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夢と幻のキネマ館  作者: 黒木 静
『白と黒のメリー』
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11.中堕神



 11.中堕神



「えっ? 何だって?」


 メリーの視線の先に蠢く快傑は手、足の骨でさえ曲がる勢いで蠢いていた。まるで粘土を練るような動きである。自分の体という材料を使って、自らの体でその粘土を練る。酔狂に満ちた行動である。しかし、現に異様な脚捌きを以て自らの体を練り上げ、肉と血で粘土の形を把握していく様は、芸術を組み上げる一工程である。やがて端正に練り上げた粘土は柔軟な動きでその形を作っていく。


「いよいよ変だぞ。アレは何をしてるんだ!」


 ロバートが焦りの声で言う。メリーはそれを意に介すこともなく、ただひたすら芸術の完成を待ち望みしている風である。


「ロバート、見ていて。小さい個体だけど……堕神するわよ……!」


 ロバートの顔が驚愕で満ちた。こういった奇怪な行動を取る奇人変人には幾度も出くわしたロバートであるが、堕神を間近で見るのは初めてである。

 ――いずれ、自分の身に起こることだと心得て……慄えた。

 人間が肉塊へなっていく。自らの体を怪物に食わせて、その怪物の讃歌とする。

それは生贄である。愚かな仔羊は解体され、汚れた山羊は鮮血を散らす。神と崇められる超存在に奉納される生命という尊きものは、人間が等しく口を動かすように咀嚼され、飲み込まれる。無神論者であるならいいだろう。しかし神を信じる人間なら誰もが冒涜的であると罵るだろう。口に泡をつけて、目は反転し、狂気に満ちても、最後の最後まで神の存在を肯定するだろう。だが、いずれ自我は喪失し、発狂して死ぬ。

 汚れた生贄ほど、神に背くことはないだろう。それが人であればなおさら……。

 一定の法則外に存在する邪悪が、今目の前で誕生しようとしている。というのなら、ロバートはその震えを止める術を知らない。恐ろしいと思う気持ちは、捨てるに捨てきれないものだからだ。いずれ、自分に起こることだと常々心得ているからこそ!


「――覚えておくといい――アレは堕神する――堕神点の人間は――今に死ぬわ」


 メリーの宣告めいた言葉。ロバートはまるで余命半月を告げられた患者のような気分だった。目を見開いてはいるものの、その焦点は何も見ていなかった。


「信じられない。堕神だって? こんな場所で?」


「信じられないけど、本当。私は一度見たことがある。堕神の起こる人間は個体差こそあれ、その怪物の現れると同時に、その人間を殺そうと試みる……今の場合は、すでに私たちが洗礼を済ませた。と言ったところ」


 哀れな仔羊は無事殺害され、怪物はそれを食うだけとなった。ということだ。


「小規模の怪物の誕生を堕神と総称しない場合が多い。しかし、今から現れるのはそれより一つランクが上。中型の怪物が現れるわ。〈中堕神〉とでも呼ぶできかしら」


「ということは、動物の死骸から発生するような食人鬼のような怪物よりも……」


「ええ。強力な個体よ。それでも、〈宙色の怪物〉よりはマシ」


「今から防ぐことはできないのか?」


 ロバートの声が焦りの色を伴う。メリーの答えは一つ。


「無理。既に堕神点と堕神側の怪物との間に通路が出来ている。今頃それを小さくしても意味はない……中規模の怪物なら私たちを跳ね除け、障壁を破壊してでも侵入してくる……ロバートもそれは知っているはず」


 以前からの決まりごとだった。堕神点と怪物との間に接点が生まれればそれは堕神の完成。今に怪物が現れ、堕神点となった人間を喰らい、ようやく怪物が現世に顕現する。それまでどんな行動も無意味。国軍など意味は成さない。魔術の心得は怪物に通用するものではない。こうなったら、怪物が現世に現れた所を狙うしか無いのだ……。




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