表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白夜戦記──世界に光を降らせる日  作者: ルシア
第2章 士官学校

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/33

第6話 士官学校

 ガレア連邦 首都コンコルディア。

 グレンはその圧倒的な街並みと、人の多さに完全に呑まれていた。


(人、人、人……どこを見ても人がいる……)


 ザイバス共和国との国境検問所を通過してからさらに2週間ほど経ち、馬車はついに目的地である首都コンコルディアに到着した。

 空を突くような巨大なレンガ造りの建造物群。馬車がすれ違うのもやっとのほどに、どこまでも人通りで溢れ返る光景に、グレンは馬車の窓に張り付いて目を白黒させていた。


「凄い人ですね……今日はお祭りとかがあるわけじゃないですよね?」


「あはは、これがいつもの光景だよ。なんたってこのコンコルディアの人口は200万人もいるからね」


「2、200万人!?」


 グレンの故郷であるカノンは人口約2万人と言われていた。その100倍もの人間が1つの街で生きていると知り、グレンは驚愕に口を開けた。


「さて、そろそろ着くぞ」


「え?」


 馬車が停止し、ジョンが降りる。慌ててグレンも後に続いて降りると、待ち構えていた複数名の屈強な男たちが馬車から荷物を下ろし、台車に載せて運んでいく。

 運んでいくその奥に視線を向けると、ハチミツ色の重厚な石材で組み上げられた巨大な建造物群が目に飛び込んできた。

 数百年分の雨風を吸い込んだような灰色がかった石材が、新参者を値踏みするような圧倒的な威圧感を放っている。建物の屋根からは、不気味な顔をした石の怪物たちが、眼下を歩くグレンを冷たく見下ろしていた。


 ジョンに連れられて高いアーチの門をくぐると、外界の喧騒が嘘のように消え去る。

 四方を厳格な石の回廊に囲まれた広大な中庭には、息を呑むほど美しい緑の芝生が広がっていた。行き交うのは、ジョンと同じような丈の長いガウンを羽織り、分厚い魔導書や羊皮紙を抱えた学者や学生たちばかりだ。


 ガレア連邦の最高学府『ヴェリタス学院』。その敷地内にある広大な学内寮の1棟が、ジョンの家であった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 学内寮のジョンの自室に入ると、壁の両側を天井まで届く移動式の本棚に囲まれた圧倒的な空間があり、さらにその奥にキッチンや寝室、物置などの生活用の部屋が続いていた。


「広いですね」


「ああ、そうだろう。散らかってはいるがね」


 そう言うと、ジョンはグレンを連れて奥の応接室へと向かう。そこには上質な革張りのソファとアンティークのテーブルがあり、ジョンは腰を下ろすと、向かい側にグレンを座らせた。


 ジョンは手慣れた手つきで、テーブルの上に用意されていた茶器に手を伸ばした。赤魔素を使いすぐに温まった銀色のポットから、琥珀色をした紅茶が白い磁器のカップへと注がれる。トクトクという心地よい音と共に、芳醇で品のある茶葉の香りが、グレンの緊張をほぐすように部屋の中にふわりと広がった。


「温かいうちに飲みなさい。少しは落ち着くはずだ」


 コトリ、とグレンの前にティーカップが置かれる。


「……ありがとうございます」


 グレンは両手でカップを包み込み、温かい紅茶で喉をゆっくりと潤した。カノンの街や奴隷市では嗅いだことのない、外の広い世界の上質な香りだった。

 グレンが一息ついたのを見届けてから、ジョンは静かに口を開いた。


「さて、グレン。君の今後のことを話そう」


「は、はい」


 グレンはカップをテーブルに置き、改めて緊張した面持ちで背筋を伸ばし、ジョンに向かい合う。


「君には、ここで2つの道を提示しようと思う。1つは、このヴェリタス学院への入学を目指し、私のもとで歴史と魔素の勉学に励むことだ」


「ヴェリタス学院……ジョンさんのような、教授になるってことですか?」


「ああ」


 ジョンは立ち上がり、本棚から真新しい学院のパンフレットを1部持ってきてグレンに渡した。中を開くと、複雑な魔導式や複数の学部についての詳細が書かれている。


「本院には、魔素の性質について専門的に研究を行う学部がある。君があの日『光』を見て感じ取ったというあの特異な感覚……それが一体どのような魔法の痕跡だったのか。文献と実験からそれを論理的に再現し、真実に近づくには良い道かもしれない」


「なるほど……」


「そして、もう1つだ」


 ジョンはスッと人差し指を立てて、グレンの目の前に見せた。


「『士官学校』へ入ることだ」


「士官学校?」


 その言葉を聞き、グレンは即座にジャズの顔を思い出した。確か、ジャズは士官学校には入れなかったと言っていた。


「士官学校って、軍人……それも、すごく偉い指揮官になるための学校、ですよね?」


「そうさ。ただの軍人ではない。軍隊を動かす歯車になるための道だ」


 ジョンはソファの背もたれに深く体重を預け、腕を組んだ。


「その『ガレア連邦の士官になる』ことが、もしかしたら君の探している『光』の最大のヒントを得ることに繋がるかもしれない」


「ガレア連邦の士官が……ですか?」


「そうさ。ガレア連邦の軍中枢には『反十字連合軍』の総司令本部が置かれている。そこには、我が国だけでなく連合に加盟しているすべての国の軍事データが集積された『最高機密書庫トップ・シークレット・アーカイブ』が存在するんだ」


「なるほど! もし、連合側のどこかの国が秘密裏に凄まじい魔法兵器を使っていたとしたら……そこに記録があるかもしれないってことですね」


「そう。それに……私としては、こっちが『大本命』の理由なんだけれどもね」


 ジョンはニヤリと笑い、声を一段落とした。


「各国の軍隊は、『魔素レーダー』という、大気中の異常な魔素の移動や集中を感知する巨大な機械で、常に国境周辺を監視しているんだよ」


「っ!」


 グレンはハッとした。

 魔素の異常を感知する機械。それはジャズからも聞いたことがあったし、実際にログザ魔脈坑の近くの国境にも設置されていると言っていた。


(カノンの街は、ザイバスとファルサスの国境のど真ん中にあった……。つまり、両国の国境近くには、間違いなくそのレーダーが設置してあったということだ!)


「じゃあ! そのレーダーの監視記録の情報を得られれば……あの光がどこから放たれたのか、分かるかもしれない!」


「その通りだ。だが、そう簡単な話じゃない」


 勢い込んで身を乗り出したグレンに対し、ジョンは冷や水を浴びせるように静かに首を振った。そして、テーブルの上に置かれたティーカップの縁を指でなぞりながら、現実の厳しさを突きつける。


「その機密書庫に立ち入れるのは、軍の上層部……ほんの一握りの『高位士官』だけだ。それに、仮に火山の噴火であったとしても、地中に溜まっていた膨大な魔素が吹き出すことがある。記録を確認できたとしても、そこから『人為的な魔法だ』とはっきり証明する証拠にはなり得ないかもしれない」


「……」


「そして何より、これが一番厄介だ。軍の機密文書は重要度によってランク付けされており、そのランクごとに『保存期限』が厳密に定められている。魔素レーダーの日常的な監視記録は、有事の記録に比べてそこまで重要視されない。恐らく……保存されるのは10年、長くても15年で完全に廃棄されてしまうだろう」


「10年!? な、なら、急いで士官学校へ入らないと!」


 グレンが顔を真っ青にして立ち上がるが、ジョンは無慈悲に宣告した。


「いや、グレン。君はまだ入れない。士官学校の入学資格は15歳からだ。8歳の君が受験できるのは、早くてもあと7年後になる」


「なっ……」


「しかも、無事に卒業して士官として任官したとしても、機密書庫に入れる『高位士官』に出世するには、平時の軍隊では最低でも15年程度の時間がかかる。……つまり、普通にやっていては、君が機密に辿り着く前に、カノン消滅の日の記録は『廃棄』されてしまう可能性が極めて高い」


 グレンは絶望し、ドスンとソファに座り込んだ。

 あまりにも理不尽な時間の壁。復讐の糸口が目の前に見えたのに、手を伸ばすことすら許されないというのか。

 だが、うつむくグレンを見て、ジョンはふっと口角を上げた。


「……だが、1つだけ方法がある。その気の遠くなるような時間を、ショートカットする力業がね」


「力業……?」


「ああ。士官学校を『首席』で卒業することだ」


 ジョンはグレンの目を真っ直ぐに射抜いた。


「士官学校で歴代トップの圧倒的な成績を修め、最高評価で卒業した特例の天才は、任官と同時に高位士官としてキャリアをスタートさせることができる。それなら、記録が廃棄される期限にギリギリ間に合うかもしれない」


 静かな応接室に、沈黙が落ちた。


 ヴェリタス学院で歴史と魔素の真理を学び、安全な場所からカノンの真実を解き明かす道。

 士官学校へ入り、熾烈な競争をトップで勝ち抜き、泥にまみれて機密情報に手を伸ばす道。


 グレンは目を閉じ、深く思考の海に沈んだ。

 もし、学院で学んで真実に辿り着いたとして。その時、自分はどうする?

 相手は、山1つを消し飛ばすような兵器を持つ国家かもしれない。あるいは、信じられないほどの魔法を操る怪物かもしれない。

 そんな相手の正体が分かった時、自分に『力』がなければ、結局は何もできないのではないか。

 あの、カノンが消滅した日。そして、ジャズと死線を潜り抜けたログザ魔脈坑の底。

 圧倒的な暴力に対抗しえたのは、ジャズに鍛えられた自身の力であった。


(俺は……)


 グレンは目を開き、ジョンを真っ直ぐに見据えた。

 その瞳には、迷いは一切なかった。


「ジョンさん。俺は、士官学校へ行きます」


「……険しい道だぞ? 軍隊は、学院のような生ぬるい場所ではない。殺し合いの技術を学び、時には血を流すことになる」


「分かっています」


 グレンは、自身の右手に強く爪を立てた。


「もし、カノンを滅ぼした犯人の正体が分かった時。……俺に、そいつを殺せる『力』がなきゃ、何の意味もない。俺は、知るだけじゃ駄目なんです」


 8歳の少年の口から放たれた、あまりにも冷酷で、純粋な殺意。

 ジョンは一瞬だけ悲しそうに目を伏せたが、すぐに歴史学者としての顔に戻り、深く頷いた。


「……分かった。ならば、君が15歳になるまでのこの7年間。私が君の『親代わり』となり、最高の家庭教師となろう。地政学も、歴史も、あらゆる知識を君に叩き込む」


「はい。よろしくお願いします」


「それと、もう1つ。君が士官学校で首席を取るためには、知識だけでなく『実戦的な魔法の技術』が必要になる。……幸い、この学院には、優秀な教官がいくらでもいるからね。そちらのツテも探しておこう」


 こうして、グレンのガレア連邦での全く新しい生活が始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ