22 王都
シリウスと女達は、王都についていた。
門を守るのは、手入れもされていない薄汚れた甲冑をつけた魔物だった。
シリウス達を見つけ、ただ睨みつけただけで通された。
潰れた顔に、黄色く濁った瞳が、死んで腐った魚を想像させた。
「王女の都も、こうなるのか?」
何気なくシリウスは尋ねていた。
「王都は王族だけのものではありませんよ。つまり、あなたたちの王都でもあるのです」
荷台に揺られたアルバがたしなめる。精霊使い達は、同意しなかった。
エリスが呟くように口を挟んだ。
「でも、私達は王都に入ることを禁じられています」
「奴隷以下だもんね」
ユーリーも口をそろえる。アルバの声が震えた。
「そのような意味のない差別……私が変えましょう」
「でも、この変わりかたは嫌だ」
素直に感想を口にしたユーリーに、シリウスは大きくうなずいた。
街に人影はなく、一つとして同じ顔をしていない、不気味で醜いことだけが共通している、体の大きな魔物が、無表情に歩き回っていた。
馬車の通行に支障はない。よく整備された街並みだ。魔物を使役した成果なのだろう。
生気も活気もない。まるで、街全体が死んでしまったかのようだった。
「で、王女様が入れるようにしてくれるかもしれない、『俺達の王都』も、こうなるのか?」
「……『私達』の都も、いずれはこうなるでしょう。それが、生き残るための唯一の選択肢なら。まあ、魔物ばかりに見えるのは、きっと警備上の理由です。人間もちゃんといます。いえ、大部分が人間です。魔物が代わりに働いてくれるので、建物の中で平和に暮らしているのです」
「まあ、俺が口を出すことじゃないが、俺もあんまり、住みたくないな」
宿屋の看板を見つけ、シリウスが馬車を乗りつけた。
「どうして宿に入るのです? このまま王宮へ行きなさい」
御者台から降りようとしたシリウスを、アルバが止める。
シリウスは首を後ろに回した。エリスと目が合う。エリスが首を縦に振る。シリウスの行動を支持しているのだと解釈した。
アルバ王女に視線を向ける。
「こっちの国では正体が知られていないとはいえ、精霊使いが堂々と王宮に入るわけにはいかないだろう。ここまで送ったんだ。後のことは王女様がなんとかするべきだろう」
「わたしに、一人で行けと言うのですか?」
「ああ。そう言うつもりだ。身分がばれたら、俺達はその場で死刑にされても文句は言えない。精霊使いはそういう扱いを受けてきたんだ。いまさら、心細いから一緒に行けとかいわれても、ご免だ」
シリウスは御者台を降り、エリスとユーリーに手を貸した。
宿屋の入り口は解放されている。
魔物が経営していたらどうしようと、怖々覗きこんだ。
「お泊りですか?」
見事に禿げあがったあぶらぎった男が、シリウスの顔を見つけて声をかけてきた。
あぶらぎってはいるが肥ってはいない。血色はいいものの、表情は不景気そのものだ。
「……人間か?」
「わたしのことですか。もちろんそうですよ。見て解りませんか?」
宿屋の受付は、広い一階の端にあった。誰もいない。さびしい光景だ。
食堂と思われる部屋のドアが空いていた。黒い影が揺れている。魔物に違いない。
用心棒だろうか。シリウスは気がつかないふりをした。
「悪かった。外見が人間なら全て人間だと断言できるほど、俺はこの街に詳しくないものでね」
「なるほどね。で、お泊りですか?」
「ああ。とりあえず、今晩二部屋借りたい」
「では、こちらに……」
手続きを済ませて馬車に戻ろうと外に出ると、馬車がなかった。
荷車はあり、傍らにアルバとエリス、ユーリーが佇んでいた。荷物も持っている。
だが、馬がいない。
ずっと道中を供にした馬が、黒い影に囲まれていた。
横倒しになり、苦しげにいなないていた。魔物たちに取り囲まれ、生きたまま、喰われていた。
血を流し、足をばたつかせ、魔物の牙に、身悶えながら、肉を削り取られ、内臓を啜られていた。
「どうした?」
シリウスも、あまりに凄惨な光景に眉を寄せた。シリウスの声に振り向いた女達が、一斉にしがみついてきた。
「わからないわ……アルバさんをどうしようかユーリーと相談していたら、『オ前タチノ馬カ?』って聞かれて……実際、私達のものかっていえば、違うと思ったから、『借りているけど、誰のものか分からない』って話したら、突然大勢で馬を取り囲んで、噛みつきだしたの」
エリスの両手がシリウスの腕を掴んでいた。
目は馬から離さない。
柔らかく温かい両手が、じっとりと濡れていた。エリスの言葉により招いた惨状に、後悔していることがはっきりとわかった。
「喋ったのか? 魔物が?」
黒い影のうち、一体がピクリと頭を上げた。シリウスを振り返る。
淀んだ目と視線が交差した。
アルバが慌ててシリウスの口を押さえた。ユーリーが、震えながらシリウスの体を押す。
宿屋の中に四人はもつれるように入った。
「なんだよ?」
「いいから!」
アルバがあたりを見回し、不景気な表情の宿屋の主人以外には誰もいないことを確認すると、シリウスの耳元で強い口調で囁いた。
「『魔物』っていう呼び方は人間だけのものよ。あれらに対して、『魔物』なんて絶対に呼んでは駄目。あくまでも、人間として接しなさい。彼らは人間には手を出さない。制御されているから。でも、感情が先走ったら、制御が利かなくなるかもしれない」
「『感情が先走る』って、たとえば、空腹なときとか、か?」
「そうみたいね……」
馬はまだ食べられているだろう。
苦しそうないななきも、足が大地をかすめる音も、既に聞こえなかった。
おそらく、死んでしまった。
馬がいたはすの方向を、アルバがじっと見つめる。見つめる先はただの壁でしかない。
壁の向こうで展開された光景を想像したのか、アルバの高い鼻筋に、皺が寄った。
「では、何と呼ぶ?」
「『旦那』」
「ん?」
呼びかけられたと思い、シリウスが振り向いた。宿屋の主人は苦笑いをして首を横に振った。
「お客さんのことじゃないですよ。この国じゃ、ああいったのを『旦那』って呼んでいるんです。まあ、どこから来たのかも知りませんが、よけいなゴタゴタが起こらないためには、それが一番なんですよ」
「だ、そうだ。知っていたかい?」
アルバ王女は固い表情のまま、二階へあがった。シリウスは予約した部屋番を告げる。
振り向きも反応もしないが、アルバは理解しただろう。
「ねぇ、シリウス」
王女の態度を不快に思っていたシリウスは、階段を上って行く尻から、声をかけてきたエリスに目を転じた。
澄み渡る空のような瞳でじっと見つめるエリスを、抱きしめたい衝動にかられたが、隣でユーリーがエリスと同じような表情で見ているので思いとどまった。
「どうした?」
「アルバは動揺しているのよ。一人にしてあげて」
「動揺って、どうして?」
「たぶん、アルバが思っていたのと、『旦那』が違うみたいだから。『旦那』は、賃金もいらなければ食べ物も必要ないって、思っていたのよ。私もそう聞いていたから、さっきは驚いたの」
「生きたまま馬を食べるのは、そりゃあ、グロテスクだったな」
シリウスの言葉に、ユーリーが激しく同意した。全力で首を縦に振っている。
「で、自分の国に『旦那』とかを招くのを、考え直しているってことか?」
「そこまでは、わからないけど……悩んでいるのは確かみたいね」
「あの要塞にもいただろう。どうして知らなかったんだろうな」
「王女様にそんなこと、誰も言わないよ。近くで見たのも初めてみたい。そう言っていたし」
ユーリーの頭を撫で、シリウスは二階へ目を向けた。アルバが泊まっていくことは考えていなかったので、二部屋しか借りなかった。
いくら女性同士でも、王女と精霊使いを同衾させるというわけにはいかないだろう。
追加でもう一部屋借りるべきだろうか。
シリウスが極めて実際的な考えに没頭していると、エリスがまったく違うことを言い出した。
「ねぇ、シリウス、一緒に王宮に行ってあげて」
驚いて、シリウスはエリスの顔を見る。冗談ではなさそうだ。
まっすぐにシリウスを見つめ返してきた。
エリスの頼みである。断りたくなかった。だが、シリウスは首を傾けた。
「俺が一緒だからといって……影響があるとは思えないが……」
「一人で行くより、ずっといいはずよ」
「そうか? 王女に危険があるわけではないだろう。仲がいいのは、エリスとユーリーなんだし……」
二人に背を向け、宿屋の主人の元に向かう。もう一部屋借りるためである。
「私達が王宮になんて、行けるはずないじゃない」
「うん」
追加で一部屋借りて戻ってきたシリウスに、エリスとユーリーが声をそろえる。
「どうして?」
「……怖いもの」「うん」
シリウスは盛大に頭を掻いた。大きな瞳を一杯に開いた美女と美少女に、言葉を失ったのである。
「わかったよ。あの王女さんに、直接頼まれたら考えてみるよ」
「王女様が頼める訳ないじゃない」
「うん。頼めるはずないよ」
「シリウスから王女様に頼んであげて」
「うん。シリウスから、頼んでよ」
なぜ王女から『頼めるはずない』のか、シリウスには理解できなかった。
「……わかったよ。風と水の術者殿のご命令なら、しかたない」
階段を上がろうとするシリウスに、エリスとユーリーが笑いかけた。
なるほど。とシリウスは思った。
命を投げ出すことこそ、金の術者としての本懐なのだ。死ぬ覚悟なら当にできていた。ならば、恐れることなど何もない。
自然と、腰の剣に手が伸びた。シリウスは覚悟を決めた。
この任務に命を懸けることを。仮に生きて任務をまっとう出来たなら、その先にも踏み込めるはずだ。
エリスの顔が脳裏に浮かぶ。精霊使いの掟など、破ってみせる。
だが、滑り止めが施されていない金属がむき出しの剣こそ、シリウスの最も落ちつく感触だった。何よりもその事実が、シリウスが精霊使いであることを意味していた。




