助かったー
(はぁー。)
学校の帰り道、遅延の関係で満員になった電車に乗ってきたため、少し憂鬱な気分で紗季は一人歩いていた。
満員電車になるのはよくあることだ。大都会ではないし、まだ帰宅ラッシュの時間帯でもないから、本当の身動きできないほどの満員ではなかったが、それでもストレスにはなる。
今日はそれだけではない。
前の五月考査、そのさらに前の課題考査の結果が酷かったせいで、両親からまあまあ怒られたのだ。
そんなに怒らなくてもいいのに、とその時は思ったが、よくよく考えると三百人近くいる中の二百五十番代はまずい。数学は後ろから数えて一桁順位だった。
高校受験が無事終わって今まで我慢してきた分が爆発し、少し遊び過ぎた。大変な方から楽な方に行くのは簡単なことで、それと打って変わって楽な方から大変な方に行くのは非常に辛い。
そうは言ってもこのままでは高校三年生が地獄になるのが目に見えているので、両親と話し合った結果、放課後週二日以上カフェで勉強することになった。最初の提案は塾に行くことだったため、それを考えるとましではある。
塾はできれば行きたくない。塾の有用性は分かっているが、放課後何かがあるというのが嫌だ。
家は睡魔に襲われるためなしだ。
さて、駅から出てしばらく歩いていたが、どのカフェがいいだろう。
特にここに行こうというのは決めていなかった。だけどせっかく友人たちが気を遣って一人にしてくれたので、偶然会ってしまうことがないようにできれば駅前ではない場所がいいと思う。
少し立ち止まり、近くのカフェを検索する。
(こことかいいかな?)
見つけたのは喫茶スギというカフェ。ここから徒歩で十分もかからない。駅からだと二十分ほどになるだろうか。
写真から、席はそれなりに広く落ち着いた雰囲気であることが分かる。勉強するにはちょうど良さそうだ。
スマホに示された案内通りに歩いて行くと、少し古い雰囲気のある建物が見えてきた。いわゆる古民家カフェと呼ばれるものだと思う。
扉を開くとふわりとコーヒーのいい匂いがした。店内は写真通りのとても落ち着いて雰囲気で、お客さんはあまりいない。数組のお年寄りに、仕事中と思われる大人の人が何名か、あと大学生と思われる人が一人いるぐらいだった。
「いらっしゃいませー。一名様ですか?」
「あ、はい。」
店員は意外にも若く、自分と同じぐらいの年齢に見えた。水とおしぼりをおぼんに乗せて席まで案内してくれてた。
「こちらの席でお願いします。注文が決まりましたら呼び鈴で。」
「はーい。」
紗季は席の端においてあるメニュー表を取る。
(へぇ~。結構たく―――いや、めっちゃメニュー多くない!?)
その品数に驚かされた。メニュー表を手に取った時点でなんか分厚いなとは思っていたが、これほどとは思っていなかった。
何を頼むか非常に悩む。
♢
(いやー、美味しかったなー。)
紗季は結局オレンジジュースとパンケーキを食べた。オレンジジュースはオレンジジュースだったが、パンケーキは今まで食べた中でもかなり上位に入る美味しさだった。
食レポは苦手なので詳しくは説明できないが、とにかく美味しかった。
食べ終わった後はスマホの誘惑に負けてしまい、充電が切れたので今日出されたほんの少しの課題だけ終わらせて帰ることにした。それ以外にできるものを持ってきていなかったからだ。
(ここ結構ありかも。値段もそこまで高くなかったし、静かだった。)
そんなことを思いながら、紗季は伝票を持ってレジへ向かう。
「えっ、あれっ!?」
「お客様。どうかされまし――」
「ない!やばいやばいやばい・・・」
紗季は唐突に焦りだした。
「あの?」
「―――ない。」
「ん?」
「お金が足りないんです!ちょっ、ちょっとまってください!!」
「あー、わかりました。」
財布にお金がほとんど入っていなかったのだ。思い返すと、先週友人たちとカラオケに行ったときにお札を使い切っていた気がする。払わなければいけない金額まで130円足りない。
どこかに小銭が隠れていないかと財布をひっくり返してみるもすぐにその希望は打ち砕かれた。
全身からサーっと血の気が引いていくのが分かる。
(うそ・・・え、これ払えなかったらどうなるんだろ。もしかして警察呼ばれる・・・?)
もう冷静に考えていられなかった。出て来るはずがないのに、もしかしたらカバンの中に落ちてるかもと思い漁る。当然お金は出てこない。
「すみませんっ。あの、明日払いに来てもいいですかっ?」
「えー。そういうのできんのか・・・?」
店員はうーんと悩んでいるが、できてもらわないとまずい。紗季は必死の思いで縋り付く。
「お願いします!絶対来ますからっ。」
「・・・。」
「じゃ、じゃあ今日お金取ってきますからっ。」
「んー、あっ。スマホありますか?ここ電子マネーも対応しているんで、それで払っていただけたら。」
店員のその声にハッとなったが、スマホの充電を切らしていることを思い出した。なんで自分はスマホを見てしまっていたのかと後悔する。
「・・・充電切れてます。」
「まじかよ。」
店員の声が呆れ混じりのものになる。それも仕方のないことだ。自分でもバカだと思う。
「となると、誰かに連絡してってことも無理だよな。」
「はぃ・・・。」
スマホがないととても困るということを実感した。スマホさえあれば誰かに連絡して、申し訳ないながらお金を持ってきてもらったらよかったのに、それすらできない。
「どうすっかな・・・。」
店員は呆れてはいるものの怒ってはいないようで、優しい人で良かったと思った。どうすべきか方法を考えてくれている。
紗季も考えてはいるのだが、なかなか名案は出てこない。
(え、近くにいそうな誰かを探しに行く?でもここ駅から離れてるし、それなら家に取りに帰ってもオーケーだろうからできない。電話を借り――あれ?お母さんの電話番号てなんだっけ!?)
もうパニック状態だったのだが、そんなとき後ろから低い男の人の声がした。
「いくらだ?」
突然だったため結構びっくりした。その正体は大学生と思われる人で、服装はチャラい人が来ていそうなものだったが、どうしてか落ち着いて見えた。その雰囲気から、ここの常連なのだろうと思った。
「え?」
「いくら足りない?」
「えっ、ええーと、130円です。」
紗季の頭の中にははてなマークがたくさん浮かんでいた。なぜ話しかけてきたのか。そしてなぜ足りていない金額を聞いてきたのか。
「ん、じゃあこれで。ああ、俺の分も含めてな。ぴったりなはずだ。」
(!?)
「えっ、なんで・・・」
「ん?お金足りなかったんだろ?やるよっ。」
「・・・神。」
「え?」
「神!!ありがとうございます!!」
本当に心の底からそう思った。なんて優しい人なのだろう。全く知らないはずなのに、助けてくれるなんて。
しかし、さすがにもらってしまうのは良くないと思う。
「あの、また今度返すので連絡先・・・」
電話番号だけでも教えてもらって、あとで返そうと考えた。
「ああ、そういうのいいから。別に返さなくていい。」
すると、その人は言葉通りにめんどくさそうに手を振る。本当に気にしていないようだった。
「でも・・・。」
紗季がどうしようかと悩んでいると、すたすたと店から出てしまった。
(え、あ。)
紗季は特に何も思いつかなかったが、とにかく追いかけた。
「あっ、あの!本当にありがとうございました!!」
その人は振り返らないまま、立ち去ってしまった。たぶん声は聞こえていただろう。
本当にあの人には感謝しかない。
(・・・?)
ほんの少し、前にどこかで見たことがあるような気がしたのはなぜだろう。




