↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/19

プロローグ

 断崖絶壁に囲まれ多くの平屋が立ち並ぶ町、外へと通ずる門を抜けて平原にある道をしばらく進み続けると魔獣住まう森が見えて来る。陽光を遮る生い茂る木々が作り出した危険な森の中へと足を踏み入れ発光する茸が生える清流を上へ上へと遡る。何時間か経てば透き通った水の湧き出る源泉が見えてくるだろう。その付近にある穴が見えるだろうか。

 それが今回のターゲットの巣穴だ。

―――今回の巣穴はでかいな。

 顔の半分を仮面で隠し夜空を思わせる藍色のマントを羽織った男が樹上よりその巣穴を見つめている。彼は今日、その巣穴の主に用があって様々な危険を侵しながらこんな場所までやって来たのだ。ここに辿り着くまでの苦労を語ればそれだけで一時間は語れると豪語しても良いのだが、それはあまりに本筋から脱線すると言うものだ、ここで語るのは我慢するとしよう。

 本筋の話だが、ホワイトジャイアントについてはおそらく誰もが聞いたことがあるだろう。雪山の奥地に潜むと言われる魔獣で多くの探検家がその巨体に踏み潰され死んでしまったという、まあ本物の化け物だ。踏み潰された探検家たちがその脅威をまことしやかに語る一方でその毛皮の愛好家は多い、ある種のブランド価値が付いておりかなりの高値で取引されているという。

 ではホワイトジャイアントがこんな場所にいるのか? その問いには当然ノーと答えねばならない。ここはどう考えても雪山では無いし本物のホワイトジャイアントは人を踏み潰せるほどの巨大なのだ、大きな巣穴と言っても精々人がどうにか入れる程度のそれに入れるはずも無い。

 男がマントの内側から手持ちサイズの導火線の付いた玉を取り出す。それは彼が今回のような仕事の際によく持ち込んでいる毒煙玉で火を点けるとおよそ十秒ほどでそれほど強力では無いが麻痺作用のある毒を含む煙を大量に噴き出すものだ。彼は躊躇うことなくそれに火を点けると巣穴の中へと放り込んだ。

 煙が吹き出る巣穴、やがてそこから一つの影が飛び出すのが見えるだろう。その生き物は四つ足の動物で白く艶のある長い毛が全身を覆っている。それはある界隈ではホワイトジャイアントに準えてこう呼ばれる、ホワイトミニマムと。その毛を刈り取り上手く加工する事が出来ればホワイトジャイアントのそれから作り出される毛皮と遜色ないものが作る事が出来るという、言うなればホワイトジャイアントの偽物だ。

―――悪くないサイズ、これは高値で売れるな。

 飛び出して来ましたそれ、ホワイトミニマムは出て来たはいいがひょこ、ひょこ、とどこか足取り覚束ない様子でその場を離れようと試みる。もしも周囲に何もいなければそのまま安全な場所で身を隠すことも出来たかもしれないがそんなはずも無い。樹上にいた男はナイフを取り出すと逃げる魔獣の元へと飛び降りる。

 正面に突如現れた男にホワイトミニマムは驚くと同時にどうにか横を抜けて逃げようとしたのだが今の鈍い動きではそれは難しい。あっさりとその長い毛足を掴まれて宙ぶらりんになってしまう。

「さ~て、その毛、刈らせてもらおうか」

 ナイフの煌めきがホワイトミニマムのつぶらな瞳に反射した。

 ザクッ。

 小気味よい音と共に白くきめ細やかな美しい毛が刈られて行く。この毛が最終的には一般人には手が届かないような金額の高級コートへと生まれ変わるというのは長くこうした仕事を続けている男にとってもいまいち理解に苦しむ事であった。何せ毛を刈る程度ならば相手が死ぬ心配もない、魔獣の素材としては比較的入手が楽なのである。

 尤も彼にとってはそんなことどうでも良い事ではあったが。何にせよ人を相手にするよりはこうして魔獣を相手にしている方が退屈しない。少なくとも彼はそう信じてこの仕事を続けている。

 ザッ。

 例えば今のように。

「はっ?」

 足音に振り返ればそこにはホワイトミニマムがこちらへ向かって突進を仕掛けて来るところだった。遠くの地面には先程までは無かったはずの木の実が幾らか落ちているのが見える。

―――あ、番か。

 そんな感想を抱くと同時にスピードの乗ったホワイトミニマムの一撃が彼の肉体を打ち砕かんばかりの勢いで突き刺さる。

 長い毛足の外見から勘違いされがちではあるがホワイトミニマムの身体は硬い。その身体は強靭で分厚い骨によって守られ例えば遠方から弓を放ったところで弾かれるのがオチだ。そしてその強靭な骨格を持ちながら発達した四肢によって驚異的な速度で森の中を跳び回り逃げて行く、それは戦いを好まない穏やかで臆病な性格を持つ魔獣なのだ。

 なのだが、無論何事にも例外はある。彼らは夫婦仲が良い魔獣としても知られておりもしも番が危機に陥っているのを見かけたならば普段の穏やかさ臆病さはなりを潜め非常に好戦的な態度を取って来ることだろう。

 所詮は逃げてばかりのミニマムな魔獣と侮るなかれ、そもそもその名はホワイトジャイアントに対してミニマムであると付けられた名に過ぎずその大きさは四足でありながら人の腰程の背丈を持っている。そしてその強靭な骨格と発達した四肢を持って自身を砲弾のように相手に向けて発射したならばどうなるか。

 実例がそこにある。

 不意を打たれてホワイトミニマムの突進を喰らった男はぶち当たった場所から全身の骨が折れたような激痛を感じた事だろう、一瞬だけ。その直後に彼の身体に起こった事を述べるならば、腰の辺りから強大な力に押されるがままに背骨や肋骨が圧し折れ運が良いのか悪いのかその内の一本は心臓に目掛けて一直線に突き刺さる。

 その結果彼は声を上げる間もなく死んだ。

 死んで、そして。

 石の天井、火の消えた蝋燭、擦り切れた布と適当に詰め込んだ綿で出来た布団が敷かれたベッド。そして顔の半分を仮面で隠し夜空を思わせる藍色のマントを身に付けた男、が、目を覚ます。

「うおおお、急げ! 毛が飛び散る前に回収だ!」

 そして彼は駆け出した。先程死んだ場所へ向けて一直線に駆け出したのだ。

 人々はこの大地をディストートと呼ぶ。彼らは皆それぞれこの広い大地に様々な思い入れを持っておりどのように形容するかは様々であるが、ここでは敢えてこう言おう。

 ここはディストート、人々が『死』を克服した大地である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。