奈緒美
直哉が目を閉じると、ふと、妻・奈緒美のことを思い出した。
奈緒美は、彼がまだシステムに完全に従っていなかった頃、育成士としての仕事に迷いを感じていた彼を支えていた。彼女は常に、家族を守り、何よりも直哉に希望を持たせようとしていた。
「どうして、あんたがそんなに苦しんでるの?」
彼女の声が、まだ耳に残っている。あの日、彼が「育成士」としての道を選んだことに対する、初めての本気の反対。
「でも、これが家族のためだろう?政府が言ってることは、間違いじゃない。」
直哉の言葉に、奈緒美は微笑みながら答えた。
「分かる。でも、もしこれが本当に“家族のため”なら、あんたは変わらなきゃ。人を育てる仕事ってのは、そう簡単に機械のようにできるもんじゃない。」
直哉はその言葉を心の中で何度も繰り返しながら、目を閉じた。
あの頃の彼には、奈緒美がまだ信じていた希望が、どれほど眩しく映ったことだろう。だが、今の自分はどうだろう?育成士としての仕事を続ける中で、何もかもが冷徹なシステムに飲み込まれ、妻を失った。
「奈緒美…」
心の中で彼女の名前を呟く。直哉は妻の死の真相を、まだ知らない。政府が発表した「事故死」の理由には、疑問が残る。しかし、その疑問に向き合うことはできない。娘・光を育てなければならないというプレッシャーが、それを許さなかった。
その夜、彼の手のひらには、奈緒美が最後に残したメモが握られていた。
「直哉、あなたが本当に守るべきものを見失わないようにして。」
彼女の字は、普段と違って少し乱れていた。なぜなら、奈緒美が死ぬ前、彼女の心はすでに何かに気づき、恐れていたからだろう。直哉にはその時、その思いを受け止める余裕がなかった。




