S2-par.7 『出発! 模忍(もにん)高校! お姉ちゃんのところ!』
空青く、雲白く、注ぐ陽はうるさいほどに主張する。うだるような晴天。湿度が下がり始めた残暑ゆえの、焦げかねない暑さ。
「後ぉ……五十分」
眠れもしないが動けもしない、起きたまま寝転がるツクヨを、携帯のアラームが急かしている。ゆがむ視界でカレンダー見上げる。本日の数字は赤かった。
「今日休みじゃ~ん。なんで目覚ましかけたの私ぃ~」
授業もなければ部活動もない。ナツキとの特訓も休日まで実施はされない。学校に用事はないのだ。
「あ、れ? なんか、書いてある。今日、約束あったっけ?」
カレンダーの日付、その枠内に書き込まれたメモ。以前から楽しみにしていた、必ずと、忘れるものかと、そう記しておいた。
『お姉ちゃんの試合、っと!』
学校には用がない。自分の学校には。
「――……ぁあっ! ありがとー昨日の私ぃ!」
完全に呆けた頭が覚醒して、眠気などどこへやら。ツクヨは一階へ駆け下りた。
「おはよー!」
「あら? ちゃんと起きられたの、って、寝間着のままじゃない。先に顔洗ってきなさい」
「はーい」
冷たい水が、半目のまぶたを引き上げる。鏡に映るツクヨの瞳は、本人でも分かるほどに期待の眼差しをしていた。
ツクヨが戻ってくると、すでに食事の用意が進められていた。
「もうできるから、先に食べちゃって」
「分かったぁ」
「それとこれ持ってって」
「はいはい。っと。んぃしょっと。いただきまぁす!」
ツクヨは席に着くなり、自らに急かされるまま朝食をかきこむ。
「アンタ一人急いだって変わらないわよ。のどに詰まらせるんじゃないわよ」
「わはっへうー」
心持ちばかりが前進を望む。とは言え仕方がないことだろう。何せマシロの、姉の試合なのだから。
準備を終えて出発前、音無一家にヒナコが合流していた。
「ヒナコをよろしくお願いします」
ヒナコの父が言うに合わせて、彼女の両親が頭を下げる。顔を上げると、娘に語りかける。
「ご迷惑をかけないようにね」
「はい。お父さん」
ヒナコの返事の後、ツクヨの横からも声が発される。
「迷惑だなんてそんな! うちのがお世話になるばかりですよ」
「ちょっとお母さん、それどーゆー意味!」
「そーゆーとこよ」
元気が何よりだと笑うヒナコの父。この場所は楽しげだが、いつまでいるわけにもいかない。
「では、私はそろそろ失礼します」
「いえいえ! お疲れ様です」
ヒナコの父は仕事があり、今日ヒナコを音無家に預けたのもそのためだ。
「サクマさん、お気をつけて」
「ああ、行ってくるよ」
スーツの夫を見送る着物の妻。そんな夫婦の姿に、ツクヨの母が思わずつぶやく。
「いいわぁ……ぁ、ぃゃ。大変ねぇ、休日まで仕事なんて」
「ええ。でも、お陰で楽をさせていただいております。わたくしは見守ることしかできず、少し、さみしくもありますが」
「それに比べてうちの旦那は」
横目でにらまれ強張る夫。稼ぎがないなどではないが、如何せん比較する相手が悪い。音無家のやり取りを眺めて、ヒナコの母は彼女の夫に似た笑みを浮かべた。
「自分の休みを家族のために使ってくださるなんて、素敵な旦那さまです」
「お母さん、そろそろ」
ヒナコの呼び掛けに母親は微笑む。行くことを嫌がっていないのなら、要らぬ憂いは初めから捨て置く。時間を逃し、機会を失う方が問題だ。
「ヒナコも気をつけるのよ」
「はい、お母さん」
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
母に見送られ出発する娘。目的地は、模忍高校。
揺られる車の中で、ツクヨの母はヒナコに聞きたいことがあった。
「ヒナコちゃんのお父さんとお母さん、暗役科に行くの、よく許してくれたわよねぇ。うちも結構反対してたんだけど」
「あ、その、わたしが話したのは適正があると分かった後でしたから」
「それって、あの事件のよね。ツクヨが巻き込んじゃって本当ごめんねぇ」
「ああっ! いえ、そんな! ツクヨちゃんのせいじゃ」
ヒナコは否定するが、ツクヨの母は複雑な思いで続ける。
「もし、ツクヨに気遣ってくれているなら」
「違います」
力強い言葉、拒否や怒りではなく、意志の表明。ヒナコはさらに身のうちを明け話す。
「お母さんが言っていました。選べることが増えても、選ぶ人は変わらないって。ツクヨちゃんが関係なくはないですけど、選んだのは、わたしですから」
「――ありがとね」
お礼を言われたのが照れくさかったのか、ヒナコはすぐに話を再開した。
「でもやっぱりお父さんは心配みたいで」
「そりゃそうよ。女の子なんだから」
「わたしも不安なんですけど、暗役科に入ったら絶対に暗役職にならなければならない、という話でもないので。通常の教科も、並には学びますから。今は可能性を残して、どの道にも進めるようにと言ってくれました」
いくら専門の仕事とはいえ、その内容は非常識な者に務まるほど閉鎖的ではない。むしろ一般人から同業者と、意思疎通を円滑に進めるためにも、最低限の知識は必要となる。その先んじた確認を含んでいるのが入学試験だ。
実技についてはナツキとの特訓が対策となっているが、筆記に関してはそのほとんどに自力を強いられている。
「ツクヨ、少しは見習いなさい」
「やってるもーん!」
賑やかな車内は時折揺れ、より騒がしい場所へ向かっていた。




