第七節 眠り①
新しいメイドと出会い。
大怪我した。
早苗さんはうるさくて怖い。
「お嬢様!玉藻ちゃん!」
屋敷に後もう少しなところ、誰かに大声で呼ばれた。
声の方向に視線を向けると、そこには一人ウサギの耳をしたメイドがいた。
「お帰りなさいませ、お嬢様、玉藻ちゃん。」
そのメイドは私たちの前まで走ってきて、その後一礼をした。
「ももこ?どうしてここに来た?」タマは不思議そうに聞いた。
「あはは、庭で『爺』を苛めていたら、いきなりお嬢様と玉藻ちゃんの笑い声が聞こえてきてびっくりしたわ。一日で随分仲良くなったなといじりに来たわ。」メイドは答えた。
そのメイドはタマより少し背が小さく、常に愛想笑いを浮かばせていた。肌は今まで出会った人の中に一番白く、きめ細かい健康的な肌だ。珍しく赤の瞳をしている彼女はウサギの耳を生えていた。
「タマ、この人誰?」人見知りを完全に抜けてない私はタマに「ウサギメイド」のことを聞いた。
タマはすぐ私に答えようとしたが、「ウサギメイド」が先に返事をした。
「初めましてお嬢様。あたしはラビットの高村 桃子と言います。気軽に『モコ』と呼んでください。」
ラビット?種族名だよな。
ラビットって確か、うさぎ...だよな。
だから「うさみみ」なのか。
「『モコ』?そのあだ名、初めて聞いたけど...」タマが先に答えた。
「嫌だな、玉藻ちゃん。これは変なあだ名がつけられる前に、先に自分でつけるという被害を最小限にする高等な策略に決まってるじゃない。」
ペラペラと喋りだす彼女は私に失礼なイメージを持っているようだ。
「こらっ!桃子。お嬢様に失礼でしょう?」タマが代わりに怒った。
「もこさん」はいきなり背を少し曲げて、私に向かって涙目で上目遣いして、私に懇願した。
「お嬢様、申し訳ございません。このモコめ、まだ上手く敬語を話せないのです。どうかご寛大なお心で、下賤なわたくしをお許しくださいませ。」
滅茶苦茶上手い敬語を使いながら頭を少し傾けて可愛さをアピールする。なんだか楽しそうな人のようだ。
「ごめん、ななえ。桃子は時々人をからかうので、あまり気にしないでください。」
別に怒っていないけど、タマは「もこさん」の代わりに謝った。
「玉藻ちゃん、お嬢様の前なのに敬語を使ってないわよ。」今回は「もこさん」が不思議そうにタマに聞いた。
タマはすぐ敬語で謝ってきたが、私はそれを止めて、「もこさん」に事情を話した。
「敬語を使わないように言ったのは私だ。タマを責めないでくれ。」
「仲が良すぎますわ」と呟いた「もこさん」。聞こえてますよ。
「はい、お嬢様、あたし!」「もこさん」はいきなり手を上げた。
私はそのノリに乗って、「どぞ」と言った。
「玉藻ちゃんに免じて、あたしのことも『モコ』と呼んでくれません?」
別に「モコ」と呼んでも構わないが、なぜタマに「免じて」だろう。
「二人は仲、いいのか。」タマに聞いた。
「ええ、彼女は私が言っていた同僚、そして私の親友です。」
タマは恥ずかしながらもはっきりと「親友」と言った。いいなぁ...
「お互い耳がいいから、相手の裏口を叩いたら絶対すぐにばれるわ。だから、しょうがないので親友になったわ。」モコがそんなことを言った。
え、なにその知りたくない情報!親友ってなに?
「はぁ...」タマがため息一つついて、「ごめん、ななえ。桃子はよく人をからかうので、あまり気にしないでください。」
モコが私を弄っていたのか、なるほど...
でも、もしかしたらタマの一方的にモコを友達と思っているだけかもしれない。
それは、ちょっと嫌だな。できれば本当の親友であってほしいよ、二人には。
「モコ、タマのことが好き?」
「え?あぁ、うん...はい、そうですけど...」
私の突拍子のない質問に流石に戸惑いを見せたモコは質問の意図を掴めず、生返事をしてしまった。
「よかった。これからもタマの親友でいてください。」
予想外な質問に対してすぐ返した答えは大体本心から来たものだと思うので、私は少し安心した。
「ほんと、なんでこんな筋肉バカと仲良くなっているの?」モコは呟いた。
筋肉バカ?
その言葉を私と同じ聞き取れたらしいタマは「違うよ!そんなに筋肉付いていないよ」と何故か否定に一生懸命だった。
別に気にしていないよ。
が、モコはそのネタをすぐ終わらせないつもりらしい。
「玉藻ちゃんはすごいよ!筋肉の付き方半端ないから。ほら、あの腕の筋肉。」
モコにそこまで言われて、少し興味が沸いた。私を支えている腕に触ってみて、よくわからないという感想が出てきた。
「そんなことしてもわからないわよ、お嬢様。玉藻ちゃんに力を入れてもらわないと、筋肉も出てこないわ。」モコは言った。
「そんなことをしたら、ななえを痛くするでしょう?」タマがすぐ返した。
「お嬢様は玉藻ちゃんの筋肉が見たがっているわよ。」モコが返した。
「この状態じゃ無理だよ。」タマも返した。
「変えればいいじゃない?」モコが返した。
「どうやって?」タマが返した。
「お嬢様をこっちに渡して、その後に玉藻ちゃんの筋肉を見せればいいわ。」モコが返した。
二人はとても仲がいい。そして私は力を入れなくても抱えられるほど軽い。逆に力を入れたら、私を痛くすると思われている...
喜ぶべきか、悲しむべきか...
「お嬢様!」モコの声がした。
「お嬢様は玉藻ちゃんの筋肉を見たいわよね。」
何故か私が筋肉フェチにされた。
別に筋肉が見たいわけじゃないけど、モコがすごい目つきで睨んで来たから、「うん」と言った。
何か理由があるのだろう。
モコがすぐタマの後ろに回り込んで「お嬢様はこう言っているわよ」と言い、タマから無理矢理に私を「奪った」。
力がまだ完全に戻っていない為、私はされるがまま、モコにお姫様抱っこにされて、タマの前に来た。
目の前のタマははずかしそうに自分の袖を巻き上げて、自分の二の腕を見せた。
その腕は拳を握るだけで、引き締まった筋肉が現れた。試しに触ってみたら、「固い!」と思った。
こんなに硬くなったら、血管切れたりしないのかな。
「ほら、すごいでしょう。筋肉バカでしょう。」モコが興奮気味で言った。
筋肉バカ...
確かに、すごい「筋肉」だし、本人も自分のことを「バカ」と言っているし、筋肉バカと言えなくもない。
「もういいでしょう。ななえをこっちに返して。」タマは袖を戻して、モコに向かって両手を伸ばした。
お姫様抱っこをするつもりだな。
「えぇ、やだ。もうちょっとお嬢様を抱きたいわ。」しかしモコはそれを拒んだ。
「何を言っているの?早くななえをこっちに渡して。」タマが一歩前に進んだ。
モコが一歩下がって、「ほしければ奪ってみて」と言って、いきなり空高く跳んだ。
下にいるタマがどんどん小さくなって、地面が私たちから離れていく感じがした。
あまりにもあり得ない光景を見て、私は時間を長く感じた。そしてようやく止まった時、私はモコに抱っこされたまま屋敷の屋上にいた。
「あぁ、お嬢様だわ。可愛くて抱き心地のいいお嬢様だわ。いい匂い。」モコはそう呟きながら、私に頬ずりをしてきた。
する方は楽しそうだけど、される方はあまりいい気分じゃない。
「ねぇ、楽しい?同性の顔に顔をぶつけて楽しい?」
「楽しいわ。お嬢様の肌はすべすべで柔らかくてとても気持ちいいわよ。」
モコは私に気にせず、痛くなるくらいに力を入れてきて、私の体を抱きしめた。
はぁ、成程、ようやくわかったよ。
恐らく多くの人にとって、私は「ぬいぐるみ」みたいなものなのかもしれない。
ストレスの解消にできるおもちゃ、本気で抵抗しても逆らえないほど弱い者。都合のいい人間だ。
逆らう気力もないので、モコに好き勝手にされていた。暇なのでとりあえず下を見た。
上から屋敷を見下ろすのは初めてだ。半分くらいしか見えないが、なかなか見素晴らしい。
下にタマの姿はもういない、恐らく階段から駆けつけて来る途中だろう。
放課後になったばかりだから、「寮生」が続々と屋敷に戻ってきている。制服が私のと全く違い、「高校生」の制服だろう。そして、意外なことに屋敷に入ってくる生徒は男女どっちもいる。半々ではないみたいだが、男子も屋敷に来るのは少し驚きであった。
屋敷は住まう部屋以外、庭があって、池もある。家庭菜園っぽい場所に「爺」が黙々と農作業をしていた。結構かっこいい老紳士っぽい「爺」にとって少し似合わない光景だ。
「モコ。」
「何ですか、お嬢様。言っておきますが、玉藻ちゃんが駆けつけて来るまでやめないわよ。」
そこはもう諦めているよ。
「『爺』の名前はなに?」
敢てそれだけを言った。しかし予想外に、モコはすぐ答えてくれた。
「『爺』?名前ないわ。」
名前がない!?
いや、珍しいことじゃないだろう。
早苗さんだって苗字はないし、名前のない人もいるでしょう。
――「早苗」じゃなくて「メイド長ちゃん」...いや、頭の中までそれに拘ることはない――
「ねぇ、モコ。『爺』のところに行って。」
「うん?どうしてです?」
「特に理由はない。」
「別に行っても面白くないわよ。」
「いいの。『爺』のところに行きたい。」
ちょっと気になることがあるだけ。
モコはそれ以上に聞いて来なかったが、すぐに行く気はないらしい。しかしタマの方はすでに屋上に来た為、モコは思い切り「爺」のところに向けて跳んだ。タマから逃げるついでに。
又も放出されたような感覚がした。モコの体温を感じていなかったら、もしかして恐怖していたのかもしれない。
だが、今はとても楽しい。空を飛ぶような感じだ。とても気持ちがいい。
っと、着地した瞬間に、私は後悔すらできない内に、心臓が、内臓が押しつぶされる感覚に襲われ、そのあまりにも大きすぎる圧迫感によって、私は口を開いて、そのまま中のものを吐き出すように、血を吐いた。
そして、私の思考が止まり、周りのことを知覚できず、気絶した。
目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。
部屋の外少し騒がしいので、耳を傾けば、早苗の怒鳴り声が聞こえた。
「お嬢様は早い馬車を乗れば酔い、階段で転んだら怪我するようなか弱い方なのですよ!それなのに何の対策もなく、お嬢様を抱えて20メートルも高い屋敷の屋上から飛び降りるという愚行、『もう天国に逝きたい』と受け取ってもいいんですね。そもそも貴女達は付き人に向かない。一人は『壊す』ことに関してのスペシャリスト、もう一人は調子に乗れば絶対ミスするお転婆娘...正直に一生お嬢様に遭わせたくない二人が、何の因果か、お嬢様の退院した次の日にどっちも遭っちまった。もし『爺』が隣にいなかったら、お嬢様は...考えるだけでも恐ろしい。私はここで貴女達に一つ約束しよう。もし、お嬢様はこのまま目を覚まさなかったら、貴女達を私自らお嬢様のところに送ってあげよう。いや、やはりだめです。あの世でお嬢様に迷惑をかけられたら困るので、きちんと四肢を切り落としてから逝かせる。私もすぐそっちに行くので、貴女達がお嬢様に迷惑かけられないように隠れて監視する。あの世はどのようなところはわからないが、貴女達がお嬢様に迷惑をかけたら、いかなる手段を用いても、貴女達にもう一度死を味あわせよう。」
...怖い...
早苗の声に聞こえるが、あれは早苗じゃないよね。
叱り、なのかな...死刑宣告してるように聞こえるが...
敬語を使ってないから、早苗じゃないのかも...
私はベッドの隣の机に置いてたベルを取り、軽く振った。そしてすぐ、ドアが開かれ、早苗が入ってきた。
ちらっと見えたけど、タマとモコが廊下で正座している...いや、「させられている」。
「お嬢様、お体はもう平気ですか。」
いつもの早苗さんだ。
「えぇ、多分平気。」
正直、今の私はすごく眠い。でも目を閉じても何故か眠れないから、とりあえず起きた。
それが早苗にばれたみたい。
「ごめんなさい、お嬢様。先ほどの死に掛けたお嬢様を救う為に、『爺』が|治療薬≪ポーション≫をお嬢様に飲ませました。一時的にご気分を悪くさせてしまいますが、全てはお嬢様の命を救う為の致し方ない処置なので、どうかお許しください。」
ポーション?懐かしい響きだが、どういうものなのかがわからない。
「私、死に掛けたのか。」
「はい。副作用を伴う処置ではありますが、おかげさまで何とかお嬢様を助けることができました。」
なんだか頭が上手く回らない。
「ごめん、メイド長ちゃん。一から説明してくれない?」
早苗はすぐに答えなかったが、私の手を握り、優しい口調で説明してくれた。
「お嬢様がウサギの耳をつけている一人のメイドに抱えられている状態で、屋敷の屋上から『落とされた』。着地の衝撃で恐らく内臓が破裂し、そのまま吐血して気絶しました。このままではお嬢様が死んでしまうので、お嬢様を助けるために、『爺』が日頃持ち歩いていた治療薬をお嬢様に飲ませ、何とか一命を取り留めました。その後、高村がお嬢様を部屋へ運び、寝かせました。私は後で猫屋敷から話を聞かされ、今あの二人を叱っています。」
早苗はそれで「丁寧に」説明したつもりでいるので、仕方ないので自分が疑問を感じたと思うところを聞くことにした。
「私はモコ...『ウサギメイド』に抱き抱えられているはずだが、着地の時彼女は無事なの?」
「高村のことでしたら、彼女は高い『衝撃耐性』を持っているので、無傷です。」
「抱えられている私の方はどうして重傷を負ったの?」
「カメレオンの種族に特別な『耐性』を持っていません。何の処置もなしで高いところから落ちたら、例え誰かに抱き抱えられても、衝撃を完全に消すことは出来ません。」
「昨日、メイド長ちゃんと一緒に3階を跳び下りた時はどうして無事なの?」
「その時の私はお嬢様を何回も軽く上に投げて、また受け止めてを繰り返ししたから、お嬢様に怪我をさせずに済みました。」
全く気付かなかった。
さて、次の疑問に入ろう。
「ポーションはなんだ?」
「えっ、お嬢様。ポーションのこともお忘れになったのですか。」
いや、薄らに記憶に残っているが、どこまで憶えているのが怪しいので、「うん」とだけ返した。
「ポーションは傷を治す治療薬...」早苗は一回言葉を止めて、何かを考えることになった。
そして...
「お嬢様。今から私は、本当に『一から』お嬢様に説明します。かなり長いので、どうか最後まできちんと聞いてください。」
そう言って、早苗は何故か外に出て、タマとモコを部屋に入れた。
「今後のお嬢様の世話に関する様々な注意点をこの二人にも理解させるために、二人の同席をお許しください。」
「わかった。」
早苗は「同席」と言ったけれど、ベッドに横たわっている私と違って、タマ達は床に正座させられている。
...可哀想に。
「お嬢様。まず、魔力は世界のどこにでもある。水の中、大地の中、空気の中...それらはとても稀薄で、人体に影響はないけど、極度に密集する場所がところどころにあります。それらを魔力点と呼び、大掛かりの魔法をそこで使える。そして、命あるものは長い間そこにいたら、巨大な力を手に入れます。命のないものでも、何百年も魔力を浴び続けたら偽りの意思が宿り、動くようになります。そこで、お嬢様が気を付けるべき一つ目のことは、お嬢様自身がそこに長く居てはいけない。その理由はお嬢様の特殊な体質にあります。お嬢様は生まれた時に魔力は全くありません。妹君に無理矢理に『生命維持魔力』の樽をこじ開けたが、魔力許容量は高くありません。その上に、『使用可能魔力』の樽がありません。もし魔力点に長く居続けたら、許容量を超える魔力がお嬢様の『生命維持魔力』の樽を毀し、つまり、お嬢様を殺してしまうということです。ポーションも実は単に『生命維持魔力』のみを補充する飲み物ですから、本人の限度を超えたら、少しずつに外に放り出されます。その時の『本人』は必ず気分が悪くなります。ここまでが一つ目の『注意事項』です。」
ほほーう、なーるほど。
タマ達の方は...足痛そうだな...
「次に、人体は自然から魔力を吸収するけれど、大体な場所では魔力吸収速度が肉体の消耗速度を下回る。その代わり、睡眠をすれば魔力の消耗速度を落とせます。食事をとれば限度を超えるほどな魔力を補充できます。そこで、お嬢様が気を付けるべき二つ目のことがあります。」
早苗の話は長いな。
そういえば、モコはラビットだそうだ。「ラビット」って、やっぱ「ウサギ」だよな。
タマはケットシー...「けっ・歳」?ありえないか。じゃあやはり、「ケット・シー」だよな。「シー」の意味は分からないが、「ケット」は「猫」だろう、猫耳だし...
「普通の人は食事を取り過ぎてしまう場合、『生命維持魔力』限度を超えた分の魔力はそのまま『使用可能魔力』へと変わり、害はありません。しかし、お嬢様は『使用可能魔力』をありませんので、食事を取り過ぎた場合、気分が悪くなります。もしそれ以上に食事を取ると、吐くか、下手すれば死ぬこともあり得ます。ここが二つ目の『注意事項』です。」
タマとモコの種族名はどっちも何かの動物の名称だったから、カメレオンも何かの動物だろうか。
カメレ・オン!
かっこいい?セリフになったけど、絶対違う。カメならわかる、その後のレオンがわからない。
レオン...レオン...ライオン?獅子か!
でもちょっと無理矢理な気がする。
「そして、人には見えない『体力』という第三のステータスがあります。これは魔力と違って、外界の影響を受けない、人間と動物のみが有する特殊な『力』です。この力は食事を取る時に消耗し、睡眠・休む時に補充されるという魔力と真逆なものです。しかし、体を動かせば、必ずこの『体力』というものを使います。それは魔力を消耗し、魔法を発動する時でも同じ、少ないけれど必ず消耗するとても重要な『力』であります。ここで、お嬢様が気を付けるべき三つ目のことが出てきました。」
どっかの王様の名前が「レオン」のような気がする。そして、動物の王様といえば「獅子」でしょう。だとしたら、「レオン」はやはり「獅子」を指しているだろう。
「普通の人ですら『体力』がなくなれば疲れ、倒れてしまいます。疲れ果てて死んでしまうこともあり得ます。けれど、『体力』は魔力を使えば補充できます。いざとなれば魔力を使い『体力』を補充すればいいですので、魔力が尽きない限り、『体力』も尽きることはありません。しかしこれはあくまで普通の人の場合、お嬢様の場合はそうではありません。『体力』の補充は基本『使用可能魔力』を引き渡すけど、お嬢様には『使用可能魔力』がございません。代わりに『生命維持魔力』を渡せば、生命維持ができなくなって、死んでしまいます。それでは元も子もありませんから、誰もそんなことをしません。ですから、『使用可能魔力』をお持ちでないお嬢様には『体力』を補充することができません。疲れたらきちんと休憩を取って、『体力』の回復を待つしかありません。これが三つ目の『注意事項』です。」
カメレオン、亀と獅子...それは亀のように鈍い獅子のことだろうか。それとも獅子のように毛の長い亀なのだろうか。
毛のある亀いねぇだろう。
自分で自分にツッコミを入れた。
ちょっと戻りまーす。
...それとも獅子のように恐ろしい亀なのだろうか。
よし、完璧だ。
「お嬢様。私の話、聞いていました?」
「え?」
早苗はいきなり声をかけてきた。
しかし、私は冷静にそれを対処した。
「勿論です。」
笑顔で答えました。
抜かりはありません。
丁寧語を使ってしまったのはただの愛嬌です。
「では、先ほどの私は一体何をお伝えしました?」
ほほーう、そう来たか。
だけど、「抜かりはありません」。
「要は:パワースポットに行かない・食べ過ぎない・適度の休憩、でしょう?」
私はその時初めて早苗の驚き顔を見た!まだ二日目だけど...
「...端的に言えばその通りでございます...」
早苗の後ろにタマとモコが小さな笑い声を出しているが、気づいていないっぽい。それほどショックなことだろうか。
「お分かりいただけましたようなので、私もこれ以上何も言いません。ただ、例え誰かが一緒に同じことをしても、お嬢様のお体でその人と同じ芸当ができると思わないでください。申し上げにくいことですが、はっきり言いますね。お嬢様は自分のか弱さを理解しなければなりません。理解した上で自分を守るようにしてください。私たちメイド隊はお嬢様を守るためにあるので、ただの盾・便利道具と思って頂いても構いませんので、ご自分のことを第一に考えてください。」
...
少し前から思っていたことだけど、メイド長ちゃんは少し口うるさいところがあるな。
同じことをネチネチ・ネチネチと繰り返して言う。
メガネもかけているので、語尾に「ザマス」を付ければどうですか。似合うと思うよ。
言わないけど...
「それではお嬢様、時間も遅いですし、私はこれで失礼いたします。二人とも、挨拶を済み次第、素早い退室をお願いします。では、よき夢を。お休みなさいませ。」
そう言って、早苗は部屋を出て行く...
「猫屋敷さん。お嬢様への挨拶を済ませましたら、きちんと私の部屋へ来なさい。お嬢様の弁当を忘れたことはまだ話があります。」
...の前に、タマにだけ不吉な言葉を残した。
弁当?昼のあの弁当なのか。
成程。なんとなく読めた。
つまり、実はタマが私の今日のお弁当を忘れて、それを私に気付かれる前に早苗に報告した。今日のお弁当は早苗が後から持って来たものであって、タマが携帯していたものではない。
そんなところかな...
私がニヤニヤしていたから、それをタマに気付かれていたようで、タマの顔が少し赤くなっていた。
それをさておき。私に詫びるために、タマとモコが正座をやめて、私の近くに来た。
二人とも正座で足が痺れていたみたいで、歩く時、少しよろけていた。
「ななえ、ごめんなさい。守ると言ったのに、できなかった。もっと気を付けるべきでした。」
タマはとても真面目に謝った。
「ごめんね、お嬢様。うっかりしちゃったわ。」
それと違って、モコは逆に気軽に「謝った」。
「桃子、ちゃんと謝って。誠意を感じられないよ。」タマが代わりに叱った。
「いやぁ...これでも結構『わりぃ』と思っているわ。ごめん。」モコはそれでも不真面目だ。
「ごめんね、ななえ。桃子も別に悪気はなかったよ。許してあげてください。」タマが代わって謝って来た。
それは分かっている。悪気があったら、今頃警察に突き出していた...
いや、私は多分そう言うことをしない。何故かは分からないが、私は別の方法で罰するだろうか。けど、どう罰するのは分からない。
それはともかく、確かにモコの言葉から誠意を感じられない。別に気にしていないけど、流石にそういう態度はだめだろう。
「あはは、ごめんね、お嬢様。許して。」
「桃子!いい加減にして。あなたが余計なことをしなかったら、お嬢様も怪我をしなかったよ。」ちょっと怒ったタマ。
「まあ、そうですわね。私が余計なことさえしなければ、お嬢様に怪我を負わせることもなかったね。ほんと...私が...」
そこからモコの調子がおかしくなった。
「余計な嫉妬を...しなかったら...」
モコは目をそらし、声も段々小さくなっていく。
「お嬢様が...お嬢様が...」
そして、私とタマはモコのすすり泣き声が聞こえた。
その次の瞬間、モコがいきなり子供のようにわーわー泣き出した。
「ちょっ、桃子?泣くことないじゃないか。」タマがすぐにモコを慰めた。
しかし、モコはそれを聞かず、泣くことをやめなかった。
「ごめんね、桃子。ちょっと言い過ぎました。もう泣かないで。」タマはモコの体に触れて、慰め続けた。
この時、「泣いている女の子を慰める10の方法」というものが私の頭に浮かんだ。
なにこれ?
「タマ、モコをこちらに渡して。」私はタマに「命令」した。
タマはすぐにその命令に従い、モコの体を支えて、ベッドの横に来た。
私はモコの頭を胸の中に抱きしめて、その頭を撫でながら、彼女に語りかけた。
「大丈夫だ、桃子。私は大丈夫。怪我は治っている。痛みもない。心臓はこのように動いているし、体温もある。モコは何も悪いことをしていない。怪我した私ももう平気だ。モコは悪くない。もう大丈夫だ...」
私は止まらずにモコの頭を撫でた。撫でながら空虚な言葉を掛け続けた。何故こんなことをしているのは分からない。ただ、こうすれば彼女を落ち着かせると思った。




