21.白き沈黙の神〈ウェンディゴ〉⑤
21.白き沈黙の神〈ウェンディゴ〉⑤
「おおおーーーーーんん!」
大絶叫が辺りを震わせ――怯んでいた魔物の軍勢が動き出す。
――緊急事態だ。主を守れ。
怪物の間にこのような思念が走ったことだろう。だが、それを受け取った瞬間に脳髄を『ギガース』で吹き飛ばされる。メリーの機関銃部隊はまだ崩壊していない。矢継ぎ早に弾倉を詰め替え、次々に駆け込む怪物を打ち抜いていく。
いよいよ『ウェンディゴ』のお膝元まで駆けていくものだから、メリーたちはこれを好機と伺って、『ウェンディゴ』の周辺に集まった。『ギガース』の銃口が三十ほど集まり、一斉掃射。ウェンディゴでなく、ビルの隙間から『ウェンディゴ』を助けんとする矮小な怪物どもに向けてだ。圧倒的な火力にビルは削られ、緑色の葉群を揺らして、怪物の臓腑一切が吹き飛び、地面へ転がっていく。
戦況を悟った『ウェンディゴ』の瞳が、数あるメリーを捕らえる。『アイス・クロノグラフ』の力が集まり、範囲を拡張せんと力を振り絞っているのが分かった。
「うぉぉぉぉぉおおおおんんんんん!」
「――さあ。終章だ。読了を告げろ――ロバート」
「オーケイ! プリンセス!」
今や悪辣な緑眼だけが地面から覗いている。地底へと沈む『ウェンディゴ』。彼を中心に発動している『アイス・クロノグラフ』の効果範囲、百メートル圏内に、ロバートは居ない!
「――遍く風よ、極光の如く沈黙せよ! 『氷雪時計』!」
全身の硬直を感じたのは『ウェンディゴ』。真っ白な気配と共に、呼吸、心拍、生命。すべてが停止に値する。薄氷のような魂の感覚に、『ウェンディゴ』は恐怖を抱かずには居られなかったのだろう。瞳の奥からじんわりと滲むものがあった。だが、それは脳内の認識だけで、実際に滴ることは無かった。
「――『荒龍街路』!」
ロバートの方向が熱を巻き上げる。その速度はぐんぐんと上がり、次第には臨界点を突破し、暴発の限りまで高速化する。しかし、これだけで限界であったのは、まったく“この前”の事。それは『ブラストロード』の比ではない。
「僕を何時間も拘束したんだ。それに何度も殺してくれた――お陰で、メリーさんに飛んだ作戦まで作らせてしまった――まったく、情けないよ」
空中から落下するロバートが、空から舞い降りる龍のような力強さで、風を凪いで『ウェンディゴ』
との間に距離を取る。『ウェンディゴ』はただ瞳を動かすこともなく、じっとロバートの死刑宣告を待ちわびるようにしていた。
「――自分でしたことにはけじめが必要だ。君は僕から生まれたのだったね。だったら、僕がこの術を使ったっておかしくない。何時間もの間によく考えてみたんだよ。全く、どうかしている――僕の師匠は、誰よりも“怪物”だったなんてね!」
手を伸ばす。それは先の『ウェンディゴ』のように。
「だが、覚えておけ怪物。人間はお前達のような侵略者には敗北しない!」
彼の『時間』が流れる。およそ『ウェンディゴ』の『アイス・クロノグラフ』を凌ぐであろう巨大な停止空間。メリー達も怪物も、誰一人として動くことは無い。
「――永久凍土は太陽の日差しにて融ける――『氷解』――」
同時に、ロバートが旋風を巻き上げて空を走った。刹那に『ウェンディゴ』がロバートの姿を追って――その瞳が炸裂した!
メリーの遺産『アトラス』のロケット弾だ。天空に封じ込められた『アトラス』のロケット弾の弾頭を握っているのは『ウェンディゴ』の『アイス・クロノグラフ』だった。しかし、今この瞬間、『アトラス』の指揮はロバートの『ドラゴンロード』にある!
「『アイス・クロノグラフ』の内部方向の掌握があれば、すでに定められた方向も変えられるはずじゃないか? ――それに気付かなかった『二人』には残念だけど、こうさせて貰おう!」
ロケット弾の方向が急旋回する。速度を取り戻したロケット弾のスコープに収まるのは、『ウェンディゴ』のみ!
そこに加わる『龍の通り道』。それはさながら、巨龍の放つ『火炎放射』と言える、人外の攻撃だ。
圧倒的な火力。それも龍の息吹であれば、なお恐ろしい。ロケット弾の速度はゆうに初速を越え、ロケット弾の命さえ脅かした。
一斉に襲いかかる七十発のロケット弾が炸裂して――『ウェンディゴ』の肉体は物理的破壊を以て、消滅したのである。頭部を破壊され、地面に埋まっていた体も、たちまち灰燼と帰した。
こうして、カナガワ県に巣食う『アザトース眷属の一柱』を葬ることに成功したのである。




