外伝:とんでも腐れビッチ紫苑ちゃん Ⅷ
四月も終わりに差し掛かった頃のある休日のこと。
黒姫百合――否、醍醐紗織は自宅で料理をしていた。
ダーク街道まっしぐらなさおりんではあるが、それはそれとして人間だ。
生きるためには喰わなきゃいけない、だもんで家事は普通にやっている。
生きるためならば別に自分で作らず買えば良い。
実際、経済状況は悪くない。と言うか普通に良い、金持ちと言って良いレベルだ。
それでもわざわざ自炊しているのは単純に育ちの良さゆえ。
既製品ではどうにも不満が募ってしまう。
かと言って満足出来るような店に行けば殺意が沸いてしまう。
紗織が納得出来るような店はそもそも客層からして違うのだ。
そう言う場所に足を運ぶ人間は上流階級で、もし醍醐所縁の人間を見つけてしまえば歯止めが利かなくなる。
可能性は高くは無いものの、それでも復讐を果たす時まではなるべく息を潜めていたい。
なので満足のいく食事をするとなれば後は自炊しかない。
元々料理の心得はあったし、料理を作ることは嫌いではないからか鼻歌交じりだ。
メニュー自体はそう特別ではないものの、素材や調味料にこだわっている。
一食の値段を聞けば普通の主婦であればオイオイとツッコムこと間違いなしだ。
「……ちょっと作り過ぎましたね」
休みでやることもないからと調子に乗ってあれもこれもと作ってしまい、若干後悔する。
食べられないこともないが、別に食欲旺盛と言うわけでもないのだ。
さてどうしたものかと考えているとインターホンが鳴る。
火を止めて玄関に向かえば、
「おや、カニですか」
「おう、私だよ。ちょっと仕入れで大阪に来たから寄ってみたんだ」
ダークサイドに堕ちてから得た友人の姿が。
「仕入れ……またロクでもないものなんでしょうが……まあ良いです。カニ、あなたお昼は?」
「後でファストフードでも食べようと思ってるけどそれが?」
「身体に悪いでしょうに……ですが丁度良い。少々作り過ぎてしまったのであなたも食べて行ってください」
駄弁りに来たのなら食事をしながらでも構わないはずだ。
カニを部屋に招いた紗織はテーブルの上に次々と料理を並べていく。
「おー、こりゃまた美味そうだ」
油揚げと豆腐の味噌汁、漬物各種、煮物数種、出汁巻きやら何やらであれよあれよとテーブルが埋まっていく。
「遠慮せずにどうぞ。箸は私のスペアですが構いませんよね?」
「気にする性質じゃないのは知ってるだろ?」
「まあ一応聞いておくのが礼儀ですからね。では、いただきましょう」
両手を合わせていただきます、をしたのは紗織だけ。
カニは特に気にせず普通に食べ始めてしまう。
そのことで育ちが良い紗織は若干眉を顰めるが、注意をするのも面倒なのか直ぐに気を取り直し自身も食事を始める。
「ところで復讐の調子はどうなんだ? 順調か?」
そんな最近どうなんだ? とか子供に聞いちゃう不器用なお父さんのテンションで言われても。
「順調――ではないですね。栞にとっては運が良いことに、私にとっては悪いことに、アレの傍には春風紫苑が居ますから」
惨劇の夜から最近までは地力をつける時間。
高校に入学してから実際に復讐を果たそうと思っていた。
とりあえずはしばらくは様子見。その間に栞に心赦せる大切な誰かが出来ることを期待していた。
勿論、復讐の道具に利用するため。まだ入学して一月も経っていないが、それでも紗織からすれば順調ではなかった。
栞は大切な誰かを見つけた、しかしその相手は紗織にどうこう出来るレベルではないのだ。
「とは言え、諦めるつもりもありませんが」
紫苑も四六時中栞の傍に居るわけではない。
それに最悪、栞にとっての大切な誰かを利用出来ぬのならばそれはそれで仕方ないとも思っている。
倉橋や他の、古株の使用人やら父母が決めた許婚などで我慢すれば良いのだから。
関係者の生首を突きつけてやればさぞ愉快だろうと紗織はほくそ笑む。
「そっか……ただまあ、力が入用なら貸すが?」
「いえ、あなたにはもう十分力を貸して頂いてますから」
戸籍の捏造から入学の際のアレコレ、そして今使っている黒姫百合としての皮の調達。
紗織としてはこれ以上世話になりっぱなしと言うのも申し訳が無い。
「あの油狸共を始末する時も随分を骨を折らせましたし」
油狸、と言うのはかつて紗織の父母の生業に関わっていた者達のことだ。
その始末をする際にもカニが活躍している。
「私としても色々な手を試せたし、気にすることはないんだがな」
「だとしても私一人ではあそこまでスムーズに行かなかったでしょうから、ありがたいのは確かですよ」
平日の真昼間から物騒な話をし過ぎだ。
「そうかい。まあ、そう言うことなら素直に感謝を受け取るさね」
「ええ」
「ま、復讐関連の話題はさておき。どうだ? 小学校以来の学校生活は。面白いことはあったか?」
紗織は小学校を卒業すらしていない。
惨劇の日以降、今に至るまで真っ当な教育を受けていないのだ。
それでも自主学習で十二分以上に頭が良いのだが。
「んー……そうですねえ……ああそうそう。四月の頭に春風紫苑の幻術を生で見れました。と言うか掛けられました」
「ほう……一体どう言う経緯で? まさかバレたのか?」
「ああいえ。実は――――」
Aクラスが行っていたパーティ同士の戦いについて説明するとカニは成るほど、と頷く。
彼女もまた一応冒険者学校に籍を置いており、同じようなことをやった覚えがあるのだ。
そして独自のルートで戦いの目的についても知っている。
「まあ、大阪なら春風紫苑以外には居ねえわなぁ」
「はい?」
「いや、こっちの話。しかし、呼吸をするようにン百人を幻術にかけるか……」
「おやおや、さしものカニも怯みますか? まあでも、あの方相手に勝つ勝たないを掲げるのは無――――」
「ん? ああいや、そう言うこっちゃねえよ」
さらりと紗織の言葉を否定するカニの顔に虚勢の色は無い。
「……挑むつもりで?」
「まあ、いずれはな」
「ふむ、逃げ腰と言うわけでもなさそうですが……らしくありませんね」
「分かってる。でも、前からそうなんだよ。アイツの存在を知った時からどうにも仕掛けるタイミングじゃないって感じがしてなぁ」
その魂の熱量で総ての幻想と渡り合える可能性を秘めている人間は過去現在未来を見渡しても二人だけ。
春風紫苑、そして葛西二葉。
二人は幻想に近しい存在ゆえ、来るべき幻想回帰を無意識ながらも悟っている。
だからこそ潰し合うのならば今の世界では駄目だとも。
やり合えばどちらか一方は潰れてしまう。そうなれば幻想回帰以降の世界は厳しいものになる。
ハッキリ言ってしまえば幻想の一人勝ち。紫苑もカニもそんな展開には反吐が出る。
ゆえに幻想回帰以後、人と幻想の両陣営に分かれて対立し決戦までの状況を自分で作ってから潰し合わねばならない。
カニと面識を持たない紫苑はそこまで考えていないがカニは違う。
一方的にとは言え知っている。
知っているがゆえに、無意識が最善の選択を選んで紫苑との潰し合いを避けた。
まあ、意識してのことではないから本人としても不可思議極まりないのだろうが。
そして本人にも理解出来ないのだから他人にはもっと理解出来ないのは当然のこと。
「はぁ……よく分かりませんが、まあ御自由に?」
紗織としてもカニが怖気付いているとは思っていない。
それでも理解出来ないのも確かだ。どうにもらしくない、と。
「言われずとも。それで? 他には?」
「それぐらいですねえ……だってほら、学校では地味なキャラで通していますので」
と、そこで何かを思い出したようにポンと手を叩く。
「ああでも、その春風紫苑と話すようになりましたね」
「んん?」
「いえ、図書室で高所の本を探している時に気が緩んでいたのか台から落ちそうになりましてね」
そこを偶然図書室に居た紫苑に助けてもらったのだと言う。
「そこから、まあ顔を合わせたら私に話し掛けて来るようになりまして。
自信無さげでおどおどびくびくな演技をしているから人の良さそうなあの方が気にかけてくれたのでしょう」
「ふぅん……大丈夫なのか?」
「まあ幸いにして栞とは出くわすこともなく今の今まで続いていますので。それに、出くわしても気付きませんよ」
姿形や立ち振る舞いが違うし声も変えている、愛用している紅梅の香水だって学校ではつけていない。
仮に会話をすることになってもバレはしないだろう。
もっとも、殺意やら何やらを抑えるのには苦労しそうだが、そう語る紗織だがカニには引っ掛かるものがあった。
「……」
「話をしていて気付きましたがあの方、存外に暗いものを抱えているようで。
虚無感と言うか諦観と言うか、何に端を発するのかは知りませんが……ってどうしました?」
ちなみに虚無やら何やらと言うのは無論、演技である。
それは分かる人間にしか気付けないようなもので、気付いた人間を利用して何時か上手いこと自分を飾るために役立てるつもりなのだ。
「栞とは、ってことは他の誰かとは会ったのか?」
「え? いや、はぁ……アイリーン・ハーンとも何度か春風紫苑と一緒に出くわしましたので」
アイリーンはパーティメンバーだし紫苑と行動を共にしていてもおかしくはない。
そう告げる紗織だがカニの表情はますます神妙なものになっていく。
「……参ったな、バレてるぞお前」
「は?」
「アプローチの仕方からして私も釣られたわけか、そしてやり方を見るに紗織の頭を覗いたとかそう言うんじゃないな……」
「ちょ、ちょっと!」
「それっぽいのは幻術の一件か。そこで、何かに気付いて妹に話を聞いて調べていくうちにって線か?」
ぶつぶつと紗織には理解出来ぬ言葉を呟きながら推測を組み立てていくカニ。
彼女は勘も重視するが、それと同じく論理の人間でもある。
それゆえに一つの物事から芋づる式にあちら側の背景も読み取れる。
とは言ってもカニ自身も気付いているが、これは紫苑に誘導されたものだ。
「中々に強かじゃないか、春風紫苑」
クツクツと楽しそうな、それでも凶悪さが滲み出る笑みを浮かべる。
しかし未だ何も理解していない紗織からすればたまったものではない。
「カニ! どう言うことですか? 一人で納得してないで説明してください!!」
バレている、決して聞き逃せる言葉ではない。
醍醐紗織の存在が露呈している、それだけで復讐計画は水泡に帰しかねないのだから。
「あ? 言っただろ、バレてるんだよお前の正体」
「何故!? 私はドジを踏んだ覚えはありませんよ!?」
「そりゃ無いだろうさ。ああ、お前自身は何もミスってない。強いて言うなら四月の戦いを見学したってとこか?」
しかしそれにしても不可抗力だろう。
「順序立てて説明してやる。先ず、私がバレてるって気付いたのはお前が春風紫苑と面識を持った話を聞いてだよ」
「え……」
「考えてもみろよ。春風紫苑一人とだけならともかく、何度かアイリーン・ハーンとも会ってるんだろう? 春風紫苑と一緒のとこを」
「え、ええ」
「おかしいだろ。何でパーティメンバー二人のうちアイリーンとは数度会って醍醐栞とは会ってないんだ」
偶然と言うのならば栞とも一回ぐらいは出くわしていなければ不自然だ。
紗織の立場からすれば運が良かったで済ませるには楽観が過ぎる。
「いや、でもそれは偶々……」
「偶々にしちゃ露骨だよ。三人しか居なくて、仲の良いパーティなんだろ? 何でそう何度もハブられてんだよ醍醐栞は」
偶々席を外していた、と言うには何度かと言うのがネックだ。
何度も偶然席を外しているタイミングで黒姫百合と出会って話をするとはどう言うことだ?
「そんな……でも、一体どうやって……」
顔面蒼白の紗織、だがそれも仕方ない。六年間、復讐のことだけを考えて生きて来たのだ。
それが水泡に帰ろうとしているのだから打ちひしがれてもしょうがない。
何せ気付いていると言うことは紫苑の壁を突破しなければ栞を殺せないのだから。
「推測で悪いが、多分、四月の幻術だ。その時に、お前が醍醐栞に深い縁のある人間だと気付いたんだろう。
とは言ってもその段階では事情を知らなかったと思うがな。
そして春風紫苑はそのことを栞に聞いて、それでかつて存在した姉の存在と、姉との間に何があったのかと聞いたんだと思う。
多分、醍醐栞の視点での話を聞いた辺りで春風紫苑はお前の両親がお前に何をしたのか、お前が妹に何をしたのかも看破したはずだ」
カニは紗織から事情を聞いている。妹に情報をリークしたことも。
かつて存在した親友の香織と同等とまではいかないが一緒に潜った修羅場もあり、その程度には仲が良いのだ。
「そして確証を得るためにお前の両親がやっていた悪どい稼業の関係者の現在を調べさせたはずだ。
お前が生きているのなら、推測が正しいのならばそいつらは殺されているはずだからな。
私だって同じ立場ならそっから切り込んでいただろう……いや、違うな。
私はそもそも誰かに肩入れしないから私が同じ立場ならって仮定は成り立たんか」
「そこはどうでも良いから続き!」
続きを急かす紗織を落ち着かせつつカニは更に頭を回転させる。
「まあ、それで関係者のその後を調べて死亡を確認した時に気付いたんだろう。
醍醐紗織には協力者が居る、と。高い地位に居る人間を殺すのは面倒だからな。
足がつかないように死因も様々にしてたから協力者の存在は確実だ。
さあ、そうなるとあちら側としては協力者の存在が不確定要素になる。だからこそ、お前に接触した」
そして紗織当人ではなく協力者が気付くように不自然な接触を繰り返した。
「私に気付かせるのが目的だ。やり方から見て私の正体までは露呈していない。
だからお前の頭の中を覗かれたって線は無いと見て良いだろう。
もし私の面が割れてるのなら直接探して接触して来たはずだからな。
話を戻すが、奴らとしては気付かせることで顔の見えない協力者に警告を送ったのさ。
こっちは気付いている、下手なことをするのならば私――春風紫苑も出張るぞ、と」
伝え聞く性格からして紫苑は直接的に姉妹の確執に首を突っ込む気は無いだろう。
精々が間接的な協力程度で、仮に栞と紗織が殺し合う場合でも加勢はしないはず。
だが、顔の見えない協力者が出張るのならば話は別。
「脅しをかけて私の行動を制限したんだ。私は元々直接関わる気はないが、向こうはそんなこと知るはずもないしな」
「……しかし、気付かなければどうするのですか? そもそも、私が話題に上げたのは完全に偶然ですし」
「いいや、それがそうでもないのさ。確かに今回の話題は偶然だが、遅かれ早かれ私は気付かせられていただろうよ」
それは確信だった。
「なあ、お前春風紫苑との雑談で出身中学やら親の話、黒姫百合の背景に関する話をしたことがないか?」
「あ、あります」
「多少露骨だったかもしれないが、それでお前があっちが疑念を抱いていると知ればお前、どうした?」
「……あなたに、相談してたと思います」
「だろ? 仮に気付かないとしてもそれはそれで良い。黒姫百合の背景を話題に上げることで奴は別のことも調べてたはずだからな」
「別のこと?」
「油狸を始末する際の協力者と、黒姫百合と言う偽りの人間を仕立て上げた存在が同一人物かどうかだ」
紫苑は手際の良さから同一人物だと判断した。
反社会的な優れた能力を持つ人間と言うのがほいほい転がっているとは思えない。
そしてそんな人間複数と伝手を作るには六年と言う時間は少な過ぎる。
何せ紗織が消息を経ったのは十歳の時なのだから。
たかだか六年程度で自分の能力を磨き協力者を見つけてとアレもコレもと出来るわけがない。
「春風紫苑はお前が一人でそんなことを出来るほど擦れていないと判断したんだろうて。
まあ実際、誰にも疑われないように黒姫百合の背景を考え環境を整えお前に叩き込んだのは私だからな。
同一人物だと判断出来る材料は揃い、更にそこから一歩踏み込んで奴は私とお前の関係についても推測した。
ビジネスパートナーとしてでなく、私人としてもそれなりに親しいってな」
能力的に優れていて私的な付き合いもある。
それなら紗織が復讐を決行する場合、カニに一言あると考えるのが自然だろう。
その際、カニも協力の有無はともかくとして問題は無いかのチェックぐらいはするはずだ。
そして確認をしている最中で紫苑の話題が出て来る可能性は高い。
と言うか確実に出て来るし、カニが探るはずだ。何せ春風紫苑は大きな爆弾だから。
「分かったか? お前は知らぬ間に春風紫苑が編んだ論理の鎖に囚われてたのさ」
そして、その鎖の存在を看破するのが自分に与えられた役割だった。
してやられた、ものの見事に主導権を取られてしまった。
カニは自分が紗織の復讐劇においては脇役どころか大道具ぐらいの役だと弁えている。
弁えてはいるが此処まで鮮やかに紫苑の目論見通りに運ばせられたのだ。悔しくないわけがない。
だが、悔しいと同時に嬉しくもあった。やるじゃないか春風紫苑――と。
「……」
「もう、醍醐栞に関わるのは止めるか?」
黙りこくってしまった紗織に向けてからかうように問うと、
「ふざけるな!!!!」
鬼女の形相で噛み付かれた。
「だよな。ま、安心しろよ。確かに色々してやられたが本命に関しては問題無い。
醍醐栞の周囲の人間はともかく、醍醐栞本人との相対に奴さんは干渉しないはずだからな」
栞を殺せるチャンスは十二分にある。
そう言って慰めるカニだが紗織からすればたまったものではない。
紗織は栞を苦しめてから殺したかったのだから。
「だが、こうなった以上はもう小細工も何も出来んだろうよ」
「……そうですね」
ならば最早時間をかけることに意味は無い。
「――――今夜、仕掛けます」




