12 焼け跡の要塞
王女アルバ・バッカラが生きていたことは、ガリギュアにとっても全くの予想外だった。本当の狙いは大量の魔物でも軍隊でもない。不思議な事件に見せかけて、王女を葬ることだったのだ。
要塞に入ると、精霊使いの光の術者ティエラと護衛の金の術者ガリギュアは、まっすぐに武器庫を目指した。要塞の下見をしたのはティエラであり、騎士たちよりはるかに早く到達した。武器庫を目指したのは、エリスとユーリーの身を案じてである。武器庫に着く前にシリウスとモーデルを見つけたのは、良い兆候だった。シリウスが生きていて、エリスを死なせることなど考えられなかったからだ。
だが、アルバ王女が生きていたのはあってはならない事態だった。
シリウスが倒れると同時にモーデルはアルバを取り押さえ、王女の腕を後ろ手に縛り上げた。
焼けただれた死体を確認しながらゆっくりと近づいてきた騎士たちに、ガリギュアは王女をどう処置するのか尋ねた。騎士たちの視線はガリギュアとモーデル、アルバに向かっていた。存在すればもっとも目立つティエラを追う視線がなかったことが、ティエラが姿を再び消したことを意味していた。同時に、縛り上げたシリウスも隠しているのだろう。
問われた騎士たちは、まるで王女など見なかったかのように顔をそむけた。
「我々は知らないな。お前たち精霊使いが、誤って人間の要塞を全滅させたのだ。相応の処置は覚悟しておくんだな」
「では……」
ガリギュアが剣を抜いた。王女に向けて振り下ろそうとしたところを、騎士の一人が止めた。腕を掴み、ねじ伏せた。
「我々の目の前で王女に手を掛けるつもりか? 死体の損傷で、事故ではないことはすぐにわかるのだ。貴様を捕えることになる。反逆罪で死罪になりたいのか?」
重い鎧を着て平然と活動する騎士たちは、少なくとも筋力は発達していた。腕を掴まれ、ガリギュアは動けなくなった。
「なら、どうすればいいんですか?」
精霊使いの腕をねじあげたまま、騎士は首をひねった。同行した別の騎士に視線を向けるが、特に考えはないらしい。当のアルバは、浅黒い顔を蒼白にして事態を見守っている。王族としての毅然とした態度は崩していないが、目の前の騎士たちは、道理の通じない野獣より危険な存在に、王女の目の前でなろうとしている。
「王女なんかいなかった。要塞にいた人間は、魔物の暴動で全滅。そうでしょう?」
突然、涼やかな女の声が響いた。光を操る術者ティエラが姿を現していた。金色の長い髪に、全身を覆う黒いピッタリとした服が印象的だった。光を操るということは、同時に影をも操る。つまり、人の目に映るものは、全て支配下に置けるという意味でもある。
「……精霊使いの仲間か……お前の言うとおりなら問題はないが、現に王女は生存しているのだ」
騎士はティエラの姿に、目を細めながら言った。まぶしいのではない。ティエラは姿を現している時は、たいていの男の視線を釘付けにする。
「そうですか? どこにいます?」
ティエラはおどけた声を出した。あえて視線を背けていた騎士が、王女を振り返る。視線の先には、誰もいなかった。ティエラが光の屈折を調整し、隠したのだと、ガリギュアはすぐに理解した。
「アルバ王女など、はじめから居なかった?」
騎士はティエラを見つめ、ティエラは優しく微笑んだ。
「……お前の名は?」
「私も、初めから居なかった」
「なに?」
二人の騎士、四つの目が大きく見開かれる。朝の柔らかい陽光は、ブロンドの美女がいた地面を照らし出していた。
「おい、お前」
ガリギュアに向けられた視線は、凶悪そのものだった。
「さっきの女、お前の知り合いか?」
「さっきの女、とは?」
「とぼけるな。王女などいなかった。だが、本当にそうなるには、あの女が俺達のいいなりになる必要があるな。だろ?」
騎士はもう一人の騎士に語りかけ、話を受けた騎士もいやらしくうなずいた。
「そうだな。信用できる奴かどうかはわからない」
「……わかりました。伝えておきます。王女の死体も、その時までに見つかるでしょう」
ティエラがそんな条件を飲むはずがない。ガリギュアはそう思いながらも、頷いた。
満足した騎士たちは、要塞の様子を確認するために内部に向かった。
ガリギュアはもう追わなかった。シリウスもモーデルも隠されていた。ティエラがまだその場にいることを意味していた。人間に対し、ティエラの能力は絶対の効果を持つ。その能力を駆使して精霊使いの中では珍しく、普段から街で生活をしているティエラに、今後の対応を相談したかった。
「どうするんだ? 肝心の王女が生きていたということは、作戦は失敗だ。それだけじゃない。精霊使いに全ての罪を被せるかもしれないぞ」
どこに居るのかわからない相手に、まるで独り言のように呟くガリギュアの言葉を受け、ティエラが術を解いた。地面に伸びたシリウスと、アルバの口を塞いだ状態のモーデルが現れた。
「どうもこうも無いんじゃないか? ガリギュア、あんた、騙されたんじゃないかい?」
「……騙された?」
ティエラは鼻で笑い、口を塞がれたアルバ王女に屈みこんだ。ティエラは街で生活する上で、職業を持っている。立派な、とは言えないだろう。盗賊だ。
「呆れたね。ガリギュア、まだ気付かないのかい? モーデル、あんたはどう思う?」
王女の口を塞いだ手を緩めず、モーデルは線の鋭い顔を小刻みに揺らした。
「解らないよ。奴らの言う通りにすれば金をもらえる。精霊使いの村を出て、自由になれる。違うのかい?」
「三〇分前までは私もそう思っていたけどね。たぶん違うよ。気が変わったらしい。それとも、もともと私達を騙すつもりだったのかもね。ガリギュア、あんたどう聞いていた? 五〇〇〇人の人間を殺す理由と、その中に王女様が混ざっている理由のことだけどね」
光の術者が言おうとしていることが、理解できないでもなかった。だが、ガリギュアは認めたくなかった。精霊使いの中でも使い捨ての駒としか見なされない金の術者でありながら、一族でももっとも強力な術者達を危険にさらしているのだ。
声が裏返るのを我慢しても、引きつるのは止められなかった。
「……聞いていない。俺は……この要塞は反逆者の巣窟だから、一掃してほしいと言われただけだ。金の約束はした。契約書も交わした」
「今、持っているね?」
ティエラが手を差し出した。ガリギュアは荷物から、円筒状に丸めた羊皮紙を取り出した。羊皮紙を広げたティエラは、一蔑し、丸め直した。
「ガリギュア、あんた字が読めたのかい?」
「全ては読めない。だが、金額と、何が書いてあるのかぐらい読める」
精霊使いの村に文字はない。高位の術者ほど、文字とは無縁である。エリスもユーリーも、文字の存在すら知らないだろう。ティエラが特別なのだ。
「契約書で報酬は約束してくれてあるよ。だけどね、肝心の仕事の内容が一言も書いてない。支払うつもりなんかないのさ。今回の件を理由に精霊使いを皆殺しにすれば、金を払う必要もなくなる」
ガリギュアは視線をさまよわせた。汗が噴き出る。動いてはいない。熱くもない。取りかえしのつかないことをしてしまったのだろうか。ティエラは地面で伸びているシリウスを蹴飛ばした。
「こいつは何も知らないんだろ?」
「ああ……たとえ任務でも、人間を殺すことに手を貸すはずがない。知っているのは、俺とモーデルと、ティエラだけだ」
名前を上げられた金の術者モーデルは、アルバを押さえつける手を震わせていた。剣を持つ手が、血の気を失っている。ガリギュア同様に、あるいはそれ以上に、動揺しているのだ。
「全てを知っていたのは、ガリギュア、あんただったはずだね」
「そうだ」
「結局、シリウスの単細胞が今回は正しかったってことかい。仕方ない……さっきの契約書、やっぱり私に預けな」
金額と報酬の約束だけがされた意味のない紙きれを、ティエラは求めた。ガリギュアは眉をひそめながら、巻物を渡す。他人に主導権を握られるのは嫌だったが、世慣れしているティエラに、今は頼るほかなかった。
「どうするつもりだ?」
「本当に報酬を払うつもりがあるのかどうかは、ほとぼりが冷めてから確認するさ。殺されずに王宮に潜り込めるのは私だけだろ。それまでに何も知らない村の連中を、一人でも多く逃がしてやらなくちゃならない。無駄死にを出しちゃ、寝覚めが悪いだろ」
ティエラに任せるしかない。ガリギュアは頷いた。
「わかった」
「早く行きな。モーデルもだ。ガリギュアはエリスとユーリーを逃がすんだ。モーデルは村に戻りな。金の術者が役立たずじゃない事、証明してみせるんだね」
モーデルがアルバ王女の口を解放する。アルバ王女は喋らず、精霊使い達を睨みつけた。もはや、王女をどう扱うかどころではなくなっていたガリギュアは、光の術者を見つめた。
「ティエラはどうする?」
「寝ている単細胞をどうにかするさ。それと、お姫様もね」
「殺さないのかい? 初めからいなかったことにするんだろ?」
モーデルは剣をアルバに向けた。殺すのであれば、金の術者である自分の役目だと感じているようだ。
「事情が変わったのさ。今はまだ、生かしておいたほうがいい。殺すのは簡単だけどね」
「それと……騎士たちが言っていたな……ティエラを、奴らのいいなりにするように……」
金髪の美女が、ガリギュアへ視線を向けた。明らかに蔑んでいる。世慣れしたティエラの表情は、感情を言葉よりも雄弁に表した。
「奴らの言ったこと全部本気にしているから、こんなことになるんだよ。ガリギュアが行ってほしいのなら行ってやるけどね。その時は、こうだね」
親指を自分の喉もとで横に引き、ティエラは笑った。しゃがみ込んでいたアルバに手を伸ばす。
「お姫様、聞いていたろ? あんたの部下を五〇〇〇人ほど殺しちまったかもしれないけど、そうさせたのはあんたら王族だ。精霊使いを恨むのは筋違いだね。あんたが私らを皆殺しにしないと約束するなら、とりあえずあんたの命は助けてやる」
「このような真似をしたあなた方を、信用しろというのですか?」
声が固い。大量殺戮した首謀者に囲まれているのだから、当然だが。
「無理な注文だとは思わないけどね。私から見たら、あんた達王族のほうがよほど信用できないよ」
「私は二週間以内に隣国の首都へ行かなければいけません。それに協力するのであれば、あなた達の処置については考慮しましょう」
ティエラの視線がガリギュアへ向かう。ガリギュアは顔の筋肉が硬直するのを自覚しながらうなずいた。さぞかし難しい顔をしているだろう。既に、先のことを考えるのは放棄していた。ティエラに任せるしかない。そう覚悟を決めた。ティエラはアルバ王女の言葉を理解したはずだが、素直には答えなかった。
「あんたには重要なお役目があるってことかい?」
「そうです」
「部下を皆殺しにされても、それでも行かなきゃならないってのかい。つまり……狙われたのは、そもそもこの要塞じゃないってことだね。あんたなんだ。お姫様のあんたを都合よく消すために、要塞の人間は全て巻き添えになったんだ」
あまりにも身分の違う相手を、ティエラは見事に軽蔑して見せた。ティエラの言葉に、アルバは表情を動かさず、ただ顔色だけを変えた。感情を制することができても、自在に操れるわけではないらしい。ティエラは独り言のように続けたが、王女に聞かせて正しい情報を引き出そうとしているのだろう。
「……その上、私らをまだ利用しようってのかい? ただじゃ嫌だね」
ティエラはガリギュアから受け取った巻物を広げ、さらに続けた。
「あんたを無事送り届けたら、この金額を約束しな。どうせ、この男と契約した連中に支払うつもりなんかないんだ。このぐらいいいだろ? どうせ、間違いなくあんたは命を狙われる。それを、守ってやるんだからね」
「……いいでしょう。私を、私の部屋に連れて行きなさい。必要な荷物と着替えがあります」
アルバをにらみつけていたティエラも、ゆっくりとうなずく。
「燃えてなきゃいいね。どこだい?」
「そこで寝ている男が知っています。私をさらったのですから」
「つまりこいつは、魔物の要塞だと聞かされていた場所で人間を見つけて、見殺しにできずに連れてきたってわけかい。単純な男だとは思っていたけど……ここまでだったとはね」
地面に倒れているシリウスを見下ろし、ティエラはむしろ上機嫌に見えた。




