第12話 過去からの訪問者
静かな夕餉に、会津の影がそっと差し込んだ。
長屋の戸を開けると、いつも通り、お徳が新左衛門を出迎えた。
だが、その場には、いつもとは違う何かしらの余韻が残っていた。嫌な気配ではない。
新左衛門が口を開く前に、お徳が先に言った。
「さっきまで、ケツメドを尋ねに来た人がいたのだよ。」
その思いがけない言葉に、一瞬、容保の顔が脳裏に浮かぶ。しかし、新左衛門はそれを打ち消し、こわばった声で尋ねた。
「どちら様がお越しになったので…」
新左衛門の重苦しい雰囲気など気にも留めず、お徳はあっけらかんと言った。
「黒崎左京…いや、ケツメドならば、先日の乱痴気男と言ったほうがわかりやすいだろう。」
「お徳さん、何かされはしなかったか」と新左衛門はお徳に詰め寄った。
「嫌だよぉ…ケツメドったら、ヤキモチかい。婆になった身でも嬉しいもんだねぇ…」お徳は頬を赤らめ言った。
新左衛門は、お徳のその様子に安堵すると、畳の上に、疲れ切った体を預けるように腰を下ろした。
お徳は、畳の上に紙の包みを置くと「賞金の3両だって、置いていったよ。それと道場でケツメドと話がしたいってさ」
と早口に言い終えると、夕餉の配膳をはじめた。
新左衛門は、包みをあけると、そこには確かに3両つつまれ、その包み紙にまで、道場にて待つ――黒崎左京と書かれていた。
「何があったかは、聞かねぇけど、同郷の者だろ。面倒に巻き込まれるのが嫌なら、飯食ったら、そのまま逃げちまいな」
お徳は目を合わさずに、汁を啜りそう口にした。
「何か、お聞きになったのですか」と口にして新左衛門はお徳をみた。
お徳は、様子を変えること無く「いやね。あの男に熱闘浴びせた時に不意に放った、お国なまりがケツメドと一緒だったのさ」
新左衛門は、お徳の飯をかき込むと、静かに箸を置いた。
お徳の心配そうな視線を感じながら、ふっと笑みを浮かべ、こう言った。
「お徳さん、心配しないでおくれ。私は、ただのお前さんの知ってる新左衛門なんだからよ。」
その言葉には、どこか軽やかで、だが確かな覚悟が滲んでいた。
お徳は一瞬目を細め、何も言わずに茶碗を手に取った。長屋の中には、いつもの静けさが戻っていた。
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