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明殺者  作者: 卯の雛
S2. 芽吹く青、木洩れ陽の許
20/30

S2-par.7 『出発! 模忍(もにん)高校! お姉ちゃんのところ!』

 空青く、雲白く、注ぐ陽はうるさいほどに主張する。うだるような晴天。湿度が下がり始めた残暑ゆえの、焦げかねない暑さ。


「後ぉ……五十分」


 眠れもしないが動けもしない、起きたまま寝転がるツクヨを、携帯のアラームが急かしている。ゆがむ視界でカレンダー見上げる。本日の数字は赤かった。


「今日休みじゃ~ん。なんで目覚ましかけたの私ぃ~」


 授業もなければ部活動もない。ナツキとの特訓も休日まで実施はされない。学校に用事はないのだ。


「あ、れ? なんか、書いてある。今日、約束あったっけ?」


 カレンダーの日付、その枠内に書き込まれたメモ。以前から楽しみにしていた、必ずと、忘れるものかと、そう記しておいた。


『お姉ちゃんの試合(・・)、っと!』


 学校には用がない。自分の学校には。


「――……ぁあっ! ありがとー昨日(きのう)の私ぃ!」


 完全に呆けた頭が覚醒して、眠気などどこへやら。ツクヨは一階へ駆け下りた。


「おはよー!」

「あら? ちゃんと起きられたの、って、寝間着のままじゃない。先に顔洗ってきなさい」

「はーい」


 冷たい水が、半目のまぶたを引き上げる。鏡に映るツクヨの瞳は、本人でも分かるほどに期待の眼差しをしていた。

 ツクヨが戻ってくると、すでに食事の用意が進められていた。


「もうできるから、先に食べちゃって」

「分かったぁ」

「それとこれ持ってって」

「はいはい。っと。んぃしょっと。いただきまぁす!」


 ツクヨは席に着くなり、自らに急かされるまま朝食をかきこむ。


「アンタ一人急いだって変わらないわよ。のどに詰まらせるんじゃないわよ」

「わはっへうー」


 心持ちばかりが前進を望む。とは言え仕方がないことだろう。何せマシロの、姉の試合なのだから。




 準備を終えて出発前、音無(おとなし)一家にヒナコが合流していた。


「ヒナコをよろしくお願いします」


 ヒナコの父が言うに合わせて、彼女の両親が頭を下げる。顔を上げると、娘に語りかける。


「ご迷惑をかけないようにね」

「はい。お父さん」


 ヒナコの返事の後、ツクヨの横からも声が発される。


「迷惑だなんてそんな! うちのがお世話になるばかりですよ」

「ちょっとお母さん、それどーゆー意味!」

「そーゆーとこよ」


 元気が何よりだと笑うヒナコの父。この場所は楽しげだが、いつまでいるわけにもいかない。


「では、私はそろそろ失礼します」

「いえいえ! お疲れ様です」


 ヒナコの父は仕事があり、今日ヒナコを音無(おとなし)家に預けたのもそのためだ。


「サクマさん、お気をつけて」

「ああ、行ってくるよ」


 スーツの夫を見送る着物の妻。そんな夫婦の姿に、ツクヨの母が思わずつぶやく。


「いいわぁ……ぁ、ぃゃ。大変ねぇ、休日まで仕事なんて」

「ええ。でも、お陰で楽をさせていただいております。わたくしは見守ることしかできず、少し、さみしくもありますが」

「それに比べてうちの旦那は」


 横目でにらまれ強張る夫。稼ぎがないなどではないが、如何(いかん)せん比較する相手が悪い。音無(おとなし)家のやり取りを眺めて、ヒナコの母は彼女の夫に似た笑みを浮かべた。


「自分の休みを家族のために使ってくださるなんて、素敵な旦那さまです」

「お母さん、そろそろ」


 ヒナコの呼び掛けに母親は微笑む。行くことを嫌がっていないのなら、要らぬ憂いは初めから捨て置く。時間を逃し、機会を失う方が問題だ。


「ヒナコも気をつけるのよ」

「はい、お母さん」

「いってらっしゃい」

「行ってきます」


 母に見送られ出発する娘。目的地は、模忍(もにん)高校。

 揺られる車の中で、ツクヨの母はヒナコに聞きたいことがあった。


「ヒナコちゃんのお父さんとお母さん、暗役(あんやく)科に行くの、よく許してくれたわよねぇ。うちも結構反対してたんだけど」

「あ、その、わたしが話したのは適正があると分かった後でしたから」

「それって、あの事件のよね。ツクヨが巻き込んじゃって本当ごめんねぇ」

「ああっ! いえ、そんな! ツクヨちゃんのせいじゃ」


 ヒナコは否定するが、ツクヨの母は複雑な思いで続ける。


「もし、ツクヨに気遣ってくれているなら」

「違います」


 力強い言葉、拒否や怒りではなく、意志の表明。ヒナコはさらに身のうちを明け話す。


「お母さんが言っていました。選べることが増えても、選ぶ人は変わらないって。ツクヨちゃんが関係なくはないですけど、選んだのは、わたしですから」

「――ありがとね」


 お礼を言われたのが照れくさかったのか、ヒナコはすぐに話を再開した。


「でもやっぱりお父さんは心配みたいで」

「そりゃそうよ。女の子なんだから」

「わたしも不安なんですけど、暗役(あんやく)科に入ったら絶対に暗役職にならなければならない、という話でもないので。通常の教科も、並には学びますから。今は可能性を残して、どの道にも進めるようにと言ってくれました」


 いくら専門の仕事とはいえ、その内容は非常識な者に務まるほど閉鎖的ではない。むしろ一般人から同業者と、意思疎通を円滑に進めるためにも、最低限の知識は必要となる。その先んじた確認を含んでいるのが入学試験だ。

 実技についてはナツキとの特訓が対策となっているが、筆記に関してはそのほとんどに自力を強いられている。


「ツクヨ、少しは見習いなさい」

「やってるもーん!」


 賑やかな車内は時折揺れ、より騒がしい場所へ向かっていた。

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