第十節 変態①
醜い蛹が蝶になるように。
それは、ある日の放課後のことだった。
タマはタイミングよくお腹を壊し、今はトイレに籠っている。私はタマを待ちながら、帰りの準備をし、靴箱のそばにいた。
靴箱を開ければ、タマに盗撮写真が入っているが、もはや気にもならない。
例え見られたくないところを見られたとしても、身体的被害はないので、もう盗撮犯に好きにさせている。
「豪気だわ」とモモに皮肉に言われたが、それも気にしないことにしている。
だが、今日はいつもと少し違うんだった。
今日は「体強」がないので、いつものように何周グランドを走ってから帰るつもりだったが、靴箱の中に入っていた一通の手紙が私の予定を狂わせた。
「大事な話がある。屋上へ来てください。」
たった二句しか書かれていないその手紙は何故か私の心をときめかせた。
え?なにこれ?ラブレター?
もう後2週間で卒業だから、その前に気持ちを伝える的なもの?
嫌だもう、恥ずかしい...
まぁ、普通に断るけど、一応相手の顔を見てから、その後で決めよう。
少しわくわくした気分で、私は屋上へと向かった。
この中学校には北と南の両側に上り階段があるが、屋上へ行けるのは南の階段だけ、北の方の階段の先には保健室があり、初日には世話になった。
あの時はただひたすらに人のいないところを目指して北の階段を走って上ったが、まさか屋上へ行けず、保健室にたどり着くとは思わなかった。もし、南の階段を上って屋上まで行ったら、私、そのまま屋上から飛び降りるのだろうか。
今となってはどうでもいいことだが、この作りに助けられたのかもしれないな。
遂に最後の階段が目の前にあった。
ここまでずっとほかのことを考えて心を落ち着かせていたが、最後の13段になったら、ドキドキが一気ピークに達した。
なんだこれ?ただ「ごめんなさい」を言いに行くだけだろう?何をそんなに緊張することがある?
だけど一段を上る度に、胸の鼓動が激しくなり、とっても落ち着かないんだ。
落ち着け!落ち着け、私!別にイケメンを期待している訳がないから、いきなりブサイクが現れるかもしれない!期待が大きければ大きいほど、失望の度合いも大きい。
だから、私は決して期待しない!期待しない!
はぁ...はぁ...
よし、後9段、上るぞぉぉぉぉ...
突然、私は誰かに後ろから抱き付かれて、口を塞がれて連れられて行かれた。
いきなりのことで、私は酷く怖く感じた。何とか逃げられるように全力で抵抗したが、相手の力に全く勝てず、そのまま保健室まで連れて行かれた。
保健室の中に投げ込まれて、床に座り込んだ。「カチッ」という音を耳にし、ドアの方に目を向けた。
そこに知らない男性がいた。
「誰?」
何故か寒く感じて、私は自分の肩を掴んだ。全身が意味もなく震えて、別の意味のドキドキが止まらなくなった。
「ななえ?僕を忘れたのか。僕だよ。貴女の恋人の|彰人≪あきと≫だ。」
目の前の男性は私の知り合いだと語っていたが、私は彼を知らない。
私が返事をしなかったことに苛立ちを覚えたか、男性は私に一歩近づいた。
「僕はいつもお前を守っていた。覚えていないの?」
彼には申し訳ないが、私は記憶をなくしている。彼のことを覚えていないし、正直これ以上近づいてほしくない。
「ごめんなさい。私は貴方を覚えていません。」私は彼に真実を告げた。
もし、彼は私の恋人なら、私は彼に謝らなければならない。記憶をなくしたことをただ「意地」という理由でみんなに隠したことが、きっと様々な人間に迷惑をかけていた。
彼はその中の一人だから、ちゃんと謝らないと...
「私は...」
しかし、私が謝る前に、私の想像と違う事実が、彼の口から語られた。
「そんな...そんなの大丈夫だよ。ちゃんと写真に残っていたから、きっと見れば思い出せる。」
彼はそう言って、私に多くの写真を見せた。
その写真は...「盗撮写真」だ。
「ほら、これは貴女が運動会の時、皆に手当をしていた時の写真。これは『練武』の授業に、隅に体育座りをしていた時の写真。ずっと見せていなかったが、これは入学式の時、貴女が新入生代表として演説していた時の写真...」
彼は「これも、これも」と言って、私に写真を見せ続けた。しかしその写真達の中に、私がカメラ目線の写真は一枚もない。
全部、盗撮写真だ。
「貴方は誰?」
彼のことを恐ろしく感じた。
彼は間違いなく、未だに捕まれていない「盗撮犯」だ。
写真の中にきわどい角度の写真もあった、かなり近距離の写真もあった、きわどい角度でかなり近距離の写真も勿論あった。
いったいどうやって撮ったのもわからないし、今それはもはや問題ではない。
こんなところでこんな写真を見せた彼は、一体私をどうしたいんだ?
「僕は悲しいよ。僕はずっと貴女のことを見守っていたのに、貴女は僕のことを忘れてしまって、一人で強くなろうとした。僕は貴女に証明した!僕は貴女をいつでも見つけられる、貴女を守ってあげられる人間だと...なのに貴女は、いきなり体を鍛え、一人で強くなろうとした。貴女は弱くなければならないんだ!僕に守られるほど、ずっと弱いままでなければならないんだ!どうして一人で強くなろうとした?どうして僕に頼ってくれないんだ?こんなにも貴女のことを思っているのに...僕の気持ちを、裏切らないでくれ。」
彼は私に訴えた。
強く、強く、私に自分の気持ちを訴えた。
しかし、私はどうしてもわからない。
彼は一体私に何を伝えようとしているのかを...
私はひたすらに彼を怯えていた。近づいてくる彼を見たくなくて、顔をそらした。しかし、それでも、彼の声が私に彼の居場所を伝えてくる。残酷に、彼が私に近づいてくることを教えた。
「僕はこんなにも貴女のことを慕っていた。僕の気持ちを、受け入れてくれない?」
彼の声が耳元で響いた。その言葉に当てられ、全身に悪寒が走った。
「いやだ!」
私の体が跳ねるように後ろへと転んだ。だが、実は私は、自分でもわからない内に、壁の近くまで下がっていた。その為、跳ねた私の体が思い切り壁にぶつかり、肩を痛めてしまった。
「ああもう、激しい運動は駄目だろう!ほら、肩を見せて。」
彼はそう言って、私の服を脱ごうとした。
私は全力で抵抗した。しかし彼は「わがままを言わないで、早く手当をしないと、傷が残っちゃう」と言って、私の服を破けた。
私は瞬く間に彼の目の前に下着姿となって、彼に素肌を晒してしまった。身を守る両手も無力を喚き、震えていた。
私の両目は彼をしっかりにとらえて、彼の次の行動を警戒していた。そしたら、彼は私の赤くなっている肩に近づき、そのままそこを舐めた。
「消毒には唾液が一番だ。」彼はそう言った。
私は知っている。
彼の行動は決して「消毒」のための行動ではない。
何せ私の肩は赤くなっているけど、別に怪我をしていない。
擦り傷一つもないところに、消毒はいらない。
彼はただ、私の肩を舐めたかっただけだった。
もうどう抵抗しても無駄だと思い、私は目を閉じた。
時間が早く過ぎることを、私は祈った。
ただ、祈った。
祈って、意識を手放した。




