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夢と幻のキネマ館  作者: 黒木 静
『白と黒のメリー』
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10.衝撃


 10.衝撃



 ロバートの太い掛け声が反響する。地を震わす衝撃と共に敵へ向けて空気の弾丸が無数に発射された。しかしどの方向もかの快傑を捕らえることはできない。異様な姿から飛刀が舞う。ロバートの眼前まで迫り、メリーの防壁がそれを防いだ。傘の形はそのまま、円形の盾として巨大化し、粘土らしくない硬度で飛刀を打ち落とした。


「敵は遠くから攻撃してくる。ロバートが接近して、私が距離をとりながら隙を突く。これが最も賢い。あの武器には毒も使用されていない。当たっても痛くないわ」


「痛みを感じてから復元が始まるから……痛くないわけではないだけど……了解!」


 電線を伝って走る彼のような移動法は出来無くとも、ロバートの全速力は早い。新幹線さながらの速度が縦横無尽に疾駆と旋回を繰り返せば、すでに認知しがたい怪物になるだろう。快傑は、次々に自らの行く手を塞ぐ怪物を見据えた。だがその瞬間を魔弾の射手は見逃さず、必殺の速度で怪人の胸を目がけてアンノウンの変化能力によって得たスナイパーライフルの銃口が火を吹く。

 快傑の胸に喰い込む弾丸の感覚! 怪人はその場所に踏みとどまろうとするが、逃走に使っていた速度を抑えられず、ゴロゴロと身を転がせ、地面へ落下した。電線の下を走っていたロバートがその隙をついて快傑に飛び込んだ。


「よっし……これで、終わりだ!」


 ジャンプの勢いも手伝って、ロバートの拳は、まさにこの怪人物を打ち砕かんと振り下ろされる。風を操ると思われるロバートの旋風はその実、方向を操る術である。風という曖昧な概念は魔術で操作することは難しく、また自分が常に触れる四元素の一つであるため、無闇な操作は危険を伴う。人間は常に空気を吸って生きているように――自然であるという原則を破ると魔術は更に煩雑に、矮小なものになる。

 大味であるほど魔術は良い。人間に直接意味を成さないような適当ほど、魔術に適したものはない。というのが近代から現代、そして今現在行われた研究で知られている。

 一定の方向に力を加える術。それが彼の『突風街道』である。しかし、難しい物理学が使用されているわけではない。自分の一帯に張り巡らされる『台風』の圏内が絵を描くカンバスだとすれば、方向はそのカンバスへ筆を動かすほどの容易さで方向という概念を操ることができる。しかし、その力は範囲も適当であるため、決定的な自然操作には繋がらず、人がボールを投げて方向を決める程度のもので、魔術らしくないと言えば、それは正しいのである――この能力の由来は己の中に眠る〈怪物〉のものだ。

 しかし、現状で起きているのは人間の高速化。彼を中心として渦巻く旋風。そして、敵の足の移動さえ止める、謎の術である。それは、正常な人間なら“風”を操っていると思ってもおかしくない。しかし、箱の中身を知ればたいしたこともない術である。

 ロバートは振りかぶった腕を思い切り敵に叩きつけた。しかし怪人を殴る必要はない。圏内へと留めた怪物はこの空気の方向を操って敵に向けて放つだけでよい。それだけで新幹線級の方向と質量の突風が快傑を吹き飛ばす!

 風を巻き込んだ方向が黒い衣の怪物を貫いた。緑色の水滴が弾け、マントの中身がもみくちゃにされながら、苔むしたコンクリートを定まらない回転で吹っ飛んでいった。

 マントの快傑は全身を骨折でもしたような傷だ。しかし、快傑の体の形というのが実に曖昧で、本当はすでに折れていたのではないだろうか。もしくは骨の形など一切なかったのではないのではだろうか。そんな妄想に駆られるくらい、快傑の体は奇怪に満ちていた。

 およそ三〇メートル。その場所から、二人は怪人物を見ていた。

 先に口を開いたのはロバートだ。


「アレは本当に魔術師だったのか? 体の改造を施していたという感じはあるけど、攻撃は実にシンプルだった。手応えが薄いのが、引っかかるが……」


 メリーもそれに気づくことがあったのだろう。すぐに答えた。


「いいえ。魔術師に違いないわ。あっちはまだ、力を全然使っていないみたいだから」





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