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王命、でした

これで完結です。

最終話まで読んでいただき、ありがとうございます。

 どこにいても、何をしていても、薬くさい。そんな環境にも、いつしか慣れた。部屋に閉じこもるのではなく、村が見渡せる東屋にいることが当たり前になった。

 時が経てば人は変わる。

 今日だって東屋に来て、ただのんびりと手紙を読んでいただけだった。


「どうしたの? 泣いているなんて、何かあった?」


 同僚にそう言われて初めて、女は自分が泣いていることに気づいた。

 随分と長く泣き暮らしたことがあるけど、あの時の涙とは違う。頬にやった手についた水滴が、宝石のように感じられる。


「本当ね。自分でもびっくりだけど、幸せ過ぎて出た涙だから大丈夫よ」

 女がそう言うと、同僚は「ならいいけど、何かあったら言うのよ」と言って隣に座ってくれる。


 詮索するわけでもなく、ただ寄り添ってくれる。これがとても難しくて心地いいことを、女はこの場所に来て初めて知った。

 昔の職場だったら、噂話のネタとされたはずだ。もしく相手の弱味を握るために、心配している振りをして色々聞きだされた。こんなふうに、相手の好意を素直に受け入れられる環境ではなかった。

 だからって、相手ばかりが悪かったのではない。

 自分の傲慢で陰険な態度が、周りに気をつかわせていたのだ。女はそれを「尊敬」と勘違いして、満足していたのだ。そのせいで、とんでもない過ちを犯した……。


 女が手にしている青空色の便箋を見ても、同僚は特に何も言わない。

 手紙のせいで泣いているのが分かっていても、相手が何も言わなければ深入りはしない。ここはそういう場所だ。

 以前の女だったら、とても耐えられなかっただろう。だが今は、この距離感が心地いい。


「この地を紹介してくださったセラフォーネ様には感謝しかないわ」

 女がそう言うと、同僚は自分のことのように嬉しそうに笑った。

「セラフォーネ様なら、『なら、よかった』というだろうねぇ」

「そうね……」


 きっとそうだろう。

 勘違いも甚だしくセラフォーネを見下そうとした女に、仕えていた領主夫妻を殺した女に、「お前の罰は生きることだ」と言って薬草と薬の臭いが染み込んだ集落を紹介してくれた。

 セラフォーネの言葉と、集落の人たちの程よい距離感の温かみがあったからこそ、元侍女長は穏やかに今を生きている。


 先代領主を羨み、恨んだバーナビー(元家令)は、その自分勝手な感情をナリル国に利用された。

「先代を破滅させれば、我々ナリル国がカイリッジ国を奪う。その暁には、お前にヘルムート領をやろう」なんて馬鹿みたいな口約束を、バーナビー(元家令)は信じさせられてしまった。

 愚かなのはバーナビー(元家令)だけではない。「お前も、すぐに領主婦人だ」なんていう上っ面だけの言葉に乗せられたのは自分だと今なら分かる。


 きっと、先代だって分かったのだ。


「ジェネストが貴族を粛正するのは、私の裏切りを暴くためだ。これ以上ジェネストを巻き込むのなら、私は全てを国王に話すよ」

 珍しく穏やかな口調でそう言った。


 自分の計画をぶち壊そうとする先代を殺すと決めたのは、この時だ。バーナビー(元家令)は、元次女長ひそう語った。


 ワイラーからもらった毒薬を、バーナビー(元家令)は「栄養剤だ」と嘘をついて元侍女長に渡した。

 その時に「本当に栄養剤なのか?」という疑惑が頭をよぎった。でも、領主婦人という言葉がキラキラと輝きすぎて、元侍女長は自分に芽生えた疑惑を見ない振りし続けた。


 セラフォーネに呼び出され、まるで見てきたかのように全てを明るみにさらされた。

 自分の全てをセラフォーネに暴露されて、最初に感じたのは、悔しさと恥ずかしさと憎悪、そして少しの不安だった。


 貴族に生まれただけで楽をして生きている小娘に何が分かると思うのと同時に、自分よりもよっぽど苦労を知る手を見て驚いた。

 セラフォーネの手は、剣だこや無数の傷で淑女とは程遠い皮の厚みだった。自ら進んで畑仕事をするから日に焼けているし、肌荒れ以外の手入れなんて一切されていない。元侍女長の手の方が真っ白で傷ひとつない……。

 その手を握られて驚いたのは、セラフォーネの手が優しく温かいことだった。なぜか涙が止まらなくなった元侍女長は、苦しみを残らず吐き出した。


 全てを伝えると、セラフォーネから「このままでは必ずバーナビー(元家令)に罪を着せられて殺される」と言われた。

 衝撃的な言葉だったけど、間違いなくそうだろうと考えられるくらいには心の整理ができていた。


 それでも、この地に着いた当初は何もできず泣いて暮らした。

 バーナビー(元家令)が処刑されたと聞いた時、悲しみよりも罪悪感が先に来た。

 自分だけが、のうのうと生きていていいのだろうか? と。

 だけどセラフォーネに「この苦しみを背負うことも含めて罰だ。しっかり受け止めて生きろ」と言われ、抗うことはできなかった。

 そのまま今につながるけど、何が正しいのかは分からない……。

 ただ……穏やかに毎日は過ぎていても、元侍女長の胸の内がどうなのだろうか?




「今日はナリル国の独立記念日だろう?」

 そう言われ、同僚から爽やかなハーブの香りがするクッキーを手渡された。


 ナリル国の民衆が立ち上がり、王家を破滅させて五年が経った。

 王家の残忍な圧政への反発からか、国王と第六王子への処罰は、それはもう凄惨でしかなかった。

 あまりの惨たらしさが尾を引いて、三年ほどは怨念となった二人を見たと言う者が後を絶たなかったくらいだ。

 それを払拭したのが、このクッキーだ。


「浄化の成分が強いハーブを混ぜ込んだクッキーで、腐った怨念を祓う。それがイベント化されて、国をあげてのお祭りになったのだから、あの二人も本望だろうね」

「……そうね」


 同僚はそう言うが、あの第六王子のことだ、きっと街の中心で今でも悔しくてのたうち回っている。元侍女長はそう思う。そして、ざまぁみろと。


「あれだけ仲が悪かったナリル国と和平をして五年か。ナリル国の脅威がなくなったこの村はもちろんだけど、この国も本当に変わった」

「ナリル国が起こしたクーデターの影響がここまでとは……。ジェネスト様は、こうなることを見越していたのでしょうね」


 ナリル国まではいかなくても、カイリッジ国民だって『貴族至上主義』にはずっと怒りを抱えていた。民衆と一部の貴族が協力して立ち上がると、貴族政治はあっけなく終わりを迎えた。

 ナリル国とは異なり血を見ることはなかったが、今まで無能の限りをつくしてきた王家と貴族は、悲惨な末路を辿るのは当然の結果だった。

 王家は残ったが、名ばかりで権力は失った。「愚か者の証明」と言われる名を継ぎたい者などいるはずもなく、近い将来には消滅するだろう。

 歴史の表に名前を出てこないけれど、一部の貴族にはヘルムート家とランカスト家がいたことを知らない者はいない。


「そうだ! 私はあんたを呼びに来たんだった!」

「えぇぇ? 今更? 一体なんだって言うのよ? どうせ急ぐことはないでしょう?」


 元侍女長は、ここでもう少しセラフォーネからの手紙と一緒にいるつもりだった。なのに同僚は腕を引っ張って立たせようとする。


「急がないと後悔するから言ってるんだ! ほら、早く」

「……はいはい」


 同僚の後について行くと、村の入り口に人だかりができていて騒がしい。


「あー! 遅かった! 出遅れたわね!」

「……出遅れた、わ……」


 今更猛ダッシュで突進したって仕方ないと分かっていても、身体が勝手に反応してしまう。

 村中の人がここに集まっているだけに、元侍女長が飛び込んでも弾き飛ばされるだけだ。

 尻もちをついた元侍女長を引っ張り上げて、同僚が言った。


「セラフォーネ様が二人目の妊娠なさったから、動けなくなる前に挨拶にいらっしゃったんだって」


 挨拶は村長にではない。この地にある墓に眠るアユハに会いに来たのだ。セラフォーネの師匠であり母であり姉であり親友でもあるアユハに。


「あーあーあー」

 人混みの真ん中で何かあったのか、人混みが割れた。チラリと見えた三人家族を指さして、同僚は苦笑いだ。

「ジェネスト様があれじゃあ、どっちにしろセラフォーネ様には近づけなかったよ」


 同僚が言う通だ。身重の妻を守る夫……というより、野生の何かになっている。


「セラフォーネに話があるのなら、私が聞く! 今はダメだ! おめでとうと思うなら、少し離れてくれ! あっ! モーラ、母上ではなく父上が抱っこするぞ。嫌でももう暫く我慢してくれ。セラフォーネ! 『大丈夫』じゃなかったら困るから言っているんだ!」


 過保護すぎるジェネストの大声が、ここまで聞こえてくる。


「これじゃぁ、ジェネスト様を堅物と呼ぶ奴がいなくなるはずよね」

 同僚は笑いながらそう言った。

 元侍女長がうなずくと、同僚は「『強烈な妻溺愛夫にして深刻な親バカ』とは、よく言ったものだけど……。私にはそれ以上に見えるよ」と呆れた。


 その通りなのだろう。でも、それが嬉しい。

 家族に恵まれなかったジェネスト。家族がいるにもかかわらず歪み切った親子関係しか知らずに育ったジェネスト。その彼が、愛する家族を手にしたのだ。

 初めて手にした宝物を、大事に大事に守りたいと思うのは当然だ。

 それに、真綿にくるまれることをよしとする家族ではない。


「いい加減にしろ! ジェネストの気持ちは理解しているが、みんなが困っている! やりすぎだ!」

「みんなには悪いとは思うが、今優先すべきはセラフォーネだ!」

「……今じゃないだろう? いつもだろう……?」

「いつもだが、今は特に優先している。分かっているなら――」

「自分の身体だ。私が一番分かっている!」

「そう言ってセラフォーネは、すぐに無理をするからダメだ」

「無理というのなら、ジェネストだろう! 仕事が忙しいのに、私の護衛紛いのことまでしている! 私が心配しないと思っているのか!」

「セラフォーネと一緒にいることが、私のやすらぎだから問題ない」

「…………」


 これも恒例だ。

 夫婦喧嘩というより、のろけ合戦。聞いている方はいたたまれないが、これがなぜか癖になる。

 これだけ仲の良さを見せつけられては、セラフォーネを「毒薔薇」と呼ぶ者だっていない。

 それどころか、セラフォーネの薬に命を救われた者は「聖女様」と呼ぶくらいだ。



 あの愚かな国王が今でも王座に座っていられるのは、たった一つだけ最高に素晴らしい王命を出したからだ。

 カイリッジ国に王家が消え去った後でも、その言葉だけは残り続けた。


終わり

読んでいただき、ありがとうございました。

これで完結です。

長くなった上に、途中で間が空いてしまいました。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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