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精霊使いの村  作者: 西玉
第一章魔物の要塞
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6 予期せぬ光

 シリウスと二人の術者が潜入した要塞は、南側に高い壁がある。西と東をさらに高い崖地に囲まれ、北側に細いけもの道が存在するだけの難攻不落の要塞である。

 武器庫は中央のやや西寄りにあり、高い建物の影になっている。要塞内の建物についてシリウスには知識がなかったが、人工的な建築物であることは間違いない。

 術を行っている最中の二人に声をかけられるはずもなく、シリウスは闇を見透かしながら周囲の様子を探っていた。


 全ての術者に共通することだが、自然に対して急激な変化をもたらせるものではない。風のエリスの術によって、風が強く吹くわけではない。ゆっくりと、大気の移動を操るのだ。たった一人でそれができるのは、精霊使いの村でもエリスだけである。

 星が、消えつつあった。南東から、ゆっくりと移動してきた雲によって。


「……雨雲か?」


 エリスは『南東の空気が重い』と表現した。湿っているのだ。上空に雨雲があれば、それも当然のことだった。

 動く影はない。見つかってはいない。だが、武器庫の屋根で警戒しているシリウスは、視界の端に動く者を捕えた。手元に置いた剣を握り、静かに、移動した。

 屋根の上に、顔を出した者がいた。シリウスの手が動き、剣が走った。その顔の突き刺さる直前で、剣が止まった。シリウスと同時に、相手も反応していた。シリウスの喉に、剣先が突きつけられていた。


「よく気付いたね」


 押し殺した声は、周囲に聞かれることを恐れているのだとわかった。周囲にいるかもしれない魔物にではなく、集中して術を取り行っている、二人の術者への配慮である。

 同時に剣を引く。舞うように屋根に踊り上がったのは、シリウスと同じ金の術者、モーデルだった。短い黒髪に、鋭い顔の線が印象的な女である。シリウスより、少し長く生きている。


 金の術者は、肩書にこだわるわけではないが、金属の鎧を常備している者が多い。シリウスも同様だ。モーデルは音を立てないためか、本人の髪のように真っ黒い、革の鎧を着ていた。たまたま視界に入ったのでなければ、シリウスも気づかなかった。


「どうやって侵入した? 何の用だ? 計画と違うぞ」

「随分な言い方だね。その計画に問題があるから来てやったのにさ。どうやって侵入したのかってことなら、簡単だよ。私一人なら、商人に化ければいい。そっちのお嬢さんたちみたいに、目立ちゃしないからね」


 ――商人に化ける? 魔物ばかりの要塞で? 


 シリウスは疑問を抱いたが、質問をする時間を惜しんだ。より深刻な、モーデルの言葉を聞いていたからだ。


「『問題』だと? どういうことだ?」


 二人の会話は囁き声である。辺りはますます暗くなってきていた。空気が湿り気を帯び、上空に雲が立ち込めていた。


「簡単な話さ。要は、この武器庫じゃ耐えられないってことだよ。あんた達、三人とも死ぬことになる」

「どうしてだ? この武器庫なら安全だと聞いているぞ」

「計算が違ったんだ。ティエラが気付いた」


 ティエラは隠密行動を最も得意とする光の術者である。光を操れるということは、同時に影を操れるということであり、長けた者は光の屈折を利用して姿を消すことも、離れた場所に蜃気楼を作ることもできる。ティエラは長けた術者である。計画通りなら、要塞が見える山の上で待機しているはずだ。


「エリスの力が上がっているってことさ。今回のことじゃ、今までとは桁違いの術が使われることになるだろうよ。こんなちゃちな武器庫なんか、簡単に吹き飛んじまう」


 村の中でも、最高の術者が呼ばれていた。最高の術者が、最も破壊力の大きな術を使おうとしている。破壊の規模は、予測が難しいのは周知の事実であり、連絡してきたティエラも、最高の術者なのだ。シリウスが疑う余地はない。


「いまさらどうする? 中止か? 俺はともかく、エリスとユーリーを死なせるわけにはいかない」


 金の術者は死んでもいい。それは、精霊の村に育った者の共通認識だ。


「武器庫の中はどうなっている?」

「魔物の死体がある」

「ふん。あんたにしちゃいい手際だ。穴を掘るんだよ。四人が入れるだけの穴だ。武器庫の地面は土だろ。あんたも手伝いな」


 すぐに身をひるがえそうとしたモーデルの腕を、シリウスが掴んだ。


「なんだい?」

「ここの見張りはどうする? エリスとユーリーを誰が守る?」

「間に合わなけりゃ、全員が死ぬんだよ。ほんの一時間やそこらだ。雨雲で星も消えちまったし、大丈夫に決まっているだろう」


 モーデルが話し終わるのを待つかのように、エリスの声が闇を切り裂いた。


「シリウス」


 エリスは極限の集中状態のまま、名前を呼んだ。通常ならありえないことだ。金の術者二人の動きが止まった。


「ほら、エリスだって行けって……」 


 術に集中しているエリスが、話を聞いているはずがない。もっと別の、声を出さなければいけない、重要な何かがあるのだ。モーデルの口を塞ぎ、シリウスが振り返ると、エリスは表情のない顔で一方を指差した。


「向こうに、小さな火があるわ」

「松明や灯火なら、ユーリーの術ですべて消えるはずだろう。魔物がランプを使うとも思えない」

「私に言われても知らないわ。室内だけど、外の空気とつながっている。このままだと、計画が台無しになる。ユーリー」


「もう、行けるよ」

「お願い」

「うん」


 集中し続ける術者の内、水のユーリーが動いた。上空に両手を掲げ、招くように、手を握る。はるか上で星の光を遮っていた暑い雲から、水滴が落ち出した。

 水の術者も風の術者も、まだ集中は解かない。


「俺は火を消してくる。モーデル、ここは任せる」


 雨は次第に激しくなり、雨音が騒音と化した。金属の鎧を着ていても、音で発見されることはないだろう。武器庫の上から降りようとしたシリウスを、モーデルの、女性にしては太い腕が捕まえた。


「待てよ! じゃあ、誰が穴を掘るんだ」

「余計な火を消さないと、穴を掘っても使い道が無くなるぞ」


「じゃあ、全員で死のうってのか? 私はご免だ」

「俺もだ。この雨ならモーデルが穴を掘りに行っても、エリスとユーリーが見つかることはないだろう」

「チッ。勝手な奴」


 金の術者たちは、互いにののしりながら武器庫を降りた。モーデルは武器庫の中に入っただろうが、確認もせずシリウスは雨の中を走った。エリスが指差した方向に向かい、滑る地面に足元を取られながらも、懸命に走った。


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