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第十王子②

よろしくお願いします。

「お前が国王になる日は、永遠に来ない」


 そう言った第十王子の後ろには、いつの間にかジェネストとイオニスが立っていた。


 今までなら、誰に言われたって笑い飛ばせたはずだ

。しかし、この強烈な後ろ盾あっての発言となれば、捨て置くことはできない。

 邪魔なものは全て踏みつけ、自分の思う通りにしてきた。それを面倒くさいと思うことはあっても、自分の未来を疑うことは一度もなかった。

 その自信が、ぐらつき始めている……。


「……いや、そんなはずはない!」

 第六王子は自分に言った。

 見たこともない弟は、どうでもいい。問題は、後ろにいる二人だ。

 一体、どこまで関わろうとしている……?


 暴力と恐怖で国を支配してきた愚かな王は、麻薬漬けにしてやった。いつ命が切れてもおかしくない。

 他の王子だって全て排除してきたし、反王家派の貴族も潰した。国の主要な貴族だって、ほとんど取り込んでいる。発表していないだけで、事実上の国王は第六王子だった。

 その、はずだった……。


 全てを手にしていたはずの手に、視線を落とすと微かに震えていた。

 武者震いだと自分に言い聞かせ、何事もなかったように握りしめる。


「……僕は国を掌握している。今更お前みたいな王子が出てきたって、この僕に取って代われるはずがない!」

 悔しがるはずの弟は、フンと鼻から息を吐き出した。

「お前なんかに取って代わるなんて、聞いただけでゾッとする! 考えたこともない!」

「馬鹿が、強がるな。お前だって国王になりたいから、なりふり構わず女になってまで生き延びたんだろう?」

「どっちが馬鹿だか……俺が生き延びた目的は、国王にならないためだ」


 自分が国王になるために不要なものは、徹底的に排除してきたのが第六王子だ。自分が歩く道に転がった石と同じように、邪魔な兄や弟や父親でさえも消し去ってきた。そんな男に、「王子として生まれたのに、国王を望まない人間がいることが分かるはずがない。


 第十王子は強がっているわけではなく、本当に国王になりたくないのだ。

 匿ってくれていた祖父は当初、彼を担ぎ上げて国を変えようとしていた。

 祖父に恩を感じていても、到底受け入れられる話ではなかった。だから必死に考えた。自分が国王にならずとも、この腐った国を立て直す方法を。


「お前ら親子の暴走に、疲弊していないナリル国民はいない。みんなうんざりしているのに、怯えて声をあげられななかっただけだ。だからこそ、身分の差を超えて手を取りクーデターを起こしたんだ」

「はっ? クーデター……? バカバカしい。無理に決まっているだろう!」


 そんなことが起こる余地がないよう締め付けてきた。それなのに、弟と名乗る馬鹿が呆れ顔で肩をすくめただけで、いてもたってもいられなくなる。

 

「本当に馬鹿らしいか、無理なのかは、ナリル国に帰れば分るさ。まぁ、お前にとって帰るべき場所とは言えないけどな」


 どうしてヘルムート家何だ?

 どうしてランカスト家なんだ?

 今まで完璧に恐怖政治を敷いてきた。反乱の種は全て摘み取ってきたと思っていた。その自信が、三人を前にすると揺らぐ。

 初対面の弟の話を全面的に信じたわけではない。それでも、第六王子の目から、ギラギラとした光が失われるには十分だった。

 大胆で残忍だが、目端の利く男だ。見ない振りをしていただけで、数年前からはこれまでとは違う違和感があることに気づいていた。ただ、己の力を過信するあまり、完全に見抜くことはできなかった。


 そんな、周りに見せられない焦りがあったから、急にセラフォーネを手に入れようと躍起になったり、麻薬取引の量が増えたりしたのだ。

 それが自分の不安を消し去るための行動だとは、第六王子自身が気づいていなかった。


 第十王子がセラフォーネの前に立った。

 破れたドレスからのぞく身体のせいだろうか? 歩き方さえも、今はもう女性には見えない。

 自分の方に伸ばされた手は白いけれど、やっぱり節々の骨はしっかりとした男性の手だ。どうして見抜けなかったのだろう……?

 そんなことを考えながら、セラフォーネは差し出された手をまじまじと観察していた。


「貴方には不快な思いをさせたから、俺に触れるのは嫌なんだろうな」

「えっ?」


 低くも高くもないけど、拗ねたような困ったような困った声に、セラフォーネは慌てて顔を上げた。

 声と同じような顔は、よく見ればまだあどけなさが残っている。化粧を取れば、また違う顔になるのだろう。

 またまたそんなことを考えているうちに、差し出された手が渋々と下がりかけた。セラフォーネは慌てて両手で握った。


「逆だ。私の存在が、貴方を不快にしていると思っていた」


 セラフォーネがそう言って微笑むと、第十王子は真っ赤になった顔を隠すようにうつむいた。頭を横に振っているのは、否定なのだろう。

 案外、可愛らしい。

 うなずくセラフォーネと第十王子の間に、ジェネストが割り込んできた。第十王子の手をむしり取ると、大人げなく友好の握手を終わらせた。


「握手が必要か? まずは名を名乗れ」

 気やすい関係のせいか、口調も荒い。

「ディレクトだ」

 名前しか名乗らないのは、身分は捨てたということだ。

「セラフォーネだ」

 セラフォーネもそれに倣ったが、横やりが入る。

「私の妻だ」

「知ってるよ」と言った顔は愛らしさが消え去り、うんざりしている。

「毎日毎日、気持ち悪いくらいセラフォーネの話ばかりされていた」

「……そうか……何か、申し訳ないな……」

 セラフォーネが思わず謝ってしまうくらい、大きなため息だった……。

「まぁ、ジェネストは間違いなくうざかったけど、話を聞くたびにセラフォーネには興味を持った。こんな状況だが、会えて嬉しいよ」


 どんな話をされていたのか、清々しい笑顔の前では聞くのが躊躇われる。セラフォーネは彼を愛人だと思い込んでいたのだから……。

 そう思うと、全身の血が沸騰したり血の気が引いたりと倒れそうだ。

 


 驚いたことに、ディレクトはまだ十六歳だという。

 祖父の協力が大きいとは言うが、十六歳の少年が王家を滅ぼす旗印となって作戦を進めていたのだから驚きしかない。


「あの二人は最低最悪の親子だったからな。国内外で嫌悪されていた。ただ、無駄に軍事力があるせいで、周辺の国が乗り出してくることはなかった。だからジェネストのように国外の協力者の力は大きかった」

 そう言ったディレクトは、まだ現実を受け入れず一点を見つめている第六王子を見た。


 縄で縛り上げられ猿轡をかまされている男に、会話は届いているが反応はない。まだ心のどこかで、ディレクトの言うことがはったりだと思う気持ちが強いのかもしれない。

 そんな気持ちをへし折るように、ディレクトは鼻で笑った。


「自分が座る王座はもうないのだと、帰国すれば思い知るさ」

 それはもう楽しそうにそう言ったディレクトは、「でもなぁ……」と呟いた。

 愛くるしい目元に皺を寄せるディレクトの心中は、セラフォーネが思う以上に複雑なのだろう。


(もしかしたら、言うほど国内は一枚岩ではないのかもしれない……)


「国には第六王子を支持する者が根強くいるのか?」

 だとすれば、国に戻ってからの方が大変だ。なんてセラフォーネの心配は無用だったようで、ディレクトは「そんな奴等は一人もいない」と笑った。

「狂気で人を支配していた奴等に忠誠を尽くす者などいないだろう?」

「まぁ、そうだな」

「俺が心配しているのは逆。怒りで襲ってくる者たちから、このクズを守らないといけないことだ」

 セラフォーネがポカンとしている間に、ディレクトは第六王子に向かって吐き捨てる。

「こいつには公開裁判を受けさせて、自分の非道さとみんなの怒りをを思い知らせる必要がある。それが終わるまでは、絶対に生かしておかないといけない。まぁ、どんな手を使ってでも自供させる楽しみはあるけどね!」


 カラカラと笑ってそう言うディレクトを見て、セラフォーネは思った……。


(あどけない顔で、この残忍さ。兄弟なんだな……)


「もっとセラフォーネと話がしたいけど、国で手ぐすねを引いて待っている者たちがいる」

 だからディレクトは、今日にでも国を出るという。その準備もできている。


 このまま第六王子に去られるのは、セラフォーネからすると不本意だ。でも相手は国だ。長年に渡り狂気政治で締め付けられた苦しみを思えば、引くしかない。

 それは分かっているけど、このまま手放しではいられない。セラフォーネにもやるべきことがある。見届けるべきことがある。


「麻薬や軍で使われている薬については、私も非常に気になる。一緒に行って――」

「いいわけがないだろう」


 舌打ちと共に苛立ちを含んだ低い声が、セラフォーネの耳元で聞こえた。

 もちろんジェネストだ。

 絶対に行かせる気はない意志表示のためか、セラフォーネはその腕の中にがっちりと抱き込まれている。何とか出ようともがいたが、びくともしない。


「この七年、何のために生きてきたと思っている! この目で見て、この耳で聞かなければ、何も終わらない!」

「もう終わったんだ! セラフォーネはやり切ったんだ。拮抗薬も作ったし、第六王子(こいつ)はもう何もできない!」

「薬や資料の始末がある! 私には、見届ける義務があるんだ!」

「そんなのはランカスト軍がやる! セラフォーネは前を見ろ! 前に進め!」


 ついには、進んでいる進んでいないで言い合いを始めた。さすがに見かねたイオニスが間に入る。


「ランカスト軍としても薬の始末はしっかり見届けたい。うちの薬師を同行させよう」

 苦笑いだ……。


 自分の目で麻薬や秘薬の出来損ないの終わりを見届けたかったセラフォーネには、とても納得できる話ではない。

 だが、この状況を見れば分かる……。

 痛くはないが絶対に解く気のないジェネストの拘束。これでは説得を試みたところで、まともに取り合ってくれるとは思えない。


(今日は無理でも、時間をかけて説得すれば……)


 そんなセラフォーネの胸の内を見透かすように、イオニスとディレクトが静かに首を横に振った……。


「国王以上の罪人である第六王子(こいつ)の帰還を国民が待ち望んでいる。俺はもう帰るよ」

 ディレクトがあっさりとそう言うと、ジェネストも「セラフォーネが納得できる報告書をよこせよ」と別れの余韻が全くない。愛人だったことが嘘だったみたいだ……。

 二人を交互に見て戸惑っているセラフォーネに、ディレクトが吹き出した。


「俺もジェネストも、恋愛対象は女性だ。愛人関係というのは、俺が第十王子だと悟らせない設定にすぎない」

「……せってい……」

「ホッとした?」


 言葉の意図に戸惑いしかないセラフォーネが首をかしげると、ディレクトは憐れむ目をジェネストに向けた。


 自分のせいで拗れてしまった二人のために、ディレクトはジェネストの気持ちを伝えようとした。

 でも、それじゃ面白くない。勝手に拗れて縁が擦り切れてしまうのなら、それまでだ。そう思い直し、にっこりと微笑むにとどめた。


 掻き回して申し訳ないと思う反面、自分がいなければこの二人が出会うこともなかった。むしろ感謝してほしい。というのがディレクトの本音だ。

 大体、セラフォーネとジェネストのことよりも、ディレクトはやらねばならないことがある。

 さっさと切り替えたディレクトは、準備のためにヘルムート家へ向かうと言った。

読んでいただき、ありがとうございました。

長くなりましたが、あと2話で完結予定です。

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