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Devinette  作者: 水無月
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第十話・言葉《解答編》

 大きな木の幹によりかかるようにして立っていると、階段を上ってくる人影が見えた。

 時間よりも少し早い時間。

 長い階段をのぼり終えた匠は私の前まで歩いてくると、小さく息をついた。


「ずいぶんと体力のいる待ち合わせだな、愛良」

「匠は運動不足だから、たまにはいいでしょ?」


 そう言い返すと、匠は軽く肩をすくめた。


「手紙、すぐにわかった?」

「当然」


 匠は不敵な笑みを浮かべると、ポケットから私の手紙を取りだした。


「『H J A I P N P J Y Y B A I N R I T G H O D J A I Y』。一見意味のないアルファベットの羅列で、ヒントもなし。でも、ヒントがないという事は、逆にわかりやすいヒントがどこかにあるということ」


 そこまで言うと、小さく微笑む匠。


「今日は俺の誕生日。ヒントはそう言うことだろ?そうなると、答えは簡単。このアルファベットの中から『HAPPY BIRTHDAY』を取り除けばいい。つまり、『JINJYANIGOJI』。神社に五時だろ」

「ご名答」


 余裕綽々の講義は、即答できたことの証だろう。

 これでも一生懸命考えてみたのだが、匠からしたら簡単だったに違いない。


「バースデーカードも兼ねての暗号ね。愛良にしてはよく考えたんじゃない?」


 素直な言い方じゃないが、匠の柔らかな瞳は少し嬉しそうに見えた。 


「お誕生日おめでと、匠」

「ありがと」


 そう言ってほほ笑んだ匠に、私は鞄からプレゼントを取り出し、それを差し出した。


「あと、これ、プレゼント」

「さんきゅ。開けていい?」

「どうぞ」


 包み紙を開ける匠を、私はドキドキしながら見つめる。

 中から出てきたのは、手造りのブックカバー数種と、ブックマーク。

 不器用な私が作ったので、少々見栄えが悪かった。


「へぇ。ちゃんと文庫用とか、ハードカバー用とかに分かれてるんだ」

「うん。だって匠、色んな本読むでしょ?」

「あぁ。ありがとう。使わせてもらうよ」


 そう言うと、匠はさっそく鞄から小説を取り出し、サイズのあうブックカバーをつけてくれた。

 しかし、本につけてみると、さらに不格好さが目立つ。


「え、えーと匠。プレゼントしておいてなんだけど、恥ずかしかったらはずしていいからね!」

「なんで?別に恥ずかしくもなんともないけど?」

「む、無理しなくていいから!」

「どうして?何も気にならないけどな」

「いや、絶対気になるでしょ!!」


 だんだんと恥ずかしくなってきて叫んだものの、匠は平然とした顔でそれを鞄の中にしまった。

 それから、私を見つめてふっと口元に笑みを浮かべた。


「そんな事よりも、他に何かあるんじゃないのか、愛良?」

「あっ…」


 自分で渡したプレゼントに動揺しすぎて忘れていたが、ここで待ち合わせした事には意味があった。

 時間も重要だ。


「って、あれ?」


 その事については匠には何も言っていない。

 それなのになんでわかったのだろうと不思議に思って見つめると、匠は当然だというように勝ち誇った笑みを浮かべた。

 それから、くくっと笑う。


「呆けてないで、移動しなくていいわけ?」

「あぁ!?するする。移動する!!」


 匠に言われ、私は慌てて移動した。

 匠と私が向かったのは、高台にある神社の裏手の林の奥。

 木々の間を通り抜けると視界が開け、街が一望できる場所があった。

 そして、この時間は……。


「へぇ。綺麗だな」


 街をオレンジ色に染める夕陽を見つめながら、匠は嬉しそうに微笑んだ。

 そう。今は沈みゆく太陽が、空を、街を幻想的に美しく染め上げる時。

 大したプレゼントを用意できなかった私は、匠にこの景色をプレゼントしたかったのだ。

 だから、この神社でこの時間に待ち合わせをした。


「ありがとう、愛良」

「うん」


 優しく微笑んでくれた匠に、私の心はふわりと暖かくなった。

 プレゼント自体の嬉しさなら、きっと伊吹くんのくれたものの方が数倍良いに違いない。

 でも、私のプレゼントでも匠が喜んでくれているのがわかって、すごく嬉しかった。


「愛良」


 並んで夕陽を眺めていると、匠が静かに私の名前を呼んだ。


「何、匠?」


 隣を見ると、街並みを見つめたまま、匠はくすっと小さく笑う。


「暗号はともかく、待ち合わせ場所を探すの、実は大変だったけど?」

「へ?」


 匠の言葉に、私は間の抜けた返答をした。

 それを聞いて、くくっと笑う匠。


「え、なんでなんで?」

「愛良。この辺りに神社がいくつあると思う?学校の近辺にも、事務所や自宅の近辺にも、いろいろとあるんだけど?」

「え…」


 自分にとっては神社といえばここだったのだが、どうやら知らない神社がいくつもあったらしい。

 ひょっとしたらここに来るまでいくつか神社をまわってきたのかと、ちょっと焦る。

 しまったと思った私だったが、匠は沈んでいく夕陽を見つめながら、柔らかく目を細めた。


「ま、愛良の考えそうなことを推理したら、ここしかないと思ったけどね」

「え?」


 匠はゆっくりと私の方に向き直ると、驚く私を見て小さく微笑んだ。


「愛良なら、俺に何かプレゼントしようと考える。で、この季節のこの時間に外で待ち合わせ。きっと、夕陽が綺麗に見える景色のいい場所だと推理したんだけど、違うかな?」

「正解」


 どうやら、暗号一つでそこまでお見通しだったらしい。

 さすが匠だと思う。


「驚かせたかったのに、ばればれだったね」

「そうでもないよ。こんなに綺麗だとは思わなかった。驚いたし、嬉しいけど?」


 そう言って、再び景色に視線を向ける匠。

 オレンジ色に染まった匠の横顔を見ながら、私は伊吹くんの言葉を思い出していた。


『信じてないの?匠の事』


 信じていないわけじゃない。

 ただ、素直になれないだけだ。

 匠は人の事からかって楽しむし、素直じゃなくてかわいくない所も多々ある。

 でも、こうやっていつも私の気持ちをわかってくれる。

 私が作ったどんなにまずい料理でも残さず食べてくれるし、どんなに下手くそな手作りなものでも、恥ずかしがることなく身につけてくれる。

 普通に誘ったら断ることも多いくせに、必死に考えた暗号だと、忙しくたってめんどくさい場所だって、必ず来てくれる。

 結果じゃなくて、私の込めた想いを受け止めて、大切にしてくれる匠。

 いつもいつも、優しく私の心を包み込んでくれる。


「匠」


 名を呼ぶと、匠は顔をこちらに向けた。

 匠と、目が合う。

 それは、夕焼けがもたらす幻想的な風景のせいか、伊吹くんの言葉のせいなのか分からない。

 でも、いつもよりももっと、匠への気持ちが溢れていて止まらなかった。

 優しく私を見つめる匠への想いが、抑えられなくなる。

 ずっとずっと心にあったけど、何となくは伝えたこともあるけど、でも、ハッキリと口にはした事のない大切な言葉。

 今まで素直になれなくて、ただ待っていただけだけど、今なら言えそうな気がした。


「匠…。私…私ね、匠の事…」


 喉まで出かかっているのに、最後の一言が、大切な言葉はなかなか口に出来なかった。

 一度、心を落ち着けるように眼を閉じる。

 それから決意して目を開けると、すっと匠の手が私に向かって延びていた。

 匠の指が、私の長い髪に優しく触れた。

 それから、匠の瞳が近づいてきた。

 そして、反射的に目を閉じることもできないくらい驚いた私の唇に、匠の唇が触れる。


「!?」


 暖かな感触に、ようやく我にかえって目を閉じる私。

 今度は、実は指だったとか、違う場所だったとかは、絶対にない。

 間違いなく、匠から私へのキス…。

 たぶん、本当は数秒だったんだと思う。

 でも、永遠に感じられそうなほど、長く感じられた時間。

 匠はゆっくりと唇を離すと、そのまま壊れ物に触れるようにそっと優しく抱きしめてくれた。

 そして、高鳴る鼓動でかき消されそうなほどの小さな声で、耳元でそっと囁く。


「好きだよ、愛良」

「!!」


 からかうような声じゃない、優しい囁き。

 今まで冗談や暗号などでは伝えてくれたけど、こんな風に自分の口で、ハッキリと言葉にしてくれたことのない、匠の気持ち。

 嬉しくて、匠の腕の中で涙があふれてきた。

 匠がそう思ってくれてると、感じてはいた。

 でも言葉で伝えてくれることが、こんなに嬉しいとは思わなかった。


「愛良。俺が、先に言わせるとでも思った?」


 耳元で、くすっと笑う匠の声。

 どうやら、私が言おうとしたので先手をうたれたらしい。

 ほんの少し離れて匠の顔を見ると、楽しそうな瞳で私を見つめていた。


「泣くところじゃないと思うけど?」

「だって!」


 むぅっとむくれた私を見て、くくっと笑う匠。

 すっかりいつも通りだ。

 でも、この流れに負けてはいけない。

 私からは、まだちゃんと言ってない。

 このタイミングを逃したら、またいつまで経っても言えない気がした。


「匠。私も好きだよ」


 思い切ってそう言うと、匠は柔らかに目を細めた。

 しかし、次の瞬間には不敵な笑みに変わる。


「知ってる」

「か、かわいくない!!」


 余裕綽々の態度に思わずそう叫ぶと、匠は実に楽しそうに肩を震わせて笑い始めた。


「愛良って、ほんといいリアクションだよな」

「あのねー、匠!私がせっかく!!」


 ぽかっと匠の胸を叩くと、匠は優しい瞳で私を見つめる。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「わかってるよ、愛良の事は全部」

「っ…」


 匠の言葉に、思わずかぁっと赤くなる。

 わかってはいるが、匠には色んな意味で敵わないらしい。

 私を嬉しくさせる方法も、ちゃんと知っているのだ。


「さ、日も沈んだ事だし、そろそろ行くか。愛良の作った個性的な御馳走、待ってるんだろ?」


 そう言って、匠は私の背に回していた手をはなした。


「個性的って、匠…」


 自覚しつつもむっとすると、匠は穏やかに微笑んだ。

 そして、私の手を取る。


「ほら、いくぞ」

「…うん」


 匠の手が暖かくて、声が優しくて、私は再び笑顔に戻った。

 いつも、私を幸せな気持ちにしてくれる匠。

 今度は絶対、匠も予想できないくらいの方法で、匠を喜ばせてみせるんだから!


また番外編や続編を書くかもしれませんが、ここまででひとまず完結です。

最後までお付き合いくださりありがとうございました。

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