77.水波
77.水波
スカイツリー付近。水銀の川の中で沈む魔物の群れがあった。
「……なかなか死なないのね。もう、十四回分の死ぬ行動を取ったけど……」
昆虫の群れを水銀の鞭で切り刻みながら、ウェンディが呟く。
金属を操る七対の人形の中でも、自動的に敵を殺す水銀の魔術を操るウェンディ。メリーの粘土のように形を自在に変えて敵の体を切り刻む。
最もメリーの形質変化に近い力を持つウェンディ。金を操るテレスに、鉄を操るサラと比べて、その強さは圧倒的だ。
しかし、人形自体……ウェンディ自体に戦闘のイロハが身についているわけではない。走るにしろ、避けるにしろ、メリーと同じく、動かない。水銀が生きているかのように盾となって守る。盾にならなかった分は攻撃に回された。触手状になった銀色の生き物は昆虫を掴んですぐコーティングしてしまう。
ティオマイト流銀は、ただの水銀ではない。この水銀は姿を変える。
水銀の波間に、境詩文は立ち止まる。マンホールトラップという彼の十八番もこの水銀の前にはゴミに等しかった。張り巡らされた下水管を通って逃げおおせたところで、水運を伝って現れる水銀には意味がなく、ただ質量で物を言うこのウェンディとの相性を呪うしかない。
東京に張り巡らせたマンホールトラップ。いっその事、東京のマンホールを塞ぎ、自分は名古屋へと逃亡するしかないだろう。とまで考えた。
しかし、自分の中にある完全無欠の不死の力が、その考えを無に帰した。
「バカバカしい。僕ァ、死なないって言ってるだろう? それとも、あんたが死にたいんじゃないのかい? いいぜ、ぶっ殺してやる!」
境の魔術詠唱が始まる。
『ラ・マンの効果に愛人が爛漫、蘭の花びら花の散るら―――いてェッ!』
「だっさいのよっ! ロバートさんよりもダサい! 鳥肌が立つわ!」
水銀の槍が怪物の壁を貫通して、境の心臓を撃ちぬいた。
「ちッ! ―――あのガキ、捕まえたらえっちなことしてやる!」
「あっそ残念。男の願望は叶わないわ」
境が胸の槍を抜くより速く水銀のギロチンが横一線。下半身が真っ二つに切断される。境は上半身が落ちるのをどうにか防ごうと手をバタバタさせたが、意味はない。ぼすっと地面に落ちると切断面から血が噴き出て、ロケットの発射炎のようになった。
水銀の波紋が広がる。境は既に逃げ道を失っていた。
「どう……気持ちよかった? 全身に走る激痛。相当の快楽をあなたは味わっているのよ。人間の身では味わえぬ狂気の快楽。死に至る切断……それはサディズムとマゾヒズムの葛藤……その劣悪な肉体が死んでも“心”は死なない……では、その心を殺しましょう。不死? “心”も不死かどうか……あなたしだいでしてよ?」
人形に人の心は分からない。加減ができるかどうか、それは彼女次第である。




