14*Apotheker
Apotheker――薬剤師
私立薬師寺学院特進科校舎 A教室
「まもなく、この学校に人間が来ます」
「…どうしてですか!先生!」
特進科担任・松本白華の突然の宣言に、教室内がざわついた。
「メチルフェニデートのことを調べに来るのよ。ほら、あの子、謎が多いでしょ?」
松本はモニターに2人の人間の写真を映し出した。
「左の冷静そうな女性が川田氷雨さん、右の活発そうな女性が高堂結さん。2人ともヨコハマ市薬剤師会の副会長なの。」
「えっ…何それすっごい偉い人!」
「そうね。貴方達は現身でいればいいわ、メチルフェニデートもね」
「はい!」
「メチルフェニデートは、隣の教室に移動しなさい」
「…はい」
数分後 私立薬師寺学院特進科校舎 玄関
川田が薬師用のデバイスをかざし、扉を開ける。
彼女らが纏う、紺と白で構成されたセーラー服は、ヨコハマ市薬剤師会の制服だ。
「2人ともお久しぶりです。こちらです」
「松本…ここにいたのか」
「はい。結構充実してますよ?」
「それは良かった!」
教室の窓から映る銀髪の少女を指す松本。
「あの銀髪の子がC14H19NO2・メチルフェニデートですね。デバイスの色は白」
「どう見ても人にしか見えないのに、薬なのか…」
「川田さん、そういう奴ほど危険なんですってば。あいつら薬物ってば、一旦使い方間違ったらそいつの全部を持ってっちまいますからねー…」
――銀髪の彼女のデバイスの色は白、か。
白。
全ての色の可視光線が乱反射されたときに、その物体の表面を見た人間が知覚する色であり、しばしば無色と同一視される。
高堂結はその色が持つ純粋さ、無垢さ、高貴さに、どこか強く惹かれていた。
――見つけた、私の無色。
同時刻 私立薬師寺学院特進科校舎 A教室
教室の窓から廊下を覗く、人ならざるものの影。
「人間が来たわね…」
笑顔の仮面を被った少女はC10H14N2・ニコチン。デバイスの色は桃色。
主としてタバコの葉に含まれるアルカロイドの一種である。
毒物及び劇物取締法で毒物、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で第2類医薬品に指定されており、入門薬物、すなわち特進科見習いとして扱われている。
「わーい!面白そう!」
無邪気な少年はC12H17N2O4P・シロシビン。デバイスの色は黄緑。
マジックマッシュルームに含まれる成分で、幻覚剤に分類される、インドールアルカロイドの一種である。
麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。
「人間を研究しようかなあ…」
飄々とした少女はC15H21NO2・ペチジン。デバイスの色は小豆色。
フェニルピペリジン系の合成オピオイド鎮痛薬の一つである。
麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。
「いや、罪人どもはすべて処刑するべきだろう」
真面目そうな少年はC11H17N2NaO2S・チオペンタール。デバイスの色は濃紫。
バルビツール酸系の麻酔薬の一つである。
アメリカでは薬物による死刑執行時に意識を無くす薬物として知られる。
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律における劇薬として、特進科に準じた扱いを受けている。
「チオペンタール君ってば相変わらずだねー」
ふわふわした少女はC21H20Cl2N6O3・リルマザホン。デバイスの色はペールグリーン。
ベンゾジアゼピン系のプロドラッグである睡眠導入剤のひとつである。
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律における習慣性医薬品として、特進科に準じた扱いを受けている。
「年中処刑脳だね、チオペンタールは。人間なんて放っておけば?」
「ケタミンが言うなら放っておくか…」
チオペンタールはヒスタミンの遊離作用があり、喘息患者に使用すると気管支が痙攣してしまう恐れがあるので、喘息患者には禁忌である。
その為、喘息患者に対して彼の代わりに使われているケタミンには頭が上がらないのだ。
「ちなみに、フルニトラゼパムは人間を処刑するのか?」
フルニトラゼパムは、性格上チオペンタールとはそこそこ仲が良い。
「ん?オレが必要な人間をか?」
「いや、俺達薬を乱用した罪人どもだ」
「だったら最初からそう言えよ!…そういう奴は切り捨てるに決まってるだろ!オレは乱用した人間を助けてやるほど優しくねえよ!」
フルニトラゼパムが『人間を助ける』のは、あくまでも他ならぬ自罰のためだ。望まず服用させられた人間への、償いのためだ。
自ら乱用するような人間に対して償う罪など、あるはずがない。
「あっ!あの3人、隣の教室に入ってったー!」
数分後 私立薬師寺学院特進科校舎 B教室
「C14H19NO2、メチルフェニデートです。川田さんと高堂さん、ですよね?…私に、何か御用ですか?」
メチルフェニデートは見慣れない人影を見据える。
「まあね。いくつか質問していい?」
「はい…答えられる範囲でよければ」
「君ってば、秘密があるみたいだけど…何か、思い出せないってことはない?」
思い出せないこと。
エフェドリンのこと。
彼を含めた、アッパー系のこと。
それから、前の自分のこと。
『向こうでの強さ』のこと。
「…はい。前の自分の方が強かった、って…ジアセチルモルヒネさんが言っていました」
「ジアセチルモルヒネ…ああ、あれか。ヘロインか」
「そうですね。私はそのために、彼女に協力しているんです」
同時刻 私立薬師寺学院特進科校舎 玄関
彼の名はC10H15NO・エフェドリン。
充血除去薬、または局部麻酔時の低血圧に対処するために使われる交感神経興奮剤で、漢方医学で生薬として用いられる裸子植物のマオウに由来するアルカロイドである。
彼はゴールドオレンジのデバイスをかざして扉を開けた。
薬品管理用アンドロイド・舩田――正式名称・CRYO27D号に呼ばれた為である。
「老師、用ってなんですか?」
「人間のお客様が来てるんだが、そいつらがリタリンのことを調べたがってるんだ。リタリンのことなら、よく知ってるだろ?」
「はい、妹分ですから」
彼はメチルフェニデートの兄貴分でもあった。
メチルフェニデート本人は彼のことを覚えていないが、彼自身はメチルフェニデートのことを覚えている。
「人間に会うの、久しぶりですねー」
「かもな。しかもお前は生薬・漢方科とここを行ったり来たりしているしな。…B教室だ。行ってこい!」
「はい…行って来ます!」
エフェドリンは、妹分と薬師達の待つ教室へ、ひとり向かっていく。
数分後 私立薬師寺学院特進科校舎 B教室
エフェドリンの手が、がらりと扉を開ける。
「あら、エフェドリンじゃない。こちら、川田さんと高堂さんよ」
「初めまして、C10H15NO・エフェドリンと言います。生薬・漢方科では『麻黄』として在籍しています。宜しくお願いします」
一礼した後、また顔を上げる。
視界に飛び込んできたのは、銀髪碧眼の妹分だった。
「…リタリンじゃないか!オレだ!エフェドリンだ!」
「エフェドリン…?……兄、さん…?」
「――っ!」
メチルフェニデートは、思い出そうとしたのと同時に感じた鋭い痛みに耐えきれず、教室の床に頭を叩きつけて倒れてしまった。
「待…て、思い…出させ、ようと…するな…!」
「おい、どうしたんだよ!」
「エフェドリン、放っておきなさい。…2人も、ここは保留にしましょう。倒れている間に調べられることは調べてもらって構いません」
エフェドリンが揺すっても、彼女は目覚めることはない。
「なあ、待ってくれよ、折角久しぶりに再会できたのに…こんなのって…こんなのってありかよ…!」
「利他林、お前…合法覚醒剤、だろ…!お前が覚醒めないでどうするんだよ…なあ…!」
メチルフェニデートはまるでブレーカーが切られたように、意識を失い続けていた。
***
ジアセチルモルヒネ達はその声を聞きつけてB教室へと駆け出した。
「リタリンさん!大丈夫っすか!」
『…ああ。私は大丈夫だ』
メチルフェニデートは意識を取り戻したらしく、目を開けて笑ってみせた。
――しかし、そこから見えた瞳は赤い。
彼女の銀の髪も、先端から黒く染まっていく。
「おい…お前…なんでこうなったんだよ!お前、利他林じゃないだろ!…利他林を返せよ!」
驚きを隠せないエフェドリン。
「お前、さては…!」
「ええ。――彼女こそが、デキストロメチルフェニデートよ」
デキストロメチルフェニデート。
メチルフェニデートの薬効成分であり、ジアセチルモルヒネ達否定する9人が探していた少女。
「暴走するかと思って、折角記憶を消しておいたのに…!」
焦る松本。
「…あれは」
「あの子…探してた子、かもね」
何かを見つけたような顔のメサドンとフェンタニル。
「黒髪に赤目で、メチルフェニデートにそっくり…こいつが、参考服薬者の言う『あの娘』か」
「決まったわけじゃないけど、その可能性はあるかもですね」
すぐに録画に移る川田と高堂。
「わーい…やっと来たっすねー」
新しい玩具を手に入れた子供のように喜ぶアルプラゾラム。
「…そうね。お帰りなさい」
彼女の手を取るジアセチルモルヒネ。
「ここが貴方の居場所よ。…デキストロメチルフェニデート」
デキストロメチルフェニデートは、普段のメチルフェニデートとは全く違う、狂気的な笑みを浮かべた。
*会話劇という名の茶番【妹様の部屋】
『えー、有栖川です。このコーナーははっきり言って茶番です。本編の清涼剤が目的です。司会は作者の私と、ジアセチルモルヒネです』
「本編がシリアス気味だから仕方ないわね。――誰がそうしたと思ってるのよ」
『そりゃあ私原作者だからねえ?』
「それなら頼みがあるわ」
『なあに』
「あのフルニトラゼパムとやらの出番を減らしてちょうだい」
『えっ』
「なんであいつばかり重要なところ持っていくのよ。先生にも倉井さんにも気に入られてるみたいだし…」
『あいつは本編で数少ないまともな奴だからね!まともな奴がいいとこ持ってって当たり前!ってわけで、このコーナーではコピペの改変をします!』
・タバコ
ケタミン「電話しながらDQNが煙草のポイ捨てしてた。その吸殻から顕現したニコチンが、拾い上げて自分の口にくわえながら『間接キスね。気持ち悪いと思うかしら?でもこういう使われ方をする可能性だってあるの。ポイ捨てはやめておきましょうね?』って言って去ってった。DQNは放心状態で何度も頷いてた」
・美人
万里「世界三大美人って誰だっけ?」
エチゾラム「クレオパトラ、楊貴妃、それと秋田小町でしょ?」
明菜「デパス、それは米だよ」
・ウジ虫野郎
フルニトラゼパム「ジアセチルモルヒネ、オレの事をウジ虫野郎って呼んでみてくんね?」
ジアセチルモルヒネ「はあ?いきなり何よ…」
フルニトラゼパム「オレのメンタルがどのくれえかを知りたい」
ジアセチルモルヒネ「…ウジ虫野郎」
フルニトラゼパム「会話の流れで使ってくれ」
―着信―
ジアセチルモルヒネ「ん?松本先生?少々お待ちください。…ウジ虫野郎、電話よ」
フルニトラゼパム「やめよう」
・月が綺麗ですね
フェンタニル「『月が綺麗ですね』は『愛しています』」
モルヒネ「『雨、止まねぇな』は『もう少しお前の傍にいたい』」
メサドン「『寒いね』は『抱きしめてほしいな』」
ジアセチルモルヒネ「『暖かいわね』は「貴方が傍にいてくれて幸せよ』」
デソモルヒネ「『ダァシエリイェス!』は『ドアが閉まります』」
・シャバドゥビタッチ成人
エタノール「僕の分身を買った客がコンビニで『年齢確認でタッチお願いします』って言われていたんだけど、そいつが「シャバドゥビタッチ成人~」ってパネル押したら店員が『アルコウル』って返してきた。シャバドゥビタッチ成人って何」
『ありがとうございました!次回もよろしくね!』
※この後、正真正銘のあとがき始まるよ!
***
*正真正銘の真面目なあとがき
皆様こんにちは、はじめましての方ははじめまして。「私立薬師寺学院特進科!」、略して「しりんか」をご覧いただき、ありがとうございます。「しりんか」の原作担当の有栖川優悟と申します。以後お見知り置きを。
略称の「しりんか」は、「『しり』つやくしじがくいんとくし『んか』」の前2文字と後ろ2文字を取ったものです。
瑠璃光総合関東病院はNTT東日本関東病院、ヨコハマ市薬剤師会は横浜市薬剤師会をモデルにしていますが、あくまでもモデルというだけなので実在の施設・団体とは全く異なりますし、全く関係ありません。
また、薬師の名前は「薬物に携わる実在人物の苗字」+「雪や氷に関する名前」という法則でつけています。
それぞれ、
松本白華→国立精神・神経医療研究センター精神科医・松本俊彦先生
舩田(CRYO27D号)→国立精神・神経医療研究センター依存性薬物研究室長・舩田正彦先生
鈴木雪菜→元麻薬取締官・鈴木陽子先生
寺師銀→横浜市薬剤師会会長・寺師三千彦先生
川田氷雨→横浜市薬剤師会副会長・川田哲先生
高堂結・高堂晶→横浜市薬剤師会副会長・高堂正先生
田口みぞれ→横浜薬科大学講師・田口真穂先生
から取っています。
舩田の正式名称の「CRYO」は「低温」「冷凍」の意のギリシャ語です。
さて、前回解説していなかった用語を解説します。
☆顕現
分身を通して現身を瞬間移動させること。現身が薬師寺学院圏内にいる場合は、ある機械を使うことでそれをする。
・現身は1つの薬につき1体までで、2体以上の顕現(例えば、現身が特進科校舎にいながら、参考服薬者の元にも顕現すること)はできない。
☆『否定する9人』
人間への反逆を目論むジアセチルモルヒネを中心とした私的陣営。
・名称はドイツ語で『いいえ』を意味するneinと英語で『9』を意味するnineの造語
・シンボルは、周りの三角形をメチルフェニデート以外の各々のデバイスの色(頂点から時計回りに青緑、空色、アイスブルー、青、パステルピンク、茜色、黄色、緑)で塗った八芒星。白く塗られた中央部分には特進科を表す「三日月と三角形を組み合わせた黒いマーク」を左右反対にしたものが置かれているが、それは「特進科に反対する・反逆する」という意味。
・上位会と『否定する9人』はあくまでも別の集団である。とはいえ『否定する9人』のメンバーの3分の2は上位会議にも参加しており、何より特進科校舎には会議室が1つしかないので、『否定する9人』は上位会議のメンバーが使うのと同じ会議室を使っている。
☆『ヒュギエイア機関』
ギリシア神話の名医アスクレピオスの娘『ヒュギエイア』の名を冠し、彼女が持つ薬学のシンボル『ヒュギエイアの杯』を掲げた、国際的な薬物研究機関。本編では日本支部を指すことが多い。
・正式名称、『ヒュギエイア総合薬物研究機関』。
・日本支部の場合は、同時に『私立薬師寺学院』の人間側からの呼称として、建物の名としても使われている。『私立薬師寺学院』というのはあくまでも薬側からの呼称であり、松本がその施設内を改造して、薬にとっての学校のような形にしたというだけのものである。
・人間には大抵『ヒュギエイア機関』と呼ばれる。
☆準参考服薬者
『参考服薬者に準ずる者』のこと。
具体的には、『薬を服用している者のうち、参考服薬者以外で薬の顕現を受けた者』のこと。参考服薬者と違い、在住地は問わない。
☆瑠璃光総合病院
専属の薬剤師の技術が高度なことで有名な企業立病院。私立薬師寺学院と提携している。
・その系列の1つである瑠璃光総合関東病院は、約600床の病床を備えた地上11階・地下4階建ての建築物で、特進科の生徒はデバイスを、他の科の生徒は生徒証をかざすことで出入りが認められる。最上階の11階はセキュリティを重視した特別病棟で、差額ベッド料約4万円~約13万円の特別個室があるが、こちらもデバイスまたは生徒証をかざすことで出入りできる。薬師寺学院からは車で5分。
☆ヨコハマ市薬剤師会
カナガワ県ヨコハマ市の薬剤師が集まった、一般財団法人。カナガワ県総合薬事保健センターの建物で活動している。
☆参考服薬者
瑠璃光総合病院に入院しているか、もしくはその近辺に在住している患者のうち、特進科に属する薬のうちの1つを投与されている、またはこれからされる患者の中から、家庭の事情などを考慮した上で『観察対象』として選ばれた1人の患者のこと。言わば薬にとっての『パートナー』。
・基本的に、編入後1ヶ月したら参考服薬者が選定されるが、もちろん選定されない薬もある。1種類の薬につき1人だが、『投与を終了した』『複数の薬を服用することになった』などの理由があれば解除される。
※用語は今後増えていく可能性がございます。
※本作の薬物に関する解説は、某インターネット百科事典から引用しているものがほとんどとなります。正確性については保証致しません。
明菜のモデルになった某フォロワーさん、某インターネット百科事典、及びこの作品を見ている全ての方々を始めとした私に関わる全ての方々に、この場を借りて御礼を申し上げます。
また、この作品は二次創作を歓迎しています。
18年07月19日
自宅にて
有栖川 優悟




