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白夜戦記──世界に光を降らせる日  作者: ルシア
第2章 士官学校

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第1話 抹消

第2章、スタートです。

 ────空爆から2日後の昼。


 南部軍管区から、ログザ魔脈坑で起きた未曾有の魔獣災害の経緯を調査するため、軍上層部からの査察団──通称『グレッグ査察団』が乗った物々しい車列が駐屯地に到着した。

 キース准尉を始めとした生き残りの下士官たちが、緊張した面持ちで出迎えを行っていた。

 やがて、車列の中心にあった最も豪華な装甲馬車から、40代ほどの見事な髭を蓄えた男が、護衛を伴って降りてくる。


「おお、出迎えご苦労。キース准尉」


「いえ、とんでもございません。グレッグ大佐」


「ふむ」


 キースは恭しく歩み寄り、グレッグと握手を交わす。グレッグは形式的に手を握りながらも、その冷徹な視線はキースではなく、周囲の焦げ臭いログザ魔脈坑の惨状を見渡していた。


「大佐、長旅でお疲れでしょう。まずは兵舎の応接室へご案内いたします」


 キースがそう言って先導しようとすると、大佐は短く手を上げてそれを制した。


「いや、まずはログザ魔脈坑の『大穴』を見せてもらおうか」


「……はっ。了解いたしました」


 キースに案内され、査察団の面々が大穴の淵まで歩みを進める。そして、眼下に広がる絶望的な光景を見下ろした。


「おお……」


「これは、酷いな……」


 本部の士官たちが、思わず息を呑む。

 穴底から上へ延びる広大な岩壁は、空爆の超高熱によって全面が焼け焦げて黒く染まり、以前までのような赤魔鉱石の鈍い輝きはどこにもない。

 また、空爆の衝撃で淵が崩落し、莫大な土砂が底に滞留したことにより、第7層まであったはずの深さが、もはや第3層ほどの浅さにまで埋まっていた。そのうえ、下層へ続くスロープ状の運搬路も完全に消滅している。魔脈坑としての機能を復活させるには、莫大な国家予算と幾年もの歳月がかかることは、誰の目にも明らかだった。


「……なるほど。キース准尉、ログザ魔脈坑はもはや完全に機能不全に陥ったようだな」


「はっ。治安維持部隊の責任者として、申し訳ありません」


「いや、構わんよ。むしろあの状況下でよく繁殖個体を外に逃がさず、周辺被害をゼロに抑え込んだ。……よし。技術兵は穴周辺の大気中にある魔素濃度を測定せよ。秘書官と私は、駐屯兵舎にて直ちに事後処理と事情聴取を行う」


 深々と頭を下げるキースに対し、グレッグはひらひらと手を振って見せると、部下たちにテキパキと役割分担を命じ本格的な調査を開始した。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 数時間後。駐屯地の応接室。


 分厚い書類に目を通していたグレッグは、魔獣の特性について把握し、ふむ、納得したような声を出す。


「なるほど、地蜘蛛(クロウラー)の亜種か。それが赤魔素を取り込み、魔素弾を発射するとはな」


「はい、そのうえ、火魔法に対し強い耐性がありました。ジャズ曹長の風魔法との組み合わせにより火力が上がらなければ、討伐は不可能であったと考えられます」


 同席し、報告を横で聞きながらジャズは微妙な表情になる。


(こいつぁ…なるほど。グレンの情報は報告書から削除されたか)


 恐らくキースとグレッグが協力し握りつぶしたのだろうとジャズは判断する。

 今回の魔獣災害ではザイバス共和国軍人から約80名ほどの死者が確認された。そのような殺戮を行った魔獣を倒したのが奴隷となると、この大陸唯一の奴隷制を採用し続けているザイバス共和国の体制に打撃を与えかねなかったためだ。

 グレッグは報告書を読み終え、ジャズを褒め称える。


「ジャズ曹長、よくやった。特務部隊のエースとして、凄まじい戦果だ。君ならば、士官クラスへ昇進するのも夢ではないだろう」


「いえいえグレッグ大佐。私が士官になるときは、戦場で散ったときでしょう」


「おい、ジャズ曹長!」


 だが、ジャズは知っていてグレンの存在を消すグレッグに対し、思わず皮肉を告げてしまう。戦場に出てこない士官に対する強い皮肉である。

 グレッグはそんなジャズに気にする様子を見せず、対面に座るキース准尉とジャズ曹長に向けて、淡々と決定事項を告げた。




「結論から言おう。ログザ魔脈坑の早急な復旧は不可能であると判定する。よって、当分は無期限の封鎖とし、君たちログザ魔脈坑治安維持部隊は来月一日をもって解散し、各々別の任地へ再配属とする」


「……はっ」


「それに伴い、生き残った『奴隷』たちだが……これらは不良資産として、国営の奴隷商会へ格安で一括売却処分とする。明日には首都の奴隷市へ向けて移送馬車を出発させる手はずを整えた」


 その言葉に、ジャズの肩がピクリと動いた。


「お待ちください、大佐」


 ジャズは静かに、しかし明確な敵意を含んだ声で口を開いた。


「生き残った奴隷の中には、あの親玉の魔獣討伐に多大な貢献をした8歳の少年がいます。現在、全身に大火傷を負い、医務室で生死の境を彷徨っている状態です。その少年までも、治療もそこそこに奴隷市へ売り飛ばすと言うのですか」


 グレッグ大佐は書類から目を離し、ジャズを冷ややかに見据えた。


「ジャズ曹長。君が命懸けで防衛線を死守したことには敬意を表する。だが、報告書には『ジャズ曹長が単独で魔獣を討伐し、繁殖個体の足止めを行った』と記載されているはずだが?」


「それは事実と異なります。その少年──グレンの機転と魔法の才能がなければ、俺は間違いなく死んでいました。あいつはすでに、そこらの精鋭よりもよほど役に立つ戦士です。どうか、大佐の権限で彼を奴隷身分から解放し、軍の特務部隊へ特例で採用していただきたい!」


「曹長、いい加減にせよ!」


 ジャズは身を乗り出し、上官である大佐に向かって必死に懇願した。キース准尉が制止するが、ジャズは止まらない。


 しかし、グレッグ大佐は表情ひとつ変えず、冷酷なロジックを突きつけた。


「却下だ、曹長」


「な……なぜですか!」


「軍の体面の問題だ。ザイバス共和国の誇る近代兵器が一切通じなかった変異種の魔獣を、こともあろうに『8歳の奴隷』が魔法で手傷を負わせたなどと、議会や他国に知られてみろ。我が軍の威信、いや、奴隷制を採用しているこの体制が地に堕ちる。だからこそ、報告書では『特務曹長が倒した』という輝かしい事実だけが必要なのだ」


「そんなクソみたいな見栄のために、あいつを見殺しにする気ですか!」


「言葉を慎みたまえ。……それに、奴隷は法的に『人間』ではなく『物品』だ。物品が軍に採用されることなどあり得ない。彼には、負債回収のための商品として、首都の奴隷市で正しく国に貢献してもらう。それが決定事項だ」


 グレッグ大佐の氷のような宣告に、ジャズはギリッと奥歯を噛み砕くほどの力で食いしばった。

 拳を強く握りしめ、血が滲む。だが、一介の下士官であるジャズに、大佐の決定を覆す権力などあるはずもなかった。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 そして査察開始から5日後。

 空はどんよりとした鉛色の雲に覆われ、冷たい風が吹き荒れていた。

 駐屯地の裏手には、鉄格子のはめられた護送用の大型馬車が停まっていた。

 荷台の藁の上には、生き残った十数名の奴隷たちが、絶望に満ちた暗い瞳でうずくまっている。

 その中へ、全身を包帯で巻かれた小さな体が、兵士によって無造作に放り込まれた。


「……ぅ、あ……」


 ジャズが重要目撃者として匿っていた間は医務室にて治療を受けられていた。

 しかし、報告書からグレンの存在が抹消されてからは満足な治療も受けられず、高熱にうなされ、意識が朦朧としている状態へ陥った。

 乱暴に扱われた衝撃で包帯に赤い血が滲むが、御者台に座る国営商会の男は気にも留めない。


「こんなん売れるかね。まあいい、隅っこにでも転がしておけ」


 ガチャリ、と重い鉄の扉が閉められ、分厚い南京錠がかけられた。

 無情な鞭の音が響き、奴隷馬車がゆっくりと動き出す。


 その光景を、駐屯地の建物の影から、ジャズはただ1人で見つめていた。

 助けたかった。

 自分の持てる技術のすべてを叩き込み、死地を共にくぐり抜けた自慢の弟子。

 しかし、国という巨大な組織の前では、自分の力などあまりにもちっぽけだった。


(……すまねえ、グレン)


 動き遠ざかっていく馬車の轍を睨みつけながら、ジャズは壁を強く殴りつけた。

 ドンッ、と鈍い音が響き、拳から血が滴り落ちる。

 痛みを堪えるように歯を食いしばり、ジャズはただ、冷たい風の中で遠ざかる馬車を無力に見送ることしかできなかった。


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