クロとシロ
ボクが大きな声で返事をしたので、チョコがびっくりした表情をしてこっちを見ていた。
「なにかあったの?」
「あ、天使と悪魔にお願いしていただけだよ」
この時のボクは、まだチョコには聞こえないけど、そのうちに分かる時がくると思っていた。
チョコも不思議そうにしていたが「神様か何かにお願いしたのかな?」程度に思ったのか、特に気にした様子はなかった。
今は頭の中で声が聞こえるのは、普通では無い事だと理解している。そしてシスター・マリアの言葉が間違いでは無い事も。
それからというもの、ボクは頭の中の声と会話をするようになっていた。
何時もと言うわけではないが、困っている時、悩んでいる時、声をかけた時には反応を返してくれた。
ただ2人の事を聞いたときだけは返事は無かった。
【ククク、その内にわかる時が来るであろう】
最初の頃にそんな言葉を悪魔から聞いただけである。
2人を何と呼んで良いのか悩んだのだが、こちらで勝手に名前を付けさせてもらった。
悪魔と呼んでいた、大雑把で暗い感じの低い男の声を【クロ】
天使と呼んでいた、穏やかで澄んだ優しい女性の声を『シロ』
非常に安直な名前であったが、2人とも別に構わないと言ってくれた。
とは言え最初に感じたイメージは中々に取れるものでは無い。
「小さな悪魔」と「小さな天使」
二人と会話をしていると、三叉の槍を持って触覚の生えた黒いクロと、天使の輪っかが浮いた白いワンピースを着たシロ、そんな二人がボクの頭を挟んでパタパタと飛んでいる姿を想像してしまう。
2人との会話は頭の中で話しかければ伝わるのだが、慣れていないうちは声に出して会話してしまうことも多々あった。
その度、チョコに変な顔をされてしまったが、その時は皆も同じような事があるのだろうと気にしてはいなかった。
二人は最初どちらが教えるかもめていたが、交互に教えるということで落ち着いた。どちらでもいいけど、ボクの中で騒ぐのはうるさいので止めてもらいたい。
昔から結構口論になっていたそうだが、単にボクには聞こえていなかっただけのようだ。とは言っても、長い間の話し相手はお互いだけ、これでも落ち着いた方だと言っていた。
性格が正反対のなので喧嘩するのは仕方がないけど、ボクに聞こえるようになったからには控えては欲しいものです。
二人から教わるようになってからは、暇な時間を見つけては鍛錬を行う日々となった。
「ポコ兄が相手をしてくれないの……」
「今はね、習ったばかりで一生懸命なのよ」
チョコがシスター・マリアに文句を言っていたが、シスター・マリアはそう諭してくれていたらしい。
「簡単に習得できるものでは無いから、暫くしたら元に戻るわよ」
そんな事も言っていたそうで……
ちょっとだけショックである。
クロとシロ、二人の教えは教会よりもずっと詳しく、聞いたことが無い内容ばかりであった。
「魂からファルナを感じ、それを身体の表面に引き出す」と言う教会の教えは間違いではないが、理解が全然足りないそうだ。
【何よりも身体を鍛えること、そしてソーマを理解する事が必要だな】
前半部分は文字通り体力をあげろと言うこと。
しかし後半部分は、何を言いたいの分からない。
ソーマとは身体を意味する言葉だと教わっていたからだ。
『それでは解釈が異なります』
身体の「内側」は、魂のファルナを受けて成長している。
ファルナと共に成長した身体であり、殻の部分をソーマと言うらしい。
つまり外が身体、中にソーマ、内に魂ということ。
ファルナだけでなく、ソーマを感じとる事が重要だと言っていた。
まあ言葉で聞くのは簡単だが、実際に試してみるとこれが非常に難しい。
今さらソーマがあると急に言われても、中々適応できないものである。
とは言っていましたが、知っていると知らないとでは大きく違った。
2ヶ月もすると、身体内部にファルナが触れたときの感覚が違う層状の境界部分を、ぼんやりとではあるが感じ取れるようになる。
3ヶ月したときには、ある程度ソーマの大きさを認識出来るようになっていた。
ここまで来たら次の段階。
ソーマにファルナを混ぜ合わせて留めること。
そして留めたファルナを身体の表面に出すことだ。
因みに二人の説明は非常に対照的である。
【魂から全体的にブワッとファルナを出して、ソーマ全体にグルグルと混ぜ込むのだ。漏れ出さない様に留め、出したい場所に一気にズズズッと集めるといいだろう】
うん……何となくわかる。
何となくわかるんだけど大雑把。
まあ、そのおかげで何となくのイメージはつかめたと思う。
一方でシロはと言うと……
『最初にファルナをソーマ全体に流れこむように混ぜ合わせます。ここでは魂の中心から全体に拡大するような、もしくは1ヶ所から溢れだして魂を包みこんでく様を想像してください』
え? あ、はい……
『そのままファルナを拡大して留めることが出来ればそれで良いです。ただ上手くいかない場合には、魂の周りを流れる状態や中心軸を定めて回転するような状態を作ります。その後、ゆっくりと動きを留めれば良いです。この状態を維持することが出来れば、身体部分へのファルナの拡散や吸収を防ぐことができます。ポコのやり易いようにやってください。』
エエ……
マア、ヤリヤスイヨウニ……
『留めることができたらです。次は血管や神経に添うかの様にファルナを身体表面へと移動してください。この時に管を水が勢いよく噴出したり、鋭利な先端が螺旋を描いて進む状態を想像していただければファルナが通りやすくなると思います』
う、うーん……ハッ!
聞いてる間に白目を剥いていたかもしれない。
とっても繊細な説明ありがとうございました。
でもスラっと話されても、まったく頭が追い付きません。
うん……全く真逆のこの二人じゃ、もめるのは仕方がないと思います。
でもクロの大雑把なイメージに、シロの詳細な肉付けで、どうにか理解することができたと思う。
なぜ皆が習得できないのかと言うことも二人の説明で理解できた。
ソーマはファルナを受けて成長したため、ファルナを溜める性質がある。
そのためファルナが充満していなければ、そこを通るときに拡散してしまうのだ。さらに身体部分もファルナを吸収してしまう性質を持っているそうだ。
つまり、どうにかソーマを通り抜けても、少ない量では身体に吸収されてしまうということ。
それでも鍛錬を積んでいると、魂の周辺においてファルナを留めることができるようになる。しかし身体の表面に引き出せる量は、ソーマに留めた場合に比べたらかなり少ない。
もちろん感覚で分かる人もいる。
天才というのか、才能というのか……
ボクなんか二人に教わらなかったら…
たぶん何も分からなかっただろうなぁ……
また間違った工夫を凝らす人もいるそうである。魂部分でファルナを圧縮し、それから強引に引き出す人もいると教えてくれた。
こうして様々な内容を理解した上で、ボクはファルナをソーマに留める修練を行うわけだが、これを習得するまでに約1年を費やす事となる。
次回はファルナ操作のやり方について載せていく予定です。
ここまでは現在のポコの視点で語っておりましたが、
これからは過去の自分が成長していく視点となります。
大丈夫でしょうかね?