No.12 木陰の花
「先生、私…助かるんですか?」
悟が帰り、小口先生に診察を受けてもらっているときだった。
先生は、優輝を真っすぐに見つめながら言った。
「それは、…今の状況では何も言えないけど、きみが“生きたい”と思うかが大切なんじゃないかな。ほんの少しずつだけど回復がみられる。でも、いつ悪化するか…」
点滴を見つめながら優輝は思った。生きられる確立は――…低い。
先生は変に気をつかったりしないで、真実を言ってくれる。優輝はそれが嬉しかった。
先生が病室から出ていって、優輝はひとり窓の外を見上げた。鳥がはばたくのが見える。
「そういえば、“翼をください”っていう歌があったな…」
この歌を作った人には娘がいて、もうあと数日の命だった。
歌の作者は娘に聞いた。何が一番ほしい?、と。すると、娘はこういった。『翼がほしい。鳥のように飛んでいきたい…』
その翌日、娘は亡くなった。その日、病院の天辺を真っ白な鳥がくるくると三回、回って、遠くに飛んでいった…
これは、小学二年のとき、音楽の先生に聞いた話だった。なぜだか、ずっと覚えてる。
「♪今、私の 願い事が 叶うならば、翼が〜…」
優輝は、歌いながら考えた。娘は、鳥になれたのかな?その、白い鳥だったのかな…なれて幸せだった?悲しみのない空に飛んで行けた?
私は、ここにいたい…みんなと一緒にいたい。それは、願っちゃいけないこと?もし、私が願うことでみんなが不幸になるのなら、私は願わない。
でも、願うことが許されるなら――…みんなと、ずっと一緒にいたいよ…
歌いおわった直前に、ドアががちゃりと開いた。優輝が目をむけると、そこには小さな女の子がいた。
「どうしたの?」
迷子?でも、ピンクの可愛いパジャマをきていた。小児科の子かな?
女の子は、もじもじしながら言った。
「あの…歌が、きこえたから」
優輝はくすりと笑って、おいで、とベッドのそばに座ることをすすめた。
「私、優輝って言うの。名前は?」
すると、女の子は笑顔で
「美咲!」と元気よくいうと、尋ねてきた。
「ねぇ、お姉ちゃん。これから遊びにきていい?」
優輝は驚いたけど、にっこり笑ってうなずいた。
美咲は、本来小学二年生だけど、五歳のときから病院暮らしで一度も学校にいったことがなく、友達もいない。
この子、淋しいんだ…
「いつでも来ていいよ。私も暇だから」
「うん!でも、お姉ちゃんの部屋のなかに男の人がはいるのみたことあるよ。そのときはだめ?」
いつから、私のこと知ってたんだろう?勇気をだして、病室にきてくれたのかな…
悟に、この子を紹介したい、と優輝は思った。確か、悟には同い年の弟がいたはず。
「ううん。そのときも来ていいよ。紹介するから」
それから、美咲は検査があるから病室に戻った。優輝は看護士の原田さんに聞いた。
「あの、東病棟の…鈴宮美咲さん知ってますか?」
原田さんはびっくりしたように答えた。
「ええ。なんで美咲ちゃんのことを知ってるの?」
病室に来たことを話すと、原田さんは驚いていた。優輝は聞いた。
「東病棟…ってことは、悪いんですか?」
病気のことだ。優輝も悪いから東病棟にいる。原田さんは、少し戸惑ったように見えて、でも微笑んで言った。
「大丈夫。…まぁなんでもないよ」
優輝も病院に長くいるからわかる。重い病気のときこそ、大人は適当な言葉を言うのだ。
優輝は、空を見上げた。ずっと飛んでいた鳥が、飛ぶのをやめた。
それをみて、美咲のことを聞いて感じたのは、同情でもなんでもなく、たぶん…諦めだった。
†
美咲は頻繁に、優輝の病室に遊びにくるようになった。
美咲がうける検査は、とても子供じゃたえきれないものがあり、でも美咲は頑張っていた。
「自分のためだからって、お医者さんが、言ってたから」
そう言うだけだったが、本当につらそうなときもあった。優輝は、――自分に言い聞かせるように…言った。
「一緒に頑張ろう。――負けちゃだめだからね」
すると、美咲は微笑んでうなずくのだった。
美咲は、まるで木陰に咲く誰にもしられていない、小さな花のような存在だった。でもその笑顔は、誰よりも輝いてみえた。
「約束。一緒に、退院しよう」
小さな指とかわした約束。でも、その約束は―――二度と、守られることはなかった。




