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精霊使いの村  作者: 西玉
第三章潜入
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22 王都

 シリウスと女達は、王都についていた。

 門を守るのは、手入れもされていない薄汚れた甲冑をつけた魔物だった。


 シリウス達を見つけ、ただ睨みつけただけで通された。

 潰れた顔に、黄色く濁った瞳が、死んで腐った魚を想像させた。


「王女の都も、こうなるのか?」


 何気なくシリウスは尋ねていた。


「王都は王族だけのものではありませんよ。つまり、あなたたちの王都でもあるのです」


 荷台に揺られたアルバがたしなめる。精霊使い達は、同意しなかった。

 エリスが呟くように口を挟んだ。


「でも、私達は王都に入ることを禁じられています」

「奴隷以下だもんね」


 ユーリーも口をそろえる。アルバの声が震えた。


「そのような意味のない差別……私が変えましょう」

「でも、この変わりかたは嫌だ」


 素直に感想を口にしたユーリーに、シリウスは大きくうなずいた。

 街に人影はなく、一つとして同じ顔をしていない、不気味で醜いことだけが共通している、体の大きな魔物が、無表情に歩き回っていた。


 馬車の通行に支障はない。よく整備された街並みだ。魔物を使役した成果なのだろう。

 生気も活気もない。まるで、街全体が死んでしまったかのようだった。


「で、王女様が入れるようにしてくれるかもしれない、『俺達の王都』も、こうなるのか?」

「……『私達』の都も、いずれはこうなるでしょう。それが、生き残るための唯一の選択肢なら。まあ、魔物ばかりに見えるのは、きっと警備上の理由です。人間もちゃんといます。いえ、大部分が人間です。魔物が代わりに働いてくれるので、建物の中で平和に暮らしているのです」


「まあ、俺が口を出すことじゃないが、俺もあんまり、住みたくないな」


 宿屋の看板を見つけ、シリウスが馬車を乗りつけた。


「どうして宿に入るのです? このまま王宮へ行きなさい」


 御者台から降りようとしたシリウスを、アルバが止める。

 シリウスは首を後ろに回した。エリスと目が合う。エリスが首を縦に振る。シリウスの行動を支持しているのだと解釈した。

 アルバ王女に視線を向ける。


「こっちの国では正体が知られていないとはいえ、精霊使いが堂々と王宮に入るわけにはいかないだろう。ここまで送ったんだ。後のことは王女様がなんとかするべきだろう」

「わたしに、一人で行けと言うのですか?」


「ああ。そう言うつもりだ。身分がばれたら、俺達はその場で死刑にされても文句は言えない。精霊使いはそういう扱いを受けてきたんだ。いまさら、心細いから一緒に行けとかいわれても、ご免だ」


 シリウスは御者台を降り、エリスとユーリーに手を貸した。

 宿屋の入り口は解放されている。

 魔物が経営していたらどうしようと、怖々覗きこんだ。


「お泊りですか?」


 見事に禿げあがったあぶらぎった男が、シリウスの顔を見つけて声をかけてきた。

 あぶらぎってはいるが肥ってはいない。血色はいいものの、表情は不景気そのものだ。


「……人間か?」

「わたしのことですか。もちろんそうですよ。見て解りませんか?」


 宿屋の受付は、広い一階の端にあった。誰もいない。さびしい光景だ。

 食堂と思われる部屋のドアが空いていた。黒い影が揺れている。魔物に違いない。

 用心棒だろうか。シリウスは気がつかないふりをした。


「悪かった。外見が人間なら全て人間だと断言できるほど、俺はこの街に詳しくないものでね」

「なるほどね。で、お泊りですか?」


「ああ。とりあえず、今晩二部屋借りたい」

「では、こちらに……」


 手続きを済ませて馬車に戻ろうと外に出ると、馬車がなかった。

 荷車はあり、傍らにアルバとエリス、ユーリーが佇んでいた。荷物も持っている。

 だが、馬がいない。


 ずっと道中を供にした馬が、黒い影に囲まれていた。

 横倒しになり、苦しげにいなないていた。魔物たちに取り囲まれ、生きたまま、喰われていた。

 血を流し、足をばたつかせ、魔物の牙に、身悶えながら、肉を削り取られ、内臓を啜られていた。


「どうした?」


 シリウスも、あまりに凄惨な光景に眉を寄せた。シリウスの声に振り向いた女達が、一斉にしがみついてきた。


「わからないわ……アルバさんをどうしようかユーリーと相談していたら、『オ前タチノ馬カ?』って聞かれて……実際、私達のものかっていえば、違うと思ったから、『借りているけど、誰のものか分からない』って話したら、突然大勢で馬を取り囲んで、噛みつきだしたの」


 エリスの両手がシリウスの腕を掴んでいた。

 目は馬から離さない。

 柔らかく温かい両手が、じっとりと濡れていた。エリスの言葉により招いた惨状に、後悔していることがはっきりとわかった。


「喋ったのか? 魔物が?」


 黒い影のうち、一体がピクリと頭を上げた。シリウスを振り返る。

 淀んだ目と視線が交差した。


 アルバが慌ててシリウスの口を押さえた。ユーリーが、震えながらシリウスの体を押す。

 宿屋の中に四人はもつれるように入った。


「なんだよ?」

「いいから!」


 アルバがあたりを見回し、不景気な表情の宿屋の主人以外には誰もいないことを確認すると、シリウスの耳元で強い口調で囁いた。


「『魔物』っていう呼び方は人間だけのものよ。あれらに対して、『魔物』なんて絶対に呼んでは駄目。あくまでも、人間として接しなさい。彼らは人間には手を出さない。制御されているから。でも、感情が先走ったら、制御が利かなくなるかもしれない」


「『感情が先走る』って、たとえば、空腹なときとか、か?」

「そうみたいね……」


 馬はまだ食べられているだろう。

 苦しそうないななきも、足が大地をかすめる音も、既に聞こえなかった。

 おそらく、死んでしまった。


 馬がいたはすの方向を、アルバがじっと見つめる。見つめる先はただの壁でしかない。

 壁の向こうで展開された光景を想像したのか、アルバの高い鼻筋に、皺が寄った。


「では、何と呼ぶ?」

「『旦那』」

「ん?」


 呼びかけられたと思い、シリウスが振り向いた。宿屋の主人は苦笑いをして首を横に振った。


「お客さんのことじゃないですよ。この国じゃ、ああいったのを『旦那』って呼んでいるんです。まあ、どこから来たのかも知りませんが、よけいなゴタゴタが起こらないためには、それが一番なんですよ」

「だ、そうだ。知っていたかい?」


 アルバ王女は固い表情のまま、二階へあがった。シリウスは予約した部屋番を告げる。

 振り向きも反応もしないが、アルバは理解しただろう。


「ねぇ、シリウス」


 王女の態度を不快に思っていたシリウスは、階段を上って行く尻から、声をかけてきたエリスに目を転じた。

 澄み渡る空のような瞳でじっと見つめるエリスを、抱きしめたい衝動にかられたが、隣でユーリーがエリスと同じような表情で見ているので思いとどまった。


「どうした?」

「アルバは動揺しているのよ。一人にしてあげて」


「動揺って、どうして?」

「たぶん、アルバが思っていたのと、『旦那』が違うみたいだから。『旦那』は、賃金もいらなければ食べ物も必要ないって、思っていたのよ。私もそう聞いていたから、さっきは驚いたの」


「生きたまま馬を食べるのは、そりゃあ、グロテスクだったな」


 シリウスの言葉に、ユーリーが激しく同意した。全力で首を縦に振っている。


「で、自分の国に『旦那』とかを招くのを、考え直しているってことか?」

「そこまでは、わからないけど……悩んでいるのは確かみたいね」


「あの要塞にもいただろう。どうして知らなかったんだろうな」

「王女様にそんなこと、誰も言わないよ。近くで見たのも初めてみたい。そう言っていたし」


 ユーリーの頭を撫で、シリウスは二階へ目を向けた。アルバが泊まっていくことは考えていなかったので、二部屋しか借りなかった。

 いくら女性同士でも、王女と精霊使いを同衾させるというわけにはいかないだろう。


 追加でもう一部屋借りるべきだろうか。

 シリウスが極めて実際的な考えに没頭していると、エリスがまったく違うことを言い出した。


「ねぇ、シリウス、一緒に王宮に行ってあげて」


 驚いて、シリウスはエリスの顔を見る。冗談ではなさそうだ。

 まっすぐにシリウスを見つめ返してきた。

 エリスの頼みである。断りたくなかった。だが、シリウスは首を傾けた。


「俺が一緒だからといって……影響があるとは思えないが……」

「一人で行くより、ずっといいはずよ」


「そうか? 王女に危険があるわけではないだろう。仲がいいのは、エリスとユーリーなんだし……」


 二人に背を向け、宿屋の主人の元に向かう。もう一部屋借りるためである。


「私達が王宮になんて、行けるはずないじゃない」

「うん」


 追加で一部屋借りて戻ってきたシリウスに、エリスとユーリーが声をそろえる。


「どうして?」

「……怖いもの」「うん」


 シリウスは盛大に頭を掻いた。大きな瞳を一杯に開いた美女と美少女に、言葉を失ったのである。


「わかったよ。あの王女さんに、直接頼まれたら考えてみるよ」

「王女様が頼める訳ないじゃない」

「うん。頼めるはずないよ」


「シリウスから王女様に頼んであげて」

「うん。シリウスから、頼んでよ」


 なぜ王女から『頼めるはずない』のか、シリウスには理解できなかった。


「……わかったよ。風と水の術者殿のご命令なら、しかたない」


 階段を上がろうとするシリウスに、エリスとユーリーが笑いかけた。






 なるほど。とシリウスは思った。

 命を投げ出すことこそ、金の術者としての本懐なのだ。死ぬ覚悟なら当にできていた。ならば、恐れることなど何もない。


 自然と、腰の剣に手が伸びた。シリウスは覚悟を決めた。

 この任務に命を懸けることを。仮に生きて任務をまっとう出来たなら、その先にも踏み込めるはずだ。

 エリスの顔が脳裏に浮かぶ。精霊使いの掟など、破ってみせる。


 だが、滑り止めが施されていない金属がむき出しの剣こそ、シリウスの最も落ちつく感触だった。何よりもその事実が、シリウスが精霊使いであることを意味していた。


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