旅立ち
「あたりの奴らは全員倒した。これ以上、この村で誰かが犠牲になることはないだろう」
目の前の男は、静かにそう告げた。
「……両親も助けてやりたかったが、間に合わなかった。俺の力不足だ」
俺とよく似た顔をした男が、あれほど強かった奴らを倒し、それでも自分の力不足を嘆いている。
何が起きたのかは理解している。村が襲われ、父さんと母さんが殺され、俺はこの男に命を救われた。
それでも、すべてを受け入れるには時間が必要だった。
「……ありがとう。助けてくれて」
男は驚いたように目を見開き、わずかに表情を緩ませた。
「昔の自分はずいぶんと利口だったんだな。両親を失ったばかりなんだ。俺に怒りをぶつけたっていいんだぞ」
「……そんなことしたって、父さんと母さんは帰ってこないだろ」
口にした途端、胸が締めつけられた。
帰ってこない。その事実が、少しずつ現実味を帯びてくる。
「それに、あんた……ひどい顔色してるぞ。ずいぶんと無理をしたんじゃないのか?」
男は何も答えなかった。
「……あんたは、よくやってくれたよ」
「……そうか。ありがとな」
男は困ったように笑った。
「それで、あんたは何者なんだ? ……いや、なんとなく分かるけどさ。あんたの口から説明してくれよ」
目の形も、鼻筋も、赤い瞳も、自分とよく似ている。成長した自分だと言われれば、納得できてしまうほどだった。
「……俺は、未来から来たお前だ」
予想していた答えだった。それでも、実際に聞くと妙な寒気がした。
「邪神の復活を阻止するために、この時代へ来た」
「……改めて聞くと、信じられないし変な感じがするな。それに邪神って、そんな奴がいるのか?」
「今はまだ復活していない。だが、今夜の襲撃も、その復活に関わっている」
「……どういうことだ?」
「その前に一つ聞くが、俺たちは死んだらどうなると教えられてきた?」
「……死んだら?」
突然の質問に戸惑いながらも、記憶を辿る。
「身体は土に還って、魂は他の魂と混じり合い、新しい生命に生まれ変わる……だったかな。でも、ただの言い伝えだろ?」
「いや、事実だ。死んだ妖怪の魂は、幽玄郷の各地にある龍穴へ集まり、やがて新たな生命となる」
男は倒れた村人たちへ目を向けた。
「だが、生まれ変わるまでは、生前の記憶や感情が魂に残る。厄神教は妖怪を殺戮し、負の感情を宿した魂を集めている。それを利用して邪神を復活させるつもりなんだ」
「……じゃあ、こいつらは、そのために村を襲ったのか?」
「ああ。具体的な方法は俺にも分からねぇが、俺のいた未来では実際に邪神が復活した」
「……なんで、そんなことをするんだよ。邪神が復活したら、そいつらだって無事でいられる保証なんてないだろ!」
「分からねぇ。だが、奴らは本気で邪神を崇拝している。俺が戦ってきた連中も、皆『邪神のために』と叫んでいたよ」
「……そんなことのために、村のみんなは……父さんと母さんは……」
握りしめた拳が震えた。
「……ふざけるなよ」
男は黙って俺を見つめていた。
「……邪神が復活したって言ったよな。その後、どうなったんだ?」
「幽玄郷は混乱に陥り、数え切れないほどの妖怪が死んだ。俺も戦ったが、止められなかった」
「……そうか」
男の疲れ切った顔を見て、俺はそれ以上何も聞けなかった。
「だが、今ならまだ間に合う」
男は俺の前にしゃがみ込み、目線を合わせた。
「一か月後、西國の都で厄神教による大規模な殺戮が起こる。俺の知る限り、時期と場所がはっきりしているのはそこまでだ」
「……他の國は?」
「東國や北國も襲われたが、その頃には國同士の連絡も途絶えていた。正確な時期は分からねぇ。それに、俺がここへ来たことで未来が変わる可能性もある」
「……じゃあ、これからどうするんだ?」
そう尋ねたとき、目の前の男の身体から淡い光が放たれ始めた。
「……時間みたいだな」
「おい……大丈夫か!?」
「ああ、痛みとかはない。ただ、お前には謝らなければいけない」
「……?」
「俺をこの時代に連れてきてくれた奴によると、どうやら一つの世界に、同じ存在が二人共存することはできないらしい」
「……どういうことだ?」
「もし共存してしまった場合、世界はその矛盾を正そうとする。そして、俺たちを同じ生命だと判断し、一つに統合するらしい」
「……統合?」
「ああ。俺が経験してきた記憶も、培ってきた技術も、お前がこれまで経験してきたことも、すべて一つの身体に集約される」
男の身体から放たれる光が、少しずつ強くなっていく。
「……じゃあ、俺たちはどうなるんだ?」
「分からねぇ。ただ、今のお前でも、今の俺でもない。新しい一人の彼岸になるんだろうな」
「……そうか」
俺は倒れた父さんと母さんへ目を向けた。
あの二人を殺した連中が、今もどこかで同じことを繰り返している。
そう考えるだけで、胸の奥から怒りが込み上げてきた。
「……なあ、一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「あんたの記憶も、技術も、全部俺のものになるんだよな?」
「……ああ。もっとも、俺たちのものになる、と言った方が正しいかもしれねぇな」
「だったら、いいよ」
男は驚いたように目を見開いた。
「……いいのか?」
「ああ。村のみんなを殺した奴らを倒せる力が手に入るなら、俺はそれでも構わない」
男はしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……そうか」
その身体から放たれる光が、さらに強くなっていく。
「……ありがとうな」
「礼を言われるようなことじゃないさ」
「それより、絶対に奴らを止めようぜ」
「……ああ。約束だ」
男の身体が眩い光に包まれた。
次の瞬間、光が俺へと流れ込んでくる。
知らない景色が頭の中を駆け巡った。
燃え上がる都。倒れていく仲間たち。そして、世界を覆う巨大な影。
それらが、まるで自分の記憶だったかのように馴染んでいく。
やがて光が収まると、目の前にいた男の姿は消えていた。
ゆっくりと目を開けた。
頭の中には、二つの人生の記憶があった。
この村で生まれ育った十六年間。
そして、村を失ったあと、厄神教と戦い続けた長い年月。
どちらも、間違いなく俺の記憶だった。
「……なるほどな」
俺は小さく呟いた。
身体は以前と変わらない。だが、かつて身につけた剣術も、戦いの経験も、はっきりと思い出せる。
俺はもう、あの少年でも、未来から来た男でもない。
二人の人生を受け継いだ、一人の彼岸だった。
立ち上がり、倒れた両親のもとへ歩み寄った。
かつての俺も、この夜に二人を失った。
だが、今回は違う。
二人を救う機会があった。それでも、助けなかった。
少年の精神が疲弊しているほど、融合後の人格に未来の俺が強く反映される。そう聞いていたからだ。
世界を救うために、俺は両親を見殺しにした。
「……すまない」
俺は二人の前で頭を下げた。
許されるとは思っていない。だが、今さら引き返すこともできない。
「……今度こそ、終わらせてやる」
夜が明ける頃、村の炎はようやく収まった。
俺が両親のそばに座っていると、背後から声がした。
「……彼岸?」
振り返ると、近所に住んでいた男が立っていた。腕には布が巻かれ、顔にも傷がある。
「よかった……! お前、生きてたのか!」
「……おじさん。他のみんなは?」
「何人か生き残ってる。村の外れに集まってるんだ」
「……そうか」
俺の知る未来では、村の生存者は俺一人だった。
それが変わったということは、すでに未来は動き始めている。
「ただ、この村にはもう住めそうにねぇ。怪我人もいるし、食い物も寝る場所もない」
「……なら、西國の都へ行こう。あそこなら怪我人を診てもらえるし、住む場所も探せるはずだ」
「……そうだな。それがいい」
男は頷くと、倒れた両親へ視線を向けた。
「……二人とも、すまねぇな」
「おじさんが謝ることじゃないよ」
俺は立ち上がった。
「その前に、みんなを弔おう」
数日後。
亡くなった村人たちの埋葬を終え、俺たちは旅立つ準備を整えた。
村の外れには、いくつもの墓標が並んでいる。
俺は両親の墓の前で手を合わせた。
「……父さん、母さん」
かつて、この村を旅立ったときのことを思い出す。
あの頃の俺は何も知らず、ただ強くなることだけを考えていた。
だが、今は違う。
「……今度こそ、奴らを止めるよ」
立ち上がり、村の入口へ向かった。
そこには、生き残った村人たちが集まっていた。
「彼岸、準備はいいか?」
「ああ。大丈夫だ」
俺は最後に一度だけ村を振り返った。
生まれ育った家も、見慣れた道も、すべて灰と瓦礫に埋もれている。
一か月後、西國の都で大規模な殺戮が起こる。
その未来を変えるために、俺はここへ戻ってきた。
未来で培った経験と技術がある。そして、奴らを決して許さないという思いも。
「……行こう」
俺は村人たちとともに歩き始めた。
目指すは西國の都。
今度こそ、あの未来を変えてみせる。




