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精霊使いの村  作者: 西玉
第二章王女を追って
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13 エベリン卿

 金の術者ガリギュアとモーデルは、まず水のユーリー、風のエリスを逃がすために全力を尽くした。村への連絡には時間がかかる。まず、同行している騎士たちに怪しまれずに別れることが必要だった。

 エリスとユーリーを要塞から追い出し、山道を進むよう指示した。要塞に戻った時には、昼を回っていた。要塞の入り口で、愛想のない顔をした騎士に出くわした。


 退屈していたのか、ガリギュアとモーデルを見つけて嬉しそうな顔をしたものの、発見したのが見知った者だと気づき、明らかに落胆した。騎士はもともと貴族階級の出身者が多く、精霊使いは奴隷と変わらない身分であるため、丁寧に遇されることはない。

 騎士の横柄な態度にも、ガリギュアは気分を害したわけではなかった。


「御用でしょうか?」

「俺は用などないが、エベリン卿が御待ちだ。急げ」

「はい」


 ガリギュアへ契約を持ちかけた本当の黒幕は解らなかった。表だって交渉をしていた中では、エベリン卿と名乗る男が指揮官だった。

 身分の高い騎士たちに命令していることから考えても、かなりの実力者なのだろうと、ガリギュアは疑わなかった。ただし、信用できるかどうかは、既に別の問題だ。


 光のティエラの判断は、概ね正しいと想像できた。ガリギュアは、モーデルを振り返った。


「ここからは俺だけでいい。村を頼む。本来の役目を果たしてくれ」


 他の術者の盾になることこそが、金の術者の『本来の役目』である。


「うん……ガリギュア……気をつけて」


 いつもは強気なモーデルが、心配そうに見つめ返した。ガリギュアは騎士を振り返る。騎士は面倒くさい役目を果たしたとばかりに、二人には背を向け、要塞の奥に向かい歩きだしていた。精霊使いに対して、そもそも興味がないのだろう。

 ガリギュアはモーデルに歩み寄り、口づけをかわした。


「俺は死なない。モーデルこそ、一人で大丈夫か?」

「あたしのことは平気。それより、約束だよ」

「ああ。俺は生きて帰る。生きて帰って、落ちこぼれの金の術者を嫁にもらう」


 まじめに言おうとしたが、ガリギュアの相好が自然に崩れた。見上げるモーデルのほほも緩んでいた。


「『落ちこぼれ』はお互い様だろ」

「金が手に入らなくてもいいか?」


 金持ちになってから一緒になるつもりだった。そう約束していた。村を出て、身寄りのない二人が生活するのには、金が要ると思っていた。事情が変わった。金を手に入れられるかもしれないが、約束できるほど確実なものではない。


「村を出て働けば、二人いるんだ。なんとかなるさ」

「そうだな」


 モーデルが抱きついてきた。激しく唇を交わらせ、離れた。騎士の姿は見えなくなっていた。

ガリギュアが走る。モーデルは、いつまでも見送っていた。






 要塞内部まで炎は確実に行きわたっていた。木造部分は焼け落ち、羊皮紙は炭となっていた。

建物に入ると、焦げ臭さが鼻を突いた。ガリギュアは騎士に指示されるまま、要塞の奥に向かった。小さな部屋で、エベリン卿は待っていた。手の込んだ家具だったと思われる物が炎上し、炭になっていた。ベッドと思われる燃えかすもあった。壁に設えられた棚に、燃えかすが並んでいた。身分の高い人物の部屋であることは、容易に推測できた。


「精霊使いを連れてきました」

「御苦労。下がれ」

「はっ」


 騎士が去る。

 エベリン卿は鎧を脱いでいた。外敵がいないことを確認したからだろう。頭部の頂点周辺が見事に禿げあがり、口元のカイゼル髭がかえって嫌らしい。脂ぎった顔は、強い精力を想像させた。


「噂に違わぬ、いや噂以上の見事な働きだ。私も、これほどまでに上手くいくとは思っていなかった。あの一瞬でここまで生き物を焼きつくすとはな」

「ありがとうございます」


 ただ褒めるために呼んだのだろうか。ガリギュアは視線を外さないように気をつけながら、浅く腰を折った。


「だが、一人足りん」

「はっ?」


 誰のことを言いたいのか、当然わかっていた。ガリギュアは、事前に王女が要塞にいることまでは知らされていない。とぼけることにした。


「この部屋の主の死体がない」

「燃え尽きたのではありませんか?」


「他の者は、焼死体が残っておる。この部屋の持ち主だけ、特別燃えやすかったはずはなかろう。それに、持ち物が消えておる。そこの焦げたクローゼットから服が無くなっておる。精霊使いよ。私を裏切ったのではなかろうな?」


 王女のことなど知らない。咄嗟に言いそうになった。だが、ガリギュアは王女がいたことも知らないはずなのだ。王女の存在さえ知らないはずの立場を正当化するには、しらをきる以外に方法があるとは思えなかった。


「いえ。俺はただ、依頼の通りに仲間たちを働かせ、契約通りに要塞を焼きつくしたのみですが」

「ふむ……つまり、心当たりもないと?」

「はい」

「よかろう。ついて参れ」


 エベリン卿は部屋を出た。隣の部屋に入る。

扉が焼け落ちていた。床の上に、死体があった。焼けていない。血が流れていた。ガリギュアは、二人の顔に見覚えがあった。


「貴様と一緒に要塞の中を確認に行った騎士を覚えておろう」


 二つの死体は、剣による刺し傷がはっきりとわかるように置かれていた。剣の傷が致命傷なのに間違いはなかった。


 ――シリウスめ……。


 ガリギュアは声に出さず、ほぞを噛んだ。誰の仕業か考えるまでもなかったのだ。


「生き残りがいないとしたら、二人は誰に殺されたのだ?」

「俺は……術を使った仲間を助け……要塞を出ました。その後のことは……何も知りません」


 シリウスを庇おうと思ったわけではない。今までの自分の発言とつじつまを合わせるには、何も知らないことにするしかないと思ったのだ。


「ならば、精霊使いの仲間に貴様を出し抜いた者がいたということか?」

「……そうとしか……」

「そうだな。考えようがなかろうな。では、そいつの首を持って参れ。報酬は、その時までお預けだ。騎士二人が死んだのだ。できないでは済まされんぞ。その時は、貴様の命も無いものと心得るがよい」

「……わかりました」


 エベリン卿の元を辞し、ガリギュアは要塞を北側に抜けることにした。エリスとユーリーをその方向に逃がしたのだ。






 北側には細い獣道が続いており、隣国への街道付近に出ることはわかっていた。アルバ王女はあくまでも隣国へ向かうことを主張していた。

 アルバが隣国に向かったのであれば、シリウスも一緒だろう。要塞で二人の騎士を殺したのは、シリウス以外には考えられない。ガリギュアは怒りで建物を殴りつけ、北への出口を探した。


「どこに行くつもりだい?」


 右手で空気が輝いた。もはや、驚く余裕もなかった。


「ティエラ、シリウス達と一緒じゃなかったのか?」

「シリウスより、あんたのほうが心配だったんでね」


 空気の輝きが収まると、ブロンドの美女が顎で衛兵の詰め所と思われる小さな小屋を指した。

石造りであり、焼かれはしても建物として損傷はしていない。ガリギュアは人目のないことを確認してから、ティエラの指示通り小屋に入った。

 どこに騎士たちの目があるのか解らない。要塞から出るまでは生きた心地がしない。


「俺に用か?」

「ああ。精霊使い同士だ。見殺しにはしたくないんでね」


 姿を現したままのティエラは袋を投げ渡した。


「これは?」

「食い物さ。地下の食料庫もやられていたけど、奥のほうは焼け残った。遠慮しなくてもいいよ。あんたの分だ。それと、北への道はやめておきな。殺されるよ」

「シリウスにか?」


 ガリギュアは袋の口を解いた。練った穀物を乾燥させたものや、干し肉が詰め込まれている。ありがたい、と思っても、顔には出さなかった。


「なんでシリウスがあんたを殺すんだい?」

「俺が、シリウスを殺したいと思っているからな」

「死んだ騎士のことなら、シリウスを恨んでも仕方ないだろ。シリウスだって、他に仕方がなかったんだ」


「お陰で、俺はエベリン卿の信用を失った。シリウスの首を持って帰らないと、俺が狙われる」

「あの禿げ親父の信用が、どこまで当てになるのかね。とにかく、シリウスは王女を連れてずっと先にいるはずだ。あんたを殺そうとするのは、騎士たちだよ」


 意外な言葉だった。ガリギュアはまだ、エベリン卿に見限られたわけでも、裏切ったと断定されたわれでもないはずだ。エベリン卿に連れられた騎士たちが、ガリギュアを殺すはずがない。


「どうして、俺が殺されるんだ?」

「いいかい? あんたはアルバ王女のことは知らないんだ。王女の目的も、行こうとしている場所も。エベリン卿は既に、五人の騎士に、北の道から街道へ向かい、王女を発見次第殺すよう指示している。あんたを別で行動させたのは、騎士たちが失敗したときの保険だよ。それが、騎士たちと同じ行動してどうするのさ。あんたは、王女のことも、シリウスが王女を守って北に行ったことも、知るはずがないんだよ。もし、あんたが北の道へ行こうとして騎士たちと出くわしたら、殺せとエベリン卿は命令している。あんたが裏切ったって証拠になるからね。まずは要塞を出ることだ。シリウスを追いかけるのは、それからさ」


「随分、詳しいんだな」

「聞いていたからね」

「俺と、エベリン卿の話もか?」

「当然だろ。モーデルとは幼馴染でね。悲しませたくないのさ」


 ガリギュアが立ち上がる。ティエラは、姿を消した。


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