音のない通知
20XX年。
この国では、出生数が“危機”を超えて“無”に近づいていた。
子どもが生まれない。育たない。泣き声すら、街から消えた。
政府は一つの決断を下した。
**「育児を職業化する」**というものだった。
「育てることに、報酬を」
「子どもを、国の資産として育成する」
名目は“未来への投資”。
しかし、それは“感情”を“労働”に変える制度でもあった。
登場人物(主要キャラクター)
◆ 結城 直哉
•年齢:35歳
•性別:男性
•職業:登録育成士(政府認可の育児労働者)
•妻を亡くし、ひとりで娘を育てている。
•表面上は制度に従うが、その内心には疑問と怒りを抱えている。
◆ 結城 光
•年齢:10歳
•性別:女性
•成績優秀、感情制御の訓練も受けており、スコアは常に高水準。
•しかし本当は「自由に笑いたい」
「好きなものを描きたい」という願いを心にめている。」
朝六時。
スピーカーが鳴る数秒前、直哉は目を覚ましていた。
長年の習慣で、通知より先に起きる。そうすれば、自分の意思で一日を始めたような気になれる。
「育成対象・結城光の健康スコアは99点。推奨朝食:Aパターン。育成者の心拍は安定。感情値、問題なし。」
無機質な音声が部屋に流れる。
娘の光は、まだ布団の中でまぶたを閉じていた。
細い肩が呼吸とともに上下している。それだけで、直哉の胸は痛くなる。
この世界で、娘が「笑う理由」は三つしかない。
スコアが上がったとき。
AIに褒められたとき。
父が「育成成功」のマークを押したとき。
愛や自由では、もう笑えない。
直哉はゆっくりと立ち上がり、キッチンに向かう。
料理など久しくしていない。パネルを操作すれば、AIが推奨する「育成食」が自動で用意される。
それでも彼は、鍋を出した。
妻が生きていた頃に使っていた、小さな雪平鍋。
「光、今日は卵焼きにしよう。お前の好きなやつ。」
光は小さくまぶたを開け、ぼんやりと父を見た。
そして、いつものように、作られた笑顔で言った。
「ありがとう。お父さん、大好き。」
その瞬間、壁の育成パネルに「好感度+2」のマークが表示される。
直哉は手にした菜箸を、少しだけ強く握った。
その笑顔は、本物じゃなかった。
いや――彼のせいで、本物でいられなくなったのだ。
⸻
【通知:育成士・結城直哉へ】
※あなたのスコア管理態度に問題がある可能性があります。
※最新の「育成倫理ガイドライン」に準拠してください。
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直哉はモニターに映るその文字を見つめた。
画面には、彼自身の顔が映り込んでいた。
かつて、人間だったものの顔。
彼はこの制度を、壊さなくてはならないと、まだ信じていた。
お読みいただきありがとうございます。
これからも頑張りますので応援宜しくお願いします。
-天田ラ-