第九節 奮起
屈辱に耐えても、金髪に「ぎゃふん」と言わせよう。
「ああ、ゴリラ?名前が分からないから、とりあえず『ゴリラ』ね。」
「体強」の授業。
最早誰であろうと気にしない私は、「ゴリラ」先生を「ゴリラ」と呼び、自分のところに越させた。
理事長の娘だから、偉いんだよ!
昨日の夜、私はタマとモモに自分の決定を述べた。
「あの金髪、私がカメレオンであるだけで私を嫌う。むかつく。」
「むかつくですか。あのお嬢様がそのような感情になるとは、驚きましたわ。」モモが言う。
「だから私は、あいつに勝負し、勝って見せる。」
「全国チャンピョンにですか。無茶です。ひかりさ...あの金髪は歴代最年少参加者の記録を突破した上に、優勝した人だよ。勝てる訳がないよ。」タマが言う。
「すべての参加者に勝ったの?」
「はい。」タマが言う。
「何人参加したの?」
「全国からですわよ、お嬢様。5万人を超えただそうですわ。」モモが言う。
「情けないな、他の参加者。小娘一人に勝てなかったのか。」
「強かったよ!千年に一人の武術の天才とまで言われている。現場記録を見ようとしても、チケットが売り切れて、何週間も待ってようやく見れたんだ。んで、実際にあれを見て、武道家としての血が騒いでいて、手合わせしたいと思った。」タマが言う。
「タマは強いの?」
「え、えぇっと...」タマが言う。
「あはは、玉藻ちゃんには答え辛い質問ですわね。お嬢様、この『筋肉バカ』は格闘に関してメイド隊最強ですわ。早苗メイド長ですら、玉藻ちゃんに勝てないじゃないかしら。」モモが言う。
「へぇ、凄いんだ、タマは。ちなみに、モモは?」
「あたし?九人の中じゃ最弱じゃないかしら。」
九人?結構一杯いたような気がしたが、実はたったの九人か。
「あ、でも逃げ足早いわよ!勝てなくても負けないわ。」モモが言う。
モモにとって、「逃げ」は「負け」じゃないらしい。
「タマが強いのはわかった。どんだけ強いのはわからないが、『強い』ということが分かった。理解していないが、『タマは強いんだ』と納得しよう...」
「そこまで疑わなくてもいいのに...」タマが呟いた。気にしないことにした。
「あはは、普段のおバカさんの行いが信用を得られない結果に繋がったのかしら。」モモが呟いた。気にしないことにした。
「では、『強い』タマから見て、金髪ちゃんはどう?」
「金髪ちゃん?いきなり『愛称』に変わったと思うのは気のせいでしょうか。うん、記録を見た感じでは、ひかり様は紛れもない天才武道家だと思う。おそらく戦ったら、私が負けるでしょう。」タマが言う。
「うーん...いまいちわからないな。あ、そうだ!数字にしてみて。私は...すっこく弱いから、戦闘力1とする場合、金髪ちゃんはどのくらいなの?」
「え、えぇっと...」タマは苦笑いをした。
「あはは、また難しい質問を...」モモも苦笑いをした。
「え?そんなに難しい質問なの?」
「ななえ。単純に腕力だけなら確かに私の方が上でしょう。しかし試合は腕力・魔力・知力など、様々なものが合わせているので、簡単に数値化できるものではありません。」タマが言う。
「硬い!これだから真面目っ子ちゃんは駄目ですわ。お嬢様は何も正確な数値が欲しいのじゃない、『なんとな~くこのくらいかな』っていいわよ。」モモが言う。
「そんなの、ななえ?」タマが聞く。
「ま、そんな感じ。」
具体的な数字を口に出されてもわからない気がする。
「そうは言っても、うぅん...」タマが唸る。
「しょうがないですわ。お嬢様、あの...金髪ちゃん?全国チャンピョンの戦闘力は1万。お嬢様の1万倍強いわ。」モモが言う。
「そんな適当なのでいいの?」タマが言う。
「いいわよ。実力に圧倒的に差があると分からせればいいから。」モモが言う。
「私では金髪ちゃんに勝てないの?」
「はい、勝てません。一生!」モモが絶望的なことを口にした。
「...でも、私はどうしてもあいつにぎゃふんと言わせたい。あいつに認めてもらいたいんだ。」
「無理無理!諦めましょうよ、お嬢様。」追い打ちをするモモ。
「桃子♡、少し静かにしてくれないかな。」タマがモモのしっぽを掴んだ。
「わ、わかったわよ!だから、しっぽに触れないでよ。」モモが逃げる。
「タマ~(´・ω・`)、私はあいつに勝てないの?」
「残念ながら、恐らく触れることもできないかと...」タマが絶望的なことを口にした。
「(´・ω・`)触れることすらできない...」
「そんなに落ち込まないでくださいよ、ななえ!カメレオンという種族は元々戦闘力皆無な種族だし、ななえのか弱さの半分はそれのせいだし、全国試合の時も、彼女は無傷で優勝したよ!だから、ななえが落ち込むことはないよ。あの金髪が強すぎるだけだよ。」タマがフォローをする。
「無傷!...そうなのか...だったら、一発でも当たったら、結構凄いということなのか。」
「まぁ、そうですわね。でも、無理でしょう...キャッ!」モモが口を開いた。そのままタマにしっぽを強く握られた。
「やってみないと分からない。決めた!あの金髪に必ず一発入れる。」
「すごいです、お嬢様!」タマが拍手した。
「無駄な努力...痛っ。」懲りずに余計なことを喋るモモ、そのモモにお仕置きするタマ。
そんなわけで、私は少しでも強くなる為に、頑張ることにした。
先ずは自分の基礎身体能力を高めるため、「体強」の授業で頑張った。
授業前に、私はタマに一つどうしても納得出来ないことを聞いた。
「どうしてあのゴリラが|学園≪ここ≫の教師なの?唯のエロオヤジじゃないか。」
それに対してのタマの回答は…
「あのゴリラは確かにエロオヤジだけど、残念なことにとても優秀な教練でもある。種族毎身体能力が違うのに、あのゴリラは全ての種族の身体能力が分かる上に、個人個人にとって一番ベストの鍛錬メニューを作れる。」
「何でゴリラはそんなに優秀なの?」
「...それは私もわかりません。ただ、あのゴリラ先生はどんな人であっても、その体に触れれば、どこをどう強化すれば強くなるのがわかる。全種族の知識が書かれている専門辞書を頭に残しているような人だ。だから、この学園の教師になれた。」
...というように...
どうしてたか、あのゴリラはめちゃくちゃ優秀らしい。
名前知らないけど...
「え、えっと...お、お呼びでしょうか、守澄さん。」ゴリラが喋った。
「単刀直入に言う、私は強くなりたい。お前は確か人の体を触れば、その人にびったりの鍛錬メニューを作れる。そうだな。」
「そうだ。長年の経験を積んで、ようやくここまで出来たぞ。学生向きのメニューを作るのは造作もない。むしろ達人こそが俺の指導を欲しているぞ。何?その気になったの?」ゴリラが偉そうに踏ん反り返った。
むかつくやつだな。
「私を強くできるのなら、お前に、この体を触らせてもいい。」
すごく嫌だけど...
ゴリラが嬉しそうだ。
「でも、確かな成果が出ない場合、それ相応な罰を与える。」
具体的な内容を言わない。彼自身に想像させる。
「そして、『触らせる』とは言ったか、もし、度が過ぎるいやらしい行為を及んだ場合は、うちのメイドは喜んで貴方を冥土にご招待します。」
言いながら、タマの方へ指さした。
遠くにいるタマは手をパキパキして、こちらに合図を送った。
「そんなことしませんよ。ちゃんと必要最低限の場所しか触らないから、大丈夫安心だぞ。」
どうやら、タマの脅しが効いたようで、ゴリラの笑顔が苦笑いになった。
そして、私は「安心」して、ゴリラに体を触らせた。
なぜだろう...
今まで何人にも体を触れられた事がある。
彩ねー、お父様、早苗、タマ、モモ。
彼らに触られた時はただちょっとくすぐったいだけなのに、このゴリラに触られると冷や汗が出る上に、震えが止まらない。
顔も暑くてしょうがない。
腕・足が触られた時は歯を食いしばって、目も閉じて我慢するし、胸の下あたりに触れた時、そのままあいつの顔に手印を与えたくなる。
その顔も苦手だが、そのごっつい体も苦手だ。なんで上何も着ないの?暑いの?それとも露出狂?
というような感じで長い一分を耐えた後、ゴリラからもらったメニューは「グランド5周を授業が終わる時に走り終わること」。
何それ?そんなんでいいの?
「いや、これは持久力と適応力を鍛える為のメニューだぞ。授業内で走り終わればいいのではない。今から走り続けて、授業が終わった時に丁度5周を走り終わる。だから、遅く走らないとだめだぞ。早く終わったら意味がないから、ちゃんとペースを調整して『走る』。」
つまり止まっても、ゆっくり歩いてもだめ、あくまて「走る」ということなのか。
それでも簡単だと思った。
が...
「お嬢様、もっとペースを落として!」
「お嬢様、もっとゆっくり走ってください!」
「お嬢様、走ってください!」
このタマのうるさい声がしつこくついてくる。
無視して最後まで走り終えた時、もう二度とタマの声が聞きたくないと思った。
次の日、「練武」の授業。
え?ほかの授業?
どうでもいいから記憶に残っていない。
留年?
記憶喪失したので、今から頑張っても間に合わない。
どうも、後3か月で卒業らしいから、諦めた。
話を戻す、「練武」の授業。
私は金髪妹に声をかけた。
「勝負しよう、金髪。」
金髪妹は周りを見て、誰も近くにいないのを確認したら、私に向き合った。
「金髪?私?」
「そうよ。ここにいる金髪はお前しかいない。従って、お前が『金髪』。」
金髪妹はため息をつき、「何かようか」と言った。
心なしか、彼女の態度が日に日に少しずつ和らげているようだ。
「勝負だ。」繰り返して言った。「お前が私を嫌う理由は私がカメレオンだからだ。そうだな。」
彼女は答えない、けどその表情から「そうだ」と言っているように見える。
「私本人のことを何も知らない、ただカメレオンだというだけの理由で私を嫌う。そんなのおかしいじゃないか。」
彼女は答えない、けどその表情から「そうだ」と言っているように見える...気がする。
「だから私は、お前に認めてもらうように、お前と勝負したい。」
彼女は長い間に沈黙を保っていたが、私がもう一言をかける前に、口を開いた。
「なんの勝負だ?」
初めて私と会話をしてくれた気がした。心の中で少し喜んでしまった。
「勿論武術の勝負だ。武器は自由、なしでも構わない単純な勝負だ。」
彼女はまたちょっとの間を空けた。
「だめだ。お前に勝ち目はない。」
随分とはっきり言うね。自信過剰か?
「それはどういう意味だ?」
「実力の差がありすぎた。お前では私に触れることすらできない。」
自信過剰か?
タマにも同じことを言われたな。
ムカつく...
「だったらお前に触れれば、私の『勝』でいいのか。」
卑怯なことを言ったが、私はこの「自信過剰」のやつに一発泡をふかしたい。
「...それで構わない。」金髪妹は無気力に言った。
本当に自信過剰の奴だな。
でもこれで、勝負が随分簡単になったな、ラッキー。
しかし、その授業でも、彼女に触れることはできなかった。彼女は私の「攻撃」を避けながら、自分の練武に集中していた。
勿論、そんな簡単に勝つとは思っていない。だが、ここまでコケにされると、少しムカつく。
「もー!なんで当たらないの?」
「落ち着いて、ななえお嬢様。今までチャンピョンに攻撃を与えた人達は、達人の中の達人たちだけだよ。ななえが落ち込むことはないですよ。」
とある夜。
何週間も経って、私は一向に金髪妹に触れたことがない。
この中学校の授業の中に、「練武」と「体強」の授業はとても少なく、「練武」は一週間に2回、「体強」は3回しかない。仕方なく「体強」のない日は自主練をして、「練武」の時はひたすらに金髪妹に手を出しまくった。
それでも届かない。
一定の量の鍛錬を超えたら、ゴリラが自動的にチェックしに来るので、その度に体を触られる。
確かに自分でも強くなった気がするが、金髪妹に勝たないと意味がない、触られ損だ!
「タマ、何か案ある?」
「そう言われましても、チャンピョンが反応する前に攻撃を届かせれば、としか思いつかない。」タマは実に当たり前のことを言った。
「もー!タマは役に立たない。モモ、何かいい案ある?」
「はーい。不意打ちをすればいいと思いますわ。」モモは汚いアイデアを出した。
けど...
「もうしたよ!何度もした。それでも届かないから、悩んでいるじゃない。」
汚い手は使い尽くした。
食事中、帰り道中、トイレ中...
それでも避けられるだけ、「トイレ」の時でも!
信じられるか。
確かに一番目の個室に入ったのを見たのに、ドアを開けたら、もう二番目に個室に移っていた。
お化けのようだ。
「それ以外にないの?」
そう聞いたら、タマもモモも黙って喋らない。二人と比べて、IQは私の方が上みたいだ。
「はぁ...もういい。いつか届くでしょう...今日は寝る。」
私は布団に潜り、二人に出て行くように手を振った。
「お役に立てず、申し訳ありません、お嬢様。」
「あはは、ま、そういう時もあるわよ。ではでは、おやすみなさい、お嬢様。」
「おやすみなさい、ななえお嬢様。」
「うん、お休み。」私は返事した。
ドアが閉めた音がした。
それからしばらくして、窓が開く音がした。
「こんばんは~、久しぶり~。」
色っぽい音色が響いた。
「久しぶりじゃない、ティシェ。今までどうして会いに来なかったの?」
「少し野暮用で、来れなかったよ。」そう言って、ティシェは何故か唇を舌で潤した。
そのエロい仕草に、少しドキッとした。
「今日は、ななえちゃんの近況を聞きに来た。どう?新しい生活は?」
彼女は少し変な言い方をする。
「学園生活はあまり楽しくない。」
「というと?」
少し迷ったが、私は素直に彼女に自分のことを教えた。
長い話が終わり、彼女は少し考える仕草をした。
何故か彼女は考え事をする時、指を咥えそうになるほど指を口につける...
「ななえ、一つ質問があるのだが...」
うん?なんだろう。
「どうぞ?」
「君は女の子が好きなのか。」
は?
「それは、『同性愛者』という意味なのか。」
ティシェは私を見て笑うだけ、真面目に答えてくれない。
「いやいやいや、私は別に『同性愛者』じゃないよ。なぜにそう思う?」私は慌てて答えた。
「見ちゃったのよね、ある夜の記録を...」ティシェは目を半開けして、私を見て笑った。
何の話だろう。
いやな予感がする。
「あの夜、一人のメイドが跪いて、ご主人様の足を舐めていた。そして、その後、そのご主人様は...」
私は嫌な寒気が感じた。それを彼女が敏感に感じたようだ。
「思い出したようだな、ふふ。」ティシェは楽しそうに笑った。
「次の相手は、話に出てきたあの金髪ちゃんなのか。」追い打ちをかけられた。
「いや、私はそのような気持ちで...」
なぜだろう。反論すればするほど、誤解が深まる気がした。
そして、ティシェの楽しそうな顔を見て、自分が揶揄われていたことに気付いた。
「楽しい?」
一気に不機嫌になった。
私は揶揄われるのが嫌いらしい。
「あら、もう怒ったの?余裕がないね。」
その通りだと思った。
一回深呼吸して、少し心を落ち着かせた。
「私は『同性愛者』じゃないと思う。多分...」
「でも実際、君は男に殆ど興味を持たず、女の子とだけ話していたよ。どうしてなのかな。」
間違いない。
ただの偶然だと思うが、別に周りに色んな男はいた、その気になればいつでも男性と話せる。
しなかったのは、やはり「同性愛者」だからか。
「女の子はいいよ。かわいくて、きれいで、やわらかくて、すべすべで、いいにおいがするよ。」
ティシェは私をからかいながら、体を、顔を近づいてくる。
流し目で私を見て、挑発的に指で唇を押した。
その仕草に興奮した。その同時に恐怖した。
「私と一緒に来ないか。楽しい世界に会えるよ。」
その言葉の意味が分からなかった。ただ、ここでイエスを答えてはいけないと思った。
そして考えた。
考えて考えて、一つ言い訳を思いついた。
「私は別に『同性愛者』ではない。ただ男が苦手なだけだ。」
「そう来たか」とティシェが呟いた声が聞こえた。
やはり揶揄っているな。わかっていた。
「あのね、ティシェ。私は貴女が自分の友達であってほしい。でも、もしあなたにとって、私はただのおもちゃなら、縁を切らせてもらうよ。」私ははっきり自分の意思を彼女に伝えた。
そしたら、彼女の顔に見たことのない残酷な笑みが浮かび上がった。
「私を脅しているの?あはっ。」
ドキッとした。
だが、今回は恐怖からのものだった。
私は直感で気付いた。
自分は怒らせてはいけない相手を怒らせた。
そして、「俺」が恐怖の直後に感じた感情は、怒りだ。
まるで恐怖から逃げるために、私は怒った。
理由もなく、原因は曖昧...
私はティシェに向かって、怒りを見せるように彼女を睨んだ。
暫く時間が経って、ティシェがいきなり弾けた笑顔を見せた。
「もーう、怒り顔も可愛いよ、ななえ。怒る気も失せたじゃないか。」
何故か彼女は私の頬を掴んで、左右にひぱった。
私は彼女の両手を掴み、離すように力を入れた。その同時に、「何するのよ」を言うつもりで声を出したが、変な喚き声になっていた。
私の頬を存分に虐めたティシェはようやく手を放したら、そのまま窓に向かって私から離れた。
「今日はこのくらいで許してやるよ。バイバイ、ななえ。」そう言って、ティシェが私に向けて手を振った。
私はそんな彼女を見て、呆然と「バイバイ」と言って、手を振った。そして、彼女は後ろに倒れるように窓を出て、月に向かって飛んでいた。
自分が楽しめたら「もう充分だ」とすぐに帰る。人のことなど全く気にしない。
自分勝手な人だ。
...
私が怒っても、可愛いと思われるだけなのか。
少しショック...




