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外伝:とんでも腐れビッチ紫苑ちゃん Ⅶ

「全員、死んでいる……?」


 内密に、自分が調べたのだとバレぬように手配し調べ上げた情報。

 それが記載された資料を覗き込み困惑する栞。


「……紫苑さんは何が見えているの?」


 数日前、栞は屋上で有りっ丈の想いを吐き出した。

 そして嘆きに飽いて空を見上げる彼女に紫苑はこう提案した。


"栞、あなたには二つ選択肢があるわ"

"二つ?"


 ちなみに何のかんのと居心地が良いので栞は未だに紫苑の胸に顔を埋めたままである。

 ビッチの無駄乳もただクッションとして使うだけならば中々のものらしい。


"一つ、総てを忘れて何でもない日常に帰ること。あなたのお姉さんが何かして来るのならば私が護るわ"

"そんな……そこまで紫苑さんに……と言うかその、忘れられないですよ"


 殺した姉が生きていた、そんな胃と腹に響くサプライズ情報を忘れられるわけがない。

 元々気にしぃの栞ならば尚更だ。


"記憶を書き換えるの。今日この場でのやり取りを別のやり取りに置換すれば忘れられる。

今まで他人に試したことはないけど、私の力で私の思い出を忘れることが出来ないか試したことがあるの"

"思い出を?"

"そう、まだ父さんと母さんの死が飲み込めていなかった頃に……ね"


 そこまで言えば栞にも想像がつく。

 両親の死なんて簡単に飲み込めるものではなく、毎日のように辛かったのだろう。

 そこから逃げ出したいと思ってしまうのも無理はない。


"簡単な実験を行って記憶を改竄、その後で復活させることにも成功はしている。私自身でね。

だから栞にかけても大丈夫だと思う。あの頃よりも力が洗練されているから安全度も高いわ"

"……もう一つの選択肢とは?"

"総ての真実を知り、そしてそれと向き合うこと"

"真実?"


 確かに紗織がどうやって生き延びたのか。今、何を考えているのか。

 知らないことは多い。しかし、紫苑が口にした真実と言う響きが孕んでいるものはそれだけではないような気がする。

 栞は漠然とそう思い、鸚鵡返しで問い返した。


"そう、あなたはどちらを選ぶ?"

"……一つ目の選択肢は、選べません。私はもう、十分逃げ続けて来たから"


 何もかもに目を逸らし、正しく在ることを免罪符にして逃げ続けて来た。

 だけどもう何処にも逃げられない。

 立ち向かう以外に選択肢はなく、立ち向かいたいと心が叫んでいる。

 ならば立ち向かうしかないだろう。自らの因果と――何よりも愛しい家族に。


"そっか。強いのね。なら、私もその一助となるわ。茨の道行きの、ね"

"紫苑さん……"

"ねえ栞。あなたが当主になってから、あなたの父母がやっていた後ろ暗い付き合いは止めたのよね?"

"え、ええ。私はまだ小さかったので倉橋の手も借りましたが"

"そして今は完全に付き合いもないし、その付き合ってた連中が今、何をしているのかも知らないんじゃない?"

"はい。スパっと切れたことを確かめてからは調べることすら……でもそれが何か?"

"倉橋さんに内緒で、かつて付き合いのあった人間達について調べてみなさい。多分、もう全員死んでいるから"

"死んでいる? それは一体……"

"あまり愉快な想像じゃないのだけど……栞の話を聞いていて、見えて来たことがあったの。とりあえず、確認をしてちょうだい"


 そう言われて直ぐに言われた通り倉橋には内緒で。

 更に念には念を入れて醍醐栞が調べたともバレぬよう調査を進めた。

 その結果が紫苑の予想通りに関係者全員が死亡。

 これは一体どう言うことなのか。


「紫苑さんには一体何が見えているのでしょうか……」


 深く椅子に凭れ掛かり天井を仰ぐ。

 最も尊敬し、恐らくは今、最も愛している女、春風紫苑。

 家族や友に向けるそれとは違う、もっと別次元の感情を抱いている自覚は栞にもあった。

 その上で「ちょっとどうなんだ?」と思う自分と「好きなものは好きなのだからしょうがない」と言う自分が居る。

 目下解決せねばならない事情があるので今のところ考えないようにしているが時間の問題だ。

 他人の悲劇を眺めてニヤニヤしたいと言うビッチの下劣な趣味が招くは白百合と紅百合の開花だけである。


「ふぅ……明日、学校で聞いてみましょうか……?」


 此処数日、調査の傍ら醍醐の仕事が忙しかったこともあり学校に行って居ない。

 仕事はまだあるものの、調査の結果が出たしそろそろ登校すべきだろう。

 そして紫苑に話を聞かねば――と決めて寝床に入り目を閉じる栞だが……。


「……眠れませんね」


 眠れない、全然眠れない。色々気になってしょうがないのだ。

 時刻は午前一時。高校生ならば起きているだろうが、良いとこ育ちの栞にとってこの時間帯に誰かに連絡をすると言うのは非常識と言う認識がある。

 それでも、


「紫苑さんなら……赦して、くれますよね?」


 胸のモヤモヤ、紫苑が見えているものを聞かねばどうにも眠れない。

 少しの逡巡の末、携帯を手に取りビッチへ連絡を取る。


『はいもしもし春風です。どうしたの栞?

(こんな時間に非常識な……! 夜更かしは美容の大敵だと知らんのか!

ブスのお前はどれだけブスになっても良いだろうがTHE・美女な私はグッスリ寝なきゃいけないんだよ!!)」


 今まで寝ていたのだろうが三コール以内に出るのは流石だ。


「調査結果が出ました。紫苑さんの言う通り……関係者は全員死亡していました」

『そう……(クハハ! やっぱりな。ああ、予想通りに愉快な背景が見えて来たわね)』


 一瞬前の不機嫌も何処へやら。

 自分の予想が真実味を帯びて来たことですっかり上機嫌に。

 誰かの悲劇が見え隠れするのがそんなに嬉しいと言うのか。


「明日……日付が変わってるのでもう今日ですが。今日、学校で聞こうと思ったのですが……。

どうしても気になってしまい、このような時間にかけてしまいました。教えてください紫苑さん。紫苑さんには何が見えているんですか?」

『ふむ……栞、今から出られる?』

「え、ええ……着替えれば直ぐにでも」

『なら、私の家に来てちょうだい。電話越しでするような話でもないし……そっちに出向いて話すのも少し心配だから』

「心配?」

『優しい嘘吐きさんが居るもの。それじゃ、うちのアパートの屋上で待ってるから』

「……分かりました。なるべく早くに参ります」


 電話越しだと言うのに頭を下げて電源を切った栞は直ぐさま寝間着を脱ぎ捨て制服を着込む。

 何時もの和装では着替えまでに時間がかかり過ぎるからだ。

 着替え終えた栞は家人を起こさぬよう気配を消して醍醐の屋敷を後にし、夜の街へと飛び出す。

 何時もならばはしたないとやらないが今は深夜。


 冒険者としての身体能力をフルに使い屋根屋根を飛び伝いながら全速力で紫苑の住むアパートを目指す。

 春とは言え夜、夜風が冷たいが今の栞には気にはならなかった。

 それ以上に気になるのだ。今まで自分が見えていなかったものの正体が。

 キュッ、と唇をキツク結び更に速度を上げて少し。栞にとってはようやく、目的地へ辿り着く。


「わざわざ来てもらって悪いわね」

「いえ……こちらが御世話になる側ですし御気になさらず」


 Tシャツにスパッツと言うラフな格好の紫苑。

 分かり易い寝間着姿に起こしてしまったかと罪悪感が沸く栞だが今だけはと無視して持参して来た資料を紫苑に手渡す。


「……ふむ、調べてるのは当事者だけか。でも多分、ここに並べられている人達の家族とかも死んでると思うわ」


 一体何故? とますます困惑を深める栞。


「順を追って説明しましょうか。先ず第一に、栞がどうして御両親の真実を知ることが出来たのか」

「え……どうしてって、それは偶然……」

「辛いことだったからなるべく考えないようにしていたんでしょうけど、偶然と言うのはおかしなことよ」


 ビッチは悲痛な表情を作って偶然を否定する。

 これから語ることはとても残酷なこと。出来れば話をしたくない。

 あなたが傷付くかもしれないから、ああ! 優しいあてくし! アピールである。


「栞、あなたは小さい頃悪戯とかしたことある? 親に怒られるような、そんな可愛い悪戯」

「えっと、どうでしょうか? やったような気もしますが……」

「そう。私もよ。悪戯をして、親にバレないようにって必死で隠そうとした。だって悪いことだもの」


 迂遠な言い回しが大好きな紫苑。

 尚、本人が迂遠な言い回しをされると二秒と経たずにキレる模様。


「可愛い些細な悪事とも呼べぬ悪戯ですら隠そうとしてしまう。

利益が絡み、露呈すれば破滅へ一直線の悪事なら尚更よ――――子供如きにバレるような隙を作るわけがない」


 偶然真実を知る、偶然子供に漏れてしまうようなことをする人間が悪事など出来るものか。

 始まりの時点でおかしいのだ。

 栞も当事者であり、辛い記憶だからこそ深く考えることは出来なかった。

 もしも第三者の立場に栞が立って居たのならば聡明な彼女のことだ、即座に疑問を抱いただろう。


「……つまり、私が真実を知れたのは何者かによる導きあってのことと?」

「ええ。当時の栞が辿り着けるように、あくまで自分で気付いたと思えるように断片をばら撒いたのだと私は推測してる」


 紫苑の(ロクでもない)得意技は幾つもあるが、その中の一つにジグソーパズルの作成がある。

 春風紫苑と言う人間は断片を見てそこから全体像を把握し正確繋ぎ合せることが病的に上手い。

 だからこそ栞の語った悲劇から、どうやってそこに至ったのかを導き出すことが出来た。

 この段階で紫苑が頭に浮かべている絵には寸分の狂いも無い。


「じゃあ誰が? 例えばそう、醍醐の家を快く思わない者がリークした。

しかしそれは違う。ならば栞に漏らさずに然るべき場所で告発した方が確実だもの。

ショックを受けた醍醐の娘が親を殺害するなんて、あまりにも不確実――と言うか普通想像しないわ」


 暗にお前頭おかしいんじゃねえの? とディスっているのだがコイツに言われたくはないだろう。


「ならば栞の御両親の行動に心を痛めていた誰かが子供を使って止めさせようとした?

それも違う。顔を顰める悪行に身を窶していた人間が子供の説得如きで止めるなんてあまりにも楽観が過ぎる。

無論、栞の御両親は子供を愛していたのでしょうけど、それに絆されるようならば言葉にするのも憚られるようなことはしない」


 暗にお前の両親は屑だよな! とディスっているのだがコイツも同じ穴の狢である。

 実害は出していないが、自分のためならば平気で他人を踏み躙れる精神性を持っているので屑は屑だ。


「九歳十歳の子供を使うと言うのはおかしいの。

だからリークの目的は御両親に対するアクションではない。そう考えるのが自然だわ。

じゃあ誰に対する? 栞に、としか考えられない。

でも誰が? 何のために? 何も知らない栞に知らせてどうしようと言うの?」


 怨恨や義憤と言う線で栞に働きかけるのは先にも述べたようにおかしい。

 中途半端が過ぎる、どちらを目的にしていたとしても稚拙としか言いようが無い。


「――――栞個人を苦しめたいから以外には考えられないわ」


 そして苦しめたいと思うほどに深く接している人物は限られて来る。

 ホームズではないがあり得ないものを切り捨てていって残るものこそが真実なのだ。

 そう、


「ねえ……さま……?」


 醍醐紗織こそが悲劇の引き金だ。


「そう私は考えている。そして、何故そんなことをしたのかも考えてみた。

その可能性を裏付けるために栞に関係者のその後を調べてもらったの。

そして、確信したわ。醍醐紗織は加害者であると同時に腐った大人達の被害者だった」


 たまらない。嗚呼、たまらない。

 名家に生まれ、明るい未来を約束されていたはずの醍醐紗織。

 しかし現実は非情。正しさなんて何処にもなくて、堕ちて堕ちて闇の底。

 絶望に塗り潰されたその人生を想うだけで私は笑顔になれる――阿婆擦れのご機嫌ゲージは急上昇していた。

 どうせ後で落ちるのだから今は浸ってろと言いたいが、ご機嫌状態のビッチを見ているだけで何故だか腹が立つ。


「妹に表の顔を、姉に裏の顔を。だけど、裏に関わるのならば早い方が良い。

大変な稼業だから、覚えることは山ほどあって、人の悪意に触れ続けて耐性をつけねばやっていけないから。

そんな吐き気がするエゴの犠牲者、それが醍醐紗織なんじゃない? 少なくとも、私はそう考えている」


 カチカチと歯がぶつかる、噛み合わない。

 栞の中にも紫苑が見ていた絵が浮かび上がっていた。


「なにもしらないわたしをみて、ねえさまは……」


 どんな気分だったのか。語るまでもない。

 自分だけこんなにも辛い想いをしていて、なのに血を分けた双子の妹は日々をのうのうと過ごして居る。

 むかつくはずだ、だから自分が味わっている苦悩を少しでも味合わせてやろうとしても不思議ではない。


「自分と同じ苦しみを味合わせたいだけだったのかもしれない。だけど、紗織にとっても予想外だった。

栞が両親を殺めたことは……栞は悪事を働いていたとしても未だに両親を手にかけたことを気に病んでいる。

だって愛しているから。それはあなたのお姉さんも同じだったんでしょう。

自分を地獄に叩き込んだとしても、それでも両親は優しかったのかもしれない。愛情が消えることはなかったのかもしれない」


 だからこそ栞が両親を手にかけたことが赦せなかった。

 そしてその切っ掛けになった自分も。

 愛する妹に自らの両親を手にかけさせたことも。

 惨劇の現場をその瞳に捉えた瞬間、きっと醍醐紗織は壊れてしまったのだ。

 標を無くし、先の見えない暗中で今も尚、苦しみ続けている。


「(だから……姉様は……)」


 栞の脳裏に浮かび上がるのは姉との殺し合い。

 半狂乱の姉、それは自分が両親を殺めたからだと思っていた。

 だけどそれは違っていて……。


「今、醍醐紗織は生きている。地獄を生き延びた人間が何を考えるか」

「……復讐、ですね?」

「ええ、私はそう考えた。だからこそ、当時の関係者の現在を調べるよう言ったの」


 両親に対しては愛憎入り混じった感情を抱いていても他の人間は別だ。

 自分が磨耗し、惨劇の引き金を引く切っ掛けとなった悪事。

 それに加担していた人間に対しては憎悪しかないに決まっている。


「人間の命を弄び、子供の心を絶望に染めた人間は全員、その報いを受けた。

だけど、終わっていない。醍醐紗織にとっては何も終わっていないのよ、きっと。

じゃなきゃわざわざ姿を偽り栞の近くに来るわけがない――――その魂を憎悪で燃やし続けているわけがない」


 憎悪、その言葉に栞の肩が震える。


「確証が無かったから黙っていたけど、校庭で醍醐紗織を感じた時、そこには暗い暗い憎悪の闇が見えた。

そして、その憎悪の矛先は栞、あなたに向けられているわ。真実を知るとあなたは言った。今でもその言葉に迷いは無い?」

「……怖いし、辛いし、悲しいし、苦しい。それでも、私は姉様を愛している。愛しているから、知らなきゃいけないんです」


 栞は折れそうになる心を必死で繋ぎ止めて、真っ直ぐ紫苑を見つめる。


「そう、なら私も真実の探求に付き合うわ。何故、栞を憎んでいるのか」

「え? それは私が……」

「御両親を殺めたから? いいえ、それだけじゃないわ。そのこともあるでしょうけど、御両親が死ぬ原因は醍醐紗織にもある。

そして彼女もそれは自覚していると思う。だから、後もう一つ何かがあると思うの。自分の過ちも存在しているからと言って抑えきれない何かが」


 それを知って初めて、醍醐栞は今を生きる醍醐紗織に近付くことが出来るのだ。

 その真実はきっと、これまでと同じく栞の心を傷つけるものだろう。

 そして、だからこそ紫苑はそれを知らしめたい。

 ゆえにわざわざ再確認と言う形で決意を固めさせたのだ。今更芋を引けないように選択肢を与えるフリをして逃げ道を塞いだ。

 多分この阿婆擦れは細胞の一片に至るまで下衆成分に染まり切っているのだろう。


「行きましょう栞。総てが壊れて、今へと繋がった場所へ」

「それは……」


 栞が両親を殺めた別荘に行くと言うことだろう。


「あの別荘は全焼して、残るのは更地だけで……」


 悲劇のあった土地に再び別荘を建てて使う気になれるわけがない。

 本当は土地も手放してしまいたかったが罪を忘れないようにと残してはいるが当時を思わせるものは何も無いのだ。


「重要なのは場所で、そこに行けば私の力で見えるものがある」

「……分かりました。紫苑さんが何をするかは分かりませんが、信じます。疑うなんて選択肢はありません」


 車の手配をしようとする栞だが紫苑は手でそれを制した。


「時間がかかり過ぎるわ。私が足を造るから」

「足を造――――!?」


 瞬間、降り注いでいた月光が遮られた。

 空を見上げた栞はあまりの事態に目を剥き驚きを露にする。

 月を覆い隠すように天空へ出現したのは巨大な龍。


「大丈夫、誰にも見えないようにしているし音も何も漏れはしないから」


 紫苑は栞の手を取り龍の頭へと転移。

 当然のことのようにやっているが栞からすれば意味が分からない。


「こ、これは……幻、ではないですよね?」

「ある意味ではそうだけど、実体はある。じゃなきゃ足として使えないもの。栞、ナビゲートを御願い」

「わ、分かりました!」


 車や電車、飛行機、そんな交通機関など止まってみえるほどの速度だ。

 あっという間に目的地である別荘跡地に辿り着いた二人は音もなく大地に降り立った。

 惨劇の日以降足を運んでいなかった栞は何かを噛み締めるようにキュっと唇を一文字に結んで俯いている。


「栞、覚悟は良い?」

「……はい。でも、一体何をするんです?」

「私の幻術は二種類ある」


 光が煌き黄金の聖槍がその手に握られる。

 世界に干渉する規模が大きければ大きいほどに力が必要になるからだ。


「あらゆる命を内包する世界。すなわち、世界もまた命。私達は世界と言う大きな命に認識され続けている小さな命」


 夜闇に聖槍の光が走り結界を形成、醍醐の敷地が世界より隔絶される。


「小さな命を欺いても、それは決して実像を持ちはしない。だけど、大きな命を欺けば無いものを有ると欺けば」


 それはその瞬間、世界に誕生する。

 世界が認識する存在として実像を持ち、創造主が消さない限り消えることはない。


「――――」


 割と言葉足らずな説明だったが聡明な栞が理解し、言葉を失うには十分なものだった。

 一から十まで解説されるより自分で気付いた方が驚きは大きく自分を大きく見せられる。

 だからこそわざと紫苑は総てを語らなかったのだが、こんな時に何をやっているのか。


「逆さに廻れ、時の車輪。昔日の真実を、私達の前に……!!」


 グルグルと景色が巻き戻り季節を、時間を遡ってゆく。

 結界を以って隔絶した世界を創ってしまえば、その範囲内においては時間操作すらもやってのける。


「ここ、は……あの日の……」


 目の前に現れた別荘、そしてそこから飛び出した幼き日の自分。

 今、自分は六年前の夜に居る。

 栞は考えるよりも早くに別荘の中に飛び込もうとして、


「一つだけ言っておくわ」


 紫苑にその腕を掴まれた。


「今は確かに過去、それでも起こったことは変えられない。いや、変えられるのかもしれない。

だけどその結果、この周囲の時間を正常に戻した時、齟齬をきたすことになる。

何が起こるか分からない。ただ、何が起きても不思議じゃないことは忘れないで」

「……はい」


 最悪の可能性と言う言葉で思い浮かぶことは総て有り得ると考えろ。

 暗にそう告げられた栞はゆっくりと深呼吸をして気を落ち着かせる。

 ああそうだ、過去の改変なんて出来ない。自分の罪から逃れることなんかしてはいけない。


「姿を見えなくしたわ、行きましょう」

「ええ」


 燃え始めた別荘の中に踏み込む二人。

 栞の先導に従い奥へ奥へと進むと、そこには傷だらけで倒れ伏している紗織の姿があった。


"熱い……熱いよぉ……何で……何で私だけこんなめに……!!"


 涙を流し、自身の不幸を呪う紗織。

 見る者の心を掻き毟りこれでもかと憐憫を誘うその姿に栞は思わず目を閉じてしまうが、


「(テンション上がって来たwww)」


 とんでも腐れビッチさんは絶好調で腐乱していた。


「姉様……わ、私は……私は……!」


 どうして神様は自分にばかり辛いことを押し付けるんだ。

 どうして自分だけ愛してくれなかったんだ。

 赫怒と絶望に彩られた絶叫が心を引き裂く。


「……誰か来たわ」

「え……?」


 紫苑の言葉で後悔の泥から抜け出た栞は闖入者の存在を捉える。


"紗織様! し、しっかりしてください!!"


 やって来たのは紗織と同じ年頃の少女で、栞はあることを思い出す。

 気付けば居なくなっていた倉橋の孫、姉である紗織の従者をやっていた少女のことを。


"か……香織……? な、何で来たの……あ、危ないから外に居なさいって……言ったのに……"

"何言ってるんですか! いきなり別荘が燃えて紗織様が出て来なくて……来るに決まってるじゃないですか!"


 紗織を背負い、よたよたと出口を目指す香織と呼ばれた少女。

 紗織は助かると言う安堵と、自分だけの味方である香織の優しさに涙を流していた。

 だが現実は非情なもの、入り口までもう少しのところに差し掛かった時、燃え落ちた柱が二人の頭上に。

 香織は咄嗟に紗織を投げ飛ばすものの、香織自身は柱の下敷きになってしまう。


"香織!"


 投げ出された紗織は立つことも出来ず、這い蹲ったまま友の名を呼ぶ。


"あ、あはは……失敗しちゃいました……で、でも此処まで来れば紗織様は出られますよね?"

"何言ってるのよ! い、一緒に……一緒に逃げるの!!"

"……私のことは良いんです。それよりも、紗織様が助かるのなら私はそれで満足ですから"


 本当は香織も怖くて怖くて、痛くて苦しくて熱くて叫びだしたいのだろう。

 それでも紗織を慮って気丈に振舞ってみせている。

 たかだか九歳、十歳の子供が、だ。


"何で……何でよ! お父様やお母様、私のせいで……あ、あなたも嫌なものばかり見せられて……。

わ、私の従者になんてなったばかりに……! 私は死んだって良い! でも、でも香織は生きなきゃ駄目なの!!

だってこれからじゃない! 私はもう、何処にも行けないけど……香織はまだやり直せる! なのに何で私なんかのために!!"

「(あー……そう言う……へえ、一番辛い時間を共有してたとなりゃ、ある意味で妹と同じ、或いはそれ以上に大切だわなぁ)」


 紗織が今を以ってしても憎悪の炎を絶やしていない原因が分かった。

 表面上は悲痛な顔を作っているが、その厚い皮の下では中身は呑んだくれのオッサンの如くにだらしのない顔をしている。

 他人の不幸で酔っ払う史上最悪の酔っ払いだ。


"紗織様は私の御主人様で、こんなことを言うのは失礼かもしれませんけど紗織様は……"


 倉橋香織にとって醍醐紗織は、


"――――私の一番のお友達だから"


 だから助けられたことが嬉しい。

 だから今此処で死んだとしても後悔は無い。


"かお……り……"

"行ってください紗織様。這ってでも外へ! 生きて! 生き残るんです! そして、私の分までその命をやり直して!!"

"う、うぅ……うわぁああああああああああああああああああああああああ!!!!"


 恥も外聞もなく、紗織は泣き叫んだ。

 泣き叫びながらも、ずるずると這って外を目指した。

 大切な大切な、一番の友が託した願いを背負って。

 そうして、外に出る瞬間、紗織は振り返った。


"――――ああ、良かった"


 香織は笑っていた。

 紗織が生きられることが確信出来て、心の底から安心出来たと。


"……"


 外に出た瞬間、入り口も崩れ落ちて中の様子が見えなくなった。


"やり直せるわけ……ないじゃない……あなたが、居ないんだもの……"


 ほんの少し、身体を休めた後、紗織は立ち上がった。

 未だ燃え続けている別荘に背を向け、血涙を流しながら歩き出した。


"はぁ……はぁ……うっ……くぅぅ……!"


 息をするために身体に痛みが奔る。

 一歩進むごとに肉体が軋み、歩みを止めろと叫ぶ。

 視界は霞み、倒れてしまえばきっと楽になると、心の中の弱い部分が囁く。

 それでも歩みは止められない。止ってしまえば、この激情すら消えてしまいそうだから。


"母様、父様、香織……! 栞……ぜったい、ぜったいに赦さない……!! 殺す、殺す! みんな殺してやる!!"


 これが、醍醐紗織の終わりであり始まりへと続く夜。

 総ての悲劇を見届けた栞は愛する姉の小さな背を見送り、崩れ落ちた。

 何でこうなってしまったんだ。どうして、こんなことに……と。


「(あ、ぁ、あぁああああああ……! ッッ~~!?)」


 一方の紫苑はご機嫌ゲージが天元突破し……。


「(ふぅ……イっちゃった★)」


 急募、この阿婆擦れを殺せる人。

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