術者として、抜きんでた力を示し始めたからである。風の術者を束ねる立場を期待され、近くに置く男も厳選された。金の術者の中で、風と親和しやすい男が求められた。シリウスはそれに当てはまらなかった。
エリスの事を忘れるために、村でシリウスは剣の修行に打ち込んだ。死ぬほどの稽古を続け、任務の現場に立ち、傭兵として戦場にも立った。その中で、ある日突然だった。自分を囲む全ての金属の存在を、動きを感知することができた。その感覚は偶然ではなく、一時的なものでもなかった。その日以来、シリウスは精霊使いが命じられる任務の中でも、最も危険なものに派遣されるようになった。
ユーリーはシリウスより五つほど若い。水の術者の中では、明らかに天才だと言われる別格の素質を持っていた。シリウスは、任務でエリスとユーリーと組むことが多くなった。一時は諦めたエリスと、任務中だけでも一緒にいられることが、シリウスは何よりも嬉しかった。
命を捧げる覚悟は既にできていた。どんなに強くなっても、どれだけ金の術者として高い地位に就こうとも、エリスは風の資質を持った男と結ばれる。エリスとは結ばれない。ユーリーとも、同じように結ばれることはない。シリウスはむしろ、エリスの為に死ぬことを望んでいた。今、この瞬間でさえ、命を捧げるのにふさわしい場面を探していたのである。