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乙女ゲーの世界に転生したモブが、公爵令嬢と付き合うことになった話  作者: 乙賛


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第1話 ただのモブ

 魔法学園というのは、想像していたよりずっと退屈な場所だった。少なくとも今この瞬間は。


 石造りの教室に差し込む午後の陽光、黒板に連なる魔法陣と数式。そして前方の席には、明らかに身分の違う煌びやかな連中。


 貴族でも、平民でもない、下級騎士の三男坊である、俺——ボイド・シュレディンガーは、頬杖をついたまま、教室の後ろの席でそっと溜息を吐く――




 転生して十五年、魔法学園に入学してひと月。転生に気が付いた時は良かった。魔法に、貴族に、魔物まで居る世界。前世の記憶を持ったままの俺は、きっとこの世界の主人公と信じることができたからな。しかし、下級騎士の家庭など下手をすれば平民以下。日々家の手伝いに追われ、その他大勢(モブ)の中に埋もれていく。


 そんな暮らしで、魔法なんて習えるはずもなく。魔法学園に入れたのは、入学試験でたまたまスキル持ちと認定されたからに過ぎない。しかもそのスキルは『鑑定LV1』、なんとも微妙で対象の名前程度しかわからないという代物だ。


 結局俺は主人公ではなく、ただのモブ。背景の人間。空気。物語が始まっても最初の十ページで退場するタイプ。もしくは物語の最後まで名前の出ないタイプ。今さら主人公なんて望むべくもない。ただ静かに、穏やかに、この世界を楽しめればいい――




 ――しかし、教室の全列に並ぶ顔ぶれは、俺の穏やかな暮らしを脅かす。


 王太子、宰相の息子、騎士団長の息子に、神殿長の息子。そしてさらにピンク髪の聖女候補に、金髪ドリルの公爵令嬢と来たもんだ……。


 まさに俺の諦めた主人公たち。主人公でなくとも、絶対にモブではない顔ぶれ。というか、「乙女ゲーかよ!」と突っ込みたくなる面子だ。なんせ、王太子と公爵令嬢は婚約者。野郎たちは王太子の取り巻きで、王太子も込みでピンク髪に気があるそぶりを隠そうともしないのだ……。


 確実に騒動が起こる未来。せめて別のクラスならと、俺が溜息を吐くのも仕方がない。





「ボイドくん! さっきの授業、難しかったよね?」

 授業が終わり、放課後。そんな一番開放的な時に、良く言えば気さく、だが俺にとっては、はた迷惑な八方美人のピンク髪が、何故か一瞬目が合っただけの俺に話しかけてくる。もちろん王太子たちの嫉妬で濁った視線付きでだ。


「いや、俺なんかより王太子殿下に聞かれた方がいいんじゃないか?」

 これ以上ピンク髪と会話が続けば、王太子とゆかいな仲間たちが突撃してくる未来しか見えないと、俺は出来るだけそっけなく王太子に丸投げしようとする。


「ええー、もっとボイドくんとお話して、仲良くなりたいのに……」

 こいつ、絶対にド天然じゃなく計算だろ。みんな仲良しなんてお花畑は、他所でやって欲しい……ほら、王太子が俺を睨んで席を立ってやがるじゃないか。考えてもみろ、王太子って次期国王だぞ。そんな権力の頂上に君臨する奴に睨まれるとか、家族総出で夜逃げする未来しか見えない。


「悪い、ちょっと急ぎの用があるんでな」

 これ以上は一秒たりとも無駄には出来ないと、俺は慌てて鞄をひっつかむと、教室を飛び出した。



「きゃっ!」

 駆けた先の廊下の曲がり角。今日は何の厄日かと、頭を抱えた。そう、俺がぶつかったのは悪役令嬢――金髪ドリルの公爵令嬢だったのだ。公爵令嬢がひとりで歩くはずもなく、俺は取り巻きの令嬢たちに射殺さんばかりの目で睨まれる。


「も、申し訳ありません。慌てて、教室から逃げてきたもので……」

 まずは詫び。今回は明らかに俺が悪い以上、謝るのは当然。もちろん、相手の悪役令嬢がブチ切れる前にだ。


「教室から? ……あなた、見たことある顔ね?」

 ぶつかったとはいえ大したことは無かったようで、悪役令嬢はブチ切れずにいてくれた。しかし、モブの俺の顔が覚えられているのは想定外。


「俺……私は、ボイド・シュレディンガーです。恐れ多くも、同じクラスに籍を置かせていただいております」

「ふうん、どおりで見たことがある訳ね。で、何から逃げてきたの? 面白い話なら、今回の件は無かったことにしてあげるわよ」


「面白いかどうかはともかく……あの聖女候補の方に声を掛けられたんで、慌てて逃げてきただけなんですが……」

「あら、あなたもあの女が嫌いなのね、いい趣味をしているわ。ええ、良いでしょう。その趣味の良さは認めるのに十分よ、今回の件は無かったことにしてあげるし、わたくしのこともアリシアと呼ぶことを許しますわ」

 ピンク髪から逃げたと言っただけで、悪役令嬢は上機嫌。しかもあろうことか、名前呼びまで許可される始末だ。ひょっとして、こいつって取り巻きは居るけど友達は居ないんじゃないかと、勘繰りたくなる。だが、それよりもだ。取り巻きの連中の視線の殺意がマシマシなのが、不味すぎる。よく躾けられているのか、悪役令嬢が話している間は口を開かないが、これって後で校舎裏直行コースじゃないだろうか……。


「アリシア様、口を挟むことをお許しください。このようなみすぼらしい平民をご友人とするなど、公爵家の名に傷がつくかと」

「あら? いつから貴方は、私のすることに意見が言えるほど偉くなったのかしら? それに建前上は、学園内では身分は無いものとすることになっていたはずよ」


「……で、ですが」

「もういいわ、貴女は今から帰っていいわ。明日からも私のそばに来ることも不要よ」

 取り巻きの茶髪令嬢が、ご注進と口を出すが、見事に返り討ち。それどころか、取り巻きからも外されそうだ。


 とりあえず、俺のせいも小指の先ほどはあるかと、茶髪令嬢を鑑定する。


【鑑定:アインス・アントラージ】


 やはり、名前以外の情報は出てこない……相手の名前がわからないとき以外に、全く役に立つことの無いスキルだ。何かできるかと思ったが、鑑定は役に立ちそうもないな。ただ、名前からこいつも俺と同じ、モブの匂いがするのだけは分かった。



「な、なあ。こちらの令嬢の言う通り、俺……私はただの騎士の息子です。公爵令嬢の友人など荷が重すぎるというか……」

「あら、わたくしは肩書など気にしませんわ。というよりも、肩書しか誇るものがない者のほうが、友人にしたくありませんもの。その点、ボイドはあの女が嫌い。なんて、素晴らしい感覚をお持ちでしょう!」


「いや、嫌いと言うか、絡みたくないだけ……近寄りたくないだけで……」

「それは良いわね。あの女の存在なんて無かったこととしたいということね。素晴らしいわ、わたくしでもそこまで思っておりませんでしたもの」

 なんだろう、何を言っても深みから抜け出せないどころか、どんどん嵌っていく。思わず目の前の公爵令嬢に、鑑定をして現実逃避でもしてみた。


【鑑定:アリシア・フォン・ヴェルトハイム】


 ……


【ピコーン! 鑑定レベルが上がりました!】


【鑑定:アリシア・フォン・ヴェルトハイム】

 種族:人間

 年齢:15



 ……あれ? 鑑定のレベルが上がった――

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